東京財団
研究員 小原凡司
5月20日、中ロ合同演習「海上連合-2014」が開始された *1 。26日までの期間、東シナ海において中ロ両軍の艦艇及び航空機が演習を展開している。今回の演習で注目されたのは、上海で行われた開会式に、ロシアのプーチン大統領が中国の習近平主席と並んで出席したことである。
中国の報道は、高らかに「二カ国の元首が共に(共同演習の開会式に)出席するのは史上初だ」と謳い、今回の演習が特別な意味を持つことを強調している *2 。プーチン大統領の開会式出席は、ロシアの積極的な中国との協力の意図を示すものだ。
ロシアの態度は、昨年の「海上連合-2013」に参加した時とは大きく変わっている。2013年7月の合同演習の実施が公表されたのは、中国海軍の参加艦艇が出港した後のことである。ロシア側が、中国に対日牽制のために利用されるのを敬遠したからだとも考えられる。また、合同演習終了後、中国は演習参加艦隊の一部を分派して宗谷海峡を通峡させ、日本に圧力をかけたが *3 、これ以前にロシア艦隊が同海峡を抜けて演習を実施した。ロシア側は、この海域が「ロシアの海」であることを中国に知らしめるためだったと言う。
今回、ロシアが積極的に中ロ合同演習を演出するのは、ロシアにとって、中国との軍事協力を強調することが有利だという認識があるからに他ならない。ウクライナ情勢に関して欧米から非難され制裁を科され、結果として経済に影響が出始めたロシアは、中国との協力強化を決定したと聞く。
中国が抱える問題
中ロが狙うのは対米牽制である。中ロそれぞれの抱える問題が、ともに米国の関与に少なからず影響を受けているからだ。中国が抱える問題の一つが、近隣諸国との島嶼等の領有権をめぐる対立である。中国は、東シナ海及び南シナ海の双方で近隣諸国と対立しているが、最近は南シナ海での対立が先鋭化している。
2014年5月7日、南シナ海西沙諸島付近の海域で、中国海警の船舶がベトナム海洋警察の船舶と衝突した *4 。中国国営企業の中国海洋石油が、中国及びベトナム双方が権利を主張する海域において、石油掘削作業を始めたことが原因である。中国は、この掘削作業を保護するために海軍艦艇7隻を含む80隻の各種船舶を送り込んだ *5 。
大量の船舶を派出したことは、中国指導部が、ベトナム側の強力な阻止活動を予期していたことを示唆している。しかし、ベトナムとの衝突を予期しながら掘削作業を強行したことは、最近の中国のベトナムに対する外交努力と矛盾している。特に、2013年10月からは、ベトナムとの安定した関係構築を目指していたように見えるからである。
2013年10月14日、李国強総理がベトナム訪問中にハノイでチュオン・タン・サン国家主席(大統領)と会見し、「両国が海上、陸上、金融協力の三つを合わせて推進することは、両国人民、周辺諸国、世界に対し、中越には困難を乗り越え、意見の相違を適切に処理し、双方の協力の実質的進展をはかり、両国の共通の利益基盤を固める能力も知恵もあることを示すものだ」と述べた *6 。同25日、習近平主席は自らが主催した外交工作座談会において、「国家主権や安全を守りつつ、周辺国に中国との政治関係を友好的にし、経済的関係を強固にするよう促すべきだ」と強調した *7 。
中国がなぜこの時期に実力行使を強行したのかについて疑問は残るが、西沙諸島及び南沙諸島の領有権及び南シナ海における権利をめぐって、中国と東南アジア諸国は、遅かれ早かれ衝突することになったと思われる。
中国にとっての南シナ海の重要性
それはなぜかといえば、中国が南シナ海における権利の主張と活動を緩めることはないからだ。中国にとって南シナ海は、大きく分けて3つの意味で死活的に重要である。第1は、今回の衝突の原因ともなっている海底資源である。南シナ海周辺各国が西沙諸島及び南沙諸島で領有権を強く主張し始めたのは、1968年から69年の国連の調査によって海底資源の存在が明らかになって以降である *8 。この事実から、同海域における各国の関心が元々は海底資源にあることが理解できる。
第2は、海上輸送路である。中国は経済活動に不可欠なエネルギーの多くを輸入に頼っている。中東やアフリカから中国にエネルギー資源等の物資を海上輸送するには南シナ海を通過しなければならない。中国はマラッカ海峡等のチョークポイントを米国に押さえられることを恐れている。中国は、陸上と海上の「新シルクロード」建設を謳っている *9 。陸上の輸送路は南シナ海を迂回する代替輸送路ともなるものだ。しかし、国境を跨ぐことなく大量の物資を輸送できる海上輸送に勝る輸送手段は存在しない。
第3は、軍事的、戦略的意義である。中国海軍は核弾頭搭載大陸間弾道ミサイルを発射可能な戦略原潜を海南島の楡林海軍基地に配備している。中国は、自らの戦略原潜が探知されずに太平洋に出てパトロールするためには、南シナ海を完全に管理下に置くことが不可欠だと考えている。南シナ海は、中国にとって、米国の核攻撃に対する核報復攻撃を最終的に保証する海域なのだと言える。
中国海軍が、海南島の海軍基地に空母戦闘群を運用可能な施設を建設し、また最新の水上艦艇を優先的に南海艦隊に配備していることからも、中国の関心が南に向いていることが理解できる。
中ロの思惑と日本への影響
今回の中ロ共同演習で、中国とロシアは相互に積極的な協力姿勢を見せたが、それはあくまでも米国に対する牽制という意味での協力だと考えられる。中ロ双方が有する個々の問題を解決するために具体的な協力をすることは難しそうだ。中国には、ウクライナ情勢にチベットや新疆ウィグル自治区の状況を重ね、ロシアの行動を危険視する意見もある。
一方のロシアも、南シナ海における中国と東南アジア諸国との対立において、中国を全面的に支持するとは限らない。特に、中国とベトナムの衝突において、一方的に中国を支持することは難しい。ロシアはベトナムと、軍事的及び経済的に深い関係を有しているからである。ロシア関係者は、中国とベトナムの事象に関してロシアは中立であると言う。
中国及びロシアともに、二国間の協力は双方が抱える問題に直接関与する協力ではなく、それぞれの問題から米国の影響を排除するための協力であると言える。しかし、米国と中ロが牽制し合う状況になれば、米国と中ロのバランスの変化が、アジアで生起する安全保障に係る各事象の展開に変化をもたらす可能性もある。
日本にとっても他人事ではない。南シナ海における衝突が日本への海上輸送に影響を及ぼすというだけではない。中国とロシアは、米国に対してその協力を見せつける場所として東シナ海を選んだ。特に、中国にとって、日中関係はすなわち米中関係であるとも言われる。 さらに、中国の石油掘削に端を発する中国とベトナムの衝突は、合理性を超えた衝突が起こり得ることを示唆している。合理性に欠けるとしても、東シナ海において、中国が実力行使に出る可能性は残されている。中ロが米国に対する牽制を強めようとすれば、アジアにおける衝突の可能性が高まる可能性もあると言える。
*1 <中俄“海上联合-2014”军事演习正式开始>《人民网》、2014年5月21日、http://military.people.com.cn/n/2014/0521/c1011-25046079.html、2014年5月22日
*2 <中俄超高规格展开军演 联合声明引敏感解读>《人民网》2014年5月21日、http://military.people.com.cn/n/2014/0521/c1011-25045245.html、2014年5月22日
*3 <日紧盯中俄舰队过宗谷海峡 分析中国此动向意图>《环球时报》2013年7月15日、http://world.huanqiu.com/exclusive/2013-07/4128715.html、2014年5月23日
*4 「ベトナム「中国船80隻が攻撃」 南シナ海掘削に抗議」『朝日新聞デジタル』2014年5月7日、http://www.asahi.com/articles/ASG576TC9G57UHBI037.html、2014年5月23日
*5 <越南抗议中国“侵犯主权” 称中国船主动撞击越方>《观察者》2014年5月8日、http://www.guancha.cn/Neighbors/2014_05_08_227641.shtml、2014年5月23日
*6 「李克強総理,ベトナム国家主席と会見 意見相違の適切処理強調」『中華人民共和国駐日本国大使館ホームページ』2013年10月14日、http://www.china-embassy.or.jp/jpn/zgyw/t1089923.htm、2014年5月24日
*7 「中国主席、周辺国外交の積極化を指示 異例の座談会」『日本経済新聞』2013年10月25日、http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM25046_V21C13A0FF2000/、2014年5月24日
*8 秋山昌廣「第75回海洋フォーラム要旨-尖閣諸島問題を考える」『海洋政策研究財団』2010年11月17日、http://www.sof.or.jp/jp/forum/pdf/75_02.pdf、2014年5月25日
*9 「習近平主席がインドネシア国会で重要演説」『人民網 日本語版』2013年10月8日、http://j.people.com.cn/94474/8416969.html、2014年5月25日