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【書評】知ることは分断に立ち向かう大きな一歩

July 31, 2017

評者 冨田清行 研究員
【書評】ジグムント・バウマン著、伊藤茂訳『自分とは違った人たちとどう向き合うか―難民問題から考える』(青土社、2017)

いま世界中に蔓延する「分断」がもたらす絶望感に、われわれはどのように立ち向かえばいいのか――。本書が投げかける問いは、果てしなく重い。

難民を取り巻く過酷な状況に接し、心を痛め、どうすれば良いのかを考えても簡単に答えは出てこない。そうするうちに、いつしか難民移民問題は治安や安全保障の問題にすり替わり、人々に恐怖や不安を呼び起こす。最近のアメリカ、ヨーロッパでの政治的リーダーシップの変容は、強い言葉と共に「忘れられた人々」に手を差し伸べる姿勢への支持が背景とみなされるが、政治には問題解決の手段を示す力はない、と主張する本書の指摘は容赦ない。

「われわれ」と「見知らぬ人々」の分断は、国際的な問題から国内、地域社会の中のいたるところで見られるが、本書を読むと、実態は更に進んで、個人という単位にまで分断が進んでいることに気づかされる。分断は孤立を生む。自分自身の安心、安全に関わることになれば、当然、危険を回避したくなる。かといって個人で対処できることは限られている。故に誰かに委ねてしまうし、反対に政治はその状況を利用する。あらゆる責任を個人に帰する社会構造の中にあって、果たして人々の不安を解消する術はあるのだろうか。

科学における還元主義は、複雑な自然現象を基本的な要素に分解して解明しようとするものである。これに照らすと、社会においても最小要素である個人に社会全体で生じる原因と結果を引き受けさせようとする、いわば「社会における還元主義」とも言うべき事態が起きている。デカルトは、物事の理解のため、小さく分割して解明したあと、最後に総合化する方法について述べた。人間社会も個々人の関係を再び生成することで、問題の解決に結び付けられるのだろうか。例えば、難民問題は政治、経済、社会、国際関係などの様々な要素が複雑に絡んでおり、個人の恐怖心に還元したままでは根本的な解決策は到底生み出されない。

本書の邦題は、「自分とは違った人たちとどう向き合うか」である。見知らぬ相手との相互理解は容易ではない。政治的な扇動や不安、敵意など、相手を知ることすら阻害する要因から解放されなければならない。では、どうすれば良いか。分断社会の暗闇の中を漂うだけの存在になりつつあるわれわれに対して、本書はなおも人々の力を信じ、明かりを灯す。

社会における諸問題は個人の力では解決できない段階にまで深まっているように見えても、状況を変えるのは結局のところ多くの個人の力の積み重ねである。希望はまだ残されていることを、人類社会が築き上げてきた重厚な蓄積を想起させながら本書は語りかけている。

    • 元東京財団研究員
    • 冨田 清行
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