ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
トランプ、中国そして貿易
現在進行しているドナルド・トランプ米大統領による中国との経済対立は世界経済に深刻な問題を引き起こすという指摘は、(正しいが)目新しいものではない。しかしながら、米中の貿易紛争についての大方の報道は、単純な問題に焦点が当たっているようだ。それは、①誰が誰から何を買うか、②変化する貿易パターンは米経済の個々の分野や社会(特にトランプ支持者)にどう影響するか、③貿易戦争は他の国々にどう影響するか、である。米国の経済・外交政策と国家安全保障戦略という大きな枠組みの中で、対外貿易・投資がどのような役割を果たすのか、というさらに難しい問題に取り組もうとする報道はほとんどない。
冷戦後のほとんどの間、すなわち当時のビル・クリントン大統領が、トランプ氏による絶好の攻撃対象の一つとなっている北米自由貿易協定(NAFTA)などの貿易諸協定を受け入れる新しい民主党を築こうとして以来、米国の政治家は貿易が良いことであり、もっとたくさんの、そしてより自由な貿易はさらに良い、という幅広い超党派のコンセンサスを米社会に示してきた。この見解に同意しない人びとはいるものの、ほとんどは反対しなかった。トランプ氏の当選とそれに続く政策はそれを変えた。しかし、トランプ氏の自由貿易への際立った懐疑的見方は、トランプ大統領の任期が終わっても残るだろうか。これが核心的問題である。
答えはこれまでのところはっきりしない。実際、米国人自身がトランプの当選の意味を解き明かして初めて明らかになるだろう。2020年の選挙戦とその結果は、その分析プロセスの中で絶対に必要な手段になるだろう。2018年の中間選挙はこの問題の理解にはあまり役立たないだろう。その主な理由は、投票が大統領の指導力に対する国民投票であるというのが大方の見方であったとしても、大統領を選ぶものではないからだ。差し当たって、われわれができることは、より一般的な戦略上重要な推進力と米社会に内在する傾向について考えること程度である。
地政学――主たる推進力
最も重要な推進力は、激しさを増す米中の地政学的な対抗意識である。多くの米国人は、これによって中国との貿易を、同盟国、パートナー、友人あるいは単に必要な商取引の相手方であれ何であれ、その他の国々との貿易とは異なる別のカテゴリーに置くことになる。保守派の知識人で作家のダニエル・マッカーシー氏はこれを次のように説明する。同氏が「経済ナショナリスト」と命名する米国人は、繁栄だけでなく、(より公正な貿易を必要とする)中産階級の永続を追求し、米国が(基幹産業を保護することによって)大戦争に勝利するために必要な工業力を確実に維持しようと努力する。
マッカーシー氏は言う。「国内総生産のわずかな減少で国家安全保障と自由で安定した中産階級を確保できるのであれば、経済ナショナリストはその代償を進んで支払うだろう」 [ https://www.nytimes.com/2018/03/08/opinion/trump-tariffs-economics.html ]
この視点からすると、一般の米国人は、ビジネス界や政界のエリートよりもずっとマッカーシー氏の言うところの経済ナショナリストに見える。実際、一方に「両国とも低成長で、米国は中国に対して経済的なリードを続ける」との選択肢を、他方に「両国とも急成長で、中国の経済が米国より大きくなる」という選択を提示すると、トランプ氏が候補者になるずっと以前に行われた2012年の世論調査でも、低成長を選ぶ人がわずかに過半数を上回った。共和党員は3対1の差(62%対17%)で、無党派は2対1以上の差(54%対23%)。民主党員も大きな差(44%対24%)でそれぞれ低成長の方を選んだ(民主党員は31%が「わからない」を選び、この問題で一番矛盾もしていた。それに対し、「わからない」と答えた共和党員と無党派は21-22%だった)。[ https://cpb-us-e1.wpmucdn.com/sites.dartmouth.edu/dist/b/1324/files/2017/07/poll-responses-by-party-ID.pdf ]
ワルシャワ条約機構とソ連の崩壊後、世界貿易機関(WTO)が創設され、自由貿易協定が急増し、そしてその期間に米国が国際制度を自ら支配しようと考えたということをこの文脈の中で思いおこすのは有益だ。中国は2001年にWTOに加盟した。ソ連邦の崩壊の約10年後である。ロシアは2012年になってようやくメンバーになった。冷戦終了から20年以上たってからだ。中国の加盟承諾を米国が遅らせたのは、大きな経済的懸念、人権上の懸念があったからだと当然論じることができる。しかしながら、ロシアのWTO加盟のワシントンの承認プロセスが、それよりずっと遅かったことを評価するのは難しい。ロシアの経済はそれほど米国にとって問題ではなかったし、人権問題も確かに中国と同程度であった。いまにして思えば、超大国のライバルというロシアの過去の地位とそこから生じるさまざまな政治的不安がより重要だったように見える。「米国家防衛戦略」は「米国の国家安全保障上の一番の関心事」として「国家間の戦略的競争」を公式に宣言しており、戦略的考慮が今日の経済政策決定により大きな影響力を持つようになっていることは驚くべきことではない。とくに中国に関する分野ではそうである。[ https://www.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf ]
おそらくそれよりも驚くのは、米国の貿易相手から有利な条件を引き出し、対中国で米国の利益を守るという大統領の要望を推し進めてきたトランプ政権のやり方だ。貿易で中国と対決するのは政治、経済、安全保障という多面的レベルで理にかなっているかもしれない。しかし中国だけでなく、同時に欧州、アジアの同盟国と対決するのは全く筋が通っていない。環太平洋連携協定(TPP)のメンバーに譲歩を求めることから始め、その後に中国との貿易紛争に動くという、もっと理にかなったアプローチがあっただろう。それならば、米国の交渉担当者はより強い立場を取ることができ、おそらく米中貿易における混乱が国内政治に与える影響はいくぶん限定的になっていただろう。米国が中国から譲歩を奪い取るのに成功すれば、(TPPと中国の)ふたつの戦線での勝利という実績が、欧州と交渉するにあたってかなりの信頼性と勢いをもたらしていただろう。これは交渉戦術として脅しや本物の貿易戦争を是認することではない。むしろ、もし大統領がこのやり方で戦う決意をしているなら、もっと効果的に戦えただろうということである。
トランプ後がどうなるかは現時点では不明である。しかし、貿易やその他の分野で米中の意見の相違が急には解決しない限り、中国に対する米国の競争心は続くであろう。それは、米国の通商政策の中で経済よりも地政学が優先されることを意味する。