ポール・J・サンダース
米センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト 上席研究員
バイデン政権発足からまだそれほど時間が経っていないが、そろそろ新政権の外交政策の方向性を―少なくとも大枠においては―評価することができそうだ。超大国の利益と目標は多様で時に相反するというジレンマに対して、新政権がどう対応しようとしているのかは、まだあまり明らかになっていない。だが米国と中国という世界の二大大国の競争の中心的な舞台となるであろうインド太平洋地域については、今後多くの難しい判断を迫られることになるものと思われる。
公平を期して言うなら、政府高官に事前の説明を求めても、得られる情報には限りがある。計画や直感は大切だが、リーダーというのは特定の状況において重要な決断を下す(そして側近は助言を行う)のであって、抽象的な予測に基づいて何かを決めるわけではないからだ。そう考えると、バイデン新政権の優先課題のいくつかは、現実に選択を迫られた時になって初めて見えてくるのかもしれない。それにバイデン氏の前任者が好んで指摘したように、予測可能な政策は、時として有効性が損なわれる可能性がある。しかも国務省や国防総省の主要ポストの多くはいまだに空席のままなのだ。
・外交の中心は対中政策 ・政策実行に伴う困難 ・待ち受ける困難とバイデン政権の選択 |
外交の中心は対中政策
とはいえバイデン政権は、米国の外交政策において中国が中心的な位置を占めるであろうことは明確に示唆している。また、中国と効果的に競い合うことは、国内の課題を推進するうえでも重要だと考えている。例えばホワイトハウスは、米政府機関向けに示した国家安全保障戦略の暫定指針(Interim National Security Strategic Guidance)[1]の中で、中国を「経済・外交・軍事・技術力を用いて、安定的で開かれた国際システムに持続的に挑戦する能力のある唯一の競争相手」と定義した。また、バイデン大統領自身も、2月に国務省で行われたスピーチで、中国について「最も重大な競争相手」と述べている[2]。
バイデン大統領、アントニー・ブリンケン国務長官、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)らは、米国が「強い立場から」中国に向き合うことができるよう、同盟国と連携していく決意を繰り返し強調している[3]。ブリンケン国務長官は、オバマ政権での国務副長官時代に、3カ月ごとの日米韓次官協議を立ち上げたが[4]、バイデン政権も同様の場を設けることを検討しているとみられる。
政策実行に伴う困難
だが、中国と競争するのも同盟国と連携するのも、それほど簡単な話ではない。どちらも基本的には特定の問題において意味をもつものだからだ。中国の場合、バイデン政権は複数の優先課題(核兵器の管理、東アジアでの通常兵器による事実上の軍拡競争、貿易摩擦、台湾・香港・新疆ウイグル自治区をめぐる鋭い意見対立、「一帯一路」構想、欧州・南米・アフリカでの中国の経済外交、気候変動や今後起こり得るパンデミックなどの世界的課題等)に同時に取り組む必要がある。ブリンケン国務長官は、その困難さを認めたうえで「対中関係はそうすべきときには競争的なものに、可能なときには協力的なものに、必要なときには敵対的なものになるだろう」と述べた[5]。
こうしたアプローチは一見、極めてプラグマティックに思える。だが実際にはあまり機能しないだろう。たとえば米中の貿易を考えてみてほしい。果たして貿易は「競争すべき」分野なのか、「協力可能」な分野なのか、あるいは「敵対する必要がある」分野なのだろうか。2021年の通商政策課題についてバイデン政権が出した初の公式文書を見ると、政府は米中の貿易戦争を早期に集結させることを望んでおらず、両国の貿易関係を競争的関係と敵対的関係の中間ととらえていることが分かる。ホワイトハウスに代わって米国通商代表部が作成したこの文書には、「バイデン政権は、米国の労働者とビジネスに損害を与え続ける中国の不公正な貿易慣行に対して、利用可能なあらゆるツールを用いて対抗する」と記されている。また、新疆ウイグル自治区などで行われている「中国政府の強制労働による広範な人権侵害に対処することは、バイデン政権の最優先課題である」とも述べている[6]。米中の緊張は続いている。だが貿易は長年、両国関係の基盤であり続けてきた分野なのだ。
では気候問題はどうだろうか。前出の国家安全保障戦略の暫定指針において、「気候(climate)」という単語は全24ページ中27回登場する。気候問題は米国の政府関係者が中国政府と協力できる可能性があると見ている分野の1つだ。しかし気候変動対応で協力する一方で、クリーンエネルギーを推進する貿易や技術の分野では競争する、などということが果たして可能だろうか。しかも中国は法的拘束力のあるCO2排出量削減―特に中国の経済計画担当者が達成可能と予測する範囲を超えた削減―にコミットする可能性は少ないうえ、中国などの開発途上国よりも米国などの先進国の方が歴史的な排出量に対してより大きな責任を持ち、削減量を増やすべきだと主張してきた。一方、米国もまた、少なくとも上院が条約に批准しない限り、法的拘束力のある排出量削減にコミットすることはできない。そして批准に必要な67票に対して民主党の賛成票が50票以下しか得られない上院において、条約が批准される見込みはまずない。
貿易や気候変動の問題と同様に、同盟国との連携も容易ではないだろう。米国が「強い立場から」中国と交渉するためのサポートを得る目的で日本や韓国などの同盟国に接近するのであればなおさらだ。もちろん日韓をはじめとする同盟国は、中国の貿易慣行に対する米国の不満を共有している。だがその一方で、多くの国は中国と深い貿易関係を持っており、主要貿易相手国である米国と中国の対立に積極的に加担したい国はない。あるいは、中国国内での石炭火力への依存や国外への石炭の輸出をめぐって中国に圧力をかける多国間の取り組みに参加したいと考える国も、東アジアの主要同盟国の中ではまずないだろう。だがバイデン政権は現在、大統領選挙期間中に打ち出したこの計画を実現すべく、検討を始めている[7]。
待ち受ける困難とバイデン政権の選択
バイデン政権が言うように、新政権が表明した目標はいずれも、東アジアで幅広い米国の利益を実現するための善意の努力であるように思われる。しかし中国および同盟国との関係の複雑さを考えると、バイデン政権は貿易や気候変動の問題(これについては本稿で簡単に触れた)のみならず、安全保障(財政赤字の拡大に伴って国防予算削減への圧力が高まる一方、米軍の近代化と拡大に対する圧力もある)、人権と民主主義(米国の価値観を推進・擁護すべしとの圧力がある一方で、国際的な道徳的権威や信頼できるツールは少なくなっている)、核管理と核不拡散(米国とその同盟国は重大な脅威に直面しているが、米国人が武力の行使に懐疑的であるため、対抗手段は限られている)の問題についても、難しい選択を迫られることになりそうだ。バイデン政権がこうした難題にどう取り組み、どのような選択をするのか。それによって今後の米国の外交政策は形作られていくだろう。
[1] https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2021/03/NSC-1v2.pdf
[2] https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/
[3] https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/
[4] https://www.washingtonpost.com/national-security/biden-japan-korea-allies-blinken/2021/03/01/a3604258-76e4-11eb-9537-496158cc5fd9_story.html
[5] https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people/
[6] https://ustr.gov/sites/default/files/files/reports/2021/2021%20Trade%20Agenda/Online%20PDF%202021%20Trade%20Policy%20Agenda%20and%202020%20Annual%20Report.pdf
[7] https://www.politico.com/news/2021/02/13/biden-china-coal-fossil-fuels-468903