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財政健全化の行方を読む(2)―各国の事例から見える原則と日本の最近の動きの違い

February 16, 2015

東京財団ディレクター・研究員
亀井善太郎


前稿 *7 では、日本における総選挙後の財政健全化の三つの動きを見てきた。
これらの動きは、各国の財政健全化の事例から見た場合、何が同じで、何が違うのだろうか。各国の具体例から、財政健全化に至る原則を明らかにすると共に、これを踏まえて、いまの日本の動きを評価し、今後の道すじについて論じてみたい。

財政健全化の事例から見た評価

前稿の末尾に書いたが、個別の評価に入る前に、これまでの各国の財政健全化の経験から、必要なポイントを改めて整理しておきたい。

  1. 国民の代表により、財政健全化を推進するための法律がつくられ、政府に財政健全化をきちんとやらせる仕組みをつくる 【法整備を伴うガバナンス改革】
  2. 財政を考えるうえでの経済前提等の数値やロジックは、政府のお手盛りを避け、中立的な機関が担う 【独立推計機関の利用】
  3. 単年度ではなく、複数年度での財政の枠組みをつくり、その制約のもとで予算をつくるようにする 【複数年度での取組み】

法整備を伴うガバナンス改革

法整備を伴うガバナンス改革は、各国の財政健全化の事例では共通するもっとも重要な特徴だ。財政が主権者および主権者の代表によって監視され、その下で行政が執行するというのはデモクラシーの基本であり、当然のことだ。
米国では、1990年、1993年のOBRA(包括予算調整法)や2010年のペイ・アズ・ユー・ゴー法等、財政健全化の前提として法律の存在がある。米国のOBRAからペイ・アズ・ユー・ゴー法への変遷は、現代の米国財政の歴史そのものであり、詳細を述べることは別稿にゆずるが、紛争や深刻な経済悪化等、さまざまな経緯を経たとしても法の下で財政健全化が取り組まれていることは見逃せない事実だ。
新規の国債発行ゼロに成功したドイツでも、憲法(基本法)改正により連邦および州の財政健全化目標の設定し、移行期間を経て、2016年より連邦、2020年より州で適用するという、ガバナンスが確立されようとしている。英国でも、財政責任法が2010年に成立した。財政健全化計画を明らかにすると共に、議会の下での政府の計画立案とその執行が求められている。福祉国家としての財政危機に端を発した金融危機、通貨危機等に見舞われたスウェーデンも、1994年に憲法改正、95年には財政法を成立させ、予算制度改革(詳細は後述)等に着手している。欧州の場合、これに加えて、EU財政基準があり、統治構造に財政がきちんと組み込まれている。
財政健全化に成功したニュージーランドでは、1994年に財政責任法を成立させ、政府に財政健全化目標やルールを設定させると共に、その実施状況と結果の分析を詳細に報告させることを義務付けた。徹底した情報公開のもとで、財政健全化は着実に進められた *8

日本でも、かつては同様の取組みがあった。1997年、橋本内閣の下で財政構造改革法が制定され、財政赤字の対GDP比、特例公債ゼロといった財政健全化の目標を設定し、歳出の主要分野についてキャップ制を導入した。閣議決定という政府自身による仕組みとするのではなく、国権の代表機関である国会が法律をつくり、その意思を明確にし、その下で政府が財政健全化を進めるという枠組みは、各国の諸事例と同様の枠組みであった。つまり、政府の自主性だけに依存するのではなく、国会のガバナンスを効かせることは、日本国憲法に照らしても、また、各国の経験から照らしてもあるべき姿を追求したものであった。
しかし、アジア通貨危機や国内での主要金融機関の破綻等があり、景気が悪化したことから、同法は1998年に凍結されるに至った。その後、2010年には、民主党政権下で野党である自民党が財政健全化責任法案を提出する動きはあったが、日の目を見ることはなく、こうした法整備を伴うガバナンス改革の下での財政健全化の取組みは現実のものとはなっていない。

独立推計機関の利用

独立推計機関の利用というと制度整備のように聞こえるかもしれないが、重要なのは、すでに東京財団政策提言等で何度も書いてきたとおり、一元化、整合化、透明化、そして、その実現手段としての第三者化が必要だということだ。別の言葉でいえば、政権にとって都合のよい「数字やロジックのつまみ食い」とか「お手盛り」は許されないということでもある。
米国では、CBO(議会予算局、議会側)がOMB(行政予算管理局、行政側)への牽制機能を持ち、予算編成や財政議論における多様な視点を取り入れることに寄与している。ベースライン推計でも、大統領の予算を取り入れるOMBに対し、CBOは独自のモデルを用いられている。
ドイツでは、1967年の経済安定成長促進法以前の1950年代から、政府が単独で経済予測を作ることは無く、民間の複数の経済シンクタンクへの委託や政府との共同研究によって将来推計は作られてきた。現在、長期財政推計も、短期経済財政推計も、6大経済研究所の何れかが担っている。
英国では、2010年の政権交代に伴い、OBR(予算責任局)が独立機関として設置され、経済財政見通し(春、秋の二回)、財政持続可能性報告書、さらには、推計と実績との比較から今後の推計への教訓を明らかにする推計評価報告書を作成している。春に公表される経済財政見通しは予算案(レッドブック)に対応する形で作られ、第三者機関による予算案の評価として位置づけられている *9
紙幅の関係で、上記の事例にとどめるが、OECDが勧めているとおり、各国が財政健全化の一環で独立推計機関を推進していることは明らかである。
こうした各国の状況を踏まえて、日本の現状を改めて見てみよう。内閣府の経済財政推計の前提の見直しは当然のことだが、これは独立推計機関によるものではないし、一元化、整合化、透明化、第三者化の四つの原則は守られているとは言い難い。これに加えて、現在の指標をめぐる議論や一部の動きは、財政健全化の本質を避け、財政健全化のあるべき道すじについて、内外に向けた公約でもあるプライマリーバランスを棚上げしかねず、自らハードルを下げようとする動きと見ることもでき、その推移は注意深く見守っていかねばならない。
また、今後出てくるであろう内閣府の経済財政推計については、時間軸が中期にとどまるという問題も忘れてはならないし(金利上昇の影響は長期でより明確化するため)、税収弾性値等、税収の前提の見込みが楽観的とならないか、これも注意して見ておかねばならない。

複数年度での取組み

複数年度での取組みについては、財政健全化は単年度で解決できることではなく、中長期で取り組まねばならない課題であり、複数年度による財政の枠組みを決めていくことが、予算編成上求められるということだ。
実際、ドイツやスウェーデン等では、複数年度での予算編成が行われ、財政健全化に向けた取り組みが進んでいる。
日本では、憲法に定められた単年度主義があり、政府や国会では単年度ベースで予算編成を進めざるをえない。そうした課題を乗り越えるための運用上工夫(加えて、法整備によるガバナンス改革がされないこともあり)として、党を挙げての取組みが行われてきた。結果として、かつて小泉政権が医療費の縮減に取り組んだ時のような、与党主導による運用上の工夫で対応せざるをえないというのが現実的な解であり、今回の与党のにおける動きはそうした先例を参考にしたものになると思われる。
いわば、法整備も、独立推計もできていないので、運用上の工夫としてできる精一杯までというのが正直なところだろうか(そうした認識の下で行われているかどうかが問題の本質の一つでもあるのだが・・・)。

本稿を読む読者はすでにお気づきだろうが、1.法整備を伴うガバナンス改革、2.独立推計機関の利用、3.複数年度での取組みの三つのポイントは同列で考えるべきものではない。1.があり、2.があっての3.であって、財政健全化という困難な目標の実現のために、これらの政策を丁寧に積み上げていく、合意形成を図っていくことが必要である。

こうした三つのポイントを踏まえ、いまの日本の動き(予算案、経済財政諮問会議、自民党政調)をそれぞれに沿って整理してみよう。
まず、1.については、1998年の財政構造改革法凍結以来、動きは見られない。財政健全化に法整備を伴うガバナンス改革が大前提と必要との認識も拡がってはいない。
次に、2.については、一部の超党派議員の共同提言にとどまっていて、本格的な検討には入っていないし、加えて、経済財政諮問会議の議論で見られるような、財政健全化の棚上げにもつながりかねない目標の差し替えの兆し、その攻防も見られるところであり、ここはきわめて注意していかねばならないところである。
最後に、3.については、政府および与党での動きは、まさにこれに該当するものだが、これも、1.と2.がまったく取り組まれていない状況下では、その持続は属人的なものとならざるを得ず、これだけで本格的な財政健全化につながる道とはなかなか思えない。

これから進むべき道

財政健全化への危機感は希薄だ。総選挙を経て、なおさら、そうなっているようにも思える。政治も社会もますます短期的な視野に陥り、財政問題の優先順位が落ちているような感覚もある。
では、何も明るい材料が無いのか言えば、そうでもない。
昨年、横浜市では、財政責任条例 *10 が議員提案され可決成立した。これは二元代表制の下にある地方自治の現状を踏まえ、政府(執行者、首長)の自律性に委ねる財政運営重視の考え方から、法により執行者(首長)に自ら計画を立てさせ、その進捗を報告させるというニュージーランドの財政責任法の理念を取り入れた仕組みであり、まさに法整備によるガバナンス改革による財政健全化を志向したものと言える。ぜひ条文までご覧いただきたいが、市長、議会、そして市民の責務が記されており、財政責任とはどういうものかという考え方までも織り込んだ法律となっている。この条例が施行された後の議会質疑では、質問する議員も、答える市長も、それぞれに財政責任という考え方が浸透し、質問の質そのものが変わったという。もちろん、議院内閣制の下での国と、二元代表制の自治体では制度は異なるが、基本的な考え方や理念は同じはずだ。
独立推計機関については、関係者との協議を経て、東京財団では、検討のたたき台となる法案の作成に至っている。この制度化に至るかどうかは、それぞれの国会議員の意識次第だが、まだまだ理解は乏しい。
東京財団では、立法府の動きを待っているわけにはいかないと考え、独立した財政推計を独自に作成することにした(東京財団財政推計プロジェクト)。それぞれの分野に専門性を有す経済学者たちとチームを作り、日本の人口動態を踏まえた中長期の財政推計モデルを構築し、1.一元化、整合化、透明化、第三者化の四原則の達成できる独立した推計による信頼性の確保、2.信頼される推計による日本の財政状況の明確化、3.独立推計による政策化の促進等を狙っている。この春から夏にかけて、暫定モデルであるβ版を公表する。このβ版は、経済前提等をユーザーが入れ替えることができるオープンなモデルとして社会に共有することを予定している。経済学のある程度の知見を有していれば、日本の財政の将来について、自らシミュレーションすることが可能になるはずだ。

財政危機は起こるのか、財政破たんはどのような形で現れるのかという質問をしばしば受ける。その答えはわからない。いまのように日本銀行が実質的に財政ファイナンスをしている状況では日本国債のデフォルトというようなわかりやすいカタチで顕現化しないかもしれない。ただ、重要なのは、これだけの規模の中央銀行の財政ファイナンスが続けられれば、金融はもちろん、実体経済への影響はどのような形で表面化するか、まさに誰も体験したことのない世界に入りつつあるのかもしれない。
そうした意味で、今からでも決して遅くはない。財政が、コントロールされている状態にできるだけ早くシフトさせるため、法整備を伴うガバナンス改革、独立推計機関の利用、複数年度での取組み等の複数の手段を、順序を間違えることなく、丁寧に積み上げる努力をしていかねばならない。そして、そのためには、財政健全化に向けた強い覚悟を政治が示すことが求められる。


*7 前稿執筆後の2月12日、経済財政諮問会議が開催され、内閣府による最新の中長期の経済財政推計が公表された。最新版の推計では、2020年の国および地方のプライマリーバランスは、アベノミクスが成功した経済再生ケース(経済成長率実質2%以上、名目3%以上)で対GDP比1.6%の赤字(▲9.4兆円)、ベースラインケース(実質1%弱、名目1%半ば)で3.0%の赤字(▲16.4兆円)となる。詳細は以下のリンクを参照されたい。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2015/0212/shiryo_01.pdf
また、同日の諮問会議の終了後には担当大臣記者会見が行われた。その記録および報道(下記リンク参照)から察するに、12月22日、27日の会議と同様、出席者の間で発言のトーンがそれぞれに異なる様子がうかがえる(前回の論考 「財政健全化の行方を読む(1)」 参照)。結論としては、麻生財務相と黒田日銀総裁の意見を踏まえ、総理の「2020年度の財政健全化目標については堅持する。」との発言に至ったものと考えられる。また、翌日には自民党で財政再建に関する特命委員会が開かれた。いずれにせよ、本稿で述べているとおり、あくまでも「運用上の対応に終始する」日本の財政健全化の動向では、これに関する政府および党の動きには引き続きの注視が必要であることにまちがいはない。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2015/0212/interview.html http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0LG1BA20150212
*8 これら、各国の財政健全化の取組みについては、田中秀明「日本の財政」(中公新書)が詳しい。また、法的な規律の重要性については、杉本和行「財政と法的規律-財政規律の確保に関する法的枠組みと財政運営」(フィナンシャル・レビュー 平成23年第2号)が詳しい。
*9 四つの原則および諸外国の動向等、詳細については、東京財団政策提言「独立推計機関を国会に」を参照されたい。 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2619
*10 http://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/pdf/siryo/u-20140512-si-31.pdf
http://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/pdf/siryo/j1-20140528-gi-19-1.pdf

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