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転換期迎えた医療介護制度(上)「医療介護政策の担い手は地域に―持続性確保の鍵は『質の向上』」

September 27, 2017

研究員
冨田清行

医療介護は私たちの生活の中で重要な役割を担っている。また、多くの問題を抱えていることもあり、その動向が注目されている。増え続ける医療費、介護費用は国民皆保険制度の持続性に大きく影を落とし、人口動態や社会構造の変化はケア提供体制の変革を迫っている。これまでも国が中心となって数々の改革を実行してきたが、依然として将来への漠然とした不安は残されている。社会保障制度自体が社会の不安の原因となっては本末転倒である。私たちの不安を解消するため、現在、医療介護制度は大きく変わる転換期にある。そのキーワードは、「質の向上」と「地域主体」である。これからの医療介護政策は、この二つの視点が軸になるであろう。

量から質への変化

まず、質の向上について述べたい。この半世紀余りを振り返ると、医療介護政策の中心は量の拡大(主にアクセスの確保)を巡る問題であった。国民皆保険制度の成立や老人医療費無料化など、国民にとっての医療の利用機会を確実なものとすることが求められた。しかし、これがある程度達成されると今度は医療費の膨張による財政の圧迫が問題となり、費用抑制策を講じる必要性が出てきた。

1980年代以降、財政と連動した診療報酬改定プロセスの確立や老人保健制度の創設による自己負担導入など、量を管理する手法が次々と実施され、今に至る。なお、1985年に導入された医療計画は病床数の管理を目指したものの、駆け込み投資を招くなど、1990年頃まで増床が続き、その後の病床数管理を一層難しいものとした。

このように、医療政策においては、いかにして量の問題を解消するかが問われてきた。また、2000年に施行された介護保険制度も高齢人口の増加を背景として給付費の上昇が続いており、財政運営上、給付構造や負担構造の見直しが行われている。

こうした中、「量」とは別の軸で医療介護の制度改革を進める動きが次第に強まってきた。その代表的なものが、政府が推進する「地域包括ケア」である。地域包括ケアは、「2025年を目途に、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括な支援・サービス提供体制を構築」することを目標としている。これは量の問題だけではなく、「質」が大きく関わる問題である。

医療費伸び要因

(出典)厚生労働省

医療介護における質の向上は、医療介護の提供者の多大なる努力によって確立されてきた。日進月歩の医学の進化とそれを医療に適応していくこと、そして、個々の介護ニーズに応じた多様なサービスを開発、提供していくことを通じて、私たちは多くの恩恵を受けている。他方で、こうした質の向上が制度においてどのように反映されているかを考えると少々難しい問題となる。

例えば、医療制度に大きな影響を与える報酬制度は、量を管理する性質が強く、地域差や技術差、効果など、質の反映は極めて限定的である。そのような中、急性期入院医療に関しては、2003年以降、包括払い制度であるDPC(および入院医療プロセスを標準化したクリティカルパス)が定着したことで、医療の質の評価につながる環境整備が進んでいる。しかしながら、医療制度全体として、どのように質を測り、それを制度にどのように反映するのか、という課題は依然として残されている。地域包括ケアの具体的な姿は、量を測定するだけは分からない。その地域がどのような暮らし方を目指しているのか、という質に関わる点を明確にする必要がある。

こうした量から質への変化は直近の政策にも確認することができる。現在進行している地域医療構想は、厚生労働省の説明によれば、「2025年に向け、病床の機能分化・連携を進めるために、医療機能ごとに2025年の医療需要と病床の必要量を推計し、定めるもの」とある。「医療需要と病床の必要量」を計画するものであるから、一義的には、やはり量の問題を扱うことが手段となるが、目的として「機能分化と連携」を掲げていることが重要である。

すなわち、入院、外来、在宅などの医療の機能分担、病院と診療所の関係、医療と介護の連携など、様々な観点からケア提供体制を考える必要がある。こうした検討においては、それぞれの地域に応じた健康指標やQOL(生活の質)などを具体化し、それを達成するためのケア提供体制をデザインすることが必要であろう。

国主導から地域主体へ

次に、今後の医療介護政策を形作る、もう一つの視点である「地域主体」について述べたい。医療介護は国の政策として重要な位置を占めている。国の一般会計歳出の約15%を占め、保険給付費は医療が40兆円超、介護が10兆円超の規模である。世界での相対的な位置付けとして見ると、OECD(経済協力開発機構)の国際比較で日本の保健医療費はGDP(国内総生産)比10.9%で、国際的に高い水準のグループに入っている。

医療費とGDPの伸び

(出典)厚生労働省

医療介護の拡大策、その逆の抑制策も、国は保険制度と提供体制の両面において介入してきた。国レベルで報酬制度を用いて個々の診療行為や薬価、介護サービスの価格を決め、患者と医師、利用者と事業者の間に政府が直接介入する構造を採っている。この中央集権的な構造は全国にくまなく強い影響力を持ち、また、医療は2年ごと、介護は3年ごとに改定される。頻繁に制度が変わることは機動性が高い半面、制度立案側の都合が色濃く反映されることにもなる。

他方、都道府県は医療計画、医療費適正化計画、健康増進計画、市町村は介護保険事業計画、地域福祉計画など、数多くの行政計画の策定主体であり、医療介護政策の担い手として大きく関わっている。今後、この役割を一層強化していくのが、地域包括ケアと地域医療構想である。

国主導から地域主体へと医療介護政策は転換しつつある。こうした動きの背景にあるのが、質への着目である。超高齢社会の伸展に伴い、生活習慣病や慢性疾患の増加という疾病構造の変化のほか、人口構成の地域差の拡大、交通網、情報技術の進化など、医療介護の置かれる状況が変容する見通しがある中、こうした推移を踏まえた目指すべき姿は地域によって異なる。そのため地域こそが医療介護政策を考え、決める主体としてふさわしいであろう。

地域医療構想で機能分化や連携について、各都道府県は医療の関係者と地域医療構想調整会議を設けて議論している。地域包括ケアにおいては、地域包括支援センターが地域ケア会議を主催し、地域の課題を政策形成に結び付けることを目指している。医療介護政策の責任は徐々に地域に委ねられるようになった。ただし、単に国から地域に責任転嫁するのでは問題だ。分権化を通じて、果たすべき責任に応じた権限や機能を備えることが必要である。

地域が主体となってケアの質を高めていく。そのために欠かせないのは、患者や家族と日常的に接点を持つ医療、すなわちプライマリケアである。いかにしてプライマリケアを充実させ、医療機関間や医療介護間、地域内の福祉の担い手などとの連携を深めていくかが今、問われている。主に病院を対象に検討する病床数管理は、医療介護分野の一部である。地域包括ケアシステムの構築のように、地域内の連携や地域全体の調整を行う必要がある場合、制度上、プライマリケアの位置付けは明確に行われなければならないであろう。医療介護のシステム全体を統合的に見通す視野が必要である。

当然、日本にもプライマリケアがあり、私たちの生活になじみの「かかりつけ医」の存在は大きな安心を与えてくれる。しかしながら、海外諸国の制度と比較すると、「制度として」プライマリケアをどのように位置付けるのか曖昧な点がある。かかりつけ医のいない人も多く、また、大病院への紹介状なしの定額負担を除き、自己都合で自由に医療施設を選択できること、いわゆるフリーアクセスに対しての議論も出始めている。

医療介護の持続性を確保するためには、量だけでなく質の観点も欠かせない。言い換えれば、費用の節約と質の向上の両立である。この相反するように見える二つの課題に挑戦しているのが、アメリカの医療制度改革である。次回はこの改革を取り上げる。

2017年9月12日『厚生福祉』より転載


(中)アメリカ医療制度改革の要は「地域医療」―政治論争の陰で着実に広まるオバマケア(10月転載予定)

(下)費用節約と質向上の両立目指すインセンティブ改革―地域の力を発揮する報酬体系(11月転載予定)

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