共和党のミット・ロムニー候補は、第1回討論会でバラク・オバマ政権の経済政策の「失政」を厳しく批判することで劣勢挽回のきっかけをつかみ、討論会後にロムニー候補への支持率は急上昇した。しかし、第2回討論会ではオバマ大統領が攻勢を強めたほか、「失政」の象徴だった雇用情勢・住宅市場に関する統計に明るさが広がりつつあることで、両者の支持率はなお拮抗した状況が続いている。経済情勢はオバマ大統領の追い風となるのだろうか。
オバマ大統領就任時(2009年1月)から直近までの主要な経済指標の動きは強弱混交している(下表)。消費者物価上昇率は、就任時(0.0%)はデフレの淵にあったが、足元では連邦準備理事会(FRB)がインフレ目標とする2.0%のレベルで安定している。物価の安定はFRBの積極的な金融緩和を可能にし、長期金利(10年債利回り)は歴史的低水準に低下している。株価(S&P500指数)は、2007年のバブル期のピークは下回っているものの、就任時から7割近く上昇している。
回復が遅れる雇用情勢と住宅市場は、オバマ政権にとってのアキレス腱だ。雇用者数・失業率は就任時とほぼ同水準にとどまり、住宅価格は就任時より下落している。しかし、雇用・住宅に関しても方向性としては改善を示す指標の発表が相次いでいることは見逃せない。
9月の失業率は7.8%と前月比0.3%ポイント低下し、就任時と同水準となった。失業率はオバマ政権下でのピーク(2009年10月10.0%)から比べれば着実に低下してきたが、今年に入ってから8%を若干上回る水準でもたついていたため、持続的低下を印象付ける9月統計のインパクトは大きい。非農業雇用者数は、ボトムとなった2010年初から比べれば400万人以上増加しており、遅行指標という雇用統計の性格を踏まえれば、就任1年目の雇用喪失はブッシュ前政権の負の遺産という説明は成り立つ。投票日直前の11月2日に発表される10月分の雇用統計が、改善の方向性を覆す内容でなければ、オバマ大統領が大きく足を引っ張られることは避けられるかもしれない。
今年前半には二番底が懸念されていた住宅市場にも、回復の兆しが見られる。7月のS&Pケース・シラー住宅価格指数は、6ヶ月連続で前月比上昇し、フロリダ州タンパ、ネバダ州ラスベガスなど住宅バブル崩壊の影響が大きかった激戦州でも軒並み上昇している。価格の底入れに対する安心感もあって販売も上向いており、9月の住宅着工件数は年率87.2万戸とリーマンショック直前の2008年7月以来約4年ぶりの高水準となった。FRBは9月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、住宅ローン担保証券(MBS)を買い入れる量的緩和第三弾(QE3)を発表し、住宅ローン金利の低位安定につながっている。
こうしてみると、オバマ政権は米国経済を再建したといえるまでの実績はつくれなかったが、経済指標は曲がりなりにも景気拡大が持続していることを示している。失業率とインフレ率の合計である「悲惨指数(Misery Index)」を引き合いにしたジミー・カーター大統領の失政批判が、ロナルド・レーガン候補の勝利を後押しした1980年選挙の再来をロムニー陣営は企図しているが、オバマとカーターでは経済情勢は相当異なっている。カーター政権は、高失業・高インフレ・高金利の「三重苦」に苦しみ、選挙前2四半期は連続マイナス成長(4-6月期前期比年率▲7.9%、7-9月期同▲0.7%)であった。一方、オバマ政権は高インフレ・高金利とは無縁であり、実質GDP成長率も低成長とはいえプラスを維持している(4-6月期同1.3%、7-9月期同2.0%)。選挙直前の大統領に対する支持率(Gallup社調べ)も、オバマ大統領は50%前後と30%台だったカーター大統領をはるかに上回っており、経済政策の「失政」批判だけで「1980年選挙の再来」を予測するのは無理がある。
経済指標を変数としたマクロ・モデルによる選挙予想で著名なYale大学のRay Fair教授は、ロムニー候補の得票率が50.52%とオバマ大統領(49.48%)を上回るが、誤差の範囲内の大接戦との分析結果を9月末時点で提示している *1 。異なる変数を採用する他の分析結果は、それぞれオバマ優位やロムニー優位を示唆しており、モデルによる選挙予想は変数間の連動性が低下する傾向にあるため、近年ばらつきが大きくなる傾向にあるという *2 。例えば、今回の景気拡大局面では実質GDP成長率から想定されるより早いペースで失業率が低下しており、両者の関係を示すオークンの法則からの逸脱が指摘されている *3 。冒頭述べたように、オバマ一期目の経済指標は強弱混交しており、どの指標を採用するか、方向性と水準のどちらを重視するかによって導き出されるインプリケーションは異なり、経済指標から単純に選挙結果を予想することは困難になっている。
仮にオバマ大統領が再選されれば、景気拡大の「方向性」が評価され、ロムニー候補が政権を奪還すれば失業率などの「水準」が重視されたと総括されることになるだろう。コップの中の半分の水を「半分に増えた」とみるか「まだ半分しかない」とみるか・・・選挙結果は、バブル崩壊後の低成長に対する有権者の許容度合いを示すことになるのかもしれない。
■オバマ大統領就任時と直近の主要経済指標の比較
(注)失業率、消費者物価上昇率、10年債利回りは、変化幅(%ポイント)。
雇用者数は変化幅(万人)。住宅価格、S&P500は変化率(%)。
(資料)Haver Analytics
*1 :“Fair predicts close race,” Yale Daily News, September 25, 2012
*2 :“Known Unknowns,” National Journal, September 15, 2012
*3 :西川珠子「米国経済情勢と大統領選挙への影響」東京財団、アメリカ大統領選挙UPDATE5、2012年5月10日