"Who is John Galt?" (「ジョン・ゴールトは誰だろう?」)
Ayn Rand, Atlas Shrugged (1957) より
"TANSTAAFL (There Ain’t No Such Thing As A Free Lunch )" (「タダより高いものはない」)
Robert Heinlein, The Moon is a Harsh Mistress (1966) より
近年のアメリカでは、2001年から2014年の間に同性婚を支持する者が35%から54%に増えて支持が過半数を超えており(”Changing Attitudes on Gay Marriage.” Pew Research Center, March 10, 2014.)、マリファナ合法化を支持する者も1969年から2014年までに12%から54%と大きく増加している(Motel, 2014)。この同性愛者の結婚への支持・マリファナ合法化を支持する層は「ミレニアル世代」と呼ばれる18~33歳位までの青年層に多く、年齢層が高くなるほど支持が低くなる傾向があることが指摘されている(Masci, 2014)。
ロバート・ドレイパーは、これら同性愛者の結婚を容認しマリファナの合法化を志向するミレニアル世代層の価値観は、精神的自由・政治的自由など「人格的自由」と「経済的自由」の双方を尊重するリバタリアンの考え方と親和的であるとする見方を提示している(Draper, 2014)。ドレイパーが先月の『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌に寄稿した「ついにリバタリアン・モーメントが到来したのか?」という記事いわく、「長らくアメリカ政治の舞台の側端から辛辣な批判を加える役割に甘んじてきたリバタリアンであるが、いまやリバタリアンとリバタリアン運動はアメリカ政治の中心に存在していることが分かる」(Draper, 2014)。こうした議論を受けて、我が国でもリバタリアニズムに傾倒する若者がアメリカで増えているという報道がなされた(「岐路のアメリカ・2014年中間選挙:若者に増加、リバタリアン」『朝日新聞』2014年9月10日)。
だが、このアメリカ国内でミレニアル世代を中心にリバタリアンが増えているのではないかという議論が話題をさらう一方で、このような見方に疑義を呈する論者も少なくない。以下ではそうした異説を幾つか紹介する。
第一に、ピュー・リサーチ・センターは先月発表した「リバタリアンを探して」と題する論考の中で、自分をリバタリアンとみなすもののうち、リバタリアニズムの定義を正確に説明できるものは11%に過ぎないと指摘している。さらに、政府・企業の果たすべき役割、同性愛者容認・マリファナ合法化など社会的争点、外交・安保といった争点態度に関して、リバタリアンを自認する人々は決してリバタリアン的争点態度を一貫させている訳ではなく、彼らと一般有権者の間に概して大きな差は存在していないことも示されている。加えて、クラスター分析を用いた分類研究の結果、リバタリアンを自認する人々は7つのクラスター全てに散在しており、単一のクラスターにまとまっているわけではないことも判明したという(Kelly, 2014)。
第二に、アラン・アブラモウィッツはANESのデータを分析した結果、いわゆるミレニアル世代は社会的・文化的争点において概ね比較的リベラルであり、リバタリアンに分類されるものは実は少数であると指摘している(Abramowitz, 2014)。アブラモウィッツ同様、ジョナサン・チェイトも30歳以下の有権者は民主党支持が多く、外交や文化的・社会的争点ではリバタリアンと親和的な傾向を有していると見ることも可能であるが、経済面では「大きな政府」の役割を是認していてリバタリアンと親和性はないとして、ミレニアル世代がリバタリアン化しているという見方にやはり懐疑的な見解を提示している(Chait, 2014)。
第三に、リバタリアンの影響力が限定的な範囲に止まっている証拠として、保守系オピニオンサイトであるブライトバート(Breitbart.com)は、第三政党であるリバタリアン党がこれまで大きな政治的成功を収めたことがない事実を挙げている(同サイトの掲載記事、”Will Libertarian-Leaning Voters Sway the 2016 Presidential Election?”を参考)確かに大統領選挙でのリバタリアン党の一般得票率は毎回1%にも満たないことが多く、1972年の結党以来、いまだ連邦上下両院で議席を保有したことはない。
第四に、経済学者ポール・クルーグマンは「リバタリアンの空想」と題するコラムにおいて、リバタリアンが政府による規制や行政コストを現実よりも過剰に捉えていると批判している(Krugman, 2014)。クルーグマンいわく、
現実の問題に関して、リバタリアンは空想の世界に生きている・・・より詳しくいえば、リバタリアンが現実世界に対して抱く像には、まるで現実味がない・・・言葉を変えていうと、リバタリアンはありもしない問題に立ち向かおうする十字軍である。あるいは、問題を必要以上に大袈裟に捉えようとしているともいえる。
クルーグマンはリバタリアンの政策的主張には現実味がないので一般には受け入れられ難く、「リバタリアン・モーメントの到来」はあり得ないだろうという趣旨の見解を述べ、コラムを締めくくっている。
連邦議会下院にはジャスティン・アマッシュ議員(Justin Amash; ミシガン州第3選挙区選出)が議長を務める「下院リバティ・コーカス」(The House Republican Caucus)というリバタリアンの共和党議員30数人が所属するコーカスが存在する。同コーカスは「小さな政府・経済的自由・個人の自由」を追求するというプリンシプルに基づいて活動しており、所属する議員は国防予算のより大胆な削減、アメリカ安全保障局が運営する通信監視プログラム(PRISM)の予算廃止、介入主義的対外政策に対する原理的反対、国連脱退などの孤立主義志向、連邦準備制度に対する抑制手段の強化、合衆国内国歳入庁や福祉制度の廃止など、独自の政策目標を追及している。こうした独特の政策目標がどの程度広く受け入れられる余地があるのかについては、クルーグマンの指摘にもあるように注意深く検討するべきであろう。
アメリカ国内でミレニアル世代を中心にリバタリアンが増えつつあるのではないかという説は非常に興味深い議論ではあるのだが、リバタリアンに分類される人々が本当に増加しているのかどうかを判断するためには、より慎重な検証作業やデータによる裏付け作業が必要とされるのではないだろうか。
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【参考文献】
Alan Abramowitz, "False Hope: Why Libertarians Won’t Help Republicans Win the Youth Vote." Sabato’s Crystal Ball, August 28, 2014.
Jonathan Chait, "No, America is Not Turning Liberatarian." Daily Intelligencer, August 7, 2014.
Robert Draper, "Has the `Libertarian Moment` Finally Arrived?" New York Times Magazine, August 7, 2014.
Katie Glueck, "Rand Paul: ‘I am not an Isolationist.’" Politico, Septmber 9, 2014.
Joselyn Kelly, "In Search for Libertarians." Pew Research Center, August 25, 2014.
Paul Krugman, "Libertarian Fantasies." The New York Times, August 10, 2014.
David Masci, "‘March for Marriage’ rally reflects steadfast opposition to gay marriage among evangelical Christians." Pew Research Center, June 19, 2014.
Seth Motel, "6 Facts about Marijuana." Pew Research Center, April 7, 2014.
Rand Paul, "I am not an Isolationist." Time, September 4, 2014.
■西川賢 津田塾大学准教授