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アメリカ大統領選挙UPDATE 8:「オバマの最終防衛線」(細野 豊樹)

October 30, 2012

前回コラムの9月後半においては劣勢で、共和党支持層に動揺が広がったロムニーであったが、10月3日の第1回テレビ討論会にて圧勝し、大統領選挙終盤戦の流れは一気に変わった。今やどちらの候補が勝ってもおかしくない大接戦である。終盤戦が接戦というのは、識者の間で当初から語られていた見通しである。

しかし、第1回テレビ討論会が、英語で言うところのgame changerとなった展開は、大きなサプライズだった。テレビ討論会で流れが変わった例は、過去20年間に限っても結構ある(1992年、2000年および2004年)。だから、驚くことはないのかもしれないが、頭脳明晰で落ち着きと安定感が持ち味のオバマに限って、惨敗は無いだろうとの思い込みがあった。

今回は、3回のテレビ討論会の余波を評価したうえで、終盤戦の動向を論じる。製造業への依存後が高い中西部激戦州における構造的優位が、オバマの最終防衛線だというのが、分析のポイントである。

第1回テレビ討論会直後の世論調査は、オバマの負けが過去20年間のテレビ討論会との比較で最大級であったことを示す。ギャラップの調査では、ロムニーが勝った、オバマが勝ったという評価はそれぞれ72%と20%であり、その差は52ポイントに及ぶ。思わず時計に目をやったり、一般参加者の質問を理解できなかったりで、42ポイント差だった1992年のブッシュ大統領をも上回る負けぶりである *1

注目すべきなのは、1992年の第2回討論会とは異なって、オバマには大きなミスが見当たらないことだ。上述のブッシュ大統領のような、歴史に残るマイナスの瞬間は無かった。
討論の速記を読み返すと、オバマへの反論が効果的だったロムニーの優勢は明らかだが、50ポイント以上の大敗という感じはしない。

大統領らしさを意識しすぎて激しい攻撃を控えた、カメラ目線などの振り付けが悪かった、ロムニーの中道シフト、オバマの準備不足だった、など考えられる敗因は様々である(池原、袴田および前嶋コラム参照)。これらに加えて、筆者はオバマ陣営の、年頭教書以来のソフト路線が裏目に出たものとみている。オバマは、討論会という真剣勝負を結婚記念日の話から切り出し、スタートから戦闘的だったロムニーと対照的だった。所得税を払わない47%の有権者のことは関知しないを始めとする、予備選挙におけるロムニーの右派的発言のリマインドをしなかった。そして最後の総括発言において、オバマはロムニー攻撃を一切しなかった。対するロムニーは、オバマ批判の主な論点を強調して締めくくった。

こうしたオバマのソフト路線は、1月の年頭教書や9月の党大会の延長線上にあったと考えられる。党大会のソフト路線は、投票態度を決めていない有権者を被験者とするフォーカス・グループ調査から、導かれたと報じられている。主な論点は年頭教書でフォーカス・グループに好評だった項目と共通する *2 。態度を決めていない有権者は、民主党寄りの女性が多い *3 。ハードな攻撃や自己弁護では、これら有権者への琴線に触れることはできない、という戦術的判断だったのではないか。だから、負けるのが嫌いなはずのオバマが、完璧な大統領にはなれないと就任時に述べたなどと、討論会の締めくくりで、敢えて低姿勢を強調して見せたのだ。

第1回のテレビ討論会におけるオバマの大敗で、世論調査の数字が大きく動いた。9月半ばのPEW調査センターの調査(9月12日~16日)では、オバマは8ポイントほどリードしていたが(51%対43%)、テレビ討論会後の10月初旬(10月4日~7日)の調査では一転して、ロムニーがオバマに4ポイントの差を付けている(49%対45%)。このPEW調査センターのデータは、女性有権者の態度が大きく変化したことを示す。9月半ばの調査でオバマは投票する可能性が高い女性有権者(likely women voters)の間で18ポイントの優位(56%対38%)があったのが、10月初旬の調査では差がゼロになった(47%対47%) *4 。これは最大瞬間風速であり、より最近の調査では、女性有権者におけるオバマの優位はある程度復活している。近年の大統領選挙における傾向の一つが、男性有権者(特に白人)については共和党が優勢、女性票については民主党が優位という、政党支持のジェンダー差である。白人の男性やブルーカラーに弱いオバマは、女性(特に高学歴)、マイノリティー(黒人、ヒスパニック等)および若者への依存度が高い。だから、女性票における優位が揺らいだダメージは実に大きい(併せて袴田コラムを参照)。

第2回および第3回討論会の勝者はオバマという評価になっているが第1回討論会ほどのインパクトはなかった *5 。連日行われるギャラップの世論調査では、投票する可能性が高い有権者については、ロムニーに投票するが50%、オバマに投票するが46%であり、全米レベルではロムニーがやや優勢である(10月27日) *6

しかし、アメリカの大統領選挙の勝敗は、全米の得票数でなく、50州およびワシントンDC特別区の、勝者総取りベースの選挙人数で決まる。終盤の選挙戦は、9つ前後の激戦州に集中している。中でもオハイオ州の動向が要であると、前回のコラムにて強調したところである。

州レベルの各種世論調査は、オハイオ州では依然オバマが若干優位であることを示す。ただし、第1回テレビ討論会前と比較してオバマの優位は縮小している。オハイオ抜きで勝つことが困難なロムニー陣営が、全力投球で追い上げを図っている状況である。同州で10月15日以降行われた世論調査が現時点で15ある((RealClearPolitics)。そのうち有権者集団別のクロス表を公表していて最も信頼できると思われる3つの調査において、オバマは3-5ポイントほどリードしている(クイニピアック大学等、フォックス・ニューズ、『タイム』)。数ポイントの差なので、ロムニーにとってオハイオは今や十分射程圏内である。

とは言え、オハイオ州の世論調査を細かくみていくと、この州固有であるオバマの構造的な優位が認められる。それは、白人ブルーカラー層の動向である。クイニピアック大学・CBS放送の調査では、オハイオ以外の激戦州での大学卒でない白人(概ねブルーカラー層に対応)の予想得票において、オバマはロムニーに30 ポイント負けている州もある(ヴァージニア)。ところが、オハイオ州に限っては、ロムニーの優位は4ポイントにとどまる。3回のテレビ討論会後も、オハイオの白人ブルーカラー層の数字はほとんど変わっていない。第1回討論会以降のロムニーの伸びが顕著なのは、女性および大学卒の有権者である *7

なぜオハイオの白人ブルーカラー層は、他の激戦州ほどはオバマを嫌っていないか。また、第1回テレビ討論会で大敗したオバマを支持し続けるのか。最大の理由は、オバマ政権によるデトロイトの自動車メーカー救済である。全米レベルでは、世論の支持がなかった救済をオバマが決断したことを、自動車関連産業の労働者たちは忘れていない。オハイオ州では、雇用の約8分の1(直接および間接)が自動車の製造および販売関連だと推定されている(2010年)。オハイオの9月の失業率は、全米平均を下回る7%であるが、もしも三大自動車メーカーが破綻するに任せていたら、オハイオの雇用問題ははるかに深刻だったはずだ。隣のミシガン州は、アメリカの三大自動車メーカーの拠点であり、雇用の実に2割以上が自動車関連である(2010年) *8 。ロムニーの父親は、ミシガン州でアメリカン・モーターズ社を経営し、州知事も務めた。にも拘わらず、ミシガン州においてオバマがかなり優勢なのは、ロムニーがデトロイトの自動車メーカーの「管理された破綻」を主張したためである *9

オバマ選対本部長のデービッド・プラフが、『ナショナル・ジャーナル誌』の取材において挙げた最重点州は、オハイオ、ウィスコシン、アイオワ、ニュー・ハンプシャーおよびネヴァダである。5州のうち3州が、製造業への依存度が高く、産業労働者が集中する中西部の州である *10 。オハイオ、ウィスコンシンおよびアイオワの中西部3州を制すれば、オバマは再選される可能性が高い。特に重要なのが、選挙人数が多いオハイオ州である。

たとえ女性票が流動的でも、ミシガンやオハイオでは、オバマは白人の産業労働者から底堅い支持を得ている。自動車メーカー救済に象徴される「経済愛国主義」(economic patriotism)路線のお蔭である。このためミシガンでは高い確率で、オハイオではそれなりの確率でオバマは逃げ切れそうというのが、現時点での情勢判断である。中西部の激戦州が、オバマ再選の最終防衛線になっている。

オバマとロムニーのどちらが勝っても、中西部の産業労働者がキャスティング・ボートを握る構図になる。このことは、アメリカの対外関係にも波及するかもしれない。中西部のブルーカラー票がほしいロムニーは、就任第一日目に中国を「為替操作国」に認定すると公約した。公約が忠実に履行されるなら、少なからぬ摩擦が生じると予想される。また、製造業が集中する中西部においてCO2削減は不人気なので、国際的な気候変動対策における積極的な対応をアメリカ政府には期待できない。さらに、愛国的なブルーカラー層の受けを狙うなら、思慮深い対外政策よりも勇ましいレトリックである。アメリカは唯一の超大国だから、選挙戦上の極めてドメスチックな都合が、世界を振り回すのだ。

オハイオを始めとする激戦州の帰趨を決めるのは、2004年と同様に支持基盤の動員である。前回のコラムで紹介したように、激戦州の出先事務所数でオバマは勝っている。最近オバマ陣営は、激戦州における期日前投票での優位を繰り返し強調している *11 。ただし、『ニューヨーク・タイムズ』が調べた6つの激戦州における民主党支持層および共和党支持層の有権者登録数の差が2008年を上回るのがネヴァダ州のみであり、オバマの不安材料だと言える *12 。(併せて前嶋コラムを参照。)

対するロムニー陣営は、2008年のマケインと比べて「地上戦」を戦う体制が整っていると見受けられるが、より重要なのは、共和党支持層の旺盛な投票意欲である。第1回テレビ討論会でのロムニーの大勝により、共和党支持層は一気に盛り上がった。2012年選挙の天王山であるオハイオについては、元「キリスト教連合」会長でロムニー陣営が重用するラルフ・リードが、2004年のブッシュ再選の原動力となった24郡から成る宗教票ベルトにおいて、共和党支持層が空前の規模で投票に出てくると豪語している *13 。支持基盤の投票意欲では共和党に及ばないオバマ陣営が、「地上戦」を通じて政治的関心が高くない支持者を引っ張り出して、どこまで投票所に足を運ばせることができるかが、注目のポイントである。


*1 :Jeffrey M. Jones, “Romney Narrows Vote Gap After Historic Debate Win
By record-high margin, debate watchers say Romney did better”, Gallup, October 8, 2012
http://www.gallup.com/poll/157907/romney-narrows-vote-gap-historic-debate-win.aspx

*2 :Howard Kurtz, “Why Obama Went Low Key in His Democratic Convention Speech”, The Daily Beast , September 7, 2012,
http://www.thedailybeast.com/articles/2012/09/07/why-obama-went-low-key-in-his-democratic-convention-speech.html.
David Lauter , “Focus group suggests State of the Union speech was well-received”,
Los Angeles Times, January 24, 2012
http://articles.latimes.com/2012/jan/24/news/la-pn-state-of-the-union-speech-received-well-among-focus-group-of-voters-20120124

*3 :Larry M. Bartels and Lynn Vavrek, “Meet the Undecided”, The New York Times, July 30, 2012,
http://campaignstops.blogs.nytimes.com/2012/07/30/meet-the-undecided/.

*4 :Aaron Blake, “Pew poll: Romney takes four-point lead among likely voters”,
Pew Research Center, October 8, 2012 .
http://www.washingtonpost.com/blogs/the-fix/wp/2012/10/08/pew-poll-romney-takes-four-point-lead-among-likely-voters/?wpisrc=al_politics_p.
*5 :Jeffrey M. Jones, “Obama Judged Winner of Second Debate
Fifty-one percent say Obama did better job, 38% say Romney”, Gallup, October 19, 2012,
http://www.gallup.com/poll/158237/obama-judged-winner-second-debate.aspx.

CNN, “POLL: Who won the final debate? “, October 22, 2012
http://edition.cnn.com/POLITICS/pollingcenter/polls/3287.
*6 :Gallup, “U.S. Presidential Election Center”, October 23, 2012,
http://www.gallup.com/poll/154559/US-Presidential-Election-Center.aspx?ref=interactive.
*7 :Quinnipiac University/CBS “News Women Put Obama Up 5 Points In Ohio, Quinnipiac University/CBS News Poll Finds Democrat Sherrod Brown Up 9 Points In Senate Race”, October 22, 2012,
http://www.quinnipiac.edu/institutes-centers/polling-institute/ohio/release-detail?ReleaseID=1810.
Quinnipiac University/CBS News/New York Times, “Obama Has Big Leads In Florida, Ohio, Pennsylvania, Quinnipiac University/CBS News/New York Times Swing State Poll Finds”, September 26, 2012,
http://www.quinnipiac.edu/institutes-centers/polling-institute/presidential-swing-states-(fl-oh-and-pa)/release-detail?ReleaseID=1800

*8 :Kim Hill, Debra Menk, and Adam Cooper, Contribution of the Automotive Industry to the Economies of All Fifty States and the United States, Center for Automotive Research, 2010,
http://www.cargroup.org/?module=Publications&event=View&pubID=16.
*9 :Mitt Romney ”Let Detroit Go Bankrupt”, The New York Times, November 18, 2008,
http://www.nytimes.com/2008/11/19/opinion/19romney.html?src=mv&_r=0#38;ref=general.
*10 :Ronald Brownstein, “Why Obama Is Relying More on the Rust Belt Than the Sun Belt”, National Journal, October 22, 2012.
http://www.nationaljournal.com/politics/why-obama-is-relying-more-on-the-rust-belt-than-the-sun-belt-20121022?page=1.
*11 :Greg Sargent , “The Obama camp’s view of the race’s final stretch”, The Washington Post, October 23, 2012,
http://www.washingtonpost.com/blogs/plum-line/post/the-obama-camps-view-of-the-races-final-stretch/2012/10/23/ac217744-1d2a-11e2-ba31-3083ca97c314_blog.html.

*12 :Jeff Zeleny, “Voter Registration Gives Democrats Edge in Many Swing States”, The Washington Post, October 9, 2012,
http://thecaucus.blogs.nytimes.com/2012/10/09/voter-registration-gives-democrats-edge-in-many-swing-states/?ref=politics.
*13 :ABC News, This Week, Transcript, October 21, 2012,
http://abcnews.go.com/Politics/week-transcript-mayor-rahm-emanuel-sen-marco-rubio/story?id=17512499&page=6#.UIicq8XQhSQ.

    • 共立女子大学国際学部教授
    • 細野 豊樹
    • 細野 豊樹

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