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中国による知的財産権侵害、ハイテク企業買収計画への米国の対抗策――関税以外の米中経済対立――

October 2, 2018

同志社大学法科大学院嘱託講師
村上政俊

鉄鋼関税(トルコ)

まずは前稿「 鉄鋼、アルミニウム、自動車関税と対北朝鮮制裁の比較―手法の類似性― 」を執筆して以後の鉄鋼に対する関税についての動きを紹介しておきたい。

8月10日に発出された布告(Proclamation)第9772号 [1] は、3月の第9705号から数えて鉄鋼に関する5本目の布告となったが、今回はトルコが標的となった。トルコからの鉄鋼製品への関税は、これまでの25%から倍の50%に引き上げられた。

米国人で福音派のアンドリュー・ブランソン牧師がトルコで拘束されている問題で、両国関係が悪化していることが背景にあるだろう。福音派の支持を強く意識するトランプ政権 [2] としては、見逃せない問題だ。エルドアン政権の急速な中露接近を牽制する狙いもあるのだろう。

トランプ大統領が自らのツイッターで、トルコからの鉄鋼への関税を引き上げると表明した際に、「トルコとの関係は現時点ではよくない(Our relations with Turkey are not good at this time!)」と呟いている [3] ことからも窺える。さらにトランプ大統領は、トルコの通貨リラがドルに対して急落していたことも理由として挙げた。年初から4割超も下落していたのだ。

それまでの4本の布告では、トルコについて全く触れられていなかったにもかかわらず、関係悪化を背景として布告一つで関税を発動できたのはなぜか。昨年4月、通商拡大法(Trade Expansion Act)第232条に基づく大統領覚書(Presidential Memorandum)によって、安価な鉄鋼流入についての実態調査が商務省に命じられ、その調査結果を踏まえて一連の布告が発出されるという流れによって、大統領権限を行使する環境が既に整備されていたことが挙げられるだろう。

関税引き上げの布告に先立って8月1日には、米財務省外国資産管理局(OFAC)が、ブランソン牧師に対する人権侵害を理由として、ギュル法相(ギュル前大統領とは別人)とソイル内相を制裁対象とした [4] 。この指定は、昨年12月に発令された行政命令(Executive Order)第13818号に基づいており、ここでも大統領権限の活用が看取できる。

中国による知的財産権の侵害

昨年8月に大統領覚書が発出され、通商法(Trade Act)第301条に基づいて米国通商代表部(USTR)が調査を開始した。かねて問題視されていた中国による米国企業に対する技術移転の強制や知的財産権の侵害が対象となった。本年3月22日に調査結果が公表されると、大統領覚書 [5] によって対中制裁措置が発表され、WTOへの提訴、対米投資の制限等が打ち出された。調査結果は約200ページという膨大な分量で、中国の手口を詳細に分析している。ここでも大統領覚書という形で、大統領令が重要な役割を果たしていることがわかる。

6月に公表された対中関税措置に対しては、民主党からも評価する声が聞かれた。シューマー上院院内総務(ニューヨーク州)は自身のツイッターで、中国を貿易の敵(trade enemy)と呼び、トランプ大統領の措置は適切だ(on the money)と呟いた [6]

通商法第301条に基づく調査としては、オバマ政権下の2010年にも、グリーン・テクノロジーの貿易や投資に関する中国政府の政策が対象となった。またトランプ大統領は、世界知的所有権の日(World Intellectual Property Day)にあたる4月26日、布告第9729号 [7] を発出し、外国勢力による米国の雇用、富や知的財産の窃取を許さないと述べている。

企業買収阻止とCFIUSの権限強化

企業買収の阻止についても動きがみられた。3月12日、トランプ大統領は、国防生産法(Defense Production Act)第721条に基づき命令 [8] を発出し、シンガポールのブロードコム(Broadcom)による米クアルコム(Qualcomm)の買収を安全保障上の懸念から阻止した。これに先立ち対米外国投資委員会(CFIUS)が大統領に勧告している。クアルコムが弱体化すれば、第5世代移動通信システム(5G)で米国が立ち遅れ、華為(Huawei)が独占的な地位に立つことが懸念されるという。本件の念頭にあったのもやはり中国ということだろう。

戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ケネディ(Scott Kennedy)氏は、この命令によって米国の半導体企業が“非売品(non-for-sale)”であることが示された [9] としている。トランプ政権が大統領権限を行使して企業買収を阻止するのは、2017年9月、ラティス・セミコンダクター(Lattice Semiconductor)に続いて2例目だが、確かに両者には半導体の関連企業という共通点がある。ちなみにオバマ前政権も2016年12月、中国投資ファンド傘下の独投資会社による独半導体メーカー・アイクストロン(Aixtron)の米子会社買収を命令によって阻止しており、民主党から共和党に政権が交代しても米国の警戒感が継続していることが読み取れる。

問題視されてきた中国による技術移転の強制も、半導体等のハイテク産業と関係していると考えられる。習近平政権が策定した中国製造2025に沿って、自国生産を急いでいるからだろう。米国、日本、ドイツに匹敵する製造業大国を目指す中国にとって、「産業の米」と称される半導体の技術は、喉から手が出るほど欲しい。中国の半導体デバイスの自給率(2015年)は4割強に過ぎないからだ。

ドイツにおいても中国による企業買収を巡って動きがあった。原子力関連事業を手掛けているとみられる煙台市台海集団が、工作機械メーカーで航空宇宙や原子力産業向けの資材に特化したライフェルト・メタル・スピニング(Leifeld Metal Spinning)を買収しようとした計画は、安全保障上の懸念によって阻止された。昨年7月にドイツで規制が強化されて以来、初めてのケースとなった。ライフェルト社の技術は、米航空宇宙局(NASA)のロケットにも使われているという。一昨年に中国家電大手の美的集団が、独ロボットメーカーのクーカ(Kuka)を買収したことも影響しているのだろう。

9月には、CFIUSの権限強化などを内容とする外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018, FIRRMA)が、2019会計年度国防授権法(National Defense Authorization Act)に盛り込まれる形で成立した。この法案が議会において共和、民主両党から幅広く支持されたことは、中国への警戒感が党派を問わず高まっていることを示しているだろう。

法案成立に役割を果たしたコーニン上院議員(共和党、テキサス州)は、技術、ノウハウ、生産能力の裏口移転(backdoor tansfer)があまりにも長い間見過ごされてきたと述べている [10] 。ブッシュ・ジュニア政権でNSCに勤めたMicheal Allen氏によれば、米国企業は中国での足掛かり(foothold)を得るために、魂と知的財産を売り渡してきたというもっと直截な意見がトランプ政権内部にはあるようだ [11]

本年1月には、アリババ傘下の螞蟻金融服務集団(Ant Financial Services Group)はCFIUSの承認を得られず、米送金サービスのマネーグラム(MoneyGram)の買収計画を断念した。中国による対米投資は、2016年に約460億ドルと過去最高を記録したが、今年上半期はわずか21億ドルにとどまり、急減している。

米中対立はこと経済だけに限っても、焦点は関税だけにとどまらない。今後の趨勢に引き続き注目したい。


[1] White House, “Presidential Proclamation Adjusting Imports of Steel Into the United States” ( https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-proclamation-adjusting-imports-steel-united-states-5/ )

[2] 詳しくは梅川健「トランプ政権と白人福音派」( https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=123 )を参照。

[3] https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1027899286586109955

[4] Department of the Treasury, “Treasury Sanctions Turkish Officials with Leading Roles in Unjust Detention of U.S. Pastor Andrew Brunson” ( https://home.treasury.gov/news/press-releases/sm453 )

[5] White House, “Presidential Memorandum on the Actions by the United States Related to the Section 301 Investigation” ( https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-memorandum-actions-united-states-related-section-301-investigation/ )

[6] https://twitter.com/SenSchumer/status/1007611214191570944

[7] White House, “President Donald J. Trump Proclaims April 26, 2018, as World Intellectual Property Day” ( https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/president-donald-j-trump-proclaims-april-26-2018-world-intellectual-property-day/ )

[8] White House, “Presidential Order Regarding the Proposed Takeover of Qualcomm Incorporated by Broadcom Limited” ( https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-order-regarding-proposed-takeover-qualcomm-incorporated-broadcom-limited/ )

[9] Bloomberg, “Trump’s Message in Blocking Broadcom Deal: U.S. Tech Not for Sale” ( https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-03-13/trump-s-message-with-broadcom-block-u-s-tech-not-for-sale )

[10] Financial Times, “West begins to close door on Chinese investment” ( https://www.ft.com/content/2003d460-94bf-11e8-b747-fb1e803ee64e )

[11] Financial Times, “New investment rules will squeeze US-China flows” ( https://www.ft.com/content/607db618-9bbe-11e8-ab77-f854c65a4465 )

    • 皇學館大学准教授
    • 村上 政俊
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