東京財団研究員
冨田清行 *
米国では、ヘルスケア(医療・介護)分野において市場競争に委ねられている範囲が、日本と比べて大きく、また、その市場規模も巨額なものとなっている。米国の医療は、その費用がGDPの約1/5に匹敵する巨大な領域を形成しているが、政府による管理を極力避ける傾向にあることから、医療・介護市場の改革も主に民間側の努力によるところが大きい。2010年に成立したAffordable Care Act(以下、「オバマケア」と表記)は、政府主導で大きな改革を実施するという意味で、1965年に導入された公的保険であるメディケア、メディケイド以来の大きな転換期を構築している。しかし、医療・介護分野は、数多くの国民に対して(対象としては全国民)、数多くの医療・介護従事者と関連産業により、現実の医療・介護サービスが提供されるという巨大で複雑な仕組みである。そのため、実際の改革も難しさを極める。
米国の改革は、これまでも医療費を抑制することや質を向上させることなど、数多くの取り組みがなされてきたが、オバマケアは医療保険の拡大、予防医療の充実、医療費の抑制など、医療・介護分野における包括的な改革を目指している。そのようなオバマケアの中で、注目される改革項目がある。
医療・介護分野における最大の改革の一つである、費用の抑制と質の向上の両立に挑戦しているAccountable Care Organization(アカウンタブル・ケア・オーガニゼーション)である。
1.二つの「A」
米国の医療・介護分野におけるキーワードは、オバマケアの法律名称にも使われる“Affordable”(アフォーダブル:入手可能な、購入しやすい、等)が先ず思い浮かぶ。アフォーダブルという言葉は、現行の改革を巡る多くの政策議論や医療・介護サービス事業の説明、さらには、医療・介護産業によるテレビCM等でもよく見聞きする。オバマケアの象徴となる一つの言葉を、ここまで改革を社会に定着させたことは、自らの大統領選挙において、“Yes, we can.”で米国社会をまとめあげたオバマ大統領の訴求力の強さを認識する出来事でもある。
一方、米国の医療・介護政策を眺めていると、もう一つの言葉が頻繁に登場してくることに気付く。“Accountable(アカウンタブル)”である。Accountable Care(アカウンタブル・ケア)は、現行の医療制度改革において、重要な概念として位置づけられており、アフォーダブルと同様、政策論議や現実の医療サービスの説明などの場面で目にすることが多い。この「アカウンタブル」という言葉は、日本語で「説明責任」と訳されることが多いが、医療・介護政策における説明責任とは何を示すのか、アカウンタブル・ケアを一言で表すことは難しい。しかし、後述するとおり、米国では、医療・介護分野におけるサービスの質を高めていく一つの概念として、定着している。
“Affordable”と“Accountable”。医療保険に加入しやすくすることで医療へのアクセスを確保する一方、医療サービスの質の向上への責任も果たしていく。つまり、保険改革と提供体制改革の両方を見据えた、この二つの「A」こそが、現在の米国における医療・介護制度改革を表す基本概念と言える。
2.医療提供体制の改革
アカウンタブル・ケアとは何なのか。現在進行している米国の医療提供体制の改革を見ることで、解きほぐしていきたいと思う。
オバマケアは、アカウンタブル・ケア・オーガニゼーション(Accountable Care Organization(ACO))と呼ばれる制度を創設している。以前の回で書いたとおり、オバマケアは文書にすると906ページに及ぶ。その中に医療保険改革をはじめ、数多くの改革項目が盛り込まれているが、米国の医療・介護分野における重要な概念である、アカウンタブル・ケアを名称に持つACOは、わずかに数ページしか記載されていない制度である。しかし、ACOは医療提供体制に関する改革として大きな注目を集めている。
ACOの定義は、米国保健福祉省の傘下で、ACOを運営する行政機関であるCenters for Medicare and Medicaid Services(CMS)によれば、以下のとおりである [i] 。
- ACOは、メディケアの患者に対して、連携の取れた良い質のケア・サービスを提供するために、自発的に形成された医師、病院、その他のケア提供者のグループである。
- 連携の取れたケアの目標は、不必要な重複サービスや医療過誤を回避する一方で、特に慢性疾患について、患者が必要な時に適切なケアを受けることを保障することである。
- ACOが、高い質のケアを提供すること、そして、医療費をより賢明に使うことを両立した時は、節約した費用をACOとCMSが分けることとなる。
ACOはオバマケアの中に位置付けられ、政府が促進している取り組みであるが、ACOにはいくつかのタイプがある。大別すると、上記のとおり、高齢者向け公的医療保険であるメディケアの中のプログラムに基づき設立されるもの、また、州レベルで運営される公的医療保障であるメディケイドのプログラムに基づき設立されるもの、そして、公的制度とは別に独自に民間ベースで設立されるもの、の3つのタイプに分かれる。さらに、ACOの中心が医師(開業医、診療所)であったり、病院であったりといった特徴も分かれてくる。
2011年には全米で64だったACOの数は、メディケアACO・プログラムが始まった2012年に336へ推移し、2015年1月には744にまで増加している [ii] 。医師(開業医、診療所)が中心のACOは全体の37%、病院が中心のACOは28%、その両者が中心となっているACOは35%となっており、病院よりも小さい規模の医療提供者が中心となるものが多い [iii] 。そして、ACOが診ている患者も徐々に増え、現在、全米で2350万人に達している [iv] 。
上記のとおり、ACOには公的プログラムに拠るものか、民間ベースか、また、ACOの中心が誰なのか等、多様な形が存在するが、共通している構造が、CMSの定義にあるとおり、医師、病院等のケア提供者のグループ化、連携(統合)ケア、質向上と費用節約の両立の3点である。
アカウンタブル・ケアの概念は、ACOの創設時で初めて現れたものではなく、クリントン政権時の医療改革議論における「管理された競争」の背景となる概念であり [v] 、さらには、1932年の医療コスト委員会(CCMC)における、医療サービスの組織と費用に関する調査研究にまで遡って見ることができるとされる [vi] 。
したがって、アカウンタブル・ケア自体は何ら新しい概念ではなく、現在のオバマケアにおける提供体制改革の中心であるACOも、その考え方自体は目新しいものとはいえない。アカウンタブル・ケアの概念は、ACOの定義にあるとおり、単に費用を節約するのではなく、質の向上も同時に達成することである。
米国においては、これまで数多くの改革が実行されてきたが、アカウンタブル・ケアの概念自体は一貫しており、それを実現する政策の手法、具体的な施策が、それぞれ生み出される時点で異なる形態を持って実施されてきたと考えられる。例えば、費用の節約を行い、医療サービスのネットワーク化を進めるという点を見れば、ACOとHMO(Health Maintenance Organization)は似た制度、組織である。しかし、これまでの米国の主要な医療提供組織の一形態であったHMOも膨張する医療費に対して導入が進められ、一時的には費用の抑制に繋がったものの、保険会社主導の抑制策の効果は長続きせず、むしろ医療サービスの利用における制約が患者にとって問題視されるようになっていった。
ACOは、HMOとは違い、医師や病院といった医療サービスの提供者が中心となってネットワークを形成し、提供者側に質の向上と費用節約を両立するためのインセンティブを導入することが新たな施策である。
さらに、提供者側と患者側の双方にとって、ACOへの参加は義務ではなく、ともに「自発的に」参加することが大きな特徴である。
オバマケアは、医療保険の拡大を巡って国論を分ける大論争を繰り広げたが、ACOに関しては政治的な対立はほとんど見られない。当初、ACOがオバマケアの施行前で学術的な理論の段階にあった時点では、机上の空論であり効果が期待できない旨の批判が見られたものの、ACOに反対する政治的運動が見られないことは興味深い。
3.ACOが目指すもの
ACOは、現在の米国の医療提供体制改革における大きな動きの一つである。
ACOは、公的プログラムのみならず、民間独自により設立されるものがあり、また、ACOを形成する提供者の多様性によって、多様なACOの形成に結びつく。当然ながら、地域特性などを考慮すれば、ケアの提供には多様性が出てくるのであり、ACOも多様な形を持つのも自然である。
また、ACOは、プライマリー・ケア、統合ケア、患者中心ケアなど、現行の医療提供体制における多くの改革と連動している。ACOと書くと、まず、組織(Organization)なので、何らかの物理的な組織体(entity)を思い浮かべるが、むしろ、システムと捉えた方が理解しやすい [vii] 。この考え方に立てば、ACOとは、「質の向上と効率性のために、出来高払いや包括支払、人頭払いなど、様々な支払方法を駆使した、包括的な費用上及び医療サービス提供上の再構築戦略」となる [viii] 。
最近では、アカウンタブル・ケア・コミュニティ(Accountable Care Community(ACC))、アカウンタブル・ケア・ステイト(Accountable Care State(ACS))といった言葉まで登場している。このように、アカウンタブル・ケアを、医療・介護サービスを提供するケア提供グループとしてのACOが対象とする範囲を超え、コミュニティ全体、州全体に適用しようという考え方も出てきている [ix] 。米国においては、メディケイドや州が運営する医療保険市場Exchange、医療提供者への規制、医療設備の供給規制、医師免許等の施策、つまり、医療費の管理に関係する権限の多くを州政府が有しており、その意味で州政府自身が州民の健康に対するアカウンタビリティを十分に発揮すべきであるという考え方も出ている [x] 。そうなると、アカウンタブル・ケアは単なるケア提供体制の改革のみならず、地域社会全体を巻き込んだ改革ともいえる。
ACOが、プライマリー・ケア促進、統合ケア、患者中心ケアなど、多くの医療提供体制改革と連動していることは、それだけ多くの医療・介護サービスのプロフェッショナルや関連産業、そして患者・家族と関わりを持つことを意味する。
そして、プライマリー・ケア、統合ケアを目指すということは、これまで分散的で細分化された提供体制から転換して、医師、看護師、病院、専門医、歯科医、介護サービスなどの数多くの専門職種の人々が連携するような形を志向することとなる。そして、ACOの定義に「自発性」が含まれているとおり、規制ではなく、ケア提供者が自らの判断で積極的にACOに関与していくことのインセンティブを作り出さねばならない。それが、ACOの政策立案上の最大の挑戦である。
4.支払制度の改革
質の向上と費用節約の両立をどうやって達成するのか、長年、多くの政策関係者が悩んできた課題であるが、それこそがACOのゴールそのものである。ACOは、その目標を達成するための仕組みとして、支払制度の改革を実施している。
この支払制度改革がどのようなものなのか、公的制度であるメディケアACOについて具体的な状況を見てみる。
メディケアACOにおいては、現在、「メディケア・シェアード・セイビング・プログラム(Medicare Shared Saving Program(MSSP))」(2012年4月施行)と「パイオニアACO・プログラム(Pioneer ACO Program)」(2012年1月施行)の二つの主要なプログラムが進行中である。ともに、CMSへの申請に基づきプログラムが実施されるもので、MSSPは費用を節約した場合にその節約分をACOとCMSが折半し、パイオニアACOの方は、費用を節約した場合にその節約分を、逆に費用が過大になり当初の見積もりから超過して損失が発生した場合には、その損失をCMSと分けることとなっている。そのため、パイオニアACOの方がACO側にとってリスクが大きくなるが、節約した場合の分配基準がACO側に多くなるため、ベネフィットも大きくなっている。政府として、既にアカウンタブル・ケアの実績が認められる医療提供グループに対してはパイオニアACOへの参加を、そして、これからアカウンタブル・ケアを実践しようと試みるグループに対しては、リスクの小さいMSSPへの参加を促している構図となっている。
このMSSPとパイオニアACOは、全体で年間どれだけの費用を要するのか、事前に見積もりを立てて、その見積もりに対して実際の費用を比較して節約分、又はと超過分を算出する。そして、医療費の支払いは、従前の出来高払い(診療を行った分だけ医療費が支払われる制度)でなく、包括支払の形式となっている。この支払方法の改革こそが、ACOのインセンティブ設計そのものであり、ACOが成功するか否かの鍵となっている。そして、包括支払の場合、ケアの質への影響が懸念されるが、CMSのプログラムは33の質の評価指標を設定し、質の向上を促す措置を担保している。
米国では出来高払いに対する議論が長年続いてきた。出来高払いは、過剰診療へのインセンティブに繋がっており、また、医療提供者同士の連携させることに繋がっていない、との指摘がなされてきた [xi] 。その流れを受けて、米国においては包括支払の導入が進んでいるが、ACOはアカウンタブル・ケアの実現と支払制度改革を明確に繋げた制度である。
医療サービスに対する報酬の支払われ方には様々な方法がある。項目別予算制、総額予算制、人頭制、出来高払い制、1件ごとの包括支払制 [xii] など、それぞれ長所短所を抱えながら、各国の事情を反映しつつ、適用されている。日本、米国双方において、出来高払いを基本としつつ、包括支払制度が徐々に導入されている状況にある。そのような中、ACOは出来高払いの欠点を一掃すべく、包括支払いを進めているが、プライマリー・ケア、統合ケアへの改革と連動していることから、より包括度の高い支払制度も視野に入ってくる。
ACOは、アカウンタブル・ケアを具現化するシステムである。ACOは、誰に対して何の「責任」を果たすのか、そして、その「責任」を果たすために相応しい支払制度とはどういうものなのか。それを考える上で、多くのケア関係者、患者・家族、そして住民を巻き込んで、合意を形成していく過程として、ACOが果たす役割は大きいと思われる。
5.ACOの成果
オバマケアの主要な柱の一つであるACOは、制度としての導入から3年が経過したところであるが、まだその成果を評価する材料が十分に出揃っているとは言い難い。特に、支払制度を巡っては、長年に亘り議論されてきたこともあり、改革の成果を評価するには、もう少し時間を要するのかもしれない。しかし、現時点で公表されている成果を見ることで、現状を知り、将来の見通しを描く際の参考となるであろう。
CMSは、パイオニアACOおよびMSSPの成果を公表している。特に、パイオニアACOは強いインセンティブ設計が施されているので、パイオニアACOの状況を見ると、その成果が分かりやすいと思われる。
米国には、政策評価を実施する機関としてGAO(Government Accountability Office)が存在しているが、GAOがCMSの公表したパイオニアACOの2012年と2013年の成果について評価しているので、これを参照して、成果を眺めてみる [xiii] 。
パイオニアACOは、2012年に32のACOが参加している。その内、ケアの質の基準を満たした上で費用節約に成功したのは13のACO(約41%)で、総額で1億3880万ドル(平均1070万ドル)の節約額となった。一方、医療費が超過したのは1つのACO(約3%)であり、超過額は510万ドルである。翌年の2013年は、パイオニアACOに参加したACOは23(9のACOはプログラムから離脱)となり、その内、11のACO(48%)が費用節約を実現し、その総額は1億2130万ドル(平均1100万ドル)であった。医療費が超過したACOは6つ(26%)となり、その総額は2270万ドル(平均380万ドル)となった。
このように、費用節約に成功したACOは多く存在しているが、一方で費用節約を達成出来なかったACOも少なくなく、プログラムから離脱するACOの存在も含め、効果の有無がはっきりと分かれている(費用節約も超過もなかったACOは、2012年に18、2013年に6存在している。)。
なお、ACOは費用節約のみならず、ケアの質の向上との両立が肝心である。メディケアにおけるACOプログラムは、質の評価指標として、33の指標を設定している。この33の指標は、?患者経験(Patient experiences of care)、?ケアの連携と患者の安全、?予防医療、?健康リスク集団の疾病管理に大別される。
このケアの質に関しては、2012年から2013年にかけて向上したことが確認されている。2013年にパイオニアACOに参加した23のACOは、前年2012年と比べて、33の指標の内、22の項目(67%)について高いクオリティを記録している。
また、GAOの評価は出ていないが、CMSが公表するデータによれば、2014年のパイオニアACOは、費用節約、質向上ともに2013年より成果が発揮されているようである [xiv] 。
これだけを見て、ACOが成功していると評価することは難しいであろうが、何らかの変化をもたらしていることは確かであろう。長年に亘る議論を経て変革していることについては、もう少し長い目で見た評価も必要となる。そして、ACOは現在進行形の改革であり、制度設計上の議論は継続して存在する。例えば、個々のACOの費用の基準額は過去の履歴から設定されるが、その設定額が過大になれば、節約の達成や容易であり、過少になれば、費用節約は困難となる。
CMSはプログラムに柔軟に対応し、離脱を含め、ACOの広がりを促進する動きを止めていない。また、ケア提供者側もそれぞれが創意工夫をして、様々な努力を繰り広げている。こうした画一的でない躍動感がACOの特徴なのかもしれない。
最後に
米国の医療・介護政策は大きな変革の最中にある。目立った議論としての医療保険の問題だけでなく、ケアの提供体制改革という膨大、かつ地道な努力も並行して行われている。
医療・介護は、国の経済や財政に大きく影響するとともに、地域社会において基盤としても位置付けられる。米国の医療・介護政策に関する議論の場に赴くと、医療・介護は地域社会の中でどのような役割を担うべきなのか、また、市民がどのように医療・介護と接していくべきなのか、を問う場面に遭遇する。
市場主義の医療が跋扈しているとの印象が強い米国にあっても、プライマリー・ケアの促進や統合ケア、患者中心ケアは、多くの人に共有されつつある言葉になっている。分散され細分化された医療・介護を繋げ、それが結果として、住民の安心に繋がり、費用の節約にも貢献するのであれば、医療・介護政策が目指す目標ははっきりする。
巨大で複雑化した制度である医療・介護分野において、単一の目的だけでは全体の整合の取れた改革は難しい状況となっている。ACOは、複数の目標を同時に立てて、かつ、他の改革とも融合し、さらに数多くの関係者を巻き込もうとする改革であるが、その仕組みはシンプルであり、また、柔軟である。
政府による規制でなく、ケア提供者の自発性と裁量による費用節約と質の向上を目指すという取り組みは米国ならでは、と見ることもできるが、医療・介護の提供体制を構築する責任を誰がどのようにして果たしていくのか、を考える上での重要な視点を示している。
医療・介護政策は、「社会保障制度」として、どのような姿が望ましいのか、社会全体を巻き込んで合意形成して決めなければならない。その意味で、ACOは、地域社会が一体となってケア提供者や様々な専門家、産業、住民、行政をつなげていく、一つの仕組みとして、今後も注目に値する動きとなるであろう。