高畑昭男 白鴎大学経営学部教授
2012年大統領選で惨敗し、オバマ大統領に2期8年の政権維持を許してしまった共和党は最近まで足並みの乱れが続き、外交・安保政策もばらばらだった。2016年に向けて最大17人もの候補が登場したものの、政策面では「反オバマ」以外に特徴がなかったのが実情だ。この背景には、国民を覆う厭戦気運に加えて、対外関与・介入を嫌う草の根保守「茶会運動」が依然として議会共和党の根強い基盤になっている事情が挙げられる。口では「反オバマ」を掲げても、国全体が対外介入に消極的な中で、欧州(対ロシア)にせよ、中東(シリアやイラン、「イスラム国」など)、アジア太平洋(対中国、北朝鮮など)にせよ、実効ある代案を打ち出すには至っていない。
「ジョン・ヘイ・イニシアチブ(John Hay Initiative=JHI)」が黒子に
しかし、2014年春から夏にかけて、ウクライナ問題や「イスラム国」の登場でシリア問題がピークを迎えたあたりから、ランド・ポールとトランプ候補を除く共和党各陣営を通じて対ロ、イラン、中国などで強力な対抗策を訴え、オバマ政権の対外関与縮小路線に正対する外交・安保政策を主張する統合的な流れが目立ち始めた。こうした流れを推進する存在として、前G.W.ブッシュ政権の高官・幹部らを中心に組織する政策集団「ジョン・ヘイ・イニシアチブ」(JHI)が注目されている。
JHIの中心人物は3人いる。▽キャリア外交官出身で、ブッシュ前政権のチェイニー副大統領補佐官、駐トルコ大使、国防次官などを歴任したエリック・エーデルマン(Eric Edelman)、▽元国務次官補でロムニー陣営の上級外交顧問を務めたブライアン・フック(Brian Hook)、▽元国務長官外交顧問のエリオット・コーエン(Eliot Cohen)である。この3人は前回のロムニー候補敗北後も、陣営の顧問グループを解散させずに「次期2016年大統領選に向けて共和党の外交・安保政策の形成に結集しよう」という目標を掲げ、非営利団体の外交安保政策ワークショップとしてJHIを設立した。
ジョン・ヘイはリンカーン共和党大統領の個人秘書を務め、後にマッキンレー、セオドア・ルーズベルト両政権の国務長官となった保守本流の政治家・外交官である。米国民の多くが知るジョン・ヘイの知名度や保守本流という位置づけを生かし、共和党保守政権の実現に向けて穏健派から強硬派まで広範な保守層の結集を図るのが命名の目的だ。JHIは200人を超える外交専門家集団を抱え、対テロから宇宙・サイバーまで20以上の分野ごとに作業部会がある。外交・安保政策に関する提言(隔週刊)や、会員向けの週刊ニューズレター(The Hay Bulletin)を発行しているほか、各陣営に政策顧問を派遣したり、依頼を受けて外交演説草稿を作成するなど手厚い政策指導を重ねている。これまでに(撤退表明した候補も含めて)、ジェブ・ブッシュ、スコット・ウォーカー、マルコ・ルビオ、テッド・クルーズ、リンゼイ・グラム、カーリー・フィオリーナ、クリス・クリスティーの各陣営に協力してきた実績もある。
「ネオコン再生」と保守の「大同団結」を図る?
エーデルマン、コーエン、フックの3人は、ブッシュ政権で活躍した新保守主義(neo-conservative)系知識人である。中でもコーエンは「対テロ戦争」やイラク戦争を積極的に推進した理論的指導者の1人として知られる。イラク戦争をめぐる混迷を通じてネオコン系知識人、専門家らは国民の支持を喪失してしまったが、そうした彼らが2016年大統領選を機に、新たな出発と政策立案面での復活を図っていることが注目される。
JHIは共和党各陣営への助言や浸透とともに、非ネオコン系の穏健派、現実主義者らも取り込んで共和党保守の大同団結と政策面の統合・調整を図る「政策センター」の役割を果たすことによって、「新たなネオコン」の指導力を再生する狙いがうかがわれる。JHIには同じブッシュ前政権出身のマイケル・チャートフ初代国土安全保障省長官が率いる「チャートフ・グループ」や 、 ロバート・ケーガンらの「フォーリン・ポリシー・イニシアチブ」(FPI)などの政策集団も連携している。
外交・安保指針を公表
では、JHIに結集する彼らは、どのような再生策を考えているのか。9月28日、JHIは「世界を指導する:混迷する世界に向けたアメリカの外交政策(仮訳)」( Choosing to Lead: American foreign Policy for a Disordered World )と題して、次期共和党政権がめざすべき外交・安保政策指針を初の書籍の形で公刊(無料配布)し、同時に、JHIの詳細な目的や組織等を公開するサイトを立ち上げた。( http://www.choosingtolead.net/ 上述の政策指針も入手可能)
これまでは共和党各陣営を支援する黒子に徹してきたJHIだったが、今回表舞台にデビューし、本格的にポスト・オバマへ向けてアピールを開始したといってよい。政策指針は全文約450ページあり、▽「21世紀に向けた同盟」、▽「欧州外交」、▽「アジア太平洋」、▽「中東」、▽「アフリカ」、▽「軍事近代化」、▽「対テロ」、▽「イラン」、▽「ロシア」、▽「北朝鮮」、▽「対中経済、軍事競争、包括戦略」、▽「サイバー抑止力」など、次期政権が直面する外交・安保課題を広く網羅している。
穏健派・中間層のとりこみ
ネオコン系が運営の中心を担うJHIではあるが、その政策路線はイラク戦争で世論に見離された当時のものとはかなり異なっているようにみえる。コーエン、エーデルマン、フックは連名で「アメリカ外交を刷新する時」と題する論文を政治経済サイト「リアル・クリア・ポリティクス」に発表し、「アメリカ外交は理念型か利益追求型かの二者択一ではなく、両者を追求すべきだとし、また「新たなアメリカ外交の第1原則は分別・慎重さ(prudence)を旨とし、アメリカ本来の超党派外交を取り戻す必要がある」と強調している。イラク戦争では力による「レジームチェンジ」の強硬策を掲げ、理念の追求に突出して国民的支持を失ったが、その反省に立って抑制された原則を掲げている。「軍事力や征服による政体変更は求めない。思慮分別ある戦いを考える」といった表現も目立つ。全体に穏健派・中間派を取り込む意欲が強くうかがえる一方、自由・民主主義・自由競争・人権といったネオコン本来の理念や「力と正義(道徳)」という原則は維持しているのが特色といえよう。穏健派・中間層も取り込んだ大同団結が基本戦略だが、共和党内部では孤立主義的な草の根保守「茶会運動」勢力がまだまだ根強い。そうした孤立主義をいかに克服するかがJHIの大きな政治課題といえそうだ。