上席研究員、東京大学教授(アメリカ政治)
久保文明
トランプ氏はポピュリストとして選挙戦を戦い、ほかの人にはできなかった独特の集票力を発揮することができました。白人の労働者階級で驚異的な得票をあげた理由は、政策的には三つぐらいあります。
一つは、不法移民に対する激しい攻撃や批判です。メキシコ国境の壁や、移民は麻薬中毒者や犯罪者だというあからさまな批判。共和党の大統領候補はここまではやりませんでした。
もう一つは保護主義。共和党は基本的に自由貿易主義者で戦ってきました。トランプ氏は逆に環太平洋経済連携協定(TPP)や北米自由貿易協定(NAFTA)の離脱を訴えました。
最後は孤立主義です。北大西洋条約機構(NATO)や日本や韓国など古い同盟はもういい、と。「米国第一」の部分です。
トランプ氏が白人労働者層を引き寄せたのは、こうした反不法移民や保護主義が起爆力となりました。
では、ポピュリストとして国を治め、外交をうまく行えるか。この1年をみると、トランプ氏のように政策について専門的な能力や知識を持っていない場合、相当難しいと思います。
国境の壁やNAFTA離脱など、半分ぐらいは実現する可能性は残っていますが、実現には政策的な跳ね返りというかマイナスの効果もあります。十分に政策の影響や結果を考えていない公約でした。
次の課題は、国境の壁の建設費確保と大型インフラ投資でしょう。後者はトランプ氏の支持基盤の拡大につながります。農村部や過疎地域の雇用問題に応える政策になりえます。
「小さな政府」を言うだけの共和党と違う、良い意味でのトランプ流というか。私は「北部戦略」と呼んでいます。共和党はもともと南部は強いが、北部の労働者層にどう迫っていくのかが課題でした。
その点で、トランプ氏がインフラ投資や保護主義、反不法移民をしっかりと進めていくなら、けっこう北部でも勝てるパターンになるのではないか。ただ、議会との関係も含め、きちんと洗練した形で政策実現を進める力量がトランプ氏にあるかというと、私は難しいと思います。
今後のトランプ氏のリスクは大きく二つあります。
まずは国際経済的なリスク。トランプが公約通り孤立主義を貫き、NAFTAやWTO(世界貿易機関)から離脱すれば、大きなリスクとなります。
それから国内の不安定リスク、それはまさにロシア疑惑でしょう。もし今年の中間選挙で共和党が下院で敗北すれば、弾劾(だんがい)裁判が始まるかもしれない。順調に上がってきた株価が落ちるかもしれません。
将来的な問題としては、共和党のなかで、トランプ流の反不法移民や保護主義、孤立主義で選挙を戦えば票が取れることが実証されてしまいました。トランプ氏よりも賢く、原理原則を持った指導者が出て政策を進めると、通商や同盟関係が危機になるかもしれません。米国は世界秩序を守る役割から本当に撤退することも起きえます。
逆に言うと、トランプ氏があまり政策に明るくなくて助かった、という皮肉でもあるのですが。(聞き手・土佐茂生)
出所 2018年1月23日(月)「朝日新聞」より転載
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