2011年6月14日に現代アメリカ研究会(外交安全保障チーム)の第2回研究会が開催されました。今回は、本チームのメンバーである泉川泰博先生(中央大学准教授)に『今後の東アジアの国際関係とアメリカ ―中国の台頭下におけるハブ=スポーク・システムの行方と日本への含意―』について報告していただきました。
概要
本報告は、これまで東アジアに安定をもたらしてきたとされる、アメリカを基軸とした二国間同盟または提携関係から成立するハブ=スポークス型の東アジアの安全保障システムが今後どのように推移していくのか、に答えようとするものである。そのうえで、中国の台頭がそれに対してどのような影響を与えてゆくのか、という問題について検討を加えるものである。ただし、中国の経済成長はスローダウンしつつも継続していく、という前提で分析を行う。
中国の台頭がもたらす米中関係および東アジアの国際システムについては、3つのシナリオが考えられる。それらは、?米中対立・衝突、?米中共存、?中国の地域覇権である。それぞれの場合アメリカの対応は、ハブ=スポーク型同盟システムを?強化、?現状維持、?弱体化させる(特に韓国、台湾)。本報告では、ネットワーク分析によりこれら説明枠組みの妥当性について、検証する。ネットワーク分析の基礎には、?行為者は、必要なリソースを持つ他の行為主体と自らの持つリソースを交換する、?限られた交換機会で自らの利益を最大化する、ということがある。すると、中国の台頭に対して今後、アメリカはアジアとの関係維持・強化の模索をする一方で、中国は「スポーク」国家とより密接な関係をもつようになると考えられる。つまり、ハブ=スポークス型の枠組みでは捉えきれない国際政治のダイナミクスが生まれてくる(あるいは、既に生まれている)と考えられる。より具体的に言えば、物質的パワーの面では米中二極体制だが、両局間での相互関係が複合的に併存した、冷戦時代とは異なった複合的二極システムとなるのではないか。そして、その中では、ハブ=スポーク型システムは存続はする一方で、現実的には、異なる外交課題に応じた、同盟・提携関係を超えた多様な協力・連合を可能とし、また必要とするものであろう。
こうして考えると、オバマ政権は東アジアへの関与を増大させており、二国間同盟にとどまらず、多様な関与によってその影響力と選択肢を維持することが重要だとする傾向が続いていくと考えられる。そういった中で、日本は、日米関係を機軸にしつつも、東アジアの諸国とニーズに従って協力・提携関係を模索できるような関係を構築する必要があるだろう。
質疑応答
Q:日韓の関係が強化される、もしくはインド、オーストラリアなどが関与してくるような展開はありうるのか?
A:東アジアにおける柔軟な強力を可能にする必要があるという意味では、意義がある(特に日韓)。ただ、一部にハブ=スポーク型システムが、韓米日や日豪米などの三角形型のフォーマルな提携関係に進化するという論者がいるが、それに関しては懐疑的である。
Q:ボブ・ロスは「アメリカは早くアジアから撤退した方が良い」と主張しているが、本報告でいう『?中国の地域覇権を認める構成主義』というよりは、リアリストだろう。
A:そのとおりであり、?に当てはまるリアリストも確かにいるものの、発表の中では割愛した。ただ、そうしたリアリストは、少数派であるといえよう。。
Q:今のオバマ政権をみると、人権より経済的利益を重視しているので、『?米中共存』と思われる。ネットワーク分析は、冷戦期の従来型の勢力均衡などとは異なって、アクター同士の紛争は想定していないのか? 想定していないならば、アメリカのハブは安全保障、中国のハブは経済として理解できる。しかしアジアの今後はそこまで円滑にいくだろうか。最近のベトナム近海の問題など。オバマ政権のブレーンの一人が、フォーリン・アフェアーズの論文で、ネットワークを構築して仲間をつくっていくという議論をしていた。しかしここでもやはり、「喧嘩」を想定していない。
A:ネットワーク分析の弱点は、紛争とその影響を内生的に分析できないことである。ただ、最近のネットワーク分析では利益交換だけでなく罰を与える能力も考慮している研究もあり、それによると、そうしたアクターは罰則を行使するデメリットから、極力行使しない傾向がある。中国が極端な軍事行動をとる可能性は現状では必ずしも高くなく、ネットワークは紛争の可能性と協力の可能性が並存する中で、徐々に進行していくのではないか。
Q:現在のオバマ外交をみると、中国と「喧嘩」するつもりがないように思えるが?
A:前ブッシュ政権は対テロ戦争を強調していたため、逆に中国と協調しやすく、またブッシュ政権の台湾問題の扱い方を中国が支持していたことに留意すべきである。その意味からすると、オバマ政権は対テロ戦争の優先順位を下げ、また台湾問題では中国に対して特に大きな協力姿勢を見せてはいないことから、現在米中関係はむしろ対立的側面が表面化しやすくなっている。
Q:中国台頭以前は、日本、韓国、台湾の経済的関係は強かった。しかし中国の台頭により、この3国の関係は弱くなってきているように思える。これについてどう考えるべきか?
A:日本、韓国については、北朝鮮という外生変数がキーとなってくる。台湾については、中国との経済的な関係の強まりと、安全保障上の日米との協力の必要性のジレンマを抱えるようになっている
Q:本報告においてアメリカと中国そのものが結びついてはいないが、軍事的には緊張関係にあり、今後結び付く可能性もある。この点について本分析枠組みでどう説明するのか?
A:ネットワークを狭義、広義に捉えるかで変わってくる。
Q:ネットワーク分析はリソースの交換が特徴的。この報告でネットワーク分析をした意義、有用な点は?
A:リアリズム、リベラリズム、構成主義のどの説明についても、リソースの交換として説明できる点であろう。
Q:「リソースの交換」というと、何でも説明できてしまうように思われるが。
A:枠組みを説明する時間が十分に取れなかった。
Q:今後のアメリカと中国の経済問題と安全保障問題の相関関係について、この枠組みでどう予想できるのか?
A:基本的には、協力するインセンティブと対抗するインセンティブが並存する状態が、今後も続いていくと考えられる。ただ、実際どう進展するのかは不透明である。。中国人の外交研究家などでさえ、予想できないといっているものを予想するのは困難であろう。
コメント:ネットワーク分析が成り立つには、関係者が皆、同じような計算をするという前提がある。日本、韓国、台湾との間は当てはまるかもしれないが、中国の人民解放軍については少し違うように思える。価値が違うように思える。逆に、前提が違うということで議論を進めると良いかもしれない。
Q:ネットワーク分析は何を説明する学問?
A:あらゆる関係を説明するための学問。ただし、リソースを特定しないといけないという問題がある。
Q:リソースを特定する、ということは大切とは思うが、ミクロなことばかりに注目してマクロなことを捉える事ができるのか。
A:確かに、包括的な国家間関係などをトータルに扱う議論はあまりない。
Q:ソフトパワーもリソースになりうるのか?
A:もちろん、なる。
報告者:なぜ中国は2009年度から成功していたはずの外交政策を変える必要性があったのか?おそらく、リーマン・ショックおよびイラク・アフガン戦争でアメリカの経済的弱体化したという判断が、国内における人民解放軍を中心とする強硬派の主張を助長し、それを指導部が十分統制できなかったということではないか。
■報告:石川葉菜(東京大学大学院法学政治学研究科博士課程)