外交ジャーナリスト
高畑昭男
トランプ大統領が内政・外交両面で激震に揺さぶられている。内政では新型コロナウイルス、景気後退、黒人差別抗議デモの「三重苦」によって支持率の急落に見舞われ、外交でもコロナ禍に乗じて香港の「一国二制度」を形骸化させる国家安全維持法を施行する(6月30日)などアグレッシブな外交を進める習近平政権の中国に正対して、一歩も引けない状況に陥った。米中「新冷戦」が一挙にエスカレートし、ポストコロナの世界秩序をめぐる覇権競争の様相を深めつつある中で、自由世界を糾合する指導力が問われる正念場といえるが、自身が招いた迷走も目立ち、かつてない苦戦を強いられている。
新冷戦の拡大とコロナ禍
トランプ大統領は5月29日、「中国は香港の自治を保障するという自らの約束を破った」と演説し、▽香港への優遇措置撤廃に向けた手続きに着手▽香港の自治を侵害する中国、香港当局者への制裁▽世界保健機関(WHO)脱退の意向を表明▽米株式市場に上場する中国企業の情報開示状況などを調査――を柱とする広範な対抗措置を明らかにした[1]。中国全国人民代表大会の圧倒的支持を背に受けて、習近平政権が国際社会の批判や懸念をものともしない鉄の意志を世界に示した翌日のことである。
これまでトランプ政権の外交では、価値や理念にとらわれずに中国、北朝鮮やロシアなどとの「ビッグディール(大型の取引)」を志向する大統領本人と、価値や理念に立脚した政策を重視する政権高官、主要閣僚、専門家らとの間に微妙な乖離があった。対中関係においても、関税・貿易戦争では大統領が陣頭に立って圧力を高める一方、安全保障や自由、人権といった対応はポンペオ国務長官やペンス副大統領らに委ねる「分業」ともいえる体裁をとっていた。だが、演説でトランプ氏は中英共同宣言(1984年)で約束された香港の自治侵害を筆頭に、国際規範を無視した海洋進出を強く批判し、国際社会をミスリードして感染を拡大させたWHOの責任も厳しくとがめている。コロナ禍を機に、分業的態勢は一変したかのようにみえる。
この背景に、再選をめぐる思惑と米国内で高まる反中国感情のうねりが指摘されるのはいうまでもない。米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、新型コロナによる米国の死者数は6月16日時点で第一次大戦の死者数を上回る11万6854人を記録した。4月末にベトナム戦争の米兵死者(5万8000人)を上回ったことが大きなニュースとなったが、わずか1か月半で死者は2倍に膨れ上がり、その後も増加の一途をたどっている。大統領選1か月前の10月初めまでに「20万人を超える」との予測もある[2]。
米国の感染拡大には政権の初動対応の不手際や迷走も大きいと指摘されているが、大統領選まで4か月を切ったトランプ氏に自ら失策を認める選択はあり得ない。折から中国は米欧の混乱につけ込み、かさにかかって「戦狼外交」の攻勢を強め、米議会では2年前から香港や台湾を後押しする立法ラッシュが続いている。大統領にとって中国と妥協に応じたり、わずかでも弱みを見せたりするような外交は一切不可能になった。
6月17日、大統領は上下両院をほぼ全会一致で通過した「ウイグル人権法案」に署名し、成立させた。同法は中国の新疆ウイグル自治区でイスラム系少数民族ウイグル族の弾圧に関わった当局者らを180日以内に特定し、資金凍結、査証取り消しなどの制裁を求めている。米中対立のさらなる先鋭化は必至だ。
G7サミットの迷走
中国の攻勢に対抗するために、トランプ政権は日欧をはじめとする自由世界の同盟・パートナー諸国を呼び込んで外交包囲網を築こうと動いているが、その過程では迷走する場面も少なくない。まずは「6月初旬にテレビ会議(リモート)方式で行う」としていた先進7か国(G7)首脳会議(サミット)を急遽、直接対面方式に切り替えて、同月末にワシントン周辺で開催するよう各国に招請を行ったが、ドイツのメルケル首相が国内の感染事情を理由に「参加は難しい」と、出席を辞退したため、6月末開催は見送らざるを得なくなった。
香港演説の翌日(5月30日)、大統領は唐突にG7サミットの6月下旬開催を断念し、9月以降に延期すると発表した。会合にロシア、インド、豪州、韓国を招待する考えも明らかにした[3]。6月開催にこだわったのが一転して延期したばかりか、G7の枠組みを拡大したい意欲もにじませた。「今のG7の枠組みは世界の現状を適切に反映しておらず、極めて時代遅れだ」と語り、「G10かG11になるかもしれない」とも述べた。討議の主題は「中国の将来について話し合う」という。
だが、この発表は根回しも十分でなかったために当惑や異論を巻き起こし、迷走を際立たせることになった。そもそもトランプ大統領は、今年の議長国であったにもかかわらず、サミット開催に意欲的だったとはいえず、3月時点で「コロナ禍の拡大」を理由にリモート開催を各国に通告していたのはそのためだ。それが5月下旬になって、直接対面方式の開催を呼びかけたことから、各国を驚かせた。とくに欧州メンバーに関しては、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に参加したイタリアや、中国との経済交流関係を重視するドイツを含めて対中姿勢は一筋縄でくくれない。パンデミック以降の中国外交に対する警戒感は共有しているにせよ、包囲網構築となると、各国各様の利害計算がからむ。
トランプ大統領の「欧州軽視」の姿勢も災いしている。2017年の政権発足以来、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)を「冷戦の遺物」とけなしたり、ドイツなど欧州同盟国の多くが「国内総生産(GDP)の2%を国防費に充てる」というNATOの目標指針を達成していないとして、強く批判してきた。また、欧州連合(EU)が重視する地球温暖化防止のためのパリ協定離脱(2017年)やイラン核合意の離脱(2018年)を重ねてきたこともあって、安全保障以外の分野でも欧州諸国との信頼関係を喪失しかねない情勢が続いている。冷戦時代にも米欧のいさかいがなかったわけではないが、冷戦の主敵であるソ連の脅威を前に、何かあれば盟主・米国の下に小異を捨てて結集する一体感と相互信頼があった。NATOはまさにそうした意識の象徴である。にもかかわらず、トランプ氏は当初からNATO自体の意義を否定し、かつ欧州を見下すような態度を重ねてきたことが現状につながっている。
トランプ氏が挙げた4か国(インド、豪州、ロシア、韓国)の招請についても、問題は簡単ではない。インド、豪州はさておき、ロシアを主要国首脳会議(G8)の枠組みに戻す構想は、大統領就任前からのトランプ氏の持論である。だが、ロシアはウクライナのクリミア半島を武力で自国領に編入する事件(2014年)を犯してG8から追われた過去をひきずっている。そんなロシアをサミットに復活させる考えは英、仏、ドイツにとって絶対といっていいほど受け入れがたい。サミット議長国は独自の判断で非メンバー国をその場限りで招待することが認められているが、正規メンバーとして迎えるにはG7全首脳の事前の了解が必要だ。トランプ氏がこうしたルールを十分に理解しているのか、4か国をどんな立場で迎えたいのかは必ずしも明確でなく、この点でも新たな迷走を招く可能性がある(アジア唯一のG7参加国である日本にとっても、韓国の参加は限りなくやっかいな問題を投げかけることになるだろう)。
トランプ対メルケル
欧州諸国の中で最大のとばっちりを受けたのは、メルケル首相である。トランプ氏とメルケル氏は、初顔合わせとなった2017年のG7サミット(タオルミナ)で環境や対ロ関係をめぐって激論を戦わせたのを皮切りに、毎回のように対立と口論を重ねる「犬猿の仲」で知られている。翌2018年のサミット(カナダ・シャルルボワ)では、関税戦争や自由貿易をめぐって両氏が激論を交わす現場写真が欧州側のリークによって世界のメディアに流された。孤立したトランプ氏が、いったん了承した首脳合意文書の承認を終了直後に取り消すという前代未聞の事態も起きた。
米メディアによると、トランプ大統領は今回もメルケル氏の出席辞退の回答を聞いて腹を立てた末に、「延期とG7拡大」構想に転換したという。だが、もともと1か月足らずの準備期間しか与えず、拙速にG7首脳を招いておきながら、その実現が難しくなると、手のひらを反すように「今の枠組みは時代遅れ」と断じられては、ドイツのみならず、「それでは初めの招請は何のためだったのか」となってしまう。
トランプ大統領は6月15日、メルケル氏に追い打ちをかけるように、「ドイツの国防費が目標を達成していない」として、在独駐留米軍を現行の3万4500人規模から2万5000人に削減する計画を公表した。オブライエン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、中国対応で削減兵力の一部をインド太平洋地域に配転する可能性を示唆しているが、このタイミングでトランプ氏が削減を公表した裏の理由は、メルケル氏に対する腹いせではないかとの憶測も呼んでいる。
米独対立の根は意外に深い。欧州同盟国の国防支出の問題は、オバマ政権時代を含めて積年の課題とされており、トランプ氏が増額を求めること自体は不当とはいえない。また、ドイツは地政学的にもロシアと共存せざるを得ず、レーガン政権下の1980年代にもロシア産天然ガス・パイプラインの建設をめぐって米国とドイツなどの間で論争が起きたことがある。現代の「ノルトストリーム2」計画をめぐっては、ロシアにエネルギー依存を深めるドイツの戦略的リスクを懸念してオバマ政権も再考を求めてきた。それでもトランプ氏の言動によって、メルケル氏との確執がサミットのたびに米欧の不協和音の象徴であるかのようにメディアで喧伝されるようになってしまった。トランプ外交の重大なマイナスといえる。
頓挫した非核化
トランプ政権は核・ミサイルの拡散阻止を最重要課題の一つに掲げ、北朝鮮、イランの問題に取り組むことでオバマ政権との違いをアピールしようとしてきた。だが、2年前の2018年6月、史上初の首脳会談によって派手なスタートを切った北朝鮮との対話は暗礁に乗り上げたままだ。非核化の進展はゼロに等しい。
トランプ大統領は「北朝鮮の非核化に向けて最大限の圧力を加える」という「最大限の圧力」政策を採用する一方、金正恩朝鮮労働党委員長との個人的関係を育てることによって「最終的で完全に検証された非核化(Final, Fully Verified Denucluearizantion:FFVD)」を求めてきた。この原則的立場は実質的に今も貫かれている。2018年春以降は長距離弾道ミサイルの発射や核実験は行われておらず、米国に対する直接的脅威は凍結状態にある。核・ミサイル実験が立て続けに行われた2017年までの情勢と比べれば、成果といえなくはない。また、非核化をめぐって物別れとなった2018年6月のハノイ米朝首脳会談以降、トランプ政権が結果的に対北制裁を緩めることなく推移してきたことも評価してよいだろう。
その半面、2018年以降、北朝鮮が中・短距離ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの新型兵器開発に着手した際、トランプ大統領は「問題ない」として事実上野放しにしてしまったのはマイナスだ。日韓両国にとっては脅威を逆に高める結果を招き、米国にとっても困難な対応を強いられることになった。(この問題は後述するボルトン国家安全保障担当補佐官の解任を招く一因となった。)
一方、トランプ大統領はイランに対しても「最大の圧力」政策をあてはめようとしてきたが、ここでも成果は得られていない。2020年1月に起きたイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官殺害事件などを経て、米・イラン対立はエスカレートしたまま、コロナ禍に入っている。
イラン核合意離脱(2018年)を主導したボルトン氏とポンペオ国務長官は、▽現行の核合意には核運搬手段となる弾道ミサイル開発の規制が欠落している▽核兵器開発の規制期間は有限であり、期限を過ぎれば核兵器開発を再開できる▽査察検証体制が不十分である――などと指摘している。北朝鮮に適用される非核化手順と比べれば、明らかに問題を先送りしただけであり、トランプ政権の問題提起は必ずしも間違ってはいない。だが、大統領の手法が「まず離脱ありき」の印象が強かったために各国の賛同を得られず、むしろ米国が孤立するイメージを生んでしまった。
「気まぐれ」と「側近力」
トランプ政権は2017年12月に公表された「米国の国家安全保障戦略2017年版」(NSS2017)と翌2018年1月に概要が公表された「2018年版国家防衛戦略」(2018NDS)の二つの文書において、中国とロシアを「国際秩序の改変をめざす現状変更勢力」と位置づけ、同盟・パートナー諸国と連携・協調して対抗し、国際平和秩序を守るという外交・安保戦略を打ち出した。中でも中国については「南シナ海などで軍備を急速に拡大し、近隣諸国を威圧し、インド太平洋の地域覇権を築いた上で将来的に地球規模で米国にとって代わる優位を狙っている」として、「最大の戦略的競争相手」と規定している。
両文書はトランプ政権の外交・安保戦略の基盤となり、2018年、2019年秋に行われたペンス副大統領による対中政策演説や、今年5月下旬に公表された「中華人民共和国に対するアメリカの戦略的アプローチ」にも共通の考え方が盛り込まれている。政権発足当初は「米国第一主義」の下で偏狭なポピュリズムと孤立主義に凝り固まって国際社会を失望させたが、上記の二つの文書以降は国際秩序の維持を志向し、米国の価値を重視し、一定の国際協調も意識した伝統的な共和党主流派型の外交・安保路線にかなり立ち戻ったといってよい[4]。
このように政権全体の外交・安保戦略には明確な一貫性が認められるようになったにもかかわらず、変わらないのは、気まぐれ(erratic)や予測不能(unpredictable)と称される大統領の気質と独善的で「ひとりよがり(go-it-alone)」な言動だ。本レポートの冒頭部分でも触れたように、価値や理念に立脚した一貫性のある政策をめざそうとする政権高官・専門家集団と、大統領の気まぐれな言動との乖離がトランプ外交の迷走とジレンマを生んでいるようにみえる。
6月下旬に出版されたボルトン前補佐官の回顧録[5]でも、そうした状況をうかがわせるエピソードが広範にわたり記され、米朝首脳会談でもトランプ氏の危うい言動が大失敗を招きかねなかったきわどい局面が描かれている。以前から報じられている話も少なくない半面、大統領、主要閣僚らの多くが「事実でない」「虚偽だらけ」と否定していることもあって、個々の記述の信憑性や全体としてどこまで事実かは判断が難しい。大統領選に及ぼす影響についても、米メディアの見方は分かれており、今後を見守る必要がある。
その上で気になるのは、ボルトン氏が「驚くほど政権を運営するための知識に乏しかった」と、トランプ氏の無知をあけすけに指摘していることや、再選を確実にするために「最大の戦略的ライバル」である筈の習近平・中国国家主席にもおべっかを使うといった言動が描かれていることだ(ちなみにライトハイザー米通商代表は議会公聴会で「そうした事実はない」と全否定した)。そこでも想像されるのは、トランプ氏自身の気まぐれな衝動を止めることが不可能に近い中で、側近の主要閣僚や補佐官らが必死になって軌道修正や事後処理に腐心する姿である。トランプ外交で今後問われるのは、そうした「側近力」を大統領自身がいかに保持していけるかということになるのではないか。
外交政策が大統領選の重要争点になることはめったにないとされている。だが、今回はそうといえないかもしれない。黒人差別に反対する抗議デモがまたたくまに世界に拡散したように、今や内政・外交の垣根は極めて低い。内政と外交が相互に反響し合って負の相乗効果を招くケースも少なくない。トランプ氏の苦戦は両面にわたって続きそうだ。
[1] Remarks by President Trump on Actions Against China, Rose Garden, May 29, 2020.
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-actions-china/
[2] “New projection puts U.S. COVID-19 deaths at over 200,000 by October,” Reuters, June 16, 2020.
[3] “Trump Postpones G7 Summit and Calls for Russia to Attend,” By Maggie Haberman, NYT, May 30, 2020.
https://www.nytimes.com/2020/05/30/us/politics/trump-g7-russia.html
[4] 両文書のとりまとめにあたって中心的役割を果たしたのはマクマスター国家安全保障補佐官、マティス国防長官(いずれも当時)で、「道義的現実主義(Principled Realism)」の名の下に公表された。両氏の退職後もこの基本路線は後任者らによっておおむね堅持されている。
[5] By John Bolton, The Room Where It Happened:A White House Memoir. Simon & Schuster, June, 2020.(それが起きた部屋:ホワイトハウス回顧録)