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オバマ大統領の新外交戦略―IT外交― 横江公美

January 12, 2011

中間選挙が終わってバラク・オバマ大統領が最初に訪問したのはインドだった。そこで、オバマ大統領は、インドとの間でオープン・ガバメントの協力体制を作ると発表した。

一見すると、インドはアメリカのIT産業に深く絡んでいるゆえの結果のように見える。だが、よくよく観察すると、オバマ大統領再選にむけた起死回生の策が、ITを使った外交戦略であることが垣間見えてくる。オバマ政権は、オバマ大統領を誕生させたネット戦略を外交政策にも活かそうとしているのである。

技術を使う外交戦略へ

デジタル外交の中心的役割を担うのは、もちろん国務省である。2010年1月、ヒラリー・クリントン国務長官は、ワシントンDCのニュースに関する博物館「ニュージアム」でインターネット・フリーダムという言葉を使って基調講演を行った。

インターネット・フリーダムとは、先端技術のインターネットを使って外交と開発を結合しようという、ヒラリー長官率いる国務省の新しい挑戦である。ヒラリー長官は、インターネットでつながった世界では、人々は今まで以上に自由を手にすることになる、と演説した。

そして、翌日、国務省のIT技術部門の筆頭アドバイザーのAlec Ross(アレック・ロス)が、ヒラリー長官の語ったインターネット・フリーダムに関する記者会見を行った。そこで、ロスは、国務省が目指す、ITを使った包括的な外交政策21st Century Statecraft(21世紀の外交術)を紹介した。ロスは、筆者とのインタビューで、21st Century Statecraftは、オバマ政権における、これまでの「人権外交」にかわる外交政策の要である、と語った。

人権というと拒否する国も多い。しかも人権外交はカーター大統領の下で登場したもので、既に使い古された感がある。さらに、現在のアメリカは、iPadやiPhoneが登場し、第二次IT革命ともいえるソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)革命の真っただ中だ。オバマ政権は、この便利さと楽しさが共存する価値を、外交カードとして使おうというのである。

ちなみに、日本ではSNSと言うとフェイスブック、ツィッターに代表されるが、アメリカでは検索サイトのグーグルも参加型百科事典のウィキペディアも、ビデオ投稿サイトのYouTubeも含まれる。グーグルは、その瞬間のユーザーの検索回数に応じて検索結果が表示されるので、個人が作る参加型検索とみなされSNSの扱いになっている。

実は、国務省は、ブッシュ政権の時からSNSの活用に取り組んできた。国務省の役人が情報共有するために、国務省内Wikiが作られている。ブッシュ大統領はテロとの戦いの一環として、当該国の言語でサイトを作るなどして、当該国の国民に情報を送る取り組みも行ってきた。

そのため、ロスが目指す先端技術を使った新外交も、当該国の国民向けのパブリック・ディプロマシーとして理解されることが多い。実際、ヒラリー長官のインターネット・フリーダム講演に続いて、パネリストとして登壇した新アメリカ財団(New America Foundation)のRebecca MacKinnon(レベッカ・マッキノン)研究員は、「インターネット・フリーダムの演説を聞いた時は、パブリック・ディプロマシーとして理解していた」と語った。

しかし、21st Century Statecraftは、非常に斬新な試みなのである。ちなみに、筆者もロスにインタビューするまでは、パブリック・ディプロマシーとして理解していた。21st Century Statecraftのページが構築され、かつ国務省やホワイトハウスから聞こえてくる話から、ようやくその全体像が見えるようになってきたのは、中間選挙が過ぎたあたりからである。

21st Century Statecraftを始動する

もちろん、現在も従来型の外交が主体であるが、国務省では21st Century Statecraftの責任者アレック・ロスを先頭に新しい試みが行われている。ロスは、ツイッターを発信の道具に使い始めた。ツイッターで、国務省に関連する法案の進捗状況を伝えたり、ネットに関連する記事を紹介したり、クリントン長官の動向を紹介する。

さらに、ロスは、冬休みに実家のあるボルチモアで名物のカニコロッケを食べた、という個人的な情報も書き込み、ロス本人が書いていることをアピールする。現在、ツィッターにおけるロスのフォロアー数は、30万人を超える。政治界で、この数字より多いのは、オバマ大統領と2008年大統領選挙の共和党候補者ジョン・マケイン上院議員ぐらいである。行政スタッフではトップを走っている。

さて、21st Century Statecraftのページを見てみよう。このページは、このプロジェクトの広報に留まらず、世界の問題を解決することを目的に、SNSなどの機能を提供している。

21st Century Statecraftが誕生したきっかけは、2010年1月に起きたハイチ大震災への対処だった。2012年1月12日、地震発生の2時間後に、国務省が協力して、TEXT Haiti 90999プロジェクトが始動した。これは、携帯メールで90999あてにHaitiと入力すると、赤十字に10ドル寄付されるという仕組みになっていた。

オバマ大統領もミシェル夫人もクリントン長官もこのプロジェクトの告知に参加し、200万人近いフォロアーを有するホワイトハウスのツイッターもつぶやいた。結果、このプロジェクトは約4000万ドル(約32億円)の赤十字への援助金を集めてしまった。

告知に留まらず、アクションを起こし、何らの結果につなげる、というのが、21st Century Statecraftの本質なのである。

21st Century Statecraftでは、別の具体的な取り組みも始まっている。それはモバイル・バンキングである。金融システムが整っていない国を援助するために、マイクロ・ファイナンスと銀行を組み合わせたモバイル・バンキングを活用しようというのである。

このほか、メキシコの犯罪を減少するためのSNS活用の可能性や、予算が削減されたイランやイラクのパブリック・ディプロマシーにSNSを活用しようという動きがある。

21st Century Statecraftのページを見ると、Tech@StateとCivil Sciety2.0という特別ページが作られている。Tech@Stateは、21st Century Statecraftに関して国務省が行うフォーラムである。そこでは、上記のハイチ援助とモバイル・バンキング、そしてCivil Society2.0がアメリカの外交政策に及ぼす影響について議論が行われている.

Civil Society 2.0 とは、オバマ政権らしく、NPOやNGOなどの各国の草の根活動を支援する取り組みである。ハイチ援助も赤十字を使って行われたように、援助や開発では、政府以外の組織との連携が不可欠である。とりわけ、アメリカ政府と関係が良くない国においては、それらの存在は重要である。

21st Century Statecraftを取り巻く人々

21st Century Statecraftは、2009年1月・2月号のForeign Affairsに掲載された「America’s Edge」を元にしている。著者は、当時、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクールの学部長だったアン=マリー・スローター(Anne-Marie Slaughter)である。そこでは「アメリカはコネクティビティ(つながり)をうまく使えば、21世紀をアメリカの世紀にすることができる」と要約されている。そして、スローターは、2009年1月23日、国務省の政策企画本部長に任命された。

アレック・ロスは、彼女の論文を理論的支柱に置き、この論文を各国に駐在するアメリカ大使に送ったと言われている。そして、ロスは、この政策の価値を認め実現に力を入れるクリントン長官を21st Century Statecraftの「ゴッド・マザー」と呼んでいる。

そして21st Century Statecraftの実行部隊のナンバーワンは、Jared Cohen(ジャレッド・コーエン)だった。コーエンは、ジョージ・ブッシュ政権下でコンドリーサ・ライス長官に指名され、国務省で働くようになった。当時、彼はすでにSNSをつかって世界中の人々とネットワークを構築しており、イランやシリア、アフリカといった情報が取りにくい地域の情報に誰よりも長けていた、とライスが認めるほどだった。

2009年1月共和党政権からオバマ大統領率いる民主党に政権交代したが、コーエンは国務省に引き留められた。通常、政権交代すると前政権で指名されたスタッフは職を失うが、彼は、例外的に残ることを請われた。そしてオバマ大統領のネット選挙の要の一人と言われるロスと出会い、二人三脚で21st Century Statecraftを作ってきた。

ロスとコーエンは、グーグルやツイッターなどのCEOと関係を深め、彼らを新外交政策に引き込みながら21st Century Statecraftを育ててきた。2人はこの業界のCEOとともに開発が必要と思われる国も訪問し、21st Century Statecraftにビジネス界も巻き込んだ。

しかし、コーエンは中間選挙直前に国務省を辞め、グーグルの非営利部門に籍を移した。これは、グーグルが政府の頭脳を得たと、ワシントンDCでは大きなニュースになっていた。だが、21st Century Statecraftの流れは止まるどころが、オバマ政権は、さらなる期待を寄せるようになっている。

というのも、中間選挙敗北を受け2012年再選へのきっかけを作るために、ホワイトハウスも、21st Century Statecraftに注目するようになったからだ。繰り返しになるが、オバマ大統領がインド訪問の際に、オープン・ガバメントの協力体制を構築したことはまさにこの流れにあると考えられる。

最後に政府の外から、21st Century Statecraftを支えるシンクタンクを紹介しよう。それは、ワシントンDCに本部を置くNDN(ニュー・デモクラット・ネットワーク)である。アレック・ロスは、所長のサイモン・ローゼンバーグとともに、2007年5月に「A Laptop in Every Backpack」という小論を書き、そこでは、すべての小学6年生がラップトップを持つことの意義を訴えていた。ローゼンバーグは、ロスとともに21st Century Statecraftの生みの親といえるのである。

さらに、NDNでは、研究員のサム・デュポン(Sam Dupont)が、Global Mobilという名の研究を行い21st Century Statecraftを後押ししている。

日本も一緒にやろうよ

21st Century Statecraftについて、国務省のアレック・ロスにインタビューした際も、NDNのサイモン・ローゼンバーグ、そしてサム・デュポンにインタビューした際も、「日本にも協力してほしい」と言われていた。もちろん、まだ大きな声ではないが、アメリカ政府は日本政府にも声をかけている。

21st Century Statecraftは、とりわけ世界の貧困とテロの解決を目的にする。しかも人権に代替する外交カードという面では、唯我独尊に成長を続ける中国がおのずと対象になる。日米同盟を組み、かつ技術やコネクトティビティの面から考えても、日本は最大のパートナーになる可能性を持っている。

オバマ政権の電子政府の最大の取り組みであるData.govのサイトには、パートナーになっている国が紹介されている。イギリス、カナダ、オーストラリア、デンマーク、スペインなどが挙がっているが、アジアの国は皆無だ。

日米同盟50周年を終え、しかし普天間問題で日米同盟がきしむ現在、21st Century Statecraftという名のもとに、「情報技術」で協力することも一つの手ではないだろうか。

日本が協力することで、その流れが、情報開示に積極的なアジアの民主主義国家に広がっていけば、日米双方に利が生まれる。ある種ウィン・ウィンの戦略である。しかも、コスト部門である外交だが、日本のビジネスと絡めば日本の経済にも貢献する。日米デジタル外交協力は、両国のウィン・ウィンに留まらず、日本の外交と経済においてもウィン・ウィンになると思うが、いかがだろうか。


参考文献・サイト

Alec Rossのツィッター
国務省 21st Century Statecraft
Anne-Marie Slaughter,“America’s Edge”, Foreign Affairs, Jan/Feb 2009,
Data.gov
Alec Ross & Simon Rosenberg, “A Laptop in Every Backpack”2007,5,NDN

■横江公美:東京財団「現代アメリカ」プロジェクトメンバー、Pacific 21 代表、明治大学・東洋大学・青山学院大学非常勤講師

    • PACIFIC21代表、ヘリテージ財団元上席研究員
    • 横江 公美
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