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【Views on China】新たな「移民潮(ブーム)」― 投資で勢力を拡大する新・新華僑

August 29, 2013


早稲田大学国際教養学部准教授
陳天璽

華人学会 in マレーシア

この夏、8月17日から19日まで、マレーシアのUTAR(Universiti Tunku Abdul Rahman、拉曼大学)の主催で、第八回世界海外華人研究学会(International Society for the Studies of Chinese Overseas :ISSCO)の国際会議がクアラルンプールで開催された。華僑華人研究に従事する第一線の研究者が集まり、最新の研究発表を行う会議だ。華人に関することであれば、領域は、政治学、経済学、歴史学、人類学、文学、法学、宗教学など、多岐にわたり議論される。会議では中国語と英語が共通語として使用され、今回はマレーシア開催ということもあり、はじめてマレー語でのセッションも加わった。世界各地の研究者が200近い論文を発表した。華人研究学会が、多元化的な会議であることは、参加者の出身、専門分野や使用言語からも推測できるだろう。

私は大学時代から華僑華人研究に従事しており、この学会が発足した1990年代初期から参加している。ここ10年ほど、研究対象を無国籍者に広げたこともあって、今回は久々の参加であった。一方、マレーシアは大学院時代、調査のため足しげく通い、マレー人に間違わられるほどであったが、10年ぶりの訪問だと気づき自分でも驚いた。光陰矢の如し。10年ひと昔とはうまく言ったもので、学会後に訪問したマラッカやペナンが世界遺産に認定され、観光地化が急速に進んでいることを目の当たりにして、時の流れを実感した。

学会の参加者のなかでも中国出身者の勢いは目を見張るものがある。オーストラリアやカナダ、アメリカなど各国の大学で教鞭をとっている研究者の中には、改革開放以降に中国から海外に渡った人が多い。いわゆる新華僑と呼ばれる人たちだ。戦前を含め、70年代より以前に移住した老華僑たちと比べ、新華僑たちの活躍ぶりは目を見張るものがある。

マレーシアにおける中国マネー

学会のみならず、マレーシアを訪問している間、投資開発、観光など海外進出する中国からの勢いを感じることが度々あった。

その一例が、ジョホールバルのイスカンダル計画に投資した中国資本、碧桂園グループ(Country Garden Holdings)のプロジェクトだ。イスカンダル計画とは、マレーシア政府とジョホール州政府が積極的に進めている一大開発プロジェクトで、ダンガーベイ(Danga Bay)一帯、つまり、シンガポールと海峡を面しているジョホールバルの好立地を生かし、あたり一帯に「世界都市」 *i を建設しようという計画である。対象地域はシンガポール総面積の3倍ほどあり、電気、石油化学など既存の産業を強化するだけではなく、金融や教育といった新規産業の形成も目的としている。総投資額10兆円、計画人口300万人という。

言うまでもないが、ジョホールバルはシンガポールと国境を接しており、シンガポールの中心部まで車で30分ほどと近い。しかし、シンガポールに比べ不動産が五分の一から十分の一と格段に安くなるので、「シンガポールで働き、ジョホールバルで暮らす」というライフスタイルを選ぶ人も多い。しかも、近年マレーシアはMM2H (Malaysia My Second Home、第二家園) プログラムを推進しており、移民の受け入れを国家政策として掲げている。このロングステイプログラムで日本からも多くの熟年夫婦が移住しているので、すでにご存知の人も多いと思うが、MM2Hとは、マレーシアにおいて一定額以上の定期預金をすることで、1年から最高10年間有効な長期滞在ビザを許可する外国人向けのビザ制度であり、自由にマレーシアを出入国することができるというものだ。

こうした絶好のチャンスに、中国マネーが跳び付いた。中国の不動産業界でトップ10にある碧桂園グループは、イスカンダル計画に合わせサービスアパートメント、高級スポーツクラブ、ショッピングモール、アミューズメントパークなどを建設する計画であり、総面積は55エーカー(約22ヘクタール)に及ぶ。8月11日、ジョホール洲のスルタン、イブラヒム氏を招き、同プロジェクトを開始する花火を打ち上げた。その様子がマレーシアの華字新聞の一面で紹介された。同グループは、このプロジェクトに意欲的で、自信に満ち溢れている。「ジョホールバルを世界のハブ都市にする」というほどだ。実際、開発が進めば、マレーシアの雇用拡大にもつながるので、スルタンはじめマレーシア政府も大歓迎の様子である *ii

初日、9000棟に上るコンドミニアムを販売すると公表し、いっきに6000棟が売れたというから人気上々だ。なお、価格は1平方メートル700-1000リンギット、つまり2-3万円というのが相場だ。購入者は、マレーシア人だけでなく、日本人や中国人など海外からの人も多い。特に中国からの個人投資家たちがこのプロジェクトに強い興味を持った。彼らからすれば、マレーシアは中国系が多くコミュニケーションに支障はない。しかも政治も安定しており、気候も抜群だ。さっそく、中国の都市部から2つのツアーグループが組まれ、ジョホールバルを訪問し、イスカンダル計画の立地、各種条件、MM2Hのビザ手続き、学校などの見学を行った。深圳から参加した母娘は、サービスアパートメントの購入を決定した。いわく「MM2Hプログラムもあり、マレーシアに拠点を持てることは魅力的。香港やシンガポールに親戚がいるが、家を買うならマレーシアの方がお得。環境も良いので即決した」。ほかにも、「こどもの教育にはとてもよい環境。できれば購入したいと考えている」と家族でのマレーシア移住を計画している中国人もいる。

ヨーロッパへの「投資移民」ブーム

このように、不動産購入や投資移民をしている中国の個人投資家は、マレーシアだけではなく世界各地でも増えている。かねてより、アメリカ、カナダ、オーストラリア、シンガポールに投資し、移住する中国人は多かったが、近年、南ヨーロッパなど地中海にも進出している。

ヨーロッパは、2008年の金融危機で海外投資家が撤退し、経済危機に陥った。その後、南ヨーロッパの各国が投資移民の受け入れ条件を緩和したところ、中国人がこぞってやってきた。一説によると、去年キプロス島の別荘地が一気に600戸、中国人によって購入されたそうだ。

2012年10月8日、ポルトガルの移民法が公布された。それは、「非EU加盟国の国民は50万ユーロを投資することで、家族全員5年間の居住権を取得することができる」というものだ。さらに、一年に7日以上ポルトガルに居住すれば、6年目以降は国籍の取得申請をすることができる。ちなみに、ポルトガルでは、50万ユーロで、200平方メートルの一戸建てにプールと庭付きの別荘が手に入るそうだ *iii

スペインも50万ユーロ、ギリシャは25万ユーロで類似の移民権を取得できる。相場が100万ユーロは下らない上海や北京、広州の不動産と比べれば、中国の富裕層にとって、南ヨーロッパへの投資はかなりお得感がある。香港の『蘋果日報』によると、今年の初めにポルトガルが新移民法を施行してから、中国から少なくとも300件以上の移民申請があったという *iv

新・新華僑の動き

冒頭に触れた、学会で活躍している新華僑の多くは80年代頃に移住したグループで、当時中国経済は発展途上、彼らは留学生として海外に渡り、歯を食いしばって新天地で今の暮らしや地位を実現した。いわば「留学移民」といえる。戦前など早期に移住した老華僑たちは、多くが労働力として海外に渡り、無一文から生活を立てて今に至る。一方、近年中国から流出している移民の潮流は一風違っている。富裕層が海外に資金を積んで、居住権や国籍を取得する「投資移民」である。いわば新・新華僑と呼べる。老華僑や新華僑と違い、彼らは現地に根を下ろすという目的よりも、別荘とか別宅といった感覚で海外に家を購入し、国境を自由に行き来するのを目的としているようだ。したがって居住権や、国籍、ビザは重要だ。思えば、1997年の香港返還前、中国政府の統治に不安を抱き、香港で巻き起こった移民ブームと少し類似している。新・新華僑が発生したのは、中国の政治、環境汚染や生活に対する不安があるからではないだろうか。中国系移民の動きは、国内の情勢と常にリンクしており、その意味でも決して目が離せない。


*i 「碧桂園8月11日推介金海湾(碧桂園8月11日にダンガーベイを推奨する)」、『南洋商報』2013年7月27日。
*ii 「依区引領新山成世界城市(イスカンダル地区、ジョホールバルを世界都市に導く)」、『南洋商報』2013年8月12日。 
*iii 「中国富豪?占領″南欧(中国の富豪が南欧を「占領」)」、『南洋商報』2013年8月12日。 
*iv 同上。


陳天璽 CHEN Tien-shi
早稲田大学国際教養学部准教授

筑波大学大学院国際政治経済学研究科修了、国際政治経済学博士。ハーバード大学フェアバンクセンター研究員、ハーバード・ロースクール東アジア法律研究センター研究員、東京大学文化人類学研究室(学振PD)、国立民族学博物館准教授を経て、2013年4月より現職。

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