笑顔なき日中首脳会談
笑顔のない安倍晋三首相と習近平主席の握手は象徴的だった。2014年11月10日、北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に出席するために訪中していた安倍首相が、人民大会堂おいて習主席と日中首脳会談を行ったときのことだ。日中首脳会談が行われたのは、2012年5月以来、2年半ぶりである。
まず、安倍首相が報道陣の前に通されて、その後、習主席が現れた。安倍首相は習主席に話しかけたが、習主席は握手には応じたもののこれを無視し、一切笑顔をみせないどころか、目を合わせようともしなかった。中国国内の新聞やテレビの報道ぶりも、日中首脳会談を歓迎する雰囲気とはほど遠いものだった *1 。
会談が行われた前日の9日になっても、中国側が「首脳会談はまだ決定されていない」と言っていたとも聞く。中国国内では、中国の言う「日本政府の誠意」について懐疑的だったというのだ。それでも日中首脳会談は実施された。中国指導部は、日本政府の対応に不満を持ちつつも、日中関係改善を優先したのだと言える。習主席の仏頂面は、「中国は首脳会談を行っても日本政府に対して不満を持っている」ことを、日本及び中国国内に示すために必要なものだったのだろう。
しかし、会談の中身がなかったわけではない。会談では、習主席から「我々が今回会ったことは、関係改善に向けた第一歩である。今後、様々なレベルで徐々に関係改善を進めていきたい」という言葉を引出し、「海上での危機管理メカニズムについて、既に合意ができており、あとは事務レベルで意思疎通を継続していきたい」という合意を得た *2 。
日中両首脳が、関係改善の意図を示したことの意義は大きい。首脳会談が実現したことで、これまで実施できなかった各レベルでの対話を実施できる素地ができた。今後、日中関係改善を進める可能性が出てきたのである。特に、両首脳が特に言及した海上連絡メカニズムについては、議論が進むことになると思われる。中国も、日本との衝突回避を喫緊の課題だと考えているからだ。
中国がアピールする米中「新型大国関係」
中国では、「日中関係は、米中関係である」と聞かされる。日本との衝突は、エスカレートすれば、米中衝突に発展しかねない。中国のプライオリティーは、必ずしも日本にあるわけではないのだ。中国がライバル視するのはあくまで米国である。中国中央電視台は、日中首脳会談の報道とは対照的に、オバマ大統領については、その到着から大々的に報道した。
APEC閉幕後の11日夜、習主席が中南海(中国要人の執務および居住地域)にオバマ大統領を招き、両首脳が散歩しながら会話する様子も中国メディアは大きく報じている *3 。米中協調の演出は、12日に実施された米中首脳会談とその後の記者会見で最高潮を迎えたように見える。記者会見でオバマ大統領は、「中国との協力はアジア重視戦略の『核心』だ」と表明した *4 。一方の習主席は、米中の「新型大国関係」構築を強調し、米中間での「新型軍事関係」を目指すことも強調した *5 。米中が2つの超大国として対等に対話する姿は、正に中国指導部が望んだものだろう。
米中首脳会談では、軍の偶発的衝突を防止して軍事面での相互信頼を構築し、アジアにおける安全保障について協力するとした *6 。この合意は、アジアにおける安全保障環境の悪化を避けたい米国の利益にも合致するが、何よりも中国が実現したい地域情勢あるいは国際情勢の姿に合致するものだ。
中国指導部にとってのプライオリティーは中国国内の問題であり、社会の安定のためにも経済改革は焦眉の急である。一方で、国内の経済格差是正を含む経済改革は富の再分配を伴うものであるにもかかわらず、既得権益を全て潰すことはできない。象徴的な人物を叩いて他の指導者たちと手打ちをする以上、彼らの既得権益には配慮しなければならない。再分配が十分に実現できなければ、経済格差是正のためには、パイ自体をさらに大きくする必要がある。
中国の海外への経済活動の拡大が止まることはない。この経済活動は、南シナ海における海底資源開発や海上輸送路の管理なども含む「西進」 *7 戦略によって進められているといって良い。実際に、中国指導部は「一帯一路(“シルクロード経済ベルト”と“21世紀の海上シルクロード”)」というスローガンを掲げて、西への経済活動拡大を実践している *8 。
「言葉だけではない」実力の誇示
しかし、南シナ海や中東などの地域では、米中の利益が衝突することが予想される。中国にとって、自国が有利に経済活動を展開するために必要な地域情勢の維持および創出は重要であるが、現在、唯一米国がその軍事プレゼンスをもって地域情勢を変える能力を有していることに危機感もある。米国が作り出す地域情勢は、必ずしも中国にとって有利なものではない。
現段階では、中国が、特に通常兵力を用いた戦争で、米国に勝利できる可能性は極めて低い。中国は、海外での中国主導の経済活動拡大と、それに伴う米国との権益衝突を原因とする軍事衝突の回避を、同時に追求しなければならないということだ。今回の米中首脳会談後の記者会見でも、習主席は「広大な太平洋には両国を受け入れる十分な空間がある」という、2013年6月の米中首脳会談でもオバマ大統領に伝えた言葉を繰り返した *9 。この言葉は、2007年に中国海軍司令員が米太平洋軍司令官に提案した「太平洋分割論」とはニュアンスが異なる。現在の中国が求めているのは、米国との「共存」なのだ。
ただ、中国が権益を追求すれば米国との対立は免れない。それでも、米中は軍事衝突を起こさず対話によって問題解決を目指す関係、それが「新型大国関係」なのである。こうした関係は、「対立的共存」関係とも言える。中国が、米国と並ぶ大国として、米国と地域の安全保障等の問題を議論する、すなわち、米中両大国が地域の安全保障環境を作り出していくのだということを内外に示す機会として、APECは最高の場を提供したことになる。
中国が、自身が米国に並ぶ大国であることを示したのは、10時間にも及ぶ米中両首脳の会談の演出だけではない。中国は、米国に並ぶ「実力」を有していることも同時に示そうとした。「第10回中国国際航空宇宙博覧会」における最新軍用機のアピールである。同博覧会には中国国内外の最新軍用機及び民間機が展示されるため国際的な注目が集まるが、今回は開催日がAPEC開催日と重なったのだ。
中国は、同博覧会において、空中警戒管制機KJ-2000を外国メディアに公開し *10 、最新のステルス戦闘機J-31も初公開して実演飛行を実施した *11 。中国は、自らが設定した東シナ海の防空識別圏を監視する能力に欠けるとも言われるが、KJ-2000を公開することで中国の防空能力を示し、米国のF-35にも匹敵すると中国が言うJ-31を公開することで、中国の軍事科学技術の高さを示したことになる。
米軍も、こうした最新の軍事装備品をAPECに合わせて公開したという時期に重要な意味があると見ている。中国は、口だけではなく実力でも米国と対等なのだと示そうとしたということだろう。また、一方で、政治的な意味を取り沙汰されたことによって、J-31自体にもより注目を集めることになった。
中国国外の報道の中には、J-31は、将来、空母艦載機として使用することが考慮されているとするものもあるが、中国国内ではそれは否定的に捉えられている。J-31は国家プロジェクトとして開発が始められたものではないからだ。中国の研究開発手順に沿ったものではないため、艦載機として採用するのは難しいというのである *12 。それ故、中国では、J-31は輸出用であると言われるのだが、政治的意味を含めてJ-31がクローズアップされたことは、ビジネスの上でも効果的な広告になっただろう
。 同博覧会では、中国最新の長距離巡航ミサイルCX-1も公開された *13 。最新の航空兵器が展示される博覧会であるとは言え、APECで米中両国に注目が集まる中での最新兵器の公開が、政治的意味を含むと捉えられるだろうことは、中国にも理解されている。中国は、2014年のAPEC首脳会議において、持てる資源を駆使して「超大国」たろうとする中国の姿を演出し、成功を収めたように見える。
中国の戦略と日本
中国は、米中「新型大国関係」を構築する戦略に自信を深めたに違いない。米中両首脳が長時間親しげに会談し協調的関係をアピールしたとしても、中国の対外的な活動に変化があるわけではない。中国は、自国の権益追求のために、引き続き、海外での経済活動とそれを保護するための活動を展開するだろう。米国との軍事衝突を避けつつ、これらの活動を保障することが現在の中国の戦略だと言える。
ただ、両大国がアジア太平洋地域の安全保障を管理すると言っても、中国の近傍には、無視したくても無視できない経済規模を持った日本が存在する。日本は、中国が米国との大国間ゲームをプレイしようとする状況下で自己の国益を守るために、まず経済を立て直して存在感を増さなければならない。さらに、単なる経済力だけでなく、アジア諸国に対する戦略的なODA、キャパシティ・ビルディング、魅力的な文化の発信等、持てる資源の全てを使って、米国からも中国からも無視できない存在としてアジア太平洋地域において影響力を行使できるようにならなければならない。
*1 「中国報道、歓迎遠く」『日本経済新聞』2014年11月11日など。
*2 「日中首脳会談」外務省ホームページ、2014年11月10日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/cn/page3_000999.html、2014年11月13日
*3 “APEC授权发布:习近平同美国总统奥巴马在中南海会晤 强调要以积水成渊、积土成山的精神推进中美新型大国关系建设”≪新華社≫2014年11月12日、http://news.xinhuanet.com/world/2014-11/12/c_1113206992.htm、2014年11月13日
*4 「アジア戦略「中国が核心」」『日本経済新聞』2014年11月13日
*5 「米中、軍事で相互信頼へ」『朝日新聞』2014年11月13日
*6 「米中 軍の偶発衝突防止」『読売新聞』2014年11月13日など。
*7 “王缉思:“西进”,中国地缘战略的再平衡”≪環球時報≫2012年10月17日、http://opinion.huanqiu.com/opinion_world/2012-10/3193760.html、2013年9月8日
*8 “习近平“一带一路”战略成世界上最长经济走廊“≪中国経済週刊≫2014年第26期
*9 「米中「協調」を演出」『読売新聞』2014年11月13日
*10 「中国軍の警戒管制機 外国メディアに公開」『読売新聞』2014年11月12日
*11 「最新ステルス機公開」『日本経済新聞』2014年11月12日など。
*12 “张召忠:歼31“出生证”是个问题 上航母可能性小”≪戦略網(原文:人民網)≫2013年9月23日、http://mil.chinaiiss.com/html/20139/23/a62dc0.html、2014年11月13日
*13 “国产CX-1导弹已超越布拉莫斯 通用化后更可怕”≪人民網≫2014年11月11日、http://gx.people.com.cn/n/2014/1111/c350595-22869161.html、2014年11月13日