朝日新聞編集委員
山脇岳志
アメリカで、「二つのアメリカ」という言葉が使われるようになって久しい。共和党支持者は共和党の中で友人を作り、結婚をしがちである。民主党支持層もしかり。価値観の違う人たちが混じり合う場は少なくなり、違う価値観を理解しようとも思わない人が増えている。
そうした「分断」の傾向は、2015年、トランプ氏が大統領選の候補になり、大統領に当選を果たして以来、ますます激しくなっている。筆者は、2000~03年と、2013~17年と2度にわたりワシントンに駐在し、クリントン政権からブッシュ政権、オバマ政権からトランプ政権という二度の選挙、民主党から共和党政権への交代劇を取材した。この20年近い間に米国に生じた分断は、現実と思えないほどの深刻さである。
トランプ氏は自ら「争いを好む」と発言する人物である。なかでも、トランプ氏が標的にしているのが民主党寄りとの指摘もある伝統的なメディアである。選挙中には、主要テレビ局や、ニューヨーク・タイムズ紙などを「米国民の敵」とまで呼んだ。選挙中からトランプ氏がメディアを徹底攻撃した影響もあって、特に、共和党支持層でメディアを信頼する人は急落。昨年のギャラップ社の調査では、共和党支持者で「メディアは事実をストレートに報じている」と見る人は、14%しかいなかった。 [1]
これだけメディアが信頼を失うと、メディアを攻撃すればするほど、トランプ氏は自分の支持層を固めることができる。一方で、伝統メディアは、トランプ氏への批判を強めることで、読者を獲得できる。いわば、妙な「Win Win」関係が生じる。
事実、ワシントンポストやニューヨーク・タイムズは電子版の読者を急増させている。米ワシントンポスト紙の知人は、購読者増を喜びつつも、「いつまでこの熱狂が続くのか」と首をひねり、米政府の元高官は「新聞が復権したというより、購読料の支払いは、トランプ批判をする新聞への寄付のようなものだ」と話す。
だが、政治とは本来、違った考えの層をまとめ、妥協点を探りながら進めていくものであろう。その意味で、こうした世論やメディアの分断は、政治における妥協を難しくし、本質的には好ましいものではない。
トランプ氏の登場で、政治やメディアの分断が注目を浴びるようになったが、分断には長い歴史がある。筆者の友人で、著名なジャーナリストだった人物は、「フェアネス・ドクトリン(公平原則)の廃止が深刻な間違いだった」と嘆いていた。「公平原則」とは、米連邦通信委員会(FCC)が、テレビ・ラジオに対し、重要な問題について公平でバランスのとれた報道を義務づけていた原則だが、いまから30年以上も前の1987年に廃止された。
日本の放送局は、放送法4条によって、「政治的な公平」を求められているが、今年になって政府内に廃止の動きが出て、大きな議論を呼び起こしたところである。米国の「公平原則」の廃止は、メディアや世論の分裂にどの程度寄与したのだろうか。
そもそも、メディアが分裂したから米国民が分裂したのか、国民が分裂したからメディアの党派色が強いのか。「鶏と卵」のように相互作用はあるとみるべきだろうが、まず、この世論とメディアの分裂について探っていきたい。
深刻な世論の分断 記録的な状況
米調査機関、ピュー・リサーチ・センターは、大統領選直後、有権者が主な情報源としたメディアがどこなのか調査し [2] 、最も多かったのはケーブル放送のFOXニュースだった。全投票者の19%を占め、そのほとんどはトランプ氏に投票していた。FOXニュースは1996年、メディア王ルパート・マードック氏が会長のニューズ・コーポレーションが設立。2003年のイラク戦争のときには、愛国主義的な放送で大幅に視聴率を伸ばした。「公平公正」をモットーとして掲げつつ、実際には保守系のコメンテーターが多く、現在もトランプ政権寄りの放送で知られる。
2位は、やはりケーブル放送のCNN。もともと中立的な放送で知られていたが、FOXが共和党に傾斜していることもあって、保守層からは民主党寄りだと批判されることが多い。CNNを情報源にした人は、ヒラリー・クリントン氏に投票した人のほうが多かった。3位は、ソーシャルメディアのフェイスブック、4位はローカルテレビ局をひとまとめにする分類だが、ややヒラリー氏への投票が多かった。
かつては大きな影響力をもっていた3大ネットワークのNBC、ABC、CBSなどは、全投票者でみて、5位、7位、9位。選挙の情報源という観点からすると、FOXやCNNに、はるかに影響力が低い存在であることがわかる。
ベスト10でみると、新聞では唯一、10位にニューヨーク・タイムズ紙が入った。リベラル色の強い同紙を情報源にしている人のほとんどがヒラリー氏に投票したのは、驚きではない。
一方、筆者もいつも通勤時に車の中で聞いていたNPRは、良質の公共ラジオとして知られるが、8位に入った。バランスに気を遣っている放送に思えたが、ほとんどが、ヒラリー氏に投票していたのは興味深い。
ピュー・リサーチ・センターは、また、社会保障、環境、外交、移民など10種類の政治的価値に関し、1994年から2017年まで7回にわたり調査を行ってきた。2017年の調査では、共和党支持者と民主党支持者の見解の相違は、ほとんど全ての問題領域において、この調査が行われた過去のどの時点よりも大きくなっている。つまり、アメリカの政治的な分極化は記録的な状況にある。 [3]
一方で、イデオロギー的な「一貫性」は、近年高まりを見せている。ピュー・リサーチ・センターの分析によれば、上記のような10の問題領域について、一貫してリベラルあるいは保守的な意見を持つ人々の割合は1994年には約10%であったが、20年後の2014年には21%と倍増している。イデオロギー的な一貫性が高まれば、党派との整合性がより強化される。また、イデオロギー的な一貫性をもつ人々は、そうでない人々に比べ積極的に、投票や政治献金、議員への接触といった政治プロセスに参加する傾向がある。
問題分野に関わらず全面的にリベラルまたは保守的な見解をもつ人々はまだ少数派ではある。問題分野によって保守・リベラルの意見が混在している人々のほうが多数派ではあるが、その割合は年々低下している。
1994年には民主党支持者と共和党支持者はかなりの部分で重なっているが、2017年には重なる部分が大幅に減少し、中心付近ではなく両極に位置する人々の割合が大きく増加している。両党の中央値も大きく離れている。ラクダにたとえれば、2004年調査までは「ひとこぶラクダ」だったのが、2017年には「ふたこぶラクダ」化していることがチャートから見て取れる。
共和党支持者と民主党支持者の間の価値観が離れていくにつれ、対立政党に対する反感、否定的な感情のレベルが上昇している。下図からわかるように、2017年には、民主党支持者の81%が共和党に対し否定的であり、44%が非常に否定的である。同様に、共和党支持者も81%が民主党に対し否定的で、45%が非常に否定的である。対立政党に対し非常に否定的な意見をもつ人の割合は、共和党・民主党ともに1994年の2倍以上に膨れ上がっている。さらに、共和党支持者と民主党支持者の友人ネットワークのほとんどは、自党の支持者に偏っている。トランプ氏については、大統領に選ばれるずっと前から共和党支持者と民主党支持者の間に深い分断があるが、2017年の調査によると、トランプ大統領の職務能力に対する支持率の党派間格差は、過去60年間のどの大統領の支持率格差よりも大きい。
メディアの分極化との関係
このような政治的分極化の原因の一つとして指摘されるのがメディアの分極化である。
かつてはアメリカ人が午後6時にテレビを付けた時の選択肢は「イブニングニュース」しかなく、そこに一家のだんらんがあった。ABC、CBS、NBCの三大ネットワークから選ぶことはできたが、基本的に内容もフォーマットも大きな差はなかった。これは、前述のようにFCCの規則であったフェアネス・ドクトリンで、政治的な公平性が定められていたことも関係していた。
現在は何百もの選択肢が存在する多チャンネル時代になり、ニュースだけに絞っても、主要ネットワーク、ケーブルニュース、オンラインニュースなど、多種多様な選択肢がある。
メディアの分極化が国民の分極化を招いたのか、それとも、国民の分極化に応え、そのニーズを満たす形でメディアが分極化したのかについては、研究者の間でもさまざまな議論がある。
この問題を研究してきたペンシルバニア大学教授のマシュー・レバンドスキ氏(政治学)は、影響は限定的だとしつつ、メディアの分極化が国民を分極化させている一因だと指摘する。「人々は自分がもともと持っている考え方を強化するようなメディアを選択する。共和党支持者はFOX、リベラルな層はMSNBCを視聴する傾向にある」。番組によって、主に影響を受けるのはすでに極端な考えをもつ人々であり、「研究から示唆されるのは、イデオロギー分布の中心をシフトさせるのではなく、両極に位置する人々をもっと中心から引き離すことによって分極化の原因となる」としている。 [4]
テンプル大学教授のケヴィン・アーセノー氏(政治学)は、メディアの分極化が国民の分断に影響があったとしても軽微だという立場である。アーセノー氏が注目するのは、議会の分極化が、1970年代の後半には始まっているという点である。保守系ケーブルテレビのFOXニュースが登場したのは、1996年なので、それよりも20年前には、議会の分極化が進み始めていた。したがって「党派的なメディアの台頭は、エリートの分極化の原因ではなく、エリートの分極化が引き起こした症状である可能性が高い」とする。
党派的なメディアが世論(議会)を分極化する上で役割を果たしたというよりも、議会が分極化したから、党派的なメディアの需要が生まれたというほうが説得力があるという考えだ。「多くの研究によれば、ニュースをバランスの取れた方法で提示しても、人々は自分が信じたいと思っている事実だけを選び取る」とアーセノー氏は見る。 [5]
議会の分極化がメディアの分極化に先行していたという点は、やはりピュー・リサーチ・センターによる調査が参考になる。 [6] (下図)
プリンストン大学教授のマーカス・プライアー氏は、党派的なメディアの出現により、国民がより党派的な政策や候補者を支持するようになったかどうかを検証した。調査によれば、政治的な関与の度合いが高い人々の間に分極化はみられた。また、テクノロジーに誘発されるかたちで、実際に投票する有権者の構成に変化が生じた。ケーブルテレビ、インターネットなどメディアの選択肢の拡大により、政治に関心が低く党派的でない有権者は普段から娯楽に流れ、投票率も低い。つまり、中間に位置する人々が選挙に参加しないため、選挙がより党派的なものになり、選出される議員もより分極化した。だが、党派的なメディアの選択的接触とその結果については、どのぐらいの数のどのような人がどのメッセージに触れているのか正確に知ることが難しいといった技術的な問題によって、党派的なメディアと国民の分裂の因果関係については結論は出なかったという。この問題を科学的に分析することの困難さを率直に認めている。 [7]
以上のような3人の学者の論考は、いずれも2013年から14年に発表されたものだ。トランプ旋風が巻き起こった2016年の大統領選は、フェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディアがさらに分極化をもたらしたと広く伝えられているが、その点はまた稿を改めたい。
今年2月、筆者はワシントンに出張し、メディア関係者や研究者などに、インタビューをした。ラジオ局、通信社、CNNのホワイトハウス担当やワシントン支局長などを経て、現在は、ジョージ・ワシントン大学メディア広報学部長を務めるフランク・セズノ氏にも、この「鶏が先か、卵が先か」について聞いた。30年以上にわたる記者やテレビ番組のホストとしての実体験、さらに学者・研究者としての経験から、説得的だったので、紹介したい。
セズノ氏はメディアと世論の分裂のどちらが先かについては、「世論だ」と明確だった。ニクソン氏が大統領に当選した1968年を注目すべき年だとした。当時、ベトナム反戦運動や公民権運動が大きなうねりとなっていたが、リベラルな文化になじめず、自分の意見を聞いてもらっていないという「サイレント・マジョリティー」をニクソン氏はターゲットにした。しかし、当時、夜のニュースは3大ネットワークしかなく、多くの都市で主要紙は一つだけで、メディアは単層的だった。
自分たちの声が反映されていないという保守派の人々は当時からあったのだが、そうした声を代弁するメディアとして、ケーブルテレビのFOXニュースが登場したのが1996年。さらにドラッジリポートやブライトバートといった新しいオンラインメディアがニッチな層に響くようになったと説明した。
そうした保守派のメディアの隆盛で、社会の分裂が広がったのかという質問に対して、セズノ氏はこう応えた。
「社会の分裂は広がり(widened)、拡大され(magnified)、増幅された(amplified)。多くの人を巻き込むという意味で亀裂は広がり、特定の問題を何度も何度も取り上げるという意味で拡大され、そして多くのニュースの伝達メカニズムがあってすべてが大きな問題になるという意味で増幅されている」
そうした分断の背景には、FCCのフェアネス・ドクトリンの廃止の影響もあったとセズノ氏は見ているが、その点は次回のコラムで詳述する。
[1] http://news.gallup.com/poll/216320/republicans-democrats-views-media-accuracy-diverge.aspx
[2] “Trump, Clinton Voters Divided in Their Main Source for Election News-Fox News was the main source for 40% of Trump voters”, Pew Research Center, Jan 18, 2017, http://www.journalism.org/2017/01/18/trump-clinton-voters-divided-in-their-main-source-for-election-news/
[3] “The Partisan Divide on Political Values Grows Even Wider - Sharp shifts among Democrats on aid to needy, race, immigration”, Pew Research Center, October 5, 2017, http://www.people-press.org/2017/10/05/the-partisan-divide-on-political-values-grows-even-wider/
[4] Matt Levendusky, “Are Fox and MSNBC polarizing America?”, the Washington Post, February 3, 2014 https://www.washingtonpost.com/news/monkey-cage/wp/2014/02/03/are-fox-and-msnbc-polarizing-america/?utm_term=.01d541aff701
[5] Kevin Arceneaux, “Why you shouldn’t blame polarization on partisan news”, the Washington Post, February 4, 2014 https://www.washingtonpost.com/news/monkey-cage/wp/2014/02/04/why-you-shouldnt-blame-polarization-on-partisan-news/?utm_term=.969f01aa8ec0
[6] Drew DeSilver, “The polarized Congress of Today has its roots in the 1970s”, June 12, 2014, http://www.pewresearch.org/fact-tank/2014/06/12/polarized-politics-in-congress-began-in-the-1970s-and-has-been-getting-worse-ever-since/
[7] Markus Prior, “Media and Political Polarization”, The Annual Review of Political Science 2013.16, Downloaded from www.annualreviews.org by Princeton University Library on 05/14/13(For personal use only), https://www.princeton.edu/~mprior/Prior%20MediaPolarization.pdf