同志社大学法科大学院嘱託講師
村上政俊
新たな対立の場としての太平洋島嶼国
「2020年アメリカ大統領選挙と日米経済関係」プロジェクトにおいて筆者は、米中対立につき多角的に分析してきたが、太平洋島嶼国が新たなフィールドとして注目を集めている。2018年11月、地域大国であるパプアニューギニアの首都ポートモレスビーで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議には、トランプ大統領の代理としてペンス副大統領が出席したが、米中の激しい対立から1993年にAPEC首脳会議が始まってから初めて首脳宣言の採択が見送られたのは象徴的なシーンだったといえよう。
トランプ大統領は2019年5月、パラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦の3か国の大統領と会談した。米国大統領が3か国の首脳をホワイトハウスに同時に招待するのはこれが初めてだった。あとで詳述するように、これらの国々の共通点は米国とコンパクト(自由連合盟約、Compact of Free Association, COFA)を結んでいることであり、中国の進出を睨んで米国としては強い影響力を有する3か国との関係をまず再強化しようということだろう。
2019年に相次いで出されたインド太平洋報告書(国防総省版(6月)、国務省版(12月))においても、この地域の国々との連携強化が打ち出されている。今年に入ってからは2月にデービッドソン米インド太平洋軍司令官が、豪州シドニーのローウィ―国際政策研究所(Lowy Institute for International Policy)でのスピーチ[1]で、この地域での中国の動きを批判した。またメディアも関心を寄せており、昨年にはFinancial Times[2]などでこの地域における米中対立が取り上げられている。
コンパクト諸国(パラオ、マーシャル、ミクロネシア)
これら3か国の共通点は、米国との間でそれぞれコンパクトが結ばれていて、国防と安全保障の権限が米国に委ねられていることだろう。加えて米国から財政支援を受けており、マーシャルでは歳入に占める割合が6割に達している。また各国の国民は米軍に加わることも可能である。
2019年8月にはポンペオ氏がミクロネシアを米国務長官として初めて訪問して3か国の首脳と会談し、先のトランプ大統領主催のサミットのフォローアップに努めており、関与を強める米国の姿勢が鮮明となっている。外交努力だけではない。米軍は2019年4月、37年ぶりにパラオで演習を実施し、約200名の兵士が参加した[3]。
日本からも2019年8月、河野太郎氏が外務大臣として初めて3か国を訪問し、関係重視の姿勢を示した。なおこれら3か国は、ヴェルサイユ条約によってかつて日本が委任統治していた歴史がある。
3か国のうちでやや異なった外交方針を採っているのがミクロネシアだ。他の2国と違って中国と正式な外交関係を有しており、2019年12月にはパニュエロ大統領が訪中して習近平国家主席と会談した。同国と米国のコンパクトは2023年に区切りを迎えることから、中国がこの数年で同国に対する働き掛けを強めることも予想される(なおコンパクトの区切りは、マーシャルは2023年、パラオは2044年)。
中台外交戦、中国による軍事化のおそれ
習近平国家主席によるフィジー訪問(2014年11月)もあって、中国はこの地域での動きを活発化させている。同地域における中国の活動の動機は、これまで主に台湾との関係で理解されてきた。北京当局を承認せず台北当局を承認する台湾の国交国が集中して所在しているからだ。
2019年9月、ソロモン諸島とキリバスが相次いで台湾と断交して中国と国交を樹立し、同地域での台湾の国交国は6から4に減少した。これは2020年1月に迫っていた台湾での総統選挙に向けて、北京と折り合いの悪い現職の蔡英文総統に中国が圧力をかけようとしたことが原因だったと考えられる。
中国は早速2019年10月にソガバレ・ソロモン首相を、2020年1月にマーマウ・キリバス大統領を北京に迎え、習近平国家主席が会談したが、キリバス大統領との会談は台湾総統選挙の投票日5日前というタイミングだった。
特にソロモンに対しては台湾との断交半年前の2019年3月、ポッティンジャーNSCアジア上級部長(現職は大統領副補佐官(国家安全保障担当))が、米高官としては異例の同国への訪問を実施していただけに、米国としては面白くない決定だったといえよう。ソロモンが台湾との断交を決めると、ペンス副大統領はソロモン首相との会談をキャンセルして不快感を滲ませた。ソロモンには太平洋戦争中に日米の激闘が繰り広げられたガダルカナル島が所在することからもその重要性が理解できる。
軍事的な意図も中国にはあるだろう。この地域の要衝には米国の領土が点在しており、ハワイやグアムに米軍が展開している。だが島嶼国で中国が軍事的プレゼンスを獲得すれば、この地域の米軍は南方にも注意を向ける必要が生じ、中国に対する抑止力に乱れが生じるおそれがある。
たびたび国名が取り沙汰されているのがバヌアツだ。同国最大の島であるエスピリットサント島(Espiritu Santo)は、第二次世界大戦中に米軍が拠点としていたが、同島のルーガンビル港(Luganville)では中国からの資金で改修工事が実施された。中国は現在アフリカのジブチに恒久的な軍事拠点を構えているが、もし実際に中国による軍事化が進めば、中国外の2か所目の拠点となってしまうおそれがある。ポッティンジャー上級部長がソロモンに加えて同国も併せて訪問したのは、中国への警戒心の表れだろう。
米国と日本、豪州、台湾との連携
米国は同盟国やパートナーとの連携を深めながら対応している。日米豪3か国はパプアニューギニアでの2018年APEC首脳会議のタイミングで、インド太平洋におけるインフラ投資について協力する意向を表明した。米国OPIC(海外民間投資公社)、日本JBIC(国際協力銀行)、豪州EFIC(輸出信用機関)、豪州外務貿易省の間でMOU(協力覚書)が交わされたのだ。
質の高いインフラ(quality infrastructure)へのコミットメントは、債務の罠によって債務国の利益が蔑ろにされているとの批判が高まる一帯一路との対比を際立たせている。
2019年11月、ロス米商務長官によって新たに公表されたのがBlue Dot Networkというイニシアティブであり[4]、日豪が主要な参加者となっている。具体的な事例としては、日米豪にニュージーランドを加えた4か国がパプアニューギニアでの電化を共同して支援し、同国での電力へのアクセスを現在の人口比約13%から2030年までに70%に高めることで既に合意している。
この地域に4つの国交国(パラオ、マーシャル、ナウル、ツバル)を有する台湾との連携にも米国は意欲的だ。台湾自身も蔡英文総統が2017年にマーシャル、ツバル、ソロモン(のちに断交)を、2019年にパラオ、ナウル、マーシャルを歴訪し、関係維持に努めている。
最終的には実らなかったものの、ソロモン引き留めにポッティンジャー上級部長が派遣された際には、同時に台北から徐斯倹外交部政務次長(副大臣クラス)も派遣され、米台外交当局間の緊密な連携を感じさせた。また米台は2019年10月、太平洋対話(Pacific Islands Dialogue)を台北で初めて開き、米国からはオードカーク(Sandra Oudkirk)国務次官補代理が派遣された。
今後
太平洋の島々の位置を改めてみてみると、いわゆる第二列島線(小笠原諸島~グアム、サイパン~ニューギニア島)と一部で取り沙汰され始めている第三列島線(ハワイ~サモア~ニュージーランド)の間の広大な海域に点在していることがわかる。いわゆる第一列島線(日本列島~台湾~フィリピン)の突破と西太平洋への進出を重視する中国にとっては、地政学的に重要な海域だと考えられることから、今後もこの地域での米中対立は続くものと予想される。
[2] Kathrin Hille, “Pacific islands: a new arena of rivalry between China and the US” <https://www.ft.com/content/bdbb8ada-59dc-11e9-939a-341f5ada9d40>, Financial Times, April 9, 2019
[3] https://www.pacom.mil/Media/News/News-Article-View/Article/1867544/pacific-pathways-20-to-bolster-presence-in-the-theater/
[4] https://www.commerce.gov/news/speeches/2019/11/remarks-commerce-secretary-wilbur-l-ross-indo-pacific-business-development