中央統一戦線工作会議の開催
日本ではあまり注目されていないが、5月半ばに中国共産党と中国社会のあり方を見通すうえで重要な会議が開催された。それは、5月18日から20日にかけて北京で開かれた中央統一戦線工作会議(以下、中央統戦会議)である。これまで中国共産党は「統一戦線」を定める国家レベルの会議として全国統一戦線工作会議(以下、全国統戦会議)を数年おきに開催していたが、直近では2006年7月に胡錦濤政権の下で開かれた第20回全国統戦会議が最後であった [1] 。実に8年10か月ぶりに統一戦線を総括する会議が開かれたのである。
また、この会議が開催された5月18日付で、「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」が施行された。同条例は中国共産党の最高指導部である中央政治局常務委員会が2013年12月に制定を決め [2] 、今年の4月30日に中国共産党中央(以下、党中央)が批准したものである。この間、2014年2月には中央統一戦線工作部と中央組織部、全国政治協商会議弁公室、中央台湾工作弁公室、外交部、国家民族事務委員会、国家宗教事務局、国務院香港マカオ事務弁公室、国務院僑務弁公室からなる起草小組が設立され、同年4月からは全国レベルでの調査が行われた [3] 。起草に関わった党、国家機関の数からも、同条例の重要さが推し量れるだろう。
会議の開催以来、中国国内では中央統戦会議と同条例に関する学習会が盛んに開かれている。それは1つには、中央統戦会議で重要講話を発表した習近平が「新しい形勢下の統一戦線工作」を強調し [4] 、これを全党挙げて重視することを明言したためである [5] 。もう1つの理由は、同条例のなかに、新しい統一戦線の活動は「各レベルの党委員会(党組)」に委ねられる、そしてその第1責任者は党委員会(党組)の主たる責任者が担う、と明記されたためである。責任の所在をこれまでになく明確にしたことにも、党内における重要度の高さが表れている。
人民日報は「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」を「統一戦線発展史上の一里塚」と評したが [6] 、今回の中央統戦会議開催や「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」実施には、どのような政治的意味があるのだろうか。そして習近平政権は統一戦線をどのように変えようとしているのか。本稿では、中央統戦会議での習近平講話と「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」の内容から [7] 、統一戦線の刷新をめぐる習近平政権の狙いを考察する。なお、統一戦線の歴史やこれ以前の全国統戦会議については、昨年10月にViews on Chinaに寄稿した「習近平政権の世論誘導」をご参照頂きたい [8] 。本稿では歴史的経緯については必要に応じて言及するにとどめ、重複を避けることにする。
新しい統一戦線の特徴
まずは中央統戦会議で習近平が行った重要講話の内容を確認しよう。習近平講話の第1の特徴は、中国を取り巻く内外情勢が「変化」したという情勢認識に基づき、「変化が大きくなればなるほど、統一戦線をますますうまく発展させなければならない」として、統一戦線の「発展」の必要性を示したことである。そして習近平はその目的を「最も根本的なことは党の指導(原文は「領導」)を堅持しなければならないこと」と強調した。この「党の指導」については、第20回全国統戦会議などでも言及されており、さして新味のある言葉ではない。だが当時の胡錦濤講話と、今回公表された習近平講話の概要を比べてみると、後者には「導く(原文は「引導」)」という言葉が多用されており [9] 、全体として党外の人々に対する党の指導性が強く打ち出されている。
第2の特徴は、統一戦線の対象範囲を拡大し、「高度に重視する」対象として「新しい経済組織、新しい社会組織のなかの知識人」に言及した点である。時代の要請に応じて統一戦線の対象を拡大すること自体は、実はこれも目新しいことではない [10] 。だが今回、習近平が「新しい経済組織、新しい社会組織のなかの知識人」として具体的に、留学した人材 [11] 、ネットなどの新しいメディアを代表する人材(すなわち著名なブロガーなど)を指摘した点は興味深い。習近平はとりわけ「新しいメディアを代表する人材」について、「彼らにはインターネット空間を浄化し、主旋律を大いに発揚する [12] などの方面でプラス・エネルギー(原文は「正能量」)を発揮してもらう」と述べて、世論コントロールに対する効果に期待をにじませた。
これに関連して、第3の特徴として注視したいのは、習近平が党外人士の育成と使用(原文は「培養使用」)を強調した点である。習近平は党外の代表的な人材を「育成、選抜、使用」し、「一貫して共産党の指導を自覚的に受け入れ(中略)比較的強い代表性と政治に参加し議論する能力を備えた党外の代表的人材チーム」を作るという目標を示した。同様の考え方は、宗教問題について、「宗教界の人々が発揮する作用を必ず重視し、宗教が社会調和、文化繁栄、民族団結、祖国統一職務の促進に努力するよう誘導する」と述べたことにも表れている。
こうした方針を実行に移すにあたり、その制度化を図るのが「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」である。同条例は10章46条からなり、総則、組織指導と職責、民主党派および無党派人士工作、党外知識分子工作、民族工作、宗教工作、非公有制経済領域の統一戦線工作、香港マカオ台湾海外統一戦線工作、党外の代表的人士チームの建設、附則、という項目からなる。全文は筆者の知る限りでは一般公開されていないが、統一戦線工作部が発表した論考から見いだされる特徴をいくつか指摘しよう [13] 。第1に、同条例は統一戦線工作の対象や範囲などについての議論を整理し、新たな規定をした。例えば「私営企業、外資企業の管理職と技術職」、「仲介組織従業員」、「自由職業人員」を「新しい社会階層人士」という概念にまとめ、そこに「新しいメディア従業員」をも含むこととした。第2に、1章をかけて「党外の代表的な人士」の育成、使用、管理について具体的に規定した。そして第3に、各レベルの党委員会や党組のリーダーを責任者に据えるなど [14] 、統一戦線部門が党委員会(党組)の主管にあることを明確にし、組織構造や幹部の配置を規定して統一戦線部門と各種関連部門の関係性を定義した。以上のことから同条例は統一戦線の対象範囲を規定し、恒常的な実施を促すためのルール設定だと評価できるだろう。
習近平政権は何を目指すのか
以上のような施策から浮かび上がるのは、党組織のみならず、党員ではない人々までも巻き込んで、強引に世論をコントロールしようとする共産党の姿である。他方で習近平政権は、経済発展を促すためのイノベーションの必要性を強く認識している [15] 。イノベーションには情報伝達の透明化や活性化が必要となることを想起すれば、世論の画一化を推し進める統一戦線の実施は、これを阻害しかねないはずである。習近平政権はどのような目的で統一戦線を刷新したのだろうか。
習近平政権が目指す国家像は、「2つの百年」と「中華民族の偉大な復興という中国の夢」と表現されている [16] 。「2つの百年」とは、2021年に迎える中国共産党成立100年と、2049年に迎える中華人民共和国建国100年を意味しており、共産党はそれまでに「全面的小康社会」、「富強、民主、文明、調和の社会主義現代化国家」を達成するとしている。「中華民族の偉大な復興という中国の夢」とは、長い歴史をもつ中華民族が多くの苦難を乗り越えながら望んできた「復興」を、現代の中華民族を代表する「中国人民」が実現する、という物語として描かれる目標である [17] 。
「2つの百年」や「中国の夢」は比較的新しいキャッチフレーズだと感じられるだろうが、実はその論理は、鄧小平時代からの世論誘導の議論と同じである。たとえば習近平は、第12期全国人民代表大会第1回会議の講話で、「中国の夢」の実現には、①中国の特色ある社会主義の道を歩まなければならない、②中国精神を発揚しなければならない、③中国の力を凝集させなければならない、と語っていた [18] 。これは「中国」という国家アイデンティティーを中心として、人々の情緒に訴えかける論法である。すなわち「中華民族の偉大な復興という中国の夢」の要は、民族と国家への帰属意識を呼び覚ますことで、ナショナリズムを媒体として人心を誘導することにある。このような、ナショナリズムに依拠しつつ経済発展の青写真を描くという手法は、基本的に鄧小平以来の方針を踏襲したものであるし、社会主義を掲げ続けることも従来通りといえるだろう。
では党中央は、なぜ統一戦線を拡大し制度化する必要があったのか。この問題を考えるために、6月4日に孫春蘭統一戦線工作部長が発表した論考、「新しい形勢下の統一戦線事業の科学的指導と行動指南――中央統戦工作会議の精神を深く学習し貫徹する」に着目したい [19] 。この論考で孫春蘭は、「新しい形勢下の統一戦線」の重要性について、社会思想観念の多様化 [20] 、所有制構造の多様化(非公有制経済の発展)、社会階層の多様化、敵対勢力が浸透し破壊する手段の多様化、という4つの「多様化」の問題から論じている。そして孫春蘭が特に問題視したのが、「西側の思想の影響を受けた人々」や「国際的な敵対勢力」である。前者については、「一定の人たちが西側の思想の影響を受けたのか、或いは自身の利益のためか、改革の問題を見るうえであいまいで誤解のある認識を有している。少数の人々は改革の機を借りて、西側の『普遍的価値』と憲政民主を吹聴する」と批判し、後者については、「国際的な敵対勢力はいわゆる民主、人権および民族、宗教、香港、台湾、チベット、新疆などの問題の緊張を高め利用して、我が国に対し西洋化と分裂化(原文は「西化分化」)を進めている」と強い警戒心を示した [21] 。
こうした「多様化」への危機意識は、裏を返せば、国際社会から中国社会への影響力が強まっていることに加え、中国国内に政治的変化を求めるグループが存在することの証左である。また、普遍的価値や民主主義などの「西側」の概念が根強く人々を惹きつけていることも読み取れる。こうしたことを考え合わせると、今回の統一戦線の刷新は、中国がさらなる国際化――一帯一路構想や大国論に付随して――を目指すにあたり、国内の政治思想面における引き締めを図ったものだと考えられる。さらに、この条例の起草が2013年末に既に決定されていたことに鑑みれば、これは習近平政権による、継続的な世論誘導システムの構築を目指す試みだと評価できるだろう。だが、変化し続ける中国の世論を、本当に上手くコントロールすることができるのか。また共産党は最終的に、どのような党と社会の関係を目指すのか。共産党のあり方そのものが、統一戦線工作の成否にかかっている。
(http://news.xinhuanet.com/politics/2015-05/20/c_1115351358.htm)。中央統戦会議を総括した兪正声全国政治協商会議主席も、「会議と『中国共産党統一戦線工作条例(試行)』の精神を学習し貫徹」することの必要性を説いた。