「加速するエネルギー転換と日本の対応」プロジェクトリーダー(共同)
国際大学副学長・国際経営学研究科教授
橘川 武郎
2021年4月22日、菅義偉首相は、アメリカのバイデン大統領が主催した気候変動サミットで、2030年度に向けた温室効果ガスの削減目標について、2013年度に比べ46%削減することを目指すと表明し、「さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていく」と述べました。日本国内では「46%」という数字が大々的に報道されたのですが、国際的には「50%」に言及したことの方が高い評価を受けることになったようです。
いずれにせよこの「46~50%」という新目標が、従来の目標を大幅に上方修正したものであることには変わりがありません。日本政府は、パリ協定を採択した2015年のCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で、「2030年度における国内の温室効果ガス排出量を2013年度の水準から26%削減する」という国際公約を行い、それを、2021年4月の気候変動サミット直前まで繰り返し公言してきました。この「26%削減目標」は、COP21以前の2015年に策定し、2018年の第5次エネルギー基本計画で追認した現行の電源ミックス(電源構成)・一次エネルギーミックス(石油、天然ガス、石炭、原子力、太陽光、風力などといったエネルギーの元々の形態での供給構成)と整合していたのです。したがって、新たに大幅上方修正された「46~50%目標」が設定されましたので、電源ミックス・一次エネルギーミックスを作り直さなければならなくなったわけですが、現時点で、政策当局による改定作業は難航しています。
難航の直接の原因は、①まず電源ミックス・一次エネルギーミックスを決定し、②それをふまえて温室効果ガスの削減目標を国際的に宣言する、というこれまでの手順が覆されたことにあります。①→②ではなく、②→①となったのです。今回は、バイデン政権の圧力という政治的要因が強く作用して、まず、「46~50%」という削減目標が決まりました。それを受けて、新目標と帳尻が合うように電源ミックス・一次エネルギーミックスを「調整」しなければならなくなったのです。このため、政策当局は混乱に陥っていると言えます。
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じつは、2020年10月から次期(第6次)エネルギー基本計画の策定作業を進めてきた資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会は、2021年4月13日の会合で、きちんとした根拠を積み上げたうえで、2030年度の電源ミックスにおける再生可能エネルギー電源の比率を現行の22~24%から30%前後に引き上げる方向性を固めていました。ところが、その9日後に「46~50%」という新しい温室効果ガス削減目標が設定され、それとのつじつまを合わせるためには、2030年度の再エネ電源比率は30%ではとても足りず、30%台後半にまで高める必要があることが判明するにいたったのです。
現行のエネルギー基本計画(第5次)における2030年の電源構成・一次エネルギー供給構成
つまり、十分な根拠がないまま、再エネ電源比率をさらに10%近く積み増さざるをえなくなったわけです。これでは、「調整」後の電源ミックスの実現可能性に対して、重大な疑念が生じることは避けられないでしょう。
また、政策当局は、「46~50%削減目標」とのつじつま合わせのために、2030年の総電力消費量・総エネルギー消費量を下方修正しようとしています。その操作の前提として、2030年の粗鋼生産量の想定値などを、大幅に削減する見込みです。しかし、この措置をやり過ぎると、日本の産業に未来はないというサインになりかねません。将来に禍根を残すおそれがあるので、措置を講じるにあたっては慎重な姿勢が求められるのです。
さらに見落としてはならないのは、再生可能エネルギー比率を大幅に上昇させるためには、他の電源・エネルギー源の比率を大幅に低下させなければならない点です。2030年度の電源ミックスにおける「原子力発電比率20~22%」が達成不可能であることは誰の目にも明らかですから、本来であれば、まずは原子力の比率を下げるべきでしょう。ところが、政策当局は、原子力施設立地自治体への配慮などの政治的思惑もあって、「調整」後の第6次エネルギー基本計画に盛り込む2030年度の電源ミックスないし一次エネルギーミックスにおいても、原子力の比率を引き下げることはせず、現行の水準のままで据え置こうとしています。そうなれば、比率低下の対象は、電源ミックスについては火力発電、一次エネルギーミックスについては化石燃料に絞り込まれるわけです。
火力発電ないし化石燃料にかかわるエネルギー源のうち石炭については、もともとある程度の比率低下が見込まれていました。しかし、温室効果ガス「46~50%削減目標」とのつじつま合わせの結果、石炭の比率低下の幅が適正な範囲を超える可能性があります。石炭比率を過度に低下させると、エネルギー安定供給やエネルギーコスト削減に関して支障が生じることになりかねません。
そしてもう1つ留意すべき点は、火力発電ないし化石燃料の比率低下の影響が、石炭にとどまらず天然ガスにも及ぶことです。現行の第5次エネルギー基本計画は、字面のうえでは「天然ガスシフト」をうたっているものの、実際には天然ガスの未来に水を差す内容となっています。もし、まもなく策定される第6次エネルギー基本計画で、温室効果ガスの「46~50%削減目標」との帳尻合わせのために、2030年の電源ミックスないし一次エネルギーミックスにおける天然ガスの比率が引き下げられるようなことになれば、天然ガスの未来はさらに暗いものになり、LNG(液化天然ガス)の調達にも否定的な影響が生じるでしょう。そのような事態が起これば、エネルギー安定供給に支障をきたすだけではありません。肝心の温室効果ガスの削減にも、悪影響を及ぼします。と言うのは、2030年までの時期には、同一熱量当たりの二酸化炭素排出量の違いにより、石炭・石油から天然ガスへの燃料転換が温室効果ガスの削減に効果をあげると見込まれるからです。
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このように見てくると、様々な問題をもたらす温室効果ガスの「46~50%削減目標」が悪いかのような印象が、生まれるかもしれません。しかし、そのような見方は、まったくの的外れです。「46~50%削減目標」それ自体は、パリ協定が打ち出した「1.5℃シナリオ」と整合的であり、高く評価されてしかるべきなのです。
端的に言えば、悪いのは「46~50%削減目標」の方ではなく、原子力比率が高過ぎ、再エネ比率が低過ぎる現行の電源ミックス、およびそれを追認した第5次エネルギー基本計画の方なのです。2015年に現行の電源ミックスを策定した際に、あるいは少なくとも2018年にそれを第5次エネルギー基本計画として追認した際に、2030年度の電源ミックスに「原子力15%、再エネ30%」という的確な数値を盛り込んでおりさえすれば、今日われわれが直面している問題の深刻度はかなり低減していたに違いありません。例えば、「2030年度再エネ30%」の方針が明示されていたならば、2020年12月策定のグリーン成長戦略がいの一番の施策として打ち出した「2030年までのあいだ毎年100万kWずつ洋上風力の建設に着手する」という施策は3~6年前から実施されていたことになりますし、そうなっていれば、2021年の時点で、2030年度における再エネ電源比率を30%台後半に引き上げたとしても、一定の現実性をともなうことになっていたでしょう。
気候変動問題への対応で世界に遅れをとっていた日本は、2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、2021年4月に「2030年温室効果ガス46~50%削減(2013年比)」を公約することによって、目標のうえでは、一応世界に追いつきました。ただし、施策面では、第5次エネルギー基本計画に象徴される過去の悪政がたたって、2030年時点においては、まだ世界に追いつけていないのではないでしょうか(今回の「46~50%削減目標」も、京都議定書の削減目標がクレジット購入によって達成されたのと同様に、資金拠出をともなう形で達成される蓋然性が高いと言えます)。
しかし、われわれは、悲観ばかりしているわけにはいきません。2030年には間に合わないとしても、2050年にはまだ時間的余裕があります。様々な施策を動員すれば、「2050年カーボンニュートラル」を達成することは十分に可能です。今を生きる日本人である我われは、地球市民としての責務を果たさなければなりません。
本シンポジウムの登壇者のなかには、「30年度46~50%削減目標」の達成に関して、筆者よりも楽観的な見方をとっている方もおられます。シンポジウムでは、「30年度46~50%削減」「50年度カーボンニュートラル」を実現するために必要な施策は何かについて、真剣に議論していきます。
(注:この文書の内容は、あくまで筆者の私見であり、シンポジウム登壇者の見解を代表するものではありません。)