朝日新聞編集委員
山脇岳志
2018年6月の論考「アメリカ政治とメディアの分極化―鶏が先か、卵が先か」[1]で、米調査機関、ピュー・リサーチ・センターの調査結果を紹介した。大統領選直後、有権者が主な情報源としたメディアがどこなのか調査し、最も多かったのはケーブル放送のFOXニュースで、全投票者の19%を占め、そのほとんどはトランプ氏に投票していた。2位は、やはりケーブル放送のCNN。もともと中立的な放送で知られていたが、FOXが共和党に傾斜していることもあって、保守層からは民主党寄りだと批判されることが多い。ヒラリー・クリントン氏に投票した人で、最も参考にしたのがCNN、次に強いリベラル色で知られるMSNBCだった。このように、支持する政党によって、メディアの消費傾向が全く異なるのが、米国の特色である。ただ、こうした政治とメディアの分極化に危機感をもちつつ、日本から米国に進出、特色あるアルゴリズムを使ってユーザー数を伸ばしているのが、スマートニュース社である。本稿では、同社の取り組みについて見ていく。
あらゆる立場からのニュース
スマートニュースは2012年に日本でサービスを開始したスマートフォン向けのニュースアプリである。新聞社や雑誌などと連携し、ニュースを配信している。トップニュースのほか、ジャンルごとに、エンタメ、スポーツ、政治、経済、国際などに分けられ、ニュースが手軽に読めるようになっている。東京・渋谷に本社を置き、米国には2014年に進出、サンフランシスコとニューヨークに拠点を置いている。さらに、シリコンバレーのパロアルト、上海、福岡に技術開発拠点を開設した。従業員数は2019年10月時点で200人を超えている。世界100カ国以上でサービスを行い、2019年2月には、世界全体で4000万回のダウンロードを達成、現在、月間で2000万人以上が利用している。2019年8月の同社の発表によれば、米国事業は、ユーザー数は前年比で5倍以上に伸びているという。
Parse.lyというアクセス解析会社が発表しているreferrer(参照元)のランキングがある。ウエブ上で読者があるページをみているときに、その前にどのサイトから流入しているかというアクセスを解析することで、サイトの影響力を測るランキングである。1位は圧倒的に検索大手のグーグル、2位はフェイスブックで、他を大きく引き離すが、ツイッターなどに続いて、2018年12月時点の英語圏における調査で、スマートニュースが10位にランクインした。
スマートニュースは、「偏らず、トレンドをとらえて、信用できる(impartial, trending and trustworthy)」ニュースサイトと米国でうたっている。ニュースの選択は人がやっているわけではなく、コンピューターのアルゴリズムを使っているが、政治ニュースについては、保守層とリベラル層のどちらのユーザーに対しても、保守層が好みそうなニュースとリベラル層が好みそうなニュースの両方が表示されるようなアルゴリズムにしている。
2018年秋から、保守系のFOX Newsとリベラル色が強まっているCNNに出しているテレビコマーシャルも話題になった。キャッチフレーズは、「あらゆる立場からのニュース(News From All Sides)」。トランプの支持者を思わせる赤い帽子をかぶった年配の白人男性が「Let’s make America great again」とトランプ的なキャッチフレーズを口にすると、隣にいたアフリカ系米国人の若い女性が「Yes, we can, together」とオバマ的な台詞を言う。そして、スマホの画面を男性に見せながら、「ほら、私の言うことが合っていたでしょう!」と言うと、男性が「物事にはなんでも初めてと言うのがあるんだね」とにこやかに返す。保守派とリベラル派、人種や年齢が異なる男女が、一つのスマートニュースの画面で対話するイメージを出した。
「フェイスブックと逆のコンセプト」
こうした仕掛けは、スマートニュース代表取締役CEOの鈴木健氏の発想が大元である。鈴木氏は、1975年、長野県生まれ。87年~90年までは父の勤務の関係で、イタリアとドイツで過ごし、慶應義塾大学理工学部を出て、東京大学大学院総合文化研究科で博士号を取った。著書に『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)などの著書もある。複雑系科学の研究者としての顔も持つ異色の経営者だ。鈴木氏は、2014年のピュー・リサーチ・センターの調査結果で、米国内の政治的な分断が進んでいることを知った。「二つの米国」と言われる保守とリベラルの深い分断。鈴木氏は、フェイスブックなどのソーシャルメディアが導入するユーザーの関心と興味をもとにしたアルゴリズムによって、自らと異なる意見やニュースに触れる機会が少なくなり、分断はさらに増幅されているのではないか、と感じた。鈴木氏は、2016年の大統領選の前から「フェイスブックと『逆のコンセプト』でアルゴリズムを入れよう」と決めた。2016年大統領選の終盤には、米国に直接足を運び、トランプやクリントンの政治集会などを肌で経験した。トランプが勝利した大統領選当日は、ニューヨークにいた。「米国の政治的な分断の深まりは民主主義の危機であり、世界の危機でもある」と感じたという。
「フェイスブックと逆のコンセプト」という点について、鈴木氏に詳しくたずねると、「フェイスブックは個人に合わせて興味関心に合うコンテンツを表示するわけだが、スマートニュースでは、興味や関心にかかわらず、政治に関しては『MUST READ』を、リベラルと保守の量のバランスをとって表示する。そういう意味では、『フェイスブックと逆のコンセプト』といっても、『興味関心とあえて真逆のコンテンツを出すアルゴリズム』ではない」と答えた。そのアルゴリズムを入れたのは、ニュースアプリの成長(ページビューの増加=収益の増大)という視点からではなかった。逆に収益面から考えると、このやり方はあまり受けないのではないかと思っていたというが、その後、米国でスマートニュースは急成長した。
この成功を受け、米国市場でのさらなる成長のため、2019年夏には、総額31億円の資金調達を実施。非上場企業は日々の株価からは時価総額は算出できないが、ベンチャーキャピタルが投資する際の条件から算出される企業価値は、10億ドル以上となった。10億ドルの未上場企業は「ユニコーン」といわれる。スマートニュースを含め、日本国内の「ユニコーン」は現在、3社しかない。さらに、2019年夏からは、米国版のスマートニュースの政治ニュースに「News from All Side」という「スライダー」機能をつけた。「最も保守的」から「最もリベラル」まで5段階のスライダーがあり、それを動かすことによって、違う種類のニュースに接することができる。別の立場にたつと、どういうニュースが表示されるかを知ることで、違う人の意見に接し、自分のバイアスを知ることにつながる仕掛けである。技術系の有力オンラインサイトであるテック・クランチもさっそく取りあげた[2]。ちなみに、日本でのサービスは、米国ほど分断が激しくないこともあって、米国のような保守系とリベラル系のニュースの両方を表示させるようなアルゴリズムや、「スライダー」を入れていないのだという。
一般的には、人々が、同じようなメディアに接したり、ソーシャルメディアの空間の中で、同じような考えの者同士が意見交換をすると、同じような考えが強化されてしまうという見方が強い。「エコーチェンバー効果」とも言われる。ただ、研究者の間には、異論もある。自ら好むエコーチェンバーにいてニュースを読む場合と、自らの志向とは関係ないニュースをランダムに読んだ場合を比較する実験を行った報告書によると、後者のほうが、自分の好みとは異なる切り口のニュースを読まされた結果、より極端な意見になったという研究がある[3]。また、共和党支持者と、民主党支持者の双方に、反対の意見を発信するボットをフォローさせた上で、意見の変化を調べたところ、共和党支持者はさらに顕著に保守的になり、民主党支持者もさらに少しリベラルに傾いたとの実験結果もある[4]。
もし、上記のような、逆の意見に触れると「さらに、従来の意見に固執する」というような傾向が、人間の心理としてありがちなのだとすれば、スマートニュースのように、保守層とリベラル層のどちらのユーザーに対しても、バランス良くニュースを示すアルゴリズムにしていても、両方の層の「融和効果」はあまりないのかもしれない。そうだとすれば、スマートニュースのユーザー数が米国で急速に伸びていることをどう解釈すればいいのか。その点についても、鈴木氏に聞いてみた。「スマートニュースを好んで使っているユーザー層は、無党派層であったり、保守層、リベラル層でも穏健派の人たちが多いのかもしれない」と話す。米国が分極化しているといっても、中道や穏健派の人たちも、まだまだ層としては分厚い。たしかに、米国におけるスマートニュースは、そのあたりのユーザー層に、主にリーチしている可能性はある。別の解釈としては、スマートニュースのユーザー数の伸びの主因は、政治ニュースのバランシングにあるのではなく、使い勝手の良さなど、別の面の評価によるものだという解釈もありうる。
日本の地方記者を米国の地方に派遣
鈴木氏の現在の最大の関心は、「偏らないニュース」からさらに一歩進め、どうやって違う立場の人たちの間に「共感」を呼び起こせるのか、という点に広がっている。教育の改革や政治にも関心はあるという。同社は、2018年に「スマートニュースメディア研究所」を設立し、講談社でウェブメディアを統括し、「現代ビジネス」創刊編集長だった瀬尾傑氏を、所長に迎えた。瀬尾氏は、「ジャーナリズムは、ビジネスモデルの転換と信頼の低下という2つの危機に直面している」として、良質の情報の作り手が報われるシステムをどう作るか研究すると述べている。
同研究所は、米国で実際に起きている「分断」の背景や課題を、日本の地方メディアの若手記者が取材し、実態を探ってほしいという趣旨で、「SmartNews Fellowship Program」も立ち上げた[5]。米国からの報道は、首都ワシントンやニューヨーク、シリコンバレーなどに偏りがちだが、トランプ氏の支持は地方が中心である。「地方発」の視点での取材に強みを持つ日本の地方記者が米国の地方を歩き、人々と対話し、情報発信していくことに意義があると考え、地方紙や地方テレビの記者の渡米や滞在・取材費などを支援することに決めたという。また、2019年夏にはスマートニュースの子会社として、「スローニュース」社を立ち上げ、瀬尾氏が代表取締役に就任、調査報道の支援プログラムをスタートさせた。
瀬尾氏は「フェイクニュースにだまされるというケースは、米国同様に、日本でも増えている。学校現場で、メディアリテラシーを高めていく教育のプログラムもすでに作り、一部の小学校や高校などではすでに実施した。プログラムを進化させるべく研究を続けたい」と話している。
[1] https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=119
[2] https://techcrunch.com/2019/09/16/smartnews-latest-news-discovery-feature-shows-users-articles-from-across-the-political-spectrum/
[3] Donghee Jo (2018) “Better the Devil You Know: An Online Field Experiment on News Consumption” https://www.semanticscholar.org/paper/Better-the-Devil-You-Know-%3A-An-Online-Field-on-News-Jo/ff27b12584e904cacc97f25c6ca9f5ed7e466468
[4] Christopher A. Bail et al. (2018) “Exposure to opposing views on social media can increase political polarization”. https://www.pnas.org/content/115/37/9216