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イギリスの「ネオコン」集団と英米関係  久保文明(東京財団上席研究員、東京大学教授)

May 7, 2009

はじめに

「イギリスにもネオコンがいますよね」。私は数年前、日本でイギリス政治やイギリス外交の専門家に何回か聞いてみたことがある。答えは一様に「いません」であった。しかし、私はある知人から、『全体主義に抗して—左翼は新保守主義的外交政策を支持する』(2005年)という本の存在を知らされており、そのような反応はやや不可解であった。その著者のオリバー・カムについていろいろと調べているうちに、ヘンリー・ジャクソン協会と名乗る団体の存在を知ることになった(本書については以下を参照Oliver Kamm, Anti-Totalitarianism: Left-Wing Case for a Neoconservative Foreign Policy(2005); http://www.amazon.co.jp/Anti-Totalitarianism-Left-wing-Neoconservative-Foreign/dp/190486306X)。

2007年の2月から3月にかけて2回ほど、ロンドンを訪ねる機会を得た。これ幸いに、カム氏との面会の約束をとりつけ、協会についていろいろと聴き取り調査を行い、さらに同協会事務局長のアラン・メンドーザ氏とも会うことができた。

このたび、ロンドンで開催された同協会開催の研究会に出席する機会を得た。本エッセイでは、同協会について簡単に説明し、また研究会についても手短かに報告してみたい。

ヘンリー・ジャクソン協会

同協会は2005年に設立されたばかりである。詳しくは協会のホームページをご覧いただきたい(http://www.henryjacksonsociety.org/)。設立の理念などもここに記されている(文末にも掲載した)。同協会は、アメリカの上院議員であり、アメリカの新保守主義者にとって長らく英雄であったヘンリー・ジャクソンの理念は、冷戦を勝ち抜くのにきわめて効果的であったが、冷戦終結後の時代においてその重要性はさらに大きいと考える。

トニー・ブレアなど、もしイギリスの政治家の名前を付した場合には、保守党寄り、あるいは労働党寄りという政党色が鮮明になってしまう。それを避けたいというのが、このような名前を付した理由の一つのようである。新保守主義者の集団であることをあからさまに示すような名称も、それが一般的に、とくにヨーロッパでそれほど人気がない以上、魅力的な選択肢ではなかった。ちなみに、アメリカでは、新保守主義者は共和党系の者が多く、国内政治でも共和党的政策を支持する場合が多いが、イギリスにおいてはだいぶ事情が違うようである。すなわち、ネオコン的外交の支持者は「保守」だけでなく、「労働」党にも散らばっている。

そして何より、ジャクソン上院議員が信奉した外交理念が、同協会創設者の思想にもっとも合致したという面が強かったようだ。

たまたま私が出席した2007年3月にケンブリッジで開催されたある国際関係に関する会合では、イギリス外務省からの参加者が、オックスフォードを拠点に、新保守主義者の団体があることについてすでに触れていた。同協会は早い段階から、一定の認知を受けていたものと推測される。

同協会の原則表明への署名者には、保守・労働両党にまたがって国会議員の名前が散見される(http://www.henryjacksonsociety.org/signatories.asp?pageid=36)。また、海外の賛同者のリストには、マックス・ブート、ジーン・エルシュタイン(シカゴ大学教授)、ロバート・ケーガン、マックス・カンペルマン、ウィリアム・クリストル、リチャード・パール、ジェームズ・ウルジーら、多数の新保守主義系、ないし保守系のアメリカ人の名前が掲載されている。ただ、アメリカでも、元民主党人権派下院議員のステファン・ソラーズの名前も含まれている。ナタン・シャランスキーも賛同者の一人である(http://www.henryjacksonsociety.org/content.asp?pageid=37)。

前述の本の著者カムは、イギリス左翼の立場から新保守主義的外交政策を擁護している。カムによれば、思い起こせば、労働党は第二次大戦終了直後、鋭く反共であり、外でソ連の脅威に断固として対抗しようとし、内では党内の共産主義シンパの労働組合員を党から追放した。しかし、1970年代から労働党は核軍縮のためのキャンペーンにコミットし過ぎ、武力行使に過度に消極的になってしまった。しかし、ボスニア・コソボの例にみられるように、冷戦後も軍事力行使を選択肢の一つに含める外交政策の必要性は消えておらず、むしろますますその必要性は高まっていると説く。冷戦直後はトルーマン・ドクトリンでもってソ連の脅威に正面から対抗しながら、ヴェトナム戦争後軍縮を基調とする政党に変わったアメリカの民主党の軌跡とある程度パラレルである。

アメリカの文脈で言うと、協会は、もとより新保守主義者的外交政策を支持していることになるが、同時にリベラル・ホーク的外交政策、すなわち人道的介入も擁護していることになる。

要するに、ジャクソン協会は全体として、自由民主主義を拡大すること、および強力な軍事力を維持することを強く支持する団体といえよう。

英米関係を考える

2009年4月22日にイギリス下院議事堂第10委員会室にて開催された「大西洋両岸および国際的安全保障に関する全国会会派研究会」(The All-Party Parliamentary Group on Transatlantic & International Security)に出席した(会合の案内は以下のサイトを参照。http://www.henryjacksonsociety.org/stories.asp?pageid=49&id=1120)。2年前から毎回案内状はメールで受け取っていたが、そう簡単に出席できるものではない。ようやく機会を得たことになる。

ちなみに、ジャクソン協会は上記の「全国会会派研究会」と、「HJS(ヘンリー・ジャクソン協会)行事」の2種類の研究会を頻繁に開催している(過去の会合の詳細は以下のサイトを参照。http://www.henryjacksonsociety.org/content.asp?pageid=34)。

研究会の幹事役が、ジャクソン協会事務局長のメンドーザ氏である。当日のスピーカーはジェイミー・シー博士であった。シー氏はNATO本部の政策企画局長であり、またジャクソン協会の原則表明の署名者でもある。NATO事務総長、NATO指導部に対して同盟が直面する戦略問題に関して助言し、また補佐するのが現在の職務である。

司会役は、労働党下院議員のギセラ・スチュワート氏が務めた。
主催者の問題意識は、案内状によれば、次のようなものである。「オバマは極端なイスラム思想との闘い、およびグワンタナモ収容所の閉鎖におけるヨーロッパの役割について力強く語った。しかし、オバマの試みは、アフガニスタンでのNATOの実績という厄介な問題によって、一部冷や水を浴びることになった。そこでの共同の使命を支援するために増派するようにというオバマ大統領の要請に対して、イギリスのみが、それも嫌々ながら、応えたのであった。フランスとドイツが非軍事の支援のみを提供し、他の国々も何千人という兵力が必要とされているなかで、10人単位の兵員を提供するだけにとどまるなか、NATO首脳会議は失敗であったといえるのであろうか。また、フランスがNATOの軍事的枠組みに再び統合され、またアルバニアとクロアチアが新たにメンバーとして加わることになったにもかかわらず、NATOは実効のある同盟として無意味な存在になり下がりつつあるのであろうか」。

さて、シー氏は講演において次のように述べた。

クリントンとG.W.ブッシュの場合、大統領就任当初は内政に焦点を当てていたが、オバマ大統領の場合は、最初から内政と外交両歩を重視している。今回のNATO首脳会議で、アメリカのアフガニスタン戦略は構成国から支持されたが、正確には戦略の再検討が支持されたというべきである。ヨーロッパ諸国にとってオバマ大統領は「no」といいにくい困難な相手である。

オバマ政権そのものは、かなりプラグマティックな政権である。「ジョージ・オバマ」というべき部分もある。あるいは、父親のブッシュに近いところがあるとみている。米軍の再編などは前政権から始まっていた。中東におけるイスラエル・パレスティナ二国家案も、対アジア政策でもインドとの原子力協定などは、前政権のものである。そしてアフガニスタンについても、NATO諸国は、すでにG.W.ブッシュ政権のもとで多くの協力を実施していた。変化だけでなく継続の部分も注視しておくべきである。

ただし、変化もある。第一に、オバマ政権は前政権よりアフガニスタンをはるかに重視している。この点を銘記しておくべきである。アフガニスタン、そしてそれと密接に関連したパキスタンは、まさにNATOのテストケースと考えられる。

ちなみに、自国の安全保障の責任をアフガニスタン政府に引き渡すことが、アフガニスタン戦争の出口戦略である。

アメリカがNATO諸国に期待しているのは、軍や警察の訓練であり、さらには財政的な支援である。アフガニスタンでの農業開発支援やパキスタンの貧困問題緩和での協力も期待されている。

第二に、オバマ政権は軍縮交渉を復活させる。第三に、国際刑事裁判所などでの態度変更がありうる。第四に、ロシアとの関係という文脈で、ヨーロッパ諸国に対してロシアの石油や天然ガスに対する依存度を減らすようにメッセージを発している。

結論的には、民主化の推進、民主主義の支援は、決して間違いではない。アフガニスタンでの戦いもここに含まれる。また、しばしば言われる「アメリカの時代の終焉」に対しても、自分は懐疑的である。とくに政府と非政府のさまざまな人的リソースを糾合するネットワーク力といった側面に着目すると、そう簡単にアメリカ時代の終焉を語れるとは思えない。

シー氏はこのように語ったのである。

若干のコメント

セミナーそのものは1時間程度の短いものであった。出席者は30-40名前後であったろうか。質問者にはジャーナリストが多かったようである。

会合の主催者の性格からして、内容については意外なところはなかったが、超党派の多くの議員に支えられて頻繁に会合が開催されていることが印象的であった。また、シー氏のオバマ政権外交についての分析は、一方で前政権との継続性に注意を喚起しつつ、その断絶について、かなり包括的に語った。このような落ち着いた分析とともに、アフガニスタンでの戦いを支援する必要性について、またアメリカの力を過小評価すべきでないことについて、力強く訴えた。この部分は、全面的にオバマ政権のアフガン政策支持であった。

もとより、イギリスの外交政策専門家全体の中でどの程度、本協会が影響力をもっているかについて、私には判断する材料と能力はない。しかし、イギリスの外交コミュニティにおいて、アメリカの強いリーダーシップを支持し、それに呼応しようとし、また強力な軍事力を保持し、また軍事力行使を、とくに人道的介入に関してはある程度積極的に考える集団が、超党派で存在することを知っておくことは重要であろう。それが、しばしば指摘されるアメリカとイギリスの「特別な関係」を支える柱の役割を果たしているとまでは断定できないであろう。しかし、それを背後で支える一つの要因である可能性は否定できない。

もう一点、ジャクソン協会は、政策案や政治思想の拡散という点においても、実に興味深い。新保守主義的外交政策はアメリカ発の外交思想であるが、それは、イギリスからすると、そもそも第二次大戦直後にイギリス左派が支持した政策案でもあった。G.W.ブッシュ政権期にその外交政策案が顕在化したことによって、それを再発見することにつながり、政策集団の発足に至り、明確な政策的な形を備えて登場するに至っている。本家アメリカのネオコンとの交流も盛んである。このような観点から英米関係を見ることも有益であろう。

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参考: 以下は、ヘンリー・ジャクソン協会の原則表明である。


The pursuit of a robust foreign policy was one of Henry ‘Scoop’ Jackson’s most central concerns. This was to be based on clear universal principles such as the global promotion of the rule of law, liberal democracy, civil rights, environmental responsibility and the market economy. The western policies of strength and human rights, which later hastened the collapse of the Soviet dictatorship, owed much to Jackson’s example. The fundamental and enduring values of the modern democratic world eventually prevailed.

Yet perhaps we were too complacent during the immediate post-Cold War period. New threats to the very essence of liberal democracies challenged our resolve. Our failures in the former Yugoslavia (especially Bosnia) were more than just moral. Through their impact on the credibility of our international institutions, such as NATO and the EU, they had a profound effect on the national interests of western powers. These fiascos showed that we had to engage, robustly and sometimes preventatively. The early interventions in Kosovo and Sierra Leone, although imperfect, provide an appropriate model for future action. But modernisation and democratisation often does not require a military solution. For example, the European Union has been instrumental in expanding its democratic ‘Grand Area’ on the continent since the fall of the Iron Curtain. So has NATO, through the process of eastern enlargement, and various initiatives engaging the Soviet successor states.

We believe, therefore, that Henry Jackson’s legacy is as relevant today as his policies were during the Cold War; indeed, perhaps it is even more important than at any time previously. Therefore, the Henry Jackson Society:

1. Believes that modern liberal democracies set an example to which the rest of the world should aspire.

2. Supports a ‘forward strategy’ - involving diplomatic, economic, cultural, and/or political means -- to assist those countries that are not yet liberal and democratic to become so.

3. Supports the maintenance of a strong military, by the United States, the countries of the European Union and other democratic powers, armed with expeditionary capabilities with a global reach, that can protect our homelands from strategic threats, forestall terrorist attacks, and prevent genocide or massive ethnic cleansing.

4. Supports the necessary furtherance of European military modernisation and integration under British leadership, preferably within NATO.

5. Stresses the importance of unity between the world’s great democracies, represented by institutions such as NATO, the European Union and the OECD, amongst many others.

6. Believes that only modern liberal democratic states are truly legitimate, and that the political or human rights pronouncements of any international or regional organisation which admits undemocratic states lack the legitimacy to which they would be entitled if all their members were democracies.

7. Gives two cheers for capitalism. There are limits to the market, which needs to serve the Democratic Community and should be reconciled to the environment.

8. Accepts that we have to set priorities and that sometimes we have to compromise, but insists that we should never lose sight of our fundamental values. This means that alliances with repressive regimes can only be temporary. It also means a strong commitment to individual and civil liberties in democratic states, even and especially when we are under attack.

The Henry Jackson Society is dedicated to researching and debating these issues. We do not represent any specific political party or persuasion, but provide a forum for those who agree with these simple guiding principles, or who wish to learn more about them.

  • 研究分野・主な関心領域
    • アメリカ政治
    • アメリカ政治外交史
    • 現代アメリカの政党政治
    • 政策形成過程
    • 内政と外交の連関

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