中国は、2015年も引き続き、軍事力を増強し、東シナ海及び南シナ海で、海空軍及び海警局による活発な行動を展開した。
しかし、目に見える米中関係には変化が生じ、米国が中国に対して圧力をかけるという構造が明確になっている。特に、米国の対中圧力が顕在化したのが、南シナ海である。
一方で、中国は、米国に対して完全に譲歩することをせず、様子を見ながら、機が熟するのを待っているように見受けられる。
ここでは、中国の、米国を始めとする各国との関係及び国内情勢を背景として理解しつつ、2015年の中国の軍事活動を俯瞰することとする。
中国の国防予算
2015年3月5日、中国財政部が第12期全国人民代表大会第3回会議に提出した「2015年中央及び地方予算草案報告」は、2015年の国防予算が10.1%増加し、8868.98億元に達することを明らかにした [i] 。国防費の2桁増は5年連続であるが、1989年以降、2010年を除いて2桁増が続いている。
李国強首相が発表した「政府活動報告」で、2012年から7.5%前後に設定していた国内総生産(GDP)の成長目標を、7.0%前後に抑えることを明言し、習近平国家主席が「新常態」(ニューノーマル)と呼ばれる新たな経済理念を打ち出す中で、国防費は突出した伸び率になったと言える [ii] 。
中国の国防予算が大幅な伸びを見せる原因について、前出の中国メディアの報道は、第一に、軍人の待遇改善の継続、第二に、訓練難度が上がるにつれて上昇するコスト、第三に、武器装備品調達費用の増加、第四に、国際的な責任を負うに連れて軍事費用を確保する必要があること、を挙げている。
第一の、軍人の待遇改善は、人民解放軍の「反腐敗」にも関連している。汚職撲滅と同時に、実質的に収入が減少する軍人の不満を軽減するため、給与改定が計画されているのだ。中国メディアは、香港の報道を引用する形で、2016年1月1日から、人民解放軍陸海空軍の将校の給与が大幅に調整されると報じた [iii] 。陸軍の将校を例に挙げると、小隊長である少尉の月給は、現在の2000元から3000元へと、50%の増加となる。佐官(上級大佐、大佐、中佐、少佐)は、月5000元から6000元に増加する。また、海軍、空軍及び第二砲兵部隊の将校の収入は、陸軍の2倍近い給与を得るとしている。単なる海軍、空軍、第二砲兵の優遇措置なのか、別の手当てがあるのかは不明である。兵隊の手当ては300元に増額され、下士官の給与は一律50%増加する。
軍人の待遇改善は軍人の生活を保証するために重要な問題であり、大きな増額になっている。しかし、それでも、近代化された武器装備品の大規模調達が、国防費の多くの部分を占めている。武器装備品の調達でも、海軍の艦艇及び空軍の航空機等の調達に重点が置かれている。海空軍重視、特に海軍重視の姿勢は、2015年の中国国防白書『中国の軍事戦略』にも明確に示されている。
2015 年国防白書に見る人民解放軍の任務等
2015年5月26日、中国国防部が2015年の国防白書を発表した。そのタイトルが『中国の軍事戦略』である [iv] 。中国の国防白書は、概ね2年に一度、発表されており、前回、2013年に発表された国防白書のタイトルは『中国武装力量の多様化運用』であった。中国国防部が具体性を強調した2013年国防白書と異なり、2015年国防白書には、具体的なデータは記載されていない。分量も減少している。
それでも、何も読み取れるものがないわけではない。人民解放軍の具体的な編制等についての記述はなくなったが、国際情勢認識等の部分は共通であり、中国の国際情勢認識を読み取ることもできる。2015年の国防白書は、「現在の世界は未曽有の大変局に面しており、中国は改革発展の鍵となる段階にいる」という文章から始まる。「未曽有の大変局」をもたらしているのが、「中国の台頭」である。その上で、中国が経済発展するためには、軍事力の保護が必要であるという認識を示している。
「1 安全保障環境」という節では、中国の自信を見て取れる。最初に国際社会全体の状況を述べる中で、2013年は「経済のグローバル化、多極化」の順番であったものが、2015年は順番が入れ替わり、「多極化」が「経済のグローバル化」より先に来ている。中国は、ロシアと同様、「多極化」という表現を、米国一極型の国際秩序を批判する意味で使用している。5月9日に実施された、ロシアの対独戦勝70周年軍事パレードにおいて、プーチン大統領が、「我々は世界を一極化させる試みを目の当たりにしている。世界の安定的な成長を害するものだ」と米国を批判したことは記憶に新しい [v] 。西側諸国が出席しなかった、この観閲式において、プーチン大統領の隣に座ったのが、習近平主席である。
海空軍の重視
国防白書の記述の中でも目を引くのが海軍の重視だ。「海上軍事闘争および闘争準備を最優先にする」とし、「伝統的な陸重視、海軽視の考え方を突破し、海洋に関する経済戦略と海洋権益の保護を高度に重視しなければならない」と述べている。
習近平主席は、2015年11月24日から26日の間、北京で開催された中央軍事委員会改革工作会議において、1949年の新中国成立以来初めてとなる軍の大規模改革に着手すると表明した [vi] 。同年12月31日には、陸軍領導機構、ロケット軍、戦略支援部隊が設立され、軍旗授与式が行われた [vii] 。
陸軍領導機構はいわゆる陸軍司令部である。単に司令部と呼ばず、「領導機構」としたのは、今回の軍の改革が、指揮系統と管理系統を明確に分ける目的も有しているからだ。「領導機構」とは管理系統の司令部であり、指揮系統の司令部は「指揮機構」と呼称される。
もともと、中国人民解放軍は、それ自体が陸軍であった。中国の海軍、空軍、第二砲兵は、陸軍の一部という位置づけだったのだ。軍の改革前の編成はこの事実をよく表している。海軍、空軍、第二砲兵は、人民解放軍の7大軍区と同格だったのだ。人民解放軍には、陸軍司令員という職は存在しなかった。
しかし、陸重視から海重視へのシフトは、急激に起こっている訳ではない。海空軍重視は、胡錦濤前主席も進めてきたものだ。2004年9月の第16期四中全会において、海軍、空軍及び第二砲兵の司令員が、初めて中央軍事委員に選出されたのはその一例である。海空軍重視の具現化は、軍内の反応を見ながら、少しずつ進められてきた。
国際軍種たる海軍の任務
海軍は、「『近海防御』から『近海防御と遠海保護の結合型』への転換」が求められている。近海防御は、1980年代、中国海軍の父と呼ばれる劉華清が指示したものだ。近海とは、第一列島線内外までの海域を指し、西太平洋の一部も含む。中国の本土防衛に直接関わる海域だ。一方の遠海保護は、中国の経済活動の拡大に伴って、社会経済の発展を保障するために、世界規模で戦略的任務を遂行するものである。主として、軍事プレゼンスによるものだ。
すでに中国海軍は、ソマリア沖アデン湾において海賊対処活動に参加している。これを足掛かりに、ヨーロッパ諸国に親善訪問を実施し、地中海において中ロ海軍共同演習も実施した。
2015年2月に、大型揚陸艦「長白山」がギリシャのピレウス港に寄港した際、艦上で催された新年会に出席したチプラス首相が、「ギリシャを、中国製品の欧州への入り口にする」と発言したのは、中国のピレウス港の一部経営権取得と併せて、中国の地中海沿岸諸国への影響力増大を示すものとなった [viii] 。
また、5月には「海上連合2015(1)」と称した中ロ海軍合同演習を地中海で実施した [ix] 。これはNATO牽制ともとれる演習であり、ロシアの要求に応えるものであったにしても、中国海軍の地中海におけるプレゼンスを示すものになったことは間違いない。そして中国海軍は、2015年12月現在、第22次護衛部隊をアデン湾に派遣している。
中国本土防衛のための近海防御と、海外に展開する経済活動を保護するための遠海保護という、海軍運用の二分化が国防白書にも明記された。中国は、中東や北アフリカ地域等にプレゼンスを示す必要があり、空母打撃群を展開するために、引き続き海軍に多くの予算が配分されることになる。
空軍担当範囲の拡大
2015年の国防白書の中で、海軍とともに、担当範囲の拡大が明記されているのが空軍である。空軍は、国土防空型から攻防兼備型への転換が求められている。また、空軍がカバーする範囲が、空中と宇宙を一体化した範囲であると明記された。
2013年国防白書では、空軍は「空中作戦行動の主体」であるとされ、その担当範囲は空中のみであった。だが、2014年4月、習近平主席が空軍司令部を訪れた際、「空軍は、空中宇宙一体及び攻撃防御兼備の強大な人民空軍を建設し、中国の夢及び強軍の夢を実現するために、強力な支えを提供しなければならない」と指示を発した。昨年の白書は、その指示を反映した内容となった [x] 。
2015年12月31日に新たに設立された戦略支援部隊は、司令員に任命された高津中将が第二砲兵出身であり [xi] 、宇宙空間やサイバー空間における支援活動を実施すると言われる。やはり新設されたロケット軍が、中長距離の弾道ミサイルの運用に特化した専門部隊化する一方で、空軍に新たに与えられた宇宙空間における活動に対する、戦略支援部隊の宇宙への関与の仕方に注意しなければならない。
小型化と機動化を進める陸軍
陸軍に関する国防白書の記述は、主として陸軍内の統合作戦能力の向上を指示するものだった。「地域防衛型から全域機動型への転換を実現する」という「全域」は、世界ではなく中国全土を意味している。さらに、国防白書は、「小型化、多機能化、モジュール化の歩みを加速する」とする。陸軍は、効率化を求められているのだ。2015年9月3日に北京で挙行された軍事パレードにおける習近平主席の演説の中でも、30万人の削減が明言された [xii] 。今回削減される軍人の多くは、歌舞団の団員を含む文職(戦闘要員ではない)とされるが、陸軍のスリム化も進められると考えられる。
中国が「米軍への対処能力」を誇示する理由
こうした中国人民解放軍改革は、米国に対抗する能力を構築するために進められている。装備面でそれを示したのが、9月3日の「中国人民抗日戦争勝利及び世界反ファシスト戦争勝利70周年記念観閲式」という名称の軍事パレードであった。そこで中国は、長距離爆撃機や、短射程から中射程までの弾道ミサイル等を以て、中国に進攻しようとする米空母打撃群や、西太平洋における米軍の軍事活動を無力化する能力を誇示した [xiii] 。
中国が、米国に対抗する実力を有していると示さなければならなかったのは、中国社会が、経済成長の減速によって不安定化しているからである。株価が暴落し、大衆が中国経済の失速を懸念し始めた。経済格差も解消していない。さらに、習近平指導部が進める「反腐敗」や改革によって、痛みを被る者が増えている。国民の多くが豊かになる前に経済発展が止まれば、共産党の統治は危うい。大衆が、「自分たちが豊かになれる」と信じられなくなったら、社会の中に不満が充満し、指導部は権威を失う。
経済を正常に発展させるためには、地道な経済政策が不可欠である。しかし、国民全てに自分たちの豊かな未来を信じさせる、特効薬のような効果は期待できない。戦勝国たる中国には自らの発展に有利な国際秩序を構築する権利があり、その能力を有している、ということをイメージとして示さなければならなかったのだ。「その能力」こそ、中国の発展を妨害する米国に対抗する能力だったのである。
既存の国際関係は不公平
共産党一党統治の正統性として「抗日戦争勝利」は外せないが、中国人民が祝う抗日戦争勝利に併せて、世界が祝う反ファシスト戦争勝利記念イベントを中国が主催することに意味があった。中国が戦勝国の中で主導的地位にいると国民に印象付ける演出である。そして、習近平主席は演説の中で、「協力とWin-Winの関係を中核とする新型国際関係を積極的に構築しなければならない」と述べた [xiv] 。
これは、「現在の国際関係は協力的でもWin-Winでもない」という中国の認識の裏返しである。中国にとって不公平な国際関係を変えると明言したのだ。一方で、その前提として「世界各国は、国連憲章の趣旨と原則を中核とした国際秩序と国際システムを擁護しなければならない」と述べるのは、中国が、現在の国際社会に対抗するブロックを形成するつもりがないことを示唆する。あくまで、現在の国際社会の中で、そのルールを変えていくというのだ。そして、それを具体的に実現するのが、米中「新型大国関係」である。米中両大国が、今後の国際秩序を決めていく。その正統性と能力を中国国民に印象付けるのが、この軍事パレードの目的だったのだ。