東京財団
小原凡司
はじめに
「(中国が)誤った方向に向かっている」
5日、米下院外交委員会のアジア太平洋小委員会において、ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が、こう強調した *1 。中国が昨年11月に公表した東シナ海の防空識別圏について、「受け入れない」と批判した際に述べたのだ。
日本の報道によれば、米国が、アジアでの領有権問題に踏み込んで中国批判を強めているという *2 。米国が、アジアにおける領土問題に関して中国に対する批判を強めているとすれば、中国のアジアにおける行動について、米国が不信感を抱き、かつ脅威だと認識していることを示唆している。脅威だと認識するのは、中国の行動を止められないかもしれないと恐れるからだ。これには、米国国内の政治的問題や米国の対中認識の変化といった要因が考えられる。
いかなる国家においても、国内政治の影響は、程度の差こそあれ外交政策に及ぶ。米国の対中姿勢も同様であると考えられるが、反対に、対外認識の変化も国内政治に影響を及ぼす。すなわち、対中意識の変化、特に、中国に対する危機意識の高まりが、米国国内政治に影響を与えているという側面もあるということだ。
では、米国の対中脅威認識を高める要素とは何だったのか。
1 米国の対中脅威認識に変化をもたらしたもの
米国防総省関係者によれば、中国は、2013年12月13日、山西省五寨ミサイル発射センターから、新型のICBMであるDF-41を、中国西部の目標に向けて発射した *3 。DF-41は、TEL(Transporter-Erector Launcher: 輸送・起立・発射機)に搭載される陸上移動式ミサイルで、10個のMIRV(Multiple, Independently-Targetable Reentry Vehicles:複数個別誘導再突入機)弾頭搭載可能である。また、米国全土が射程範囲内に収まる。
米国の情報サイト、ワシントン・フリー・ビーコンは、「中国があえてDF-41の発射試験をインターネット上に流したのは、12月5日に南シナ海において、中国海軍艦艇が米海軍駆逐艦カウペンスの航行を妨害し衝突の危険を生じた事案以降、引き続き緊張が高い状態にあることを示している」という。
こうした中国の対米強硬姿勢とともに、米国の対中脅威認識を高めた理由は、中国の軍事的能力の向上だろう。DF-41の発射試験は、中国の核抑止能力の向上を示すものである。TELに搭載することで被破壊の可能性を下げ、MIRV化することで米軍のBMD突破の可能性を高めている。中国が新型ICBMの開発を進めていることは、米国に対する抑止の強化を図っていることに他ならない。
中国の積極的な核兵器開発の継続は、オバマ政権の「核なき世界」実現に向けた核弾頭削減の流れを引き戻すものであるばかりでなく、中国が国際社会における影響力を強化する試みでもある。米国は、中国が核抑止力の優位を獲得すれば、今後、アジア太平洋地域において、周辺国に対してさらに強硬で攻撃的な態度をとるのではないかと考えているのだ。
1月28日、米国防総省のケンドール国防次官(調達、技術担当)は、「米軍の技術的優位性は、アジア太平洋地域を中心に、過去数十年で経験したことのない挑戦を受けている」と指摘した *4 。特に、中国軍事力の台頭を意識したものである。さらに「技術面での優位性は保障されていない。これは将来の問題ではなく、いま現在の問題だ」と述べ、その挑戦が軍事技術面で起こっていることを明らかにした。こうした米国の危機意識は、米国の対中姿勢にも影響を及ぼしていると考えらえる。
2 ゲームチェンジャーの開発競争
ケンドール国防次官が表した危機感は、DF-41だけに対するものではないだろう。 1月9日、中国の極超音速滑空実験機(hypersonic glide vehicle)「WU-14」が大陸間弾道ミサイルの弾頭に搭載されて発射され、その後、滑空してニア・スペース(準宇宙)をマッハ10で機動したという。米国務省当局者からの情報として報じられた *5 。
これに対して、中国国防部は15日、核弾頭の搭載が可能な極超音速滑空ミサイルの試射を行ったことを明らかにした。同時に、「これは科学的な試験であり、いかなる国を狙ったものではない」という説明を加えている *6 。
1月23日には、ロックリア米太平洋軍司令官が、国防総省での記者ブリーフィングにおいて記者の質問に答え、「中国が極超音速飛翔体の試験を行った」という報道について、「報道には信憑性があると信じている」と述べている *7 。中国の極超音速飛翔体の試射が成功したという認識を示したのだ。
発言のタイミングから言って、ケンドール国防次官の危機意識は、この中国の極超音速飛翔体の試射成功に基づくものだと考えられる。この極超音速飛翔体は、近い将来、国際社会の戦略バランスに変化をもたらすかもしれない画期的な戦略兵器だからだ。 極超音速飛翔体は、米国及び中国以外にも、イギリス、ロシア、インド等が研究開発に取り組んでいることが知られていたが、これまで試射に成功したのは、米国のみであった。ここに、中国が、世界で2番目に試射に成功し、当該技術の高さを見せつけたのだ。
3 極超音速飛翔体はどのような兵器なのか
極超音速飛翔体は、「核なき世界」構想を進めるオバマ政権にとっては核廃絶の切り札とも言われているが、現実的には核兵器と通常兵器の間を埋める戦略兵器として使用されることになるだろう。しかし、なぜ、戦略兵器となり得るのだろうか。
極超音速飛翔体は、米国の構想では、通常兵器として使用される。弾頭に爆薬さえ搭載しない。飛翔体の質量と速度だけで、目標を破壊するのだ。これでも破壊力は凄まじいが、破壊する範囲は極限できる。大量破壊兵器ではないということが、使用のハードルを低くする。 また、飛行を制御し滑空することから、ただ落ちるだけの弾道ミサイルよりも、はるかに命中精度を高くできる。さらに、滑空能力を有することで、飛行ルートを選択でき、低高度を飛行できる。こうなると、現存のBMD(Ballistic Missile Defense)システムでは撃墜することは不可能に近い。
誰にも撃墜できず、1時間以内に世界のどこに存在する目標であっても、必ず破壊する兵器が開発されているのだ。しかも、大量破壊兵器ではなく、配備されれば実際に使用される可能性がある。こうした極超音速飛翔体が実戦配備されれば、他国に与える心理的影響は計り知れない。
4 なぜゲームチェンジャーなのか
これまで述べてきた性格から、極超音速飛翔体は世界の抑止バランスに変化をもたらす可能性がある。極超音速飛翔体を保有する国は、国際社会における影響力を増すだろう。前出のラッセル国務次官補は、中国が、その抑止力の向上を背景に、アジア地域で周辺国に対して更なる強硬姿勢をとることに懸念を表明したのだ。
もう一つ考えられる変化は、国家間の安全保障協力の在り方である。 米国は、極超音速飛翔体による米国本土への攻撃を、黙って許すつもりはない。現在、極超音速で滑空する飛翔体を撃墜するために最も有望なのがイージス艦ネットワークである。イージス艦といえども、低空を極超音速で滑空する極超音速飛翔体は、探知した時にはすでに攻撃には手遅れである。しかし、日米が保有するいずれかのイージス艦の探知情報がリアルタイムで全てのイージス艦に共有され、他のイージス艦も探知すれば、正確な飛翔体の飛行諸元(針路、速力、高度等)を得ることができる。これを基にネットワークが計算し、攻撃に最適なイージス艦と攻撃手段を選び、攻撃諸元(方位、仰角、射撃時間、射撃方法等)を与えて自動的に攻撃させるというものである。
この探知から攻撃までの一連の行動は、極短時間の内に起こる。ここに、人間が判断する余地はない。極超音速飛翔体は、「事象が生起してから国家が判断して対処する」ことを許さないのだ。米海軍のネットワークに組み込まれた海上自衛隊の艦艇は、国の判断を経ずに、ネットワークの判断によって自動的に対処することになる。反対に、米国の極超音速飛翔体による攻撃に、一国で対処できないと考える他の国家も同様の協力体制を構築する必要に迫られる。
おわりに
軍事技術の向上とともに、被攻撃対処にかけられる時間はますます短くなり、人間の判断が介在する余地がなくなっていく。個々の事象に自動的に対処するためには、それ以前に、国の安全保障の在り方を明確にしておく必要がある。
特に、日本では、自衛隊は平時に軍隊として行動できないことになっているが、これからの軍事作戦は、国会による有事の認定を待つほど悠長なものではなくなる。大規模侵攻の可能性が低くなった現在、平時における自衛隊の使い方が、国民の間で議論されなければならない。
軍事技術は、短時間の内に、確実に世界中のいかなる地点をも攻撃できる通常兵器を生み出そうとしている。ただし、中国は、極超音速飛翔体に核弾頭を搭載する可能性もある。軍事技術の発展に取り残されることなく、有効な対処ができなければ、抑止のバランスが大きく変化し、日本にとって不利な情勢が出現する可能性があることを理解しなければならない。
*1 “Maritime Disputes in East Asia、Testimony of Daniel R. Russel、Assistant Secretary, Bureau of East Asian and Pacific Affairs”、U.S. Department of State、February 5, 2014、http://www.state.gov/p/eap/rls/rm/2014/02/221293.htm、2014年2月12日アクセス。
*2 「米、抑制から批判へ? 中国の勢力拡大「誤った方向」」『朝日新聞デジタル』2014年2月6日、http://www.asahi.com/articles/ASG264DL3G26UHBI00J.html、2014年2月6日アクセス。
*3 “China Conducts Second Flight Test of New Long-Range Missile”、The Washington Free Beacon、December 17, 2013、http://freebeacon.com/china-conducts-second-flight-test-of-new-long-range-missile/、2014年2月12日アクセス。
*4 「中国の台頭、米軍の技術的優位性に一段の脅威=国防次官」『ロイター』2014年1月29日、http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA0S02C20140129、2014年2月6日アクセス。
*5 “China Conducts First Test of New Ultra-High Speed Missile Vehicle”、The Washington Free Beacon、January 13, 2014、http://freebeacon.com/china-conducts-first-test-of-new-ultra-high-speed-missile-vehicle/、2014年2月12日アクセス。
*6 「中国国防省、極超音速滑空ミサイルの試射認める」『ロイター』、2014年1月16日、http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA0F03R20140116、2014年2月12日アクセス。
*7 “Department of Defense Press Briefing by Admiral Locklear in the Pentagon Briefing Room”U.S. Department of Defense、January 23, 2014、http://www.defense.gov/Transcripts/Transcript.aspx?TranscriptID=5354、2014年2月12日アクセス。