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【Views on China】米中接近の意味

July 16, 2013

東京財団研究員兼政策プロデューサー
小原 凡司


6月7、8日の米中首脳会談は異例ずくめだった。中国国家主席が就任3ヶ月で訪米したのも異例なら、米国大統領が、中南米外遊中の中国指導者に合わせてカリフォルニアまで出向き、歴代大統領が愛用する保養地に招待したのも異例だと言える。米中首脳が、2日間、8時間にわたって膝を突き合わせて議論するというのも異例の長さだ *1 。日本の報道では、朝鮮半島非核化問題及びサイバー対策等で米中の協調姿勢が目立つといった報道が多かったが、注目すべきは、米中が、中国の言う「新型大国関係」構築に関して実際に議論したことではないだろうか。冷戦期のようなパワーバランスに基づく対立基軸の大国関係ではなく、問題は存在しても協力基軸の大国関係を築こうとする両国の意図の表出であろう。オバマ大統領は「中国の平和的台頭を歓迎する」と延べ、習近平主席は「太平洋は二つの大国にとって十分な空間がある」と述べている *2 。夕食及び朝食を含む8時間という異例の長さは、両国が協力するために克服すべき相互不信及びその原因となっている問題がいかに多く、かつ深刻であるかを示唆すると同時に、両国の真剣さをも示している。

多くの問題を抱える両国が、現在、それを克服して協力関係を築かなければならないと認識した理由はどこにあるのだろうか。今回の首脳会談で、米中両首脳は「新型の両国関係を進展させる」と表明した *3 が、「新型大国関係」というコンセプトは、2012年2月に当時の習近平副主席が訪米時に提示し *4 、2012年5月に北京で開催された米中戦略経済対話において胡錦濤当時主席が強調した *5 もので、オバマ大統領が、同年6月19日のG20サミット出席時に「現実的、建設的かつ包括的な二国間関係の新たなモデルを作ることができる」と応えた *6 ものである。それから、約1年を経て、米中両首脳が「新型大国関係」について議論を始めたのだ。江沢民当時主席が1990年代に米中大国関係の構築を唱えてから20年、米中両国にその必要性を認識させる情勢の変化が生じたと考えられる。

2013年7月10日、第5回米中戦略経済対話の開幕式において、汪洋国務院副総理が、米中関係について、米中首脳会談時の習近平主席の「追い詰められたウサギは鷹をも蹴る」という言葉を引用して、「追い詰められた時に知恵が生まれ、危機を回避する」という意味のことを述べている *7 。これは、少なくとも中国側には、米中関係が追い詰められた状態にあるという認識を示している。この認識に基づく中国側の働きかけに米国が応え、「新型大国関係」構築の議論になったのだ。

中国は、この「新型大国関係」について、首脳会談に先立つ4月13日のケリー国務長官訪中時、習近平主席が自ら会見に応じた際にも言及している。この時、習近平主席は「先ごろオバマ大統領との電話会談で中米の協力関係を強化し、『新型大国関係』の構築を模索することで合意した *8 」と述べたのだ。習近平主席の発言から、この時期に、中国側から米国側に「新型大国関係」構築に関する働きかけがあり、米国がこれに同意したと推測できる。そうだとすると、この時期に、米中首脳に「新型大国関係」構築の必要性を認識させる事象が起こっていたということを示唆する。

ケリー国務長官訪中の主たる目的は、北朝鮮の核開発問題を議論することだったと報道されている *9 。しかし、中国国防部が公表したケリー国務長官訪中に関する文章は、内容を異にする。当該文章は、「今回、ケリー国務長官が訪中した目的は、共に新型大国関係構築の道筋を模索するためであり、この他に、朝鮮半島情勢、アジア太平洋における領土問題、シリア政局、イラン危機、及び米中経済貿易、ネットワーク安全保障について重点的に議論された *10 」と言う。中国側によれば、米中関係構築こそ訪中の目的だと言うのであり、ケリー国務長官と習近平主席、李国強首相、王毅外交部長などの間で、これからの米中関係が議論されたのだ。

この文章が述べる内容は、2013年4月16日に発表された「中国国防白書」の情勢認識に通じるものだ。「中国国防白書」は、「新たな情勢、新たな挑戦、新たな使命」の項の中で、「米国はアジア太平洋戦略を調整し、地域情勢は深刻に変化している」と述べ、米国の「アジア回帰」が中国の安全保障環境を変化させているとの認識を示した。米国が変化させた情勢の中で、日本を含む一部周辺国家が領土問題等を複雑化させているとする *11 。中国の安全保障を左右するのは米国だとする中国にとって、米中関係構築こそ根源的な目的だったのだろう。しかしそれだけでは、何故米国が中国の働きかけに応じ、議論が開始されたのか、の答えにはならない。

その他に議論されたものの筆頭である「朝鮮半島情勢」は、北朝鮮の核兵器開発に関して、継続して米国が中国に協力を求めている問題だ。もう一つの議題であった「アジア太平洋における領土問題」は、東シナ海及び南シナ海における米中衝突の可能性を含むもので、米国にとっても衝突回避という動機があるだろう。シリア政局、イラン危機、米中経済、サイバー対策等も、米国が中国の協力を欲するところだ。これら情勢が相まって、米中接近が実現したのだと考えられる。ここに列挙された情勢の中で、日中関係、特に中国側の日本に対する姿勢はこの時期に変化を見せている。

習近平主席がオバマ大統領と電話会談し、ケリー国務長官が訪中した時期は、習近平主席が対日強硬姿勢に舵を切った時期に合致する。昨年の日本政府による尖閣諸島購入後に反日暴動が起こり日中関係は急速に悪化したが、その後、中国は日本との関係改善を模索していた。2013年1月25日、習近平主席は公明党・山口代表訪中時に会見に応じ、「日中関係を改善したい。日中ハイレベル対話を検討する。そのために積極的な雰囲気作りが重要だ」と述べている *12 。この後、中国政府は、鳩山、村山両元首相の訪中を、中国国内で大々的に報道する等、中国国内が日中首脳会談を受け入れるための雰囲気作りに努めていた。3月31日の李小林・中国人民対外友好協会会長の訪日も、習近平主席が安倍首相に日中関係改善の意思があるかどうかを確認させたものとも言われる *13 。しかし、この頃から習近平主席は対日強硬姿勢に転じる。中国政府関係者からは、「安倍首相が中国の足元を見るような態度をとる(筆者注:中国側が関係改善を必要としていると見て敢えて中国側に対して強い態度をとる)限り、中国側からこれ以上、働きかけることはできないということだ」と聞かされた。

習近平主席がオバマ大統領と電話会談を行ったのは、この時期である。この時期に中国が米国に「新型大国関係」構築を働きかけたのは、当分の間、日中首脳会談を行える状況になく、関係改善が見込めないと判断したからではないかと考えられる。日本とも、ましてや米国とも軍事衝突を起こしたくない中国は、日中関係改善が見込めない状況に危機感を覚えたのではないか。6月15日午前、習近平主席は、メディアに対して「過激な反日報道を控えるよう」指示を出したが、中国共産党関係者は「日中首脳会談が望めない状況下で、中国国内の反日感情が煽られるのは危険だから」と、その理由を述べている。

一方の米国とて、中国との衝突は避けたい。米軍のトップであるデンプシー統合参謀本部議長が、中国人民解放軍の房峰輝総参謀長の招きに応じて4月21日から訪中し、習近平主席とも会談している *14 。ケリー国務長官訪中時と同様、中国側が厚遇したと言えるが、米中安全保障問題が協議されたのは当然として、中国政府関係者は「日米中が如何に戦争を回避するか」が話し合われたと言う。日本でも「地域の安全保障問題について意見交換した」と報道されたが、「日米中の戦争回避」と言えば、当然、尖閣問題が話し合いの焦点であったろう。日中関係の極端な悪化は、米国にも一定の危機感をもたらしたと考えられる。

前述の米中戦略経済対話の開会式で、バイデン副大統領は、「米中関係は、両国だけでなく世界に影響を与える。競争と協力に基づく健全な関係を築いていかなければならない」と述べ *15 て、世界情勢を左右する米中関係の重要性を示した。米中接近は、種々の情勢の変化が促したものである。その中の一つが、日中関係の悪化であろう。言い換えれば、日中関係の悪化が、米中接近を促進した要因の一つであるということだ。

6月27日、北京で、習近平主席と朴槿恵大統領の中韓首脳会談が行われた。この場で日本の歴史認識が取り上げられ、名指しを避けながらも、日本を間接的に批判する共同声明が発表された *16 。韓国は、主として経済的理由から、これまでも中国との関係強化を働きかけてきたが、中国は、これまで韓国との関係構築にさほど積極的であるようには見えなかった。しかし、中国にとっても、日中関係が悪化する中で中国を支持する勢力がアジア地域に存在することは重要であろう。日中関係の悪化は、中韓の接近をも促していると言える。米国や韓国のみならず、国際社会における中国の存在感はますます大きくなっている。不健全な日中関係の継続は、日本にとっても不利な国際情勢の変化を生じさせる可能性がある。


*1 例えば、「米中、ひざ詰め8時間」『朝日新聞』2013年6月11日、「米中 攻防8時間」『日経新聞』2013年6月11日等
*2 「米中、ひざ詰め8時間」『朝日新聞』2013年6月11日
*3 “Remarks by President Obama and President Xi Jinping of the People’s Republic of China After Bilateral Meeting”、The White House - Office of the Press Secretary、2013年6月8日、 http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/06/08/remarks-president-obama-and-president-xi-jinping-peoples-republic-china- 、2013年7月16日
*4 「习近平:中美构建新型大国关系既要有决心和信心,也要有耐心和智慧」『新華網』2012年5月3日、 http://news.xinhuanet.com/world/2012-05/03/c_111883096.htm 、2013年7月11日
*5 「胡锦涛:推进互利共赢合作 发展新型大国关系」『新華網』2012年5月3日、 http://news.xinhuanet.com/world/2012-05/03/c_111882964.htm 、 2013年7月9日
*6 Bonnie Glaser, CSIS/Pacific Forum CSIS, & Brittany Billingsley, CSIS, “US-China Relations : Creating a New Type of Major Power Relations”, Comparative Connections - A Triannual E-Journal on East Asian Bilateral Relations, September 2012, http://csis.org/files/publication/1202qus_china.pdf , 2013年7月9日
*7 「汪洋:习主席与奥巴马会晤时说“兔子急了也踹鹰”」『鳳凰網』2013年7月10日、 http://news.ifeng.com/mainland/special/zhongmeiduihua5/content-3/detail_2013_07/10/27366594_0.shtml#_rightinnewsdoc 、2013年7月11日
*8 「米中関係の「仕切り直し」に備えを」『産経新聞』2013年4月20日
*9 「米国務長官が訪中、北朝鮮への対応で連携確認」『CNN.co.jp』2013年4月14日、 http://www.cnn.co.jp/usa/35030815.html 、2013年7月12日
*10 「美国国务卿克里首次访华具有风向标意义」『中華人民共和国国防部ホームページ』2013年4月13日、 http://news.mod.gov.cn/headlines/2013-04/13/content_4442311.htm 、2013年7月12日
*11 「中国国防白皮书:中国武装力量的多样运用化」『中華人民共和国国防部ホームページ』2013年4月16日、 http://www.mod.gov.cn/affair/2013-04/16/content_4442839.htm 、2013年7月12日
*12 「習氏「日中改善したい」 公明代表と会談」『朝日新聞デジタル』2013年1月26日、 http://www.asahi.com/politics/update/0125/TKY201301250081.html?ref=reca 、2013年7月13日
*13 例えば、「日媒:李小林或將於本月底訪日 可能與安倍會晤」『鳳凰網』2013年3月28日、 http://big5.ifeng.com/gate/big5/news.ifeng.com/mainland/special/diaoyudaozhengduan/content-3/detail_2013_03/28/23606849_0.shtml?_from_ralated 、2013年7月13日、「李小林陪同習近平訪俄非後訪日」『文匯報』2013年4月1日、 http://news.wenweipo.com/2013/04/01/IN1304010031.htm 、2013年7月13日等
*14 「米中軍事交流に意欲-習主席、米軍トップと会談」『読売新聞』2013年4月26日等
*15 「米中戦略経済対話始まる」『NHK NEWS Web』2013年7月10日、 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130710/k10015958711000.html 、2013年7月13日
*16 「中韓首脳会談、日本との歴史問題が話題に」『日本経済新聞Web』2013年7月5日、 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0504H_V00C13A7PP8000/ 、2013年7月13日

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