細田衛士 (慶応義塾大学経済学部教授)
染野憲治 (東京財団研究員兼政策プロデューサー)
1. はじめに
拡大成長を続ける中国市場に対して、日本ばかりではなく世界各国から注目が集まるのは当然のことである。多くの先進国企業が中国市場を目指してビジネスを展開し、一層の収益拡大を図って熾烈な競争を続けている。当たり前のことだが、成功を収める企業もあれば、失敗して市場から撤退する企業もある。中国市場で一定の成功をすることは容易ではないのだ。ビジネスを始める前にデータ集積・分析・総合評価などの準備を的確に行わないと、事業に失敗する確率は高くなる。
これは動脈ビジネスだけに当てはまることではない。まったく同じことが静脈ビジネスにも当てはまる。中国が資源循環ビジネスに力を入れているという一般的に広まった情報だけを頼りにして中国で静脈ビジネスを企画しようとしたら、それは愚かなことである。まさかそのような企業が日本にあるとは思えないが、それと似たような行動をとる企業が散見される。中国で静脈ビジネスを成功させ、東アジア圏域での広域資源循環に貢献しようと思ったら、相当の準備と慎重な判断が必要である。
本稿では、最近の東アジア圏域における資源循環の発展を念頭に置き、日本がどのように中国で資源循環ビジネスを展開できる可能性があるのかについての基礎的な議論をしようと思う。ここでの議論はミクロの経営的視点というよりもむしろマクロの視点から資源循環問題を論じる。本稿の意図は、中国の資源循環ビジネスを巡る状況について俯瞰的な考察を行うことだからである。
2. 世界経済の動向
まず、資源循環問題を論じる前に、本稿に関連する範囲において世界経済の動きを概観しておく。経済の「静脈」である資源循環の動きは、「動脈」の経済状況に左右される。世界市況で原油価格が下がれば、誰も使用済みプラスチックには見向きもしなくなる。逆に、原油価格が上がれば、多くの静脈事業者が使用済みプラスチックを求めるという構造がある。このため、はじめに「動脈」としての世界経済の動向を概観することが必要なのである。
私の見立てでは、現在の世界経済は2010年後半にかけて不透明感がぬぐいきれない。金融状況をみると、ギリシア問題では救済策が行われたが、本質的な問題は未だ残っている。そもそも、私は昔からEUの通貨統合に対しては非常に懐疑的に見ている。たとえギリシア問題が片付いても、今後はハンガリー、スペイン、ポルトガルと同様の問題を抱えた国が潜在的に存在しており、やがて顕在化してくるだろう。経済の実体は各国で異なるにもかかわらず、通貨統合を行った。「カネ」や「モノ」は国境を越えて動くであろうが、「ヒト」は動かない。実体経済に重要な知識・情報も「ヒト」について動くものである。これまでは各国の実体経済が異なれば、それが通貨に反映された。通貨が「チャイニーズ・ウォール」となり、為替調整によって修正されたのだが、通貨統合により、そのようなウォールはなくなってしまった。実体経済の良いドイツがEUのすべての国々の負債を引き受けてくれるなら良いけれど、それは難しいであろう。こうしてみると、現段階では、ユーロと統合をせず、ウォールを残した英国は賢かったかもしれない。今回、通貨統合後の問題が露呈したが、今後も引き続き同様の問題が発生するであろう。現在、中長期的な金融状況は不透明である。
それでは、実体経済はどうだろうか。EUでは相対的にドイツが強いが、ギリシアをはじめとした金融状況に問題のある国々は実体経済の面でも足腰が弱い。これに輪をかけて弱いのは米国である。米国経済の復調を期待させる良いニュースもときにはあるものの、最近もダウ式平均株価が数百ドル単位ぐらい下がるなど芳しい状況ではない。米国で話題になった『富・戦争・叡智』という書がある。同書では市場は次に起きることをいち早く察知しており、その最たるものは株式市場であると述べられている。これが本当に真実であるか否か私には分からないが、もし真実であれば、やはり米国の実体経済は弱いということであろう。
足元では、原油価格が小幅ながら微妙な変動を続けている。ドバイのスポット価格で原油はバーレル70ドルを切るか切らないところまで下がったと思ったら、再び70ドル後半まで反転するという状態である。原油価格は使用済みプラスチック需要にも影響しており、そこまではいかないと思われるが、仮にバーレル40ドルを切るようなことがあれば、使用済みプラスチックは不要になり、直ちにごみとなる。外航海運も平積みの市況は良くないが、コンテナは不足するというちぐはぐな状況で、全体の動向は不透明、あるいは踊り場といってよいかもしれない。
素材需要についても状況は似たようなものだ。銅はロンドン金属取引所(LME)で60万円/tを切るところまで来たかと思うと、反転して60万円/t後半に上がったりしている。亜鉛、鉛も長く安く軒並み低迷を続けていたところ、本稿執筆時点で上昇基調になっている。実需面で考えると素材需要の低迷は秋口までも続きそうな気配もあり、ここでも世界経済の見通しは不透明である。
そのようななか、相対的に良いのが日本及びアジア経済である。アジア経済が良いのは需要があるからで、特に中国をはじめとする東アジア経済の足腰は強い。経済学という学問については、その時々で評価が変わるところがあって、現在、足腰が強い国々は需要が引っ張っているという認識から、改めてケインジアンへの評価が高まっている。つい最近までマネタリスト的論調が多かったかと思うと、最近ではケインジアンが流行している。
ところで日本の政党のなかには、消費税不要の論拠として、経済成長をすれば財源も捻出されると主張する人々がいるが、実はこれはおかしい。話は逆で、問題の本質はどうやって需要を創出するのか、どうやって経済成長をさせればよいのかということであって、それが分からないところに問題があるのだ。ケインズが喝破したとおり、成熟した経済において需要は自然には伸びない。需要不足のため成長ができないのである。一般的にいうと消費はいつか節約疲れが出てくるはずで、日本でもいつかは消費者の財布の紐が緩んで需要が創出されるようになるかもしれないと思うが、現実には未だその状況にはなっていないようである。
中国経済をはじめとしたアジア経済の好調さが続くかは、中国が適正な流動性供給(マネーサプライ)を行えるかにかかっているであろう。うまく行えば、中国が機関車として牽引をしてくれるであろう。しかし、流動性供給が過剰になればインフレになる可能性がある一方、逆にタイトになれば資金が回らなくなり連鎖倒産という可能性も出てくる。中国がどれだけレバレッジを行っているか不明だが、リーマンショックのように逆レバレッジが効いて、経済がどんどん収縮してしまう恐れもなしとはいえない。我々は中国がうまく金融政策を行ってくれることを祈るしかない。
長期的な見通しになると、確実に言えることは、これからは世界的にますます環境規制と資源制約が強まることを認識しておくことが重要である。環境規制については、公害対策から気候変動まで強まる一方である。資源制約に関しては、近年、新たな大規模油田の発見ということはほぼ無く、資源・エネルギーが物理的に枯渇することは無いとしても、採掘コストがますますかかるものとなろう。オイルシェル、オイルサンドなどがあるといっても、これらはおおむねバーレル100ドルを超えないと開発はされないであろう。
欧州ではRoHS(電気・電子機器の特定有害物質使用禁止指令)、WEEE(家電リサイクル法)の強化があり、中国では、来年(2011年)1月に中国版WEEEを開始する予定である。また、中国版ELVリサイクル法という話も聞こえる。環境規制が強まる傾向は中国も同様である。排出ガス規制強化、地球温暖化対応、原油・鉱物資源のピークアウト、レアメタル・レアアースばかりかベースメタルもいずれはピークアウトとなる。実際、鉱石の品位が下がっていることで、製鉄時の残渣が以前よりも増えており、一定水準のリサイクル率を確保するのが困難になっているという。
従来は、実物経済と金融経済という2つの経済が長い目で見たとき協調し合い、金融経済における貨幣は実物経済を円滑に回すものであって、「お金」を食べるわけでは無いという意味では、貨幣の増加自体は目的とされるものではなかった。現在、金融経済に流動性供給の不安などの不透明さが増しており、それが実物経済にも反映されている。また、実物経済に関しても、資源・環境制約が高まってきており、世界を見渡せば、足腰の弱い欧米経済と世界経済を牽引するアジア経済という構図になりつつある。 (図1)
3. 中国における循環ビジネス
さて本論である中国における資源循環ビジネスの可能性について述べよう。中国における循環ビジネスについては、後に紹介する天津子牙循環経済園区の例だけではなく全般的にチャンスは大きいであろう。その理由としては、まず、確実に静脈資源(使用済み製品・部品・素材)の供給が増加することが挙げられる。動脈経済の動向を見れば、静脈資源の有効利用は必須であり、使用済み製品・部品・素材から天然資源に代替する資源を抽出するドライビングフォースがますますかかるであろう。天然資源のピークアウトという背景を考えると、これは確実な動きである。
このように循環ビジネスに関心が集まると、誰もが気軽に参入を考える。例えば、これからはレアメタルが不足すると言われると、レアメタルの循環ビジネスに注目が集まり、すぐにビジネスになるだろうと人は考える。しかし、それほど容易な話ではない。携帯電話にレアメタルが含まれていると言っても、そもそも携帯電話を集めることが難題である。さらに循環資源については、「金(きん)」が含まれるものであれば採算が取れる可能性は高くなるが、レアメタルの含有量は微々たるものであり、バイプロダクト(副産物)として取るのは良いが、その回収を主目的にしたのでは採算は取れない。
これからは中国でも環境制約は弱まらないであろうし、低環境負荷・低炭素循環ビジネスの必要性が高いのは確かである。但し、循環ビジネスで最も重要なのは静脈物流であり、集荷体制さえしっかり整えばビジネスになるであろう。なぜなら、金・銀・白金などの希少金属や銅・アルミなどの非鉄金属、そしてパラジウム・タンタルなどのレアメタルなどを含有したさまざまな静脈資源を集荷できれば、資源循環ビジネスは成立するからである。逆に言うと、集荷できないと資源循環ビジネスの必要条件が満たされていないということになる。
これからの日本にとって、単体の要素技術だけを売るビジネスは決してうまいやり方ではない。水ビジネスを中心に展開するヴェオリア社のようにシステムを売る発想が必要である。どうしても日本人は「技術」というものへの信奉、嗜好があるが、これからは技術単体では、たとえ売れたとしても収益は上がらないであろう。単発の仕事で終わってしまうからである。その点で興味深いのは、同じシステム的視点に立っているとはいえ、中国と日本の循環ビジネスに対するアプローチは異なっていることである。中国は資源制約対応のための循環ビジネスを構築しようとしており、日本はごみ問題への対応のための3Rで始まっている。中国は資源を取ることが優先されるため、静脈経済へのアプローチが異なる(細田衛士『東亜』財団法人霞山会2010年2月号参照)。
中国の循環ビジネスは、環境制約は取りあえずさておき、もっぱら資源制約に対応しようとしている。発展成長する中国にとって、静脈資源でさえ喉から手の出るほど欲しい資源なのである。加えて、資源循環ビジネスには労働集約的側面もあり、雇用吸収力もあることから、中国ではこれから大いに力の入る部門である。だが、賃金の相対的に高い日本ではそのようにはいかない。最近は、グリーンニューディールが取りざたされるが、グリーンニューディールで日本の労働需要は増えない。米国も同じだ。そもそも、米国の元々のニューディール政策も、さしたる成功は収めておらず、失業者が減ったのは戦争によるところが大きい。他方、中国の場合、政府がわずかな力で有効需要を作れば、資源循環の流れが回り始め、グリーンニューディールが成立する。中国政府は意識をしているか否かは分からないが、感覚的には、その辺がざっくりと分かっているのであろう。つまり、グリーンニューディールの実現可能性が最も高い国は中国なのだ。
しかし、中国には、的確に環境制約・資源制約に対処できるような循環ビジネスインフラが未だない。制度的インフラ作りは進んでいるが、物理的インフラはまだこれからである。被覆電線を人海戦術で剥ぐというのはまだ良いが、金属に王水をかけて「金」を取るようでは、バイプロダクトも取れず歩留まりも良くないであろうし、環境制約もクリアできない。
そういう状況のなか、日本のエコタウンも参考にした天津の子牙は、グリーンニューディールにもなり、環境・資源制約もクリアする一つのモデルケースとなり得る可能性がある。まだまだ発展の途上といったところだが、市当局の力の入れようも相当なもので、資金の流れも良い。そして何よりも、グリーンニューディールを実践しようとする気迫が見受けられる。問題は、効率的な資源循環ビジネスを行う高度な技術がないことである。
整理すると、中国は手解体・人海戦術は得意だが、効率的な資源抽出技術、歩留まりの高いリサイクル技術などが欠けていると言える。他方、日本の場合は、質の高い資源抽出技術があり、厳しい環境制約へも対応している。中国としては、このような日本の高い静脈技術が欲しいであろうし、実際にそのような技術を持った会社に声をかけている。子牙の場合であれば、DOWAエコシステムや啓愛社といった日本企業が名乗りを上げている。
しかしながら、チャイナビジネスは色々な意味で大変難しくリスクが伴う。具体的に幾つかの不安材料を挙げると、例えば、契約後に仕様の変更を要求してくるなど商慣行の違いがある。また、正しい情報が非常に不足していることも大きな問題として挙げられる。近年、日中間のヒューマンネットワークが薄くなってしまったことがその大きな原因である。ITでも情報は取れるが、そこで取れる情報には限界があり、月並みなものでしかないこともままある。重要な情報はヒューマンネットワークに存在している。情報と言うのは単なるデータでは駄目で、データが加工されて知識に、さらに加工されて知恵になることによって最高の付加価値が発生するのだ。外務省のチャイナスクールが、どれだけ日本の国益に貢献してきたかは分からないが、いずれにせよ対面で得られる情報や専門知識は評価すべきであろう。
言い方は悪いが、中国は呼び込みがうまく、一度呼び込んで、捕まえてしまえば勝ちといった風潮も感じられる。また、自動車のように、中国でビジネスを行おうと思えば、型式認証を取るために中国へ進出せざるを得ない分野もある。さらに、ひどい場合はサイドペイメントが必要な場合もある。チャイナビジネスの難しいゆえんである
この点、常々疑問に思っていることがある。日本はこれだけ頭の良い人がいるのに、何故、分析的な議論をしないのかということである。もちろんビジネスリスクを取るか否かの最終判断はあるが、その判断の前の分析が決定的に不足しているように思われる。ことはビジネスだけではない。戦争でもそうだった。第二次世界大戦でも戦局が劣勢になると、分析を止めてしまい、自分に都合のよいことだけ考えるようになり失敗をしたとの指摘がある(戸部良一他(1991)参照)。日本には、コンティンジェンシーアプローチというものがなく、負けたときどのように対処するか考えずに戦争をしてしまった。「皇軍は負けない」などと言っても負けてしまう。このような姿勢では、負けが負けを呼ぶことになるのは当然である。しかし、軍事だけではなくビジネスでも、どうも日本にはそういうところがあるようだ。
さて、中国でのビジネス展開では特に正確な情報収集と分析が不可欠である。中国の中央政府や地方政府の方針はブレの可能性があり、これを読み誤るとビジネスリスクは大きくなる。加えて、6月14日付の日本経済新聞夕刊に「中国初の再資源化基地」として瀋陽が紹介されたように、日本のメディアも判断を誤る情報を提供しているから事が一層難しくなる。こういう情報が流れれば、一般的に皆信じてしまうし、また現に、現在環境省は瀋陽との協力を進めているから大丈夫だと思ってしまいがちである。しかしこの情報は誤りである。既に青島や天津で再資源化基地は稼働している。誤解の無いようにして頂きたいのだが、天津が良いか、瀋陽が良いかということが問題なのではなく、中国から正確な情報を得ること、そしてそれを日本が正しく分析することが重要なのである。成功するのであれば、それは天津でも瀋陽でもどこでも良いが、分析不足のために失敗するという事態はできる限り避けなければならない。
また、廃棄物・リサイクルビジネスに伴う固有の問題として、やはり既得権益の問題を避けて通ることはできない。特に発展途上国では、既存のインフォーマルセクターが資源循環ビジネスを行っており、高度なリサイクルを進めるためにはこれらの整理が必要となる。だが、それが一朝一夕にできないことはどこの国でも同じことである。こうした状況をよく見極めた上でないと中国での循環ビジネスは難しい。
4. 天津子牙循環経済園区
ここで、中国で進展しつつある資源循環ビジネスの基地について説明しよう。それは天津の子牙循環経済園区という資源循環複合基地である。子牙循環経済園区は、天津市の南西部、市の中心から約50kmに位置し、北京からも車で2時間、高速鉄道で30分(北京南駅-天津駅)の距離にある。園区から港までの交通の便が、気がかりではあるが、一定の交通ネットワークは整っている (図2) 。
開発面積は135km2(山手線内側の約2倍、現在はうち2.5km2の工業区などを整備)、24の村を廃村・統合し、金属・家電・自動車・プラスチック等の再生資源化専門園区として整備された中国北方の最大の経済園区である。開発にあたっては、日本で最大規模の廃棄物リサイクルを行うエコタウンを有する北九州市の協力を得ており、2008年5月に締結された天津市・黄興国市長及び北九州市・北橋健治市長の覚書に基づき、北九州市では天津子牙工業園のマスタープランの策定支援や企業・行政交流等を行った。
2007年3月には工業情報部より「国家級廃棄電子情報製品回収処理モデル基地」、同年11月には環境保護部より「国家輸入廃棄物『園区管理』園区」、同年12月には国家発展改革委員会ほかより「国家循環経済試点園区(第二次)」など様々なモデル指定を受けており、本年5月には国家発展改革委員会及び財政部から全国初の「都市鉱山モデル基地」(7カ所のうちの1つ)にも指定されている。
園区は生産加工区(工業用地)、科学研究サービス区(研究開発など行う公共施設用地)、居住社区(居住用地)の主要3区に加え、中心に2km×10kmの緑化帯(林下経済帯)が整備され、緑化帯では養鶏やキノコ栽培など(アグリフォレスト)もできるようにするなど非常にバランスが整っている。廃村となった村の住民、8万人には、1人当たり45m3の家が用意され、今年3万人、来年5万人が整備された同区へ移住する。2020年には13-16万人が居住するという (図3) 。まさにグリーンニューディール的発想とも言うべき複合施設である。
主要5大産業として、(1)廃電子情報産品、(2)廃自動車、(3)プラスチック加工、(4)新エネルギー及び省エネ環保産業、(5)廃機械・電力設備精密加工・再製造を重点的に発展させ、循環産業チェーンを形成する。この中でも、現在は特に日本のプラスチック再生技術に関心が高い。 高度な使用済みプラスチックリサイクル技術は中国にはないからである。
園区は港湾とは約110km離れているが、「無水港」との呼称を持ち、保税区や税関や質量検査総局などと一体化した通関体制を整えている。輸入品のチェックについては、元来、天津は輸入によるトラブルの発生が少ないうえ、進出した日本企業はリスク回避のために厳重なチェックを行うことが考えられ、それがさらに園区の全体的水準を底上げする可能性も高い。 (図4)
また、循環ビジネスの成功にはタマ(廃品)が集まることが必要条件であり、まずは「集荷能力」が非常に重要である。静脈物流で円滑に静脈資源が集荷できないと、高度なプラントがあっても赤字になる。そこで注目されるのが天津市の許可付与権限の強さである。たとえば、市内にあった7社の自動車解体企業を、市の指導により一社に集約をさせるという腕力の強さが天津市にはある。これは市の条例により合法的に行ったもので、指定された一社の企業以外は自動車回収ができない。この集約された企業には、住友が50%、7社が合計で50%の資本を出し、日中合弁会社という形になっている。今年で工事は完成し、これから年2-3万台回収を行う予定とのことである。国務院では使用済み自動車の強制回収による内需拡大を考えており、これからは一定年限を超えた自動車は毎月車検が必要となる。このような動向も、自動車リサイクルを後押しするであろう。
園区にはすでに中国国内大手の家電企業であるTCLが進出しており、同地で洗濯機・テレビ・冷蔵庫・エアコン・パソコン・大型計算機などのリサイクルを行うことを予定している。道も整備され、園区のオフィスビルも建設が始まり、日中協力モデル地区であることを示す看板も立っている。
地方政府はインフラ整備に50億RMB(約700億円)を投入し、2009-14年では150億RMB(約2,100億円)を投入するという。発展改革委員会も2億RMB(約28億円)の投資を決めており、国の資金が入るということで、日本企業も投資しやすい環境になっていると見てよいだろう。
プラスチックに関しては、市内すべての輸入再生プラスチック企業を集中させるプラスチック団地を1,500ムーほどの敷地面積で作ることも計画している。その際には、例えば条例改正によりカット不要でPETボトルが輸入できるようにする(現状はカットが必要)ことも考えているらしい。現在、市内のプラスチック回収量が70万トン、天津市にある36社のプラスチック輸入量が100万トンであり、日本の再生プラスチック企業に進出してもらい、付加価値が高い製品を作りたいと考えている。
なお、天津には子牙の他に濱海新区という大規模な経済工業開発区がある。市政府の説明などによれば、濱海新区にはハイテク産業を集中させることを考えているようで、域内の循環などはあるも、基本的に循環経済は子牙が中心となるようである。
5. おわりに -今後の中国循環ビジネス-
天津市は昨年16%のGDP成長をしており、これは31省・自治区・直轄市の中でも2番目の高さにある。ただし、経済成長の反面、さまざまな問題にも直面している。環境対策や省エネ、さらに資源の再使用・再生利用もその一つである。いかに効率的で環境負荷の小さい資源循環システムを作るかが当面の大きな課題なのである。
これから天然資源のピークアウトを迎えるなか、静脈資源からの効率的な資源抽出は重要な天津市ばかりではなく中国経済全体にとって大きな課題である。またより大きな視野で俯瞰すると、東アジア圏域の静脈資源循環は必然の方向性でもある。動脈経済が一国で完結しないのと同様、静脈経済も一国で完結することはない。ただし、効率的で環境負荷の小さい資源循環を進めるためにはそれに要素技術とインフラストラクチュアそしてそれをつなぎ合わせるシステムが必要になる。
ここで、日本の持つ技術は中国にとって大きな魅力となる。チャイナリスクを十分認識しつつ、単なる技術単体の販売に留まらず、中国での循環ビジネスチャンスを日本企業が本格的に生かせるか否かは今が剣が峰である。確実にビジネスチャンスを生かすためには、的確な情報収集と分析を行うことが鍵となる。再三述べたとおり、静脈物流形成と集荷体制が大きな課題となるだろうが、この問題を克服しさえすれば日本の企業にとって中国での循環ビジネスのチャンスは大きいと言えるだろう。
<参考文献>
戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎(1991)『失敗の本質』中公文庫
バートン・ビッグス(2010)『富・戦争・叡智』日本経済新聞社(望月衛訳)
細田衛士(2010)「日中連携による広域資源循環の可能性」『東亜』pp. 22-30、No. 512.
染野憲治(2010)「『京津冀』の発展と日本への期待」―天津濱海新区と唐山曹妃甸―、東京財団ホームページ( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2714 )
細田衛士 (慶応義塾大学経済学部教授)
1977年慶応義塾大学経済学部卒。80年同学部助手、87年助教授。94年より現職。2001年7月から2005年9月まで経済学部長。主著に、『グッズとバッズの経済学』(東洋経済新報社)、『環境制約と経済の再生産』(慶応義塾大学出版会)、『資源循環型社会-制度設計と生産展望』(慶応義塾大学出版会)など。