白鴎大学経営学部教授 高畑昭男
共和党指名争いのトップを走るドナルド・トランプ氏が3月21日、ワシントン・ポスト紙との会見で自らの外交顧問チーム5人の名を初めて公表した。だが、4人はワシントンの政策知識人サークルや大手シンクタンク界ではほとんど無名の存在で、残る1人もメディア界で知名度はあるものの、誰もがうなずくような経歴の持ち主ではない。トランプ氏は以前から「私の外交指南役は私自身だ」などと豪語し、「政策不在、顧問不在」と指摘されてきた。顧問らの公表に踏み切ったのは、こうした疑念に答えるためとみられるが、同紙をはじめとするメディア等で5人の経歴が伝えられるにつれて、「トランプ氏に米外交をゆだねることになっても本当に大丈夫なのか?」という不安や警戒の声がかえって拡大していく結果を招いている。
4人は無名、1人は過激発言
公表された顧問は、▽中東・対テロ専門家とされるワリド・ファレス氏、▽元陸軍中将、キース・ケロッグ氏、▽元国防総省監察総監のジョセフ・シュミッツ氏、▽エネルギー業界の専門家とされるカーター・ペイジ氏、▽ジョージ・パパドプロス氏の5人。
このうちファレス氏は、国防大学教授などを歴任し、保守系フォックス・ニュースのアナリストとしてテレビでの知名度はある。2012年大統領選でロムニー共和党候補陣営の下級顧問を務めた経歴がある一方、かつてレバノン内戦でイスラム教民兵組織と殺戮やテロを繰り返したキリスト教系民兵組織とのつながりがとりざたされている。最近も「イスラム国(IS)勢力が米国内に根を張りつつある」といった過激発言で顰蹙を買うなど、芳しい評価とはいえない。
ケロッグ元中将はベトナム従軍歴があり、90年代には有名な第82空挺師団の司令官を務めるなど現場の作戦行動面についてはベテランとされるが、米外交の根幹を担う戦略・政策分野では目立った論文もなく、その知見も全く知られていない。
また、シュミッツ氏はブッシュ前政権時代に国防総省監察総監の地位を利用したとされる多くの不祥事が米メディアで報じられ、2005年に辞任に追い込まれた人物という。保守系誌『ナショナル・レビュー』の3月24日付の評論「ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントは"奇妙な”トランプ・チームに驚かされた」( D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by ‘Bizzaro’ Trump Team )によれば、シュミッツ氏は「ワシントン中で軽蔑されているだけでなく、専門分野は航空法であり、外交に関する知見や経歴は皆無」と酷評する専門家の声が紹介されている。
親ロシア派や新人弁護士も
トランプ氏は、ペイジ氏とパパドプロス氏を「エネルギー専門家」としているが、ペイジ氏の論文には親ロシア的で問題を含む内容が少なくない。ウクライナ問題では「米政府や北大西洋条約機構(NATO)がロシアを刺激したのが悪い」などと、米国やNATOを非難する論調が強く、欧州同盟諸国の反発を呼びそうだ。トランプ氏がプーチン・ロシア大統領を評価し、NATOに冷たい態度をとるのは、ペイジ氏の影響ではないかとする推測もある(同上ナショナル・レビュー記事)。
パパドプロス氏は2009年に短大を卒業したばかりの新人で、ロンドンの法律事務所でエネルギー問題を扱う若手弁護士にすぎない。イスラエル政府に対してギリシャやキプロスとの関係強化を強く推奨するなど、一風変わった主張に執心しているのが特徴という。
比較的知名度のあるファレス氏も含めて、5人の「トランプ外交チーム」の知見や経歴を評価する意見は共和党内はおろか、民主党内にもほとんどない。ただ、これらの顧問たちは「トランプ流」経営術によって、選挙運動中でもいつでも首をすげ替えられる可能性がある。
日本も「トランプ外交」リスクに備えを
より問題といえるのは、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ紙との会見などを通じて、トランプ氏の外交思想が「アメリカ・ファースト」や「非介入主義」などとも呼ばれる孤立主義の傾向が濃厚であることが一層明らかになったことだろう。
トランプ氏は5人の顧問を公表する前に、これらの顧問を取り仕切る「国家安全保障諮問委員会」の委員長にジェフ・セッションズ上院議員を指名していた。セッションズ議員は、かつて黒人差別発言をしたとして問題を起こしたことがあり、『ナショナル・ジャーナル』誌が「米議会で最も超保守的な議員のトップ5」に選んだ(2007年)人物だ。南部の保守強硬派で、不法移民への厳しい姿勢で知られる。サム・クロービス政策顧問とともに、草の根保守「茶会」運動に近いことでも有名だ。
イラク、アフガン戦争の反動で米国に孤立主義が高まることは、従来から予想されてきたが、トランプ氏とその陣営には超保守孤立主義者と茶会勢力が結集し、現実の勢いとなっていることが明瞭にうかがえる。在日、在韓米軍撤退発言などと併せて、氏の路線がアジア太平洋の安全保障に及ぼす影響は極めて大きい。日本政府は「トランプ外交」路線のもたらすリスクにどう対処するかについて、入念に備えておく必要がありそうだ。