1:はじめに
2012年2月11日現在、共和党の予備選挙は混戦模様となっている。共和党候補同士のデッドヒートが加速するにつれて、いわゆる「カネ」をめぐる問題の争点化(ゴシップ化というべきであろうか)も避けられない状況となっている。
ロムニーがギングリッチに対してフレディ・マックからロビー活動の見返りに報酬を受け取っていたと批難したこと、或いは逆にベイン・キャピタルを率いていた時代に巨万の富を築いたと論難されたロムニーが二年分の確定申告書の公開に踏み切ったこと、ロムニーが租税回避地として知られるバミューダやケイマン諸島、或いはスイス銀行に口座を有していたことなど――実際に、候補者と「カネ」をめぐる争点の噴出や、それをめぐって行われる報道も過熱化の一途を辿っているといってよいであろう。
以上のようなカネをめぐる《ゴシップ》はひとまずさておくとして、本コラムでは1:政治献金の状況、2:注目を浴びているスーパーPACの動向に分けて2012年選挙における政治資金をめぐる状況を検討する。
2:候補者に対する政治献金の状況
表1:主要大統領候補者の政治献金の内訳 *2
オバマ陣営に対する政治献金は引き続き堅調であるといってよいと思われる。第四四半期の献金総額などの詳細が明らかになる前、オバマ陣営自身は2011年度の第四四半期で4200万ドルの上積みがあったと公表しており、献金総額が1億ドルを突破したことは確実視されていた *3 。また、第四四半期にオバマに献金した58万人余のうち、陣営が公表したところによれば、献金額が250ドル以下の小口献金者が全体の98%を占めているということであり *4 、グラスルーツ・レベルでのオバマ支持の強さは引き続き堅調と見られている。
実際に公表された政治献金を見てみると(表1参照)、やはり堅調に資金を集めるオバマに対して、共和党候補の多くがオバマの後塵を拝するという構図に依然変わりはない。オバマの献金総額は予想通り1億2000万ドル以上に達しており、二位につけているロムニーの倍以上の額を既に集めている。しかし、陣営の事前の公表とは異なり、オバマが第四四半期に集めた額は3900万ドル余であり、候補の中では唯一第三四半期に集めた額を第四四半期に集めた額が下回る結果となった。この献金の落ち込みはオバマ陣営にとって新たな懸念材料といえるのではないだろうか。以前別のコラムで「2012年にオバマ陣営は10億ドル以上の政治資金を集める可能性もあながち誇大妄想とは言い切れない」と指摘したが、オバマの選挙マネージャーであるジム・メシーナは10億ドルを集める可能性に対してはいまや否定的なリアクションを示している状況である *5 。
共和党は特にロムニー、ギングリッチ、ポールの三候補が第三四半期から比較的大きく献金額を伸ばしているが、やはりロムニー以外の候補は資金面で安定しているとは言い難い状況が続いている。
3:スーパーPACの動向
表2:主要大統領候補者のスーパーPACと支出額(2012年1月31日現在) *6
2010年に下された最高裁判決、”Citizens United vs. the Federal Election Commission”は候補者の関与しない第三団体による集金と独立支出による活動を事実上無制限で認める根拠となり、2012年の選挙においては「スーパーPAC」による集金・支出が青天井となる可能性が早くから指摘されていた *7 。2011年の上半期にロムニー支持のスーパーPACに早くも1200万ドルもの資金が蓄積されており、2012年選挙におけるスーパーPACの活動に早くから大きな注目が集まっていた *8 。
実際、2012年の共和党予備選挙の序盤戦におけるスーパーPACの活動が目を引く。例えば、アイオワの党員集会においてロムニーよりのスーパーPACである「我々の未来を取り戻す」(Restore Our Future; ROF)は潤沢な資金を活かしてギングリッチよりのスーパーPACである「我々の未来を勝ち取る」(Winning Our Future; WOF)の10倍もの額をテレビ広告に支出し、対立候補であるギングリッチをやり込めた。これに対して、サウス・カロライナの予備選挙においてWOFも反撃を試み、ROFと同額の300万ドルを支出して激しい広告合戦が展開されたことは記憶に新しい *9 。予備選挙期間中にフロリダで流された全テレビCMの68%がロムニーによるギングリッチ攻撃のネガティブ・アドだったといわれているが、これにROFが費やした費用は総額1000万ドル以上に昇ると考えられる *10 。
表3:2010年選挙におけるスーパーPACの独立支出額(上位五位)
以上のエピソードからも窺われるように、わけても顕著なのはロムニー支持のスーパーPACの活動であろう。表2からも窺われるように、2012年1月末日までにロムニー支持の二つのスーパーPACは総額で既に1800万ドル近くの独立支出を行なっている。表3に示されているのは2010年の中間選挙における上位五位までのスーパーPACとその独立支出額であるが、2012年1月末日まででROFが支出した額は2010年選挙で「アメリカン・クロスローズ」(American Crossroads)が支出した独立支出の総額に既に肉薄しつつある。政治献金の面ではオバマに水をあけられている感のあるロムニーであるが、潤沢な資金を擁するスーパーPACの存在は他の候補にはないロムニー独自の強みといってよいであろう。
オバマ陣営もこのような状況をただ拱手傍観しているわけではない。そもそもオバマ大統領は”Citizens United vs. the Federal Election Commission”判決に批判的であったことも手伝って、スーパーPAC自体に対して批判的であった。しかし、共和党予備選挙におけるスーパーPACの目覚しい活動を目の当たりにして、オバマ陣営も2月6日に「プライオリティーズ・USA・アクション」(Priorities USA Action)などのスーパーPACの活動を容認する方針を公表し、戦術転換を図った模様である *11 。先述したように、オバマが第四四半期に集めた政治献金が思ったように伸びていないことも、この戦術転換に影響を及ぼしているかもしれない。
オバマ陣営までもがスーパーPACの活動を容認する姿勢へ一歩踏み出したことにより、本選挙に向けて今後スーパーPACによる広告合戦は白熱化の一途を辿るのではなかろうか。ただし、有権者はこのようなスーパーPACによる過熱する集金・支出合戦に対して厳しい眼差しを向けていることも見逃してはならないであろう。ピュー・リサーチ・センターの報告によれば、有権者の65%がスーパーPACは選挙に悪影響を及ぼすと考えており、党派
(共和党支持、民主党支持)/無党派を問わずスーパーPACが展開する広告合戦を否定的に見る声は多い *12 。候補者の陣営からも、スーパーPACの活動と候補者陣営による活動は個別に独立して行われるため活動に重複が生じ、それが有権者に与える悪影響を懸念する声もあがっている *13 。このように、スーパーPACは候補者にとって必ずしも追い風になるとばかりは限らない。
4:まとめ
これまでと同様、政治資金の面でオバマの優位は揺らいでいない。だが、第四四半期に献金の伸びが予想よりも鈍るなど、当初指摘されていたようなオバマ陣営の資金面での優位も今後は圧倒的とまではいかないのかもしれない。また、共和党予備選挙においてはスーパーPACの活動が非常に目を引く。スーパーPACに関しては候補者の中でも特にロムニーが大きな優位を保っており、これに対抗するかのようにオバマ陣営もこれまで批判してきたはずのスーパーPACに対して容認的な姿勢へと転換している。ただし、有権者にあまり好評を博しているとはいえないスーパーPACに大きく依存することは、今後いずれの候補者にとっても諸刃の剣にも成り得る戦術といえるのではないだろうか。
*1 : 池原麻里子先生に有益な助言をいただいた。ここに感謝の意を表する次第である。
*2 : 表の数値は
*8 : Glenn Thrush and Kenneth P. Vogel, “Obama’s not-so-super PAC,” Politico, January 18, 2012.