2012年の大統領選挙の結果を示す、青と赤に塗り分けられたアメリカの地図を目にしたことがある人は多いのではないだろうか *1 。
上の図からだけだと、2012年の大統領選挙の結果は少なくとも互角か、あるいはロムニーが有利なようにさえ映る。州の面積が必ずしも各州の人口動態を反映するものでない以上、このような見た目のギャップが生じることは当たり前であるともいえる。そこで、ミシガン大のニューマン教授らは州の選挙人数を元に州の面積を補正し、以下のようなカートグラムを作成した。
このように図を補正すれば、視覚的にも選挙結果と地図の色の塗り分けが概ね一致するようになる。しかし、このような補正をもってしても、図だけでは詳細な人口動態上の変化と2012年の選挙結果の関連を完全に確認することはできない。2010年の国勢調査(いわゆるセンサス)が終了し、アメリカの人口構成の変化が明らかになりつつあるいま、2012年選挙結果を人口構成の変化と重ね合わせて眺めてみるとどのようなことがいえるだろうか。まずは以下の表で人口構成変化の全体像を大掴みに把握したい。
表1:人口構成の変化(2000年/2010年) *2
以上の人口構成の変化の中でとりわけ注目するべき事実は、やはり2000年から2010年までの10年間における人口増加の50%以上をヒスパニックが占めているということであろう。第二に、人口は全エスニック層で増加しているが、増加率という点ではアジア系の増加率はヒスパニックのそれを上回っていることも見逃せない。これら人種マイノリティ層は現在人口全体の37%を占めるが、これが2050年までに多数派になり、アメリカは「マイノリティ・マジョリティ国家になる」との見方がある *3 。
ピュー・リサーチ・センターやウォールストリート・ジャーナルなどの調査によれば、今回の選挙で共和党に投票したヒスパニックは27%(71%)、アジア系は25%(74%)、黒人は6%(93%)で人口動態変化の中心となっているエスニック票の大多数はオバマ側に流れたものとみられる(白人票はロムニーが59%、オバマが39%を獲得し、ロムニーが優勢であったといわれる) *4 。わけてもオバマがいまや有権者の約30%を占めるに至るマイノリティ票の80%を獲得したことは、黒人が州人口の15%を占めるオハイオ、ヒスパニックが州人口の17%を占めるフロリダといった接戦州でのオバマ勝利を決定づけた大いなる一因と考えることも可能である *5 。
また、アジア系の有権者がヴァージニア、ネヴァダ、フロリダといった州で増えていることも早くから注目されてきた。2008年、オバマはヴァージニアで民主党候補として1964年以来初めて勝利し、2012年の選挙においても再度勝利を収めた。同州では過去3年間にアジア系の人口が68%と爆発的に増え、特にフェアファックス郡など州北部での増加が目覚しいといわれてきた *6 。両候補はともに同州でのアジア系有権者票の重要性を認識して地上戦を展開してきたようであるが、結果的に同州で黒人の93%、ヒスパニック系の65%、アジア系の66%はオバマに投票している。白人は38%しかオバマに投票しなかったが、ヴァージニアでは僅差(3%差)ながらもオバマが勝利を収めた *7 。かつて共和党の影響力が強い「赤の州」(Red State)の一つに数えられたヴァージニアは、人口構成の変化に伴って両党の勢力が拮抗する激戦州と化しつつあるようにも見受けられる。そう考えれば、オバマが2008年と2012年の大統領選挙でヴァージニアを制したことは単なる偶然では片付けられないかもしれない。
表2:二大政党候補者間でのヒスパニック票得票率の差 *8
次に、表2からも明らかなようにヒスパニック票に関しては、オバマとロムニー間における候補者の得票差が44%と1996年に次いでこれまでで二番目に大きなものであった。ただし、表2からもうかがわれるように1996年の大統領選挙はクリントンがドールを一般得票率で8.5%、選挙人獲得率においても40.8%も上回る圧勝であったことは注意を要するであろう。更に2008年の選挙と比較しても、オバマはロムニーに一般得票においても選挙人獲得数においてもマケインよりも差を詰められている。すなわち、1996年や2008年に比べれば相対的に接戦であったにも関わらず、オバマがヒスパニックからの支持を44%にまで伸ばしたことは、今後アメリカでいっそうマイノリティ・マジョリティ化が進行するという見方が正しいとすれば、見逃せない含意を有するものであるように思われる。
さらに、今回の選挙でもう一つ顕著だったのは女性票の推移である。ギャラップの調査によれば、オバマ大統領は女性票の56%を獲得し、ロムニー候補の44%を大きく上回った。これに対して男性票はオバマ46%、ロムニー54%でロムニーが8ポイント上回る結果となり、ジェンダー・ギャップからみても、今回の選挙では二大候補者間に過去最大の差が付いたとされる *9 。
エスニック票や女性票がオバマに流れた理由について、仮説的ではあるが、国民皆保険、富裕層への増税、住宅政策、同性婚容認、移民に対する比較的寛容な姿勢など、「公平な社会」を訴える民主党の(特に所得再配分に重点を置いた)政策アジェンダがロムニーのそれに比してアジア系やヒスパニック、女性票へのアピールが容易であったことが要因にあげられるのではないだろうか(前嶋コラムも参照) *10 。また、ロムニーに対する大量のネガティブ・アドが奏功して「ロムニーは冷酷な首切り役人」といった否定的なイメージが定着し、オバマ陣営が今回の選挙を富裕層対ミドルクラスという図式に持ち込めたことも影響しているに違いない(細野コラム、袴田コラムも参照)
以上のように、人口構成の変化はアメリカで確実に進行しており、選挙にも影響を及ぼしている。このような変化は今後も民主党、共和党の選挙戦術のあり方に絶えざる イノヴェーションを促し、選挙戦術を規定する重要要因となっていくであろう。
*1 :M. E. Newmanのホームページより。(http://www-personal.umich.edu/~mejn/election/2012/)
*2 :表の作成にあたってはセンサスのホームページを参照した。(http://2010.census.gov/2010census/data/)
*3 :http://www.pewsocialtrends.org/2012/11/07/a-milestone-en-route-to-a-majority-minority-nation/
*4 :http://online.wsj.com/article/SB10001424127887324073504578105360833569352.html
*5 :http://www.people-press.org/2012/11/07/changing-face-of-america-helps-assure-obama-victory/
*6 :http://www.politico.com/news/stories/0712/79073.html
*7 :http://news.virginia.edu/content/uva-experts-2012-election-shows-virginia-demographic-bellwether-nation
*8 :ピュー・ヒスパニック・センターの表を元に作成した。
(http://www.pewhispanic.org/2012/11/07/latino-voters-in-the-2012-election/)
*9 :http://www.gallup.com/poll/158588/gender-gap-2012-vote-largest-gallup-history.aspx
*10 :http://www.brookings.edu/research/opinions/2012/05/01-race-elections-frey