ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
北朝鮮によるミサイル搭載可能な小型の核弾頭の開発はトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩委員長間の威嚇発言のエスカレートとも相まって両国間の緊張関係をこれまでにないレベルにまで高めていると、米諜報機関が報告している。しかしトランプ大統領も金正恩委員長も、全面戦争に打って出る気配はない。なにかの判断ミスから軍事衝突がないかぎり、戦争になることはなさそうだが、戦争手前の敵対行為が増えるリスクは排除できない。
北朝鮮との戦争はあるのか?
核兵器を保有しようとした国に、アメリカはこれまでどう対処してきたのか。北朝鮮の核兵器プログラムに対する政策を考えるうえで、過去を振り返って検証することは有意義である。過去の事例で特に重要なものは、核兵器貯蔵庫ができたばかりで、規模が小さく攻撃しやすいうちに、戦争でそれを破壊しようと議論を重ねたケースである。アメリカは、ソ連、中国との核問題解決に際してもこの選択肢を検討したが、最終的に取りやめた。アメリカ人の多くにとってソ連、中国は敵対国であり、イデオロギー優先で道理をわきまえない国とみているが、核開発をあきらめさせるのは無理と判断したのだ。一方、英国、フランス、インド、パキスタン、イスラエルといった非敵対国については、アメリカはその兵器計画を比較的寛容に受け入れてきた。
アメリカがイラクと戦争したのは、核兵器保有を阻止するためだった。が、サダム・フセインが核兵器を手に入れることはなかったであろうことをアメリカ国民は後になって知ることとなる。似たような状況にあったイランに対してもアメリカは戦争をも辞さない態度を示したが、結局、核問題について解決を見いだせないまま、問題を先送りした形で多国間協定を受け入れた。ただ北朝鮮は、イランやイラクとは基本的に事情が異なる。北朝鮮は既に核兵器を保有しているからだ。アメリカはこれまで核保有国とは戦争をしたことはないし、現在もそれは考えられない。
北朝鮮についていえば、同国は一方的に核攻撃を仕掛けるような自殺的行為に及ぶとは到底考えられない。国家指導者がそういった無謀な行為に走るのは通常、それが唯一の選択肢だと判断した場合のみである。その点では、レックス・ティラーソン国務長官とジム・マティス国防長官が、「アメリカは北朝鮮の体制崩壊を求めていない」と公に述べたのは、賢明だった。現況下で、戦争という脅しを交渉の場に持ち出さなかったことは、戦略上、理にかなった判断といえる。
北朝鮮が取りうる選択肢
イランは核兵器を保有していないが、イランの事例は、アメリカの優先順位や懸念の実態を解き明かす上で、役に立つ前例となる。イランでアメリカを最も激しく批判する人の多くが、アメリカやイスラエルその他同盟国に核攻撃を仕掛けられるかどうかということよりも(イランの指導者も自殺的行為などしたりはしない)、むしろ仮に核兵器保有に成功すれば、通常攻撃を抑止でき、かなりの自由度を持って中東地域で強硬な外交政策に打って出ることができるのではないかということについて考えを巡らすようになってきていることは明らかだ。もし北朝鮮が米本土を攻撃できる核搭載ミサイルを開発すれば、北朝鮮はイランがなし得なかったレベルの交渉の自由度を得ることになるであろう。
事実、中国とロシアというアメリカのライバル大国だけは、そういった自由度を持って外交に臨んでいる。他の国が核保有国に入ろうとするとき、なぜアメリカが万難を排してもそれを阻もうと躍起になるのか、両国の外交的振る舞いぶりをみると良くわかる。
ここにおいて根本的な問題は、核搭載ミサイルを保有しないように他国を止めることがそうそう容易なことではないということだ。核保有国間の場合は、一方の国が相手国に対し、戦争をする、場合によっては核戦争をも辞さない、という強硬な姿勢を示し、好ましくない行動をやめさせるなり改めさせるなりすることになるが、核戦争は大量虐殺となりえるため、核戦争に至る危機感や緊迫感に欠けるときは、この手の脅しはあまり効果的ではない。
現にアメリカは自国や同盟国に対し、中国やロシアが核兵器で攻撃や侵略をしないよう阻止してきたわけだが、中国が南シナ海で挑発的行為をしたときも、ロシアがクリミア半島を接収し、ウクライナ東部の反乱軍を支援したときも、阻止はできなかった。冷戦時代も、アメリカは同様に自国、同盟国を守ってきたが、ハンガリー(1956年)、チェコスロバキア(1968年)、アフガニスタン(1979年)といった国へソ連が侵入するのを食い止めることはできなかった。新たな敵対国の核保有は容認し難い。なぜなら、それは同じような事態が起きうることを甘受することであり、独断的、攻撃的な北朝鮮について言えば、アメリカの対応に制約が生じ妥協が求められることになるからだ。
北朝鮮問題については、アメリカや同盟国の政治家は、核戦争の可能性を含め戦争が起きかねないことを真摯に受け止め、それを前提に計画を立てなければならない。と同時に、戦争に至らないとしてもそのとき北朝鮮が取りうる選択肢にはこれまで以上に注意を払っておく必要がある。
アメリカはこれまでも、欧州やアジアにおいて幾多の「グレーゾーン」なる課題に取り組んできたが、核搭載ミサイルを保有した北朝鮮からはこれからもっと多くの課題を突き付けられるものと覚悟しておいた方がよい。政治家やアナリストは、北朝鮮の新たな核ミサイル実験(これははっきり言って核攻撃である)に対し自国の政府がどういう姿勢で臨むべきか、さらには、北朝鮮はこれまでも韓国海軍の船を沈没させたり、韓国市民を砲撃したり、半ば公然と暗殺行為に及んだりと挑発的行為をしてきたが、そういった行為を北朝鮮が繰り返したりエスカレートさせたりしたとき自国の政府は何をすべきか、それらを自ら問い質しておく必要がある。
米軍、対ミサイルシステム、できれば核兵器も含め、韓国やその周辺国における軍備を増強することは、北朝鮮の核攻撃や大規模な通常攻撃を抑止するうえで重要である。しかしそうしたところで、北朝鮮の挑発的で危険な振る舞いをやめさせる効果はほとんど無いと言ってもいいだろう。今やらなくてはならないことは、アメリカ、韓国、日本その他諸国がより綿密な戦略を新たに組むことである。まだ始めていないのであればすぐに取り掛かること。北朝鮮の核実験に対してはプレッシャーをかけているが、中国やロシアのバックアップがあればより上手く行くであろう。決して容易なことではない。北朝鮮問題をどう捌くか、これはトランプ政権の最も重要な外交課題のひとつになったと言える。