上席研究員、現代アメリカプロジェクトリーダー、東京大学教授
久保文明
16年ぶりの党大会後のバウンス
党大会終了4日後の7月25日に発表されたCNN/ORCの世論調査では、トランプの支持率は大きく上昇し、2000年選挙以来の党大会後の支持率の上昇となった。トランプ対クリントンの仮想レースでは、大会前は、クリントンが49%対42%でトランプをリードしていたが、新しい調査では48%対45%でトランプが逆転した。ちなみに、ゲーリー・ジョンソンとジル・スタインを加えた4人のレースでは、トランプが44%、クリントンが39%、ジョンソンが9%、スタインが3%であった( http://www.cnn.com/2016/07/25/politics/donald-trump-hillary-clinton-poll/index.html )。
通常、党大会後の支持率の上昇を比較する場合には、候補者2人の直接対決の事例を使用する。ここでもそれに倣って過去の例を紹介する。
かつては、全国党大会後に大きく支持率が上昇することが普通であった。1992年のクリントンは16%も上昇した。2000年にはブッシュとゴアの支持率はそれぞれ8%ずつ上昇した。しかし、その後はこのような現象は現れておらず、今回は久しぶりの党大会後のバウンス(支持率急上昇)となった。
党大会が地上波のテレビで放送される時間も少なくなり、関心が小さくなっていることが原因かもしれない。あるいはここ数回のように、2つの党大会が1週間の間をおくだけで接近して開催される場合、「バウンス」が現れる頃には次の党大会が開催されて、先行した党の候補者の支持率は下がり始める可能性もあり、純粋な党大会効果を計測しにくくなっている。しかし、ともかく今回、トランプが記録した6%の支持率上昇は、注目に値する。
指名受諾演説の効果か
既述したように、大会3日目までは否定的な影響を及ぼしかねない事件が続いたため、この上昇はトランプの受諾演説の効果ではないかと推測される。CNN自身による分析によると、この上昇はとくに無党派層における支持率上昇に起因している。無党派層の43%は、党大会によってトランプを支持する気になったと答え、41%は逆であると回答している。大会前、無党派層は34%がクリントン支持、以下31%がトランプ、22%がジョンソン、10%がスタイン支持となっていたが、大会後、トランプが46%を獲得し、以下クリントン15%、ジョンソンとスタインがそれぞれ4%となった。
興味深いのは白人の間で、学歴の違いによる支持傾向の差がさらに拡大したことである。大会前、大卒者の間ではクリントンとトランプは40%ずつの支持を得ていたが、大会後、クリントンがむしろ44%対39%でリードするようになった。それに対して大学卒でない白人の間では、トランプのクリントンに対する優位は、大会前の51%対31%から62%対23%に拡大した。
トランプは好感度においても上昇した。有権者登録をした回答者の中では、それは39%から46%となった。有権者が重視する上位2つの争点、経済とテロ対策に関して、二人のうちどちらを信用するかという問いに対して、トランプは大会後クリントンより二桁のリードを獲得した。これは、今後、クリントンは争点で競い合うと不利な戦いを余儀なくされることを示唆しており、ますますトランプの不適格性に焦点をあてた選挙戦を展開する必要性に駆られるであろう。民主党やメディアは、共和党大会は国を分裂させるものであったとの批判を展開したにもかかわらず、トランプはアメリカを団結させるとの意見に賛成する人は、大会前の34%から42%に上昇した。
共和党大会そのものについては、58%が民主党批判に時間を割き過ぎていると答えており、トランプの演説についても18%が「ひどい」(terrible)と答えていて、これはCNNが1996年にこの質問を始めてからは最高の数値である。にもかかわらず、回答者の40%が演説について、「素晴らしい」(excellent)、あるいは「よい」(good)とみており、45%はトランプの演説は今のアメリカについての自分の感じ方と同じであると答えた。そうでないとの回答者は48%であった。
党大会最終日を調査対象に含む他の世論調査でも、トランプの支持率は上昇傾向にある。一対一の仮想レースでは、たとえばCBSニュースの調査は44%対43%、ロサンゼルスタイムズ/USCの調査では46%対41%でトランプがリードしている。ただし、エコノミスト/Yougovの調査では47%対42%、NBCニュース/SMでは46%対45%でクリントンがリードしている。党大会前にトランプがリードしていることを示す調査はラスムセンのものだけであった。
トランプは政界では新人である。無関心層にとっては未知の存在であった。いわゆる有名人ではあったが、そのような人々にとっては、もし何か先入観のようなものがあつたとしても、失言・方言・暴言の人としての印象の方が強かったであろう。しかもそのトランプの演説は比較的まともであり、共和党大会で初めてトランプをじっくり見た人々に強い影響を与えたのではないかと推測される。
むろん、民主党全国党大会後、クリントンにも支持率上昇効果が現れる可能性がある。ただし、彼女の場合、長く政界で生きてきたため、トランプとかなり事情の違いはある。このあたりは注目点である。
選挙戦の最終結果について、この段階で論評するのは時期尚早である。しかし、党大会の演出効果という点では、共和党とトランプは大会前の予想を超える成功を収めたことは否定しがたい。