西田 一平太
未来のエネルギー政策のあり方を統計的に選出された国民が検討する「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」が行われた。政府が正式な政策決定過程の一部として位置付けたとされたことから、結果が政策に反映されるという期待が高まっている。その反面、政府によって結果が都合よく解釈される恐れがあるとした不信も燻りつつある。
しかし、討論型世論調査を含む“国民的議論”は、原発推進派と反原発派の溝を埋める国民対話をそもそもの目的としている。そこでの結果(選択・意見)を政府は真摯に受止める必要があるが、それはあくまでも政策決定の参考にする材料であることを国民側も理解すべきである。
国の重要政策決定の一環として位置づけられたことで、今回の討論型世論調査は結果が民意としてそのまま政策に反映されるという幻想を国民に与えてしまった。政府はそのことによる不信というリスクを負いながら、8月末に策定するとした「革新的エネルギー・環境政策」の検討に向かう。
まずは今回の試みがどのような意図を持った内容であるかを正しく理解する必要がある。
1.今回の「討論型世論調査」の特徴
討論型世論調査(Deliberative Poll、以下DP)とは、米スタンフォード大学のジェイムズ・S・フィシュキン教授らの開発した世論把握のための社会的な実験手法である *1 。1994年以来、DPは世界15以上の国・地域で40回以上実施されてきている。その対象とするテーマは、国際問題から自治体の政策課題まで幅広く *2 、見解が分かれていて早急に結論が出しにくい課題に向いているとされている。要は政治が容易に決断できない難題について、DPを通じて民意の所在を明らかにしようというものだ。
今回、DPは3.11後に国の最重要政策課題のひとつとなったエネルギー政策を取扱う「エネルギー・環境会議」が行う“国民的議論”の一環として、全国11か所での意見聴取会(参加者約1300人・終了)やパブリックコメント(約8万件強・8月12日終了)と合わせて行われた。同会議の基本理念には「国民合意の形成」が盛りこまれており *3 、これら国民的議論の目的は国民同士の対話の推進であることがわかる。そして、その結果は「総合的に国民の意向を把握する」ためのものだとされている *4 。
今回のDPで検討した内容は、同会議が2030年を目途とした「革新的エネルギー・環境政策」案において提示した、「4つの判断基準」(安全性・コスト・安定性・地球温暖化)とエネルギー構成の「3つの選択肢」(原発0%・原発15%・原発20~25%)である *5 。討論前後で課されるアンケートは、判断基準の優先度と提示された選択肢への賛成度合いについて等、10段階で回答する設計となっている。一般には望ましい電力構成を問うための調査として報道されているが、政府としては国民の考える優先順位も有用な情報として期待していることが窺われる。
今回のDPは4つの特徴がある。第一に、政府が初めて主催するDPであること。日本で行われるDPとしては6番目、国の問題を取扱うDPとしては2回目である。第二に、国の重要政策決定の一環として行われる点で“世界初”だということ。これが最も特徴的である。第三に、ほかの「国民的議論」とセットで行われたということ。第四に、政府の決定から非常に短い準備期間で実施されたこと。通常、DPには準備に3カ月以上の時間が必要とされるものの、今回は郵送でのアンケートを電話調査に切換えるなどして2カ月程度で実施した。
DPは大きく、無作為抽出で選出された3000人程度を対象とした一般的な世論調査と、その後の討論フォーラムの2段階で構成される。討論フォーラムは、初回の世論調査の回答者から募った参加者(通常300人程度)を対象に行われる。このようにして集った参加者の構成は通常、地域・年代・性別など母集団の構成と類似するものであり、国を対象とした場合は日本の縮図となることが想定される。なお今回のDPでは、初回の世論調査を6849人に行い、286人が討論フォーラムに参加している *6 。構成は性別のみ開示されているが、何らかの理由で不釣合(男性192人・女性94人)なため、統計的意義が問われる可能性はある。
討論フォーラムにおいては、中立的な観点で纏められた資料が事前に提示され、15人程度の小グループでの討議(意見交換)と立場の異なる専門家に対する質疑応答の行われる全体会議が複数回行われる。参加者には、その前後に最初に回答した調査と同じ内容のアンケートに記入してもらい、他者との意見交換を経たのちの意識・態度の変化を把握する。ただし、意識を変化させること自体は目的ではない。小グループの討論ではモデレータ(司会)は参加者の意見に影響するような情報・解釈の提供や発言への反応・誘導をすることを厳しく禁じられている *7 。
DPのような手法が採用される理由には、通常の世論調査に表層的な情報しか取得できないという限界があるからである。「たかが1票」の態度に代表されるように、一般的に、人は自らの見解が重みをなすと認識できない場合、その見解をまとめること自体を放棄する「合理的無知」の状態となる。現代のように様々な情報が身の回りで溢れ、日々生活のための意思決定をしなければならない場合は尚更であろう。このような場合、単に社会や政治・政策についての選択肢を提示されたとしても、思考のめぐらされた適切な回答が返ってくることは少ない。実のところ自分の意見かどうかの検証もしないまま、メディアが取上げている論点など思いつきでの回答をすることもあるのである。この「合理的無知」の壁を中立的な情報の提供と討議を通じて乗越え、かつ無作為抽出によって参加者の統計的な代表性を確保(意見の偏重を排除)しようとするものがDPである *8 。
なお、意見聴取会やパブリックコメントの問題は、統計的代表性がないことに加え、基本的にあらかた意見が定まっている人たちが持論を述べるというところにある。政府にとっては安上がりではあるが、偏りのある意見が集まる事が多く、討議性が低い。対立的な見解表明に留まっては国民同士の対話とはなりにくい。意見交換を通じた相互学習の場とはならないのである。また、匿名性も低いため、意見表明のハードルが高いことを忘れてはならない。
2.“世界初”の実験が引き起したリスク
DP自体には政府による恣意的な作為は働かないように設計されている。また、第三者検証委員会を設けるなどして、中立性を確保している。しかし、その結果の活用法については担保するものがない。DPという社会実験の結果は、国民の縮図ともいえる統計的代表性を伴う。そこで討議した結果について、政治は無視することはできないだろう。しかしながら政治には、その結果を丸ごと受け入れる責任も無い。民意を参考にしつつ関連する様々な要因を考慮し、政治的な駆引きを経て、国民の代表たる政治家が政策として実現していくのが政治に課せられた役割である。
しかし前述のとおり、今般行われたDPは政府の重要な政策決定の過程に用いられるとされている。当日配布された討論資料には、そのような試みが「世界でも初めて」であり「日本がリードしている領域」であることも誇らしく述べられている *9 。法的拘束力はないまでも、DPを「正式に政府の政策決定過程の一部に位置づけ」ることで、政府は国民に淡い期待を抱かせてしまった。
DPが終了した現在の国民の関心は、当然ながら政府がどのように結果を政策に反映させるのかということにある *10 。しかし、その目安が明らかにされていないため、漠とした期待と不安が高まってきている。確かに、“参考とする程度”と“結果を受入れる”とでは大きく違う。この説明を抜きに国民の関与を高めたとき、「民意」としての後者を尊重させようとする圧力が高まることは想像に難くない *11 。
意見聴取会では既に、意見表明を希望した人の7割が原発0%シナリオを支持すると表明している。仮に意見の偏在化を排除し統計的な代表性を担保したDPにおいても原発0%シナリオへの支持が大多数を占めた場合 *12 、政府はこの〈民意〉を本当に受入れることができるのだろうか。これは誰もが素朴に思う疑問である。
国民の選択が政策に反映されるという期待は、政府に対する不信を更に高めるリスク要因ともなっている。今回、政府はエネルギー政策についての説明責任と透明性を高めることを重視した。また、一連の”国民的議論”活動を政策の一環としたことも、国民が開かれた政府である印象を抱くことを期待してのことかもしれない。
しかし、3.11後、エネルギー政策をめぐる政府への信頼は著しく低い。その中で、今後のエネルギー政策について開かれた議論を地道に行い、信頼回復を目指すこと自体は間違いではない。ただし、8月末の政策スケジュールに併せて駆け込み的にDPを採用し、その議論の結果を政策に反映するとしたことで、淡い期待感に勝って結果が「都合よく使われる」ことに対する懸念が生じている。政府は、「さまざまな総合判断」(枝野幸男経済産業相)の上、「責任ある選択」(エネルギー・環境会議) *13 を行うとしているが、これでは不十分であり、結果が政府のいいように使われる恐れがあるのだとの声があがっている *14 。
提示された3つの選択肢のうち、政府は経済界の顔色も窺って原発15%シナリオを落としどころとしているのではないかという疑念も絶えない *15 。あるいは国民の声は聞くだけ聞きましたというジェスチャーとして、今回の”国民的議論”は捉えられるかもしれないのである。今の民主党政府がいかに真摯に対応しようとも、国民の側には自民党時代の「やらせタウンミーティング」や、これまでの誘導的な原子力政策の負の記憶が残っていることを忘れてはならない。
これらの批判を受けて、政府は急きょ結果検証のための専門家会合を開催することにした *16 。同会合は世論調査の専門家やメディア関係者で構成され、透明性・中立性を確保した検討を行う。今回の“国民的議論”の結果の扱いが公平であることを示すための処置と思われるが、根本的な疑念を解消するものとはなり得ない。むしろ政府内において、この試みに伴う民意の扱いについての配慮がいかに欠けていたかが透けて見える。
繰り返しになるが、DPは世論把握のための大規模な「社会的実験」である。これまで各国で様々なDPが試されてきているものの、“世界初”の新たな実験が引起す結果に対するモデルケースは無いのである。
*1 詳しくは慶應大学DP研究センターのHPを参照。 http://keiodp.sfc.keio.ac.jp/?page_id=22
*2 これまで行われたDPは、EU全体を対象とした「ヨーロッパの未来(2007)」や米国での「イラク開戦(2003)」といった大きな社会的テーマを扱ったものから、米カリフォルニア州の「住宅政策(2008)」や神奈川県藤沢市で新総合政策策定の参照とされた「藤沢のこれから、1日討論(2010)」など個別地域の政策に特化したテーマまで、様々である。
*3 同会議の「基本方針案(平成23年12月21日決定案)」には、国民合意の形成に向けて次の三つの原則が示されている
・「反原発」と「原発推進」の二項対立を乗り越えた国民的議論を展開する
・客観的なデータの検証に基づき戦略を検討する
・国民各層との対話を続けながら革新的エネルギー・環境戦略を構築する
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20111221/siryo2.pdf
*4 第11回会議(平成24年6月29日)配布資料より。 http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120629/shiryo1.pdf
*5 今回のDPの実施スケジュールや使用した資料については、政府のHPを参照。 https://www.kokumingiron.jp/dp/
*6 同上。
*7 筆者は過去に2度モデレータとして参加しているが、事前のトレーニングでは参加者の思考に介入しないことが常に強調されている。DPでは合意形成も目的ではなく、板書もしない。「ファシリテートしないことが最良のファシリテーション」と理解した。
*8 市民による「熟議」のしくみとしては、他にもドイツのプランニングセルやデンマークのコンセンサス会議等、様々な手法が開発され使用されているが、個別の特徴・課題がある。
*9 討論資料(5ページを参照)。 https://www.kokumingiron.jp/dp/1.pdf
*10 例)「討論型世論調査 政策にどう反映させるか」西日本新聞(2012年8月7日) http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/317182
*11 例)「脱原発派、『ガス抜き』警戒 政策決定過程に監視の目」朝日新聞(2012年8月7日)
*12 共同通信によると、DP参加者(全286人)の約3割にあたる88人に対して終了後に聞取り調査を行ったところ、7割に相当する人が原発0%シナリオを支持すると回答したという。「討論型世論調査、原発の安全懸念 『ゼロ案」優位か」共同通信社(2012年8月5日) http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2012/08/post-6401.html
*13 「エネルギー・環境に関する選択肢」(エネルギー・環境会議、平成24年6月29日) http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120629/20120629_1.pdf
*14 例)「討論型世論調査 『原発ゼロへ』 変わる意見 国民議論反映なるか」東京新聞(2012年8月6日) http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2012080602000095.html
*15 例)「政府、『聞くだけ』の恐れ アリバイ化懸念する声も」朝日新聞(2012年8月5日)
なお、経済界も原発0%シナリオに対して強く反発を示しており、「国民の声」に流されないよう求めている。例えば、経済同友会「エネルギー・環境に関する選択肢に対する意見」(2012年8月8日)を参照。 http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2012/pdf/120808a.pdf
*16 例)「エネルギー政策:不信感に対処・・・有識者会議設置へ」毎日新聞(2012年8月13日) http://mainichi.jp/select/news/20120814k0000m020082000c.html