全国党大会をめぐる混乱
11月3日の大統領選挙まで残り3か月を切った。この時期は、通常の大統領選挙の年であれば、民主党と共和党の全国大会が大規模な会場で華々しく実施される。しかし今年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、いずれの党も規模縮小やオンラインでの実施を強いられている。共和党全国大会は、8月24日から27日にかけて、ノースカロライナ州シャーロットの会場で代議員の一部のみが参加する小規模なイベントと、各地からのリモートによる参加で実施される予定である。最終日には、トランプが指名受諾演説を行う。
共和党全国大会の実施場所と方法をめぐっては、多数の支持者を動員した熱狂的イベントによる追い風を期待するトランプ陣営と、ソーシャル・ディスタンスやマスク着用などの感染対策強化を求める地元当局の間で混乱が続いてきた。ノースカロライナ州シャーロットでの大会開催は2018年7月に決定していたが、同州のクーパー知事が大会計画の感染対策不備を問題視したため、今年6月11日、フロリダ州ジャクソンビルでの主要イベントの実施が急遽決定された。しかし、7月以降フロリダ州においても爆発的な感染拡大が生じる事態となり、トランプ大統領は7月23日にジャクソンビルでの開催断念を発表した[1]。
トランプが指名受諾演説を行う場所についても論争が起きている。トランプ大統領は8月5日、当初予定されていたシャーロットの会場ではなく、ホワイトハウスから演説を行うと発表した。しかし、党派的政治目的による連邦政府所有地の使用に対しては、民主党のみならず共和党内からも、その法的・倫理的正当性を疑問視する声が上がっている[2]。トランプ大統領自身は、連邦政府職員の政治活動を禁止するハッチ法の適用を受けないが、演説をサポートするホワイトハウス職員らが同法に違反する可能性もある。そこで8月10日、トランプ大統領は、南北戦争の激戦地として知られるペンシルベニア州ゲティスバーグでの演説実施を示唆した。しかしこちらも連邦政府所有地であり、同様の問題が生じうる[3]。
全国党大会の支持率上昇効果
全国党大会では、各地から選出された代議員の投票によって、正式に党の指名候補者が確定する。しかし各党の指名候補者は大会前の予備選挙・党員集会で事実上決定しているため(そもそも共和党の場合は現職トランプに挑戦する有力候補者がいない)、全国党大会の実質的な役割は、党の指名候補者を有権者に向けて大々的にプロモートする点にある。実際に過去の大統領選挙では、全国党大会に、指名候補者の支持率を上昇させる効果(convention bounce)が存在することが指摘されてきた(表1)[4]。トランプ陣営が通常規模での全国党大会実施を模索してきたのも、低迷する支持状況を好転させるゲーム・チェンジャーとしての役割を期待していたからだと考えられる。
表 1:全国党大会後の支持率上昇
とはいえ、今年の全国党大会は、トランプ陣営が期待するほど支持を後押しするものにはならないかもしれない。全国党大会による支持率変動が大きなものとなるためには、どちらを支持するのかを決めていない浮動有権者層がある程度の規模で存在することが必要である。しかし近年は党派的分極化が進んだことにより、そのような有権者が減ってきている。そのため直近の大統領選挙では、全国党大会後の支持率上昇幅も縮小傾向にあることが指摘されている[5]。視覚的に訴えにくいリモートでの実施となれば、なおさらその効果は不確実なものとなろう。
トランプ再選の暗い見通し:隠れトランプ支持者はいるのか?
コロナ禍対応の不手際や経済の急激な失速もあり、トランプは世論調査で民主党候補者のバイデンに大幅なリードを許す状況が続いている。全国世論調査では、8月13日時点でバイデンが8.5ポイントのリードを維持している[6]。これは、2016年8月の民主党全国大会の直後にヒラリー・クリントンのトランプに対する世論調査上のリードが最大になった際の7.5ポイント差を上回るものである[7]。
大統領選挙の勝敗を決定付けるいくつかの接戦州の世論調査においても、トランプはバイデンに後塵を拝している。各社調査の質、時期的近接性、調査数を考慮して平均したFiveThirtyEightのデータによれば、8月13日現在、2020年大統領選挙で接戦州になると予想される6州(ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン、フロリダ、アリゾナ、ノースカロライナ)の全てにおいてバイデンが実質的なリードを有している(表2)。
表 2:世論調査によるトランプとバイデンの支持率
このような苦しい世論調査結果を前にしてトランプ陣営が期待しているのが、「隠れトランプ支持者(hidden Trump voter)」の存在である。2016年大統領選挙の同じ時期、中西部ラストベルト州(ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン)における世論調査では、支持率でトランプを大きくリードするクリントンの勝利が高確率で予想されていた。しかし11月の選挙の結果は、トランプの予想外の勝利であった。この経験を引き合いに、トランプ自身や7月からトランプ陣営の選挙対策本部長を務めるビル・ステピエンも、世論調査に現れない「サイレント・マジョリティ」がトランプ勝利を可能にするとしばしば発言している[8]。
2016年選挙において州レベルの世論調査が実際の選挙結果から乖離した要因については研究者間でも完全に見解が一致しているわけではない。投票先を直前まで決めていなかった有権者がトランプに流れたという仮説に加えて、世論調査に正直に回答しない「隠れトランプ支持者」が重要な役割を果たしたのではないかと主張する研究も実際に存在する[9]。2016年大統領選挙の候補者であったトランプは、人種差別的・性差別的発言が問題視されていたため、世論調査に対してトランプ支持を公言するのを憚った有権者が少なくなかったというのがその主な理屈である[10]。
しかし仮にそのような「隠れトランプ支持者」が2016年選挙で重要な役割を果たしたとしても、今年の大統領選挙で同様の現象が起きるのかについては懐疑的な見方がある。2016年の時点では、トランプは従来の政治的・社会的規範から逸脱した候補者とみなされていた。しかし今回は現職の大統領であり、トランプ支持を公にすることを控える社会的圧力は、前回選挙時ほど強くないと考えられるからである。また今年の世論調査では、支持候補者を未だ決めていないと回答する割合が2016年よりも低いため、トランプ支持を隠している有権者が存在しているとしても、調査結果が変動する余地は少ない。
実は、2016年世論調査が誤った要因として、「隠れトランプ支持者」説よりも有力視されているのは、世論調査標本に重み付けをする際に、トランプ支持が強い大卒未満有権者を実際の母集団より過小に評価してしまったという問題である[11]。しかしこの点に関しても、2016年の反省を踏まえた改善が不断に行われている。世論調査で候補者支持の実態を完全に測定することは不可能であるが、トランプが主張するような規模の「サイレント・マジョリティ」が存在する可能性は、現時点ではさほど高くないと思われる。
[1] Michael Scherer, Josh Dawsey and Colby Itkowitz. “Trump Cancels Republican National Convention, His Latest Reversal As Coronavirus Spreads.” The Washington Post, July 24. (https://www.washingtonpost.com/politics/2020/07/23/d626e02e-cd2b-11ea-bc6a-6841b28d9093_story.html)
[2] The Associated Press. “AP Explains: Is a Trump White House Acceptance Speech Legal?” The New York Times, August 6, 2020. (https://www.nytimes.com/aponline/2020/08/06/us/politics/ap-us-hatch-act-explained.html)
[3] Michael M. Grynbaum and Annie Karni. “Trump Teases a Gettysburg Convention Speech. Experts Say It’s an Ethics Breach.” New York Times, August 10, 2020. (https://www.nytimes.com/2020/08/10/us/politics/trump-gettysburg-convention.html)
[4] カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校のThe American Presidency Projectに、1964年から2016年の全国党大会前後の支持率変化がまとめられている。Gerhard Peters. "The Post-Convention Bounce in Voters' Preference." The American Presidency Project. Ed. John T. Woolley and Gerhard Peters. Santa Barbara, CA: University of California. 1999-2016.(https://www.presidency.ucsb.edu/documents/presidential-documents-archive-guidebook/the-post-convention-bounce-voters-preference)。体系的な研究としては、やや古いが、1963年から88年の7回の大統領選挙を対象としたキャンベルらによる研究が、約5-7ポイントの支持率上昇効果を見出している。James E. Campbell, Lynna L. Cherry, and Kenneth A. Wink. "The Convention Bump." American Politics Quarterly 20.3 (1992): 287-307.; より最近の研究として、Aaron Weinschenk and Costas Panagopoulos. "Convention Effects: Examining the Impact of National Presidential Nominating Conventions on Information, Preferences, and Behavioral Intentions." Journal of Elections, Public Opinion and Parties 26.4 (2016): 511-531.
[5] Georffrey Skelley. “Why Counting On A Convention Bounce This Year Is Risky.” FiveThirtyEight. July 6, 2020. (https://fivethirtyeight.com/features/why-counting-on-a-convention-bounce-this-year-is-risky/)
[6] 各社世論調査を平均したFiveThirtyEightのデータによる(https://projects.fivethirtyeight.com/polls/president-general/national/)。
[7] Geoffrey Skelley and Anna Wiederkehr. “Biden Is Polling Better Than Clinton At Her Peak.” FieThirtyEight, August 5, 2020. (https://fivethirtyeight.com/features/biden-is-polling-better-than-clinton-at-her-peak/)
[8] Mario Parker. “Trump Campaign Manager Sees Bounce After Virus Briefings Revived.” Bloomberg, August 7, 2020. (https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-08-06/trump-campaign-chief-sees-bounce-after-virus-briefings-revived)
[9] Peter K. Enns, Julius Lagodny, and Jonathon P. Schuldt. "Understanding the 2016 US Presidential Polls: The Importance of Hidden Trump Supporters." Statistics, Politics and Policy 8.1 (2017): 41-63.
[10] 意識調査で生じるこのような問題を一般的に「社会的期待迎合バイアス(social desirability bias)」と呼び、その測定を試みる研究が近年急速に増えている。
[11] 世論調査研究者・実務家らによる共同研究成果が、American Association for Public Opinion Researchの報告書として公開されている(https://www.aapor.org/Education-Resources/Reports/An-Evaluation-of-2016-Election-Polls-in-the-U-S.aspx)。Courtney Kennedy, et al. "An Evaluation of the 2016 Election Polls in the United States." Public Opinion Quarterly 82.1 (2018): 1-33.も参照。