新政権発足後1カ月足らずでトランプ大統領は米英首脳会談や安倍晋三首相との日米首脳会談を成功裡にこなした。その一方では、イスラム圏諸国の入国停止問題で連邦地裁と高裁から連邦政府の申し立て却下というダブルパンチを食らっただけでなく、外交・安保政策の司令塔を担うマイケル・フリン国家安全保障担当補佐官が辞任に追い込まれ、波乱に富むスタートとなった。新政権を見守る国際社会は不安と懸念に包まれているが、その背景には内向きな「米国第一主義」と「力による平和」という二つの相反する政権の顔が指摘できる。
二つの「顔」
トランプ大統領は1月20日の就任演説で「今日から米国第一だけとなる。貿易、税、移民、外交に関するあらゆる決定は米国労働者と家庭に恩恵をもたらすために下される」 [1] と語り、外交も含めた全ての判断基準を「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」に置くと宣言した。一方、同じ日にホワイトハウスのHPで公表した基本政策6項目では「アメリカ第一の外交政策」と題して「トランプ政権は米国の国益と国家安全保障に焦点を絞り、『力による平和(peace through strength)』を外交の基軸とする。この原則は世界の平和と安定をもたらし、紛争を減らして共通地盤を増やすものとなる」 [2] と説明している。
トランプ氏の第一原則の「米国第一主義」は選挙戦中から一貫した公約だ。共和党の外交・安保思想においては1940年代初めの第二次大戦参戦前夜を連想させる「孤立主義」の系譜に連なる考え方に近いことはいうまでもない。国際秩序を乱す国に対する「レジームチェンジ」や「国家建設(nation-building)支援」などの積極的な対外関与を拒絶し、同盟や多国間国際システム、国際協調などに冷淡で、通商・経済では二国間交渉を通じて米国の利益のみを追求する――といった内向きな性向は、演説や発言からも明白だ。
一方、第二の原則の「力による平和」は、トランプ氏が2016年9月の演説 [3] で発表したもので、名前はかつてレーガン大統領が掲げたことで知られるものと同じだが、トランプ流の「力による平和」路線は、あくまで「米国第一主義」に従属する原則である。「自由、民主主義、人権、法の支配、自由競争」といった価値の追求が含まれていない点でレーガン路線とは異なる。陸海空軍、海兵隊の増強などを通じて「強いアメリカ」の再生をめざすものの、原点は「アメリカの利益」の追求にあり、国際秩序を維持・構築する責務や価値の追求を掲げる「アメリカ例外主義」の伝統とは無縁ともいえる。この点こそ、共和党から大統領選に出馬したジェブ・ブッシュやマルコ・ルビオなど保守本流の候補たちとの最大の相違点であったし、政権発足後も引き続いて党主流派が危惧しているところでもある。
「司令塔」辞任の衝撃
この点で欧州同盟国を中心に懸念されているのは、国際秩序を蚕食しつつあるロシアのプーチン政権に対して抑止や牽制というよりも融和と緊張緩和を志向していることだ [4] 。トランプ氏は「イスラム国」の打倒を外交・安保の最優先課題に掲げ、対テロでロシアの協力を得る見返りとしてウクライナ問題をめぐる米欧の対露経済制裁の解除や緩和を再三示唆してきた。だが、欧州にとって対露制裁は「力による国境変更を許すな」という原則にかかわる重要問題である。トランプ氏が米国の利益しか考えずに安直なディール外交に走れば、北大西洋条約機構(NATO)の結束にかかわる事態を招く危険性が高い。
中でもフリン大統領補佐官は、選挙中からトランプ氏の外交・安保の指南役を務めるなど最も信頼される「司令塔」だった。ただでさえ就任1カ月足らずで外交・安保の司令塔が失われた衝撃は大きいが、フリン氏の過度な「対露傾斜」は以前から指摘されており、議会の野党・民主党だけでなく、共和党内でも根強い不信感があった。辞任に追い込まれる直接原因となった対露傾斜の言動について、誰もかばおうとしなかったのはなおさら深刻な事態といえよう。
政権への投影
以下に、新政権を構成する人脈とグループの政策的傾向を概念的に整理してみた。
図の右半分に位置する軍人系、党主流派・現実主義系、新保守主義(ネオコン)系の各グループは議会人脈ともつながり、「力による平和」に親和性が高い。同盟重視、保守の国際関与路線、中国・ロシアに対する警戒論などの面で歴代政権や党主流派の外交・安保路線に近い(フリン氏は例外的に対露傾斜が指摘されていた)。ネオコン系は大統領やバノン首席戦略官にうとまれているものの、娘婿のクシュナー上級顧問(ユダヤ系)が関係を取り持っているという。
これに対し、左側の右派系、財界系は「米国第一主義」の色彩が濃い。中でも右派系のスティーブ・バノン上級顧問兼首席戦略官と大統領スピーチライターを務めるスティーブン・ミラー政策担当上級補佐官の二人は、イスラム圏の入国停止を定めた大統領令の制定や大統領就任演説の起草に深く関与し、トランプ氏に最も大きな影響を与えているという。米メディアでは「反グローバリズム」「白人至上主義者」などとされ、党主流派や議会共和党との対立が指摘されている。但し、ティラーソン国務長官は財界系だが、北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟などの同盟重視路線や対中、対露牽制などの面で党主流派に近い姿勢を示しており、必ずしもこの分類が全員にあてはまるわけではない。
アジア太平洋の「力による平和」
アジアに関しては、新設される「国家通商会議」(National Trade Council)」担当補佐官に任命されたピーター・ナバロ(カリフォルニア大学アーバイン校教授)が「アジア太平洋に向けたトランプ政権の『力による平和』ビジョン」 [5] と題する論文で、①米国の経済力を不利益な通商合意や取り決めから解き放つ②米海軍力を増強し、日韓などの同盟国に一層の負担と貢献を求める――という構想を明らかにしている。
異色の対中強硬論で知られるナバロ氏は、オバマ政権の「ピボット(アジア太平洋回帰)戦略」の方向性は正しかったものの、米軍プレゼンス強化など現実の行動が伴わなかったために、逆に中国を大胆な挑発的行動に走らせたと主張する。中国の海洋進出に力で対抗するために同盟を重視し、米海軍力を増強する半面、同盟国にも防衛力強化や同盟維持コストの面で大幅な貢献を求めるというのがナバロ氏の持論のようだ。日米首脳会談は成功裡に終わったが、ナバロ論文を参考にすれば、この先も新政権が同盟の負担増を日本に求めてくる可能性は十分にある。課題は引き続き残っているといえるだろう。
「アメリカ・ファースト」の第一の顔が前面に現われた結果が大統領令を取り巻く混乱で、「力による平和」の第二の顔が日米首脳会談の成功を導いたとすると、この先も国際社会はいずれの顔が前面に出るかによって一喜一憂させられそうだ。8年ぶりの共和党政権が誕生し、上下両院も共和党が制したというのに、党の現状は新政権を一枚岩で支援する態勢とは言い難い。新政権が同盟・パートナー諸国から期待と安心感をもって迎えられるには、トランプ氏自身の学習能力に加え、二つの「顔」をいかにコントロールするかの理性と判断力が問われている。
【注】
[1] トランプ大統領就任演説 。Inaugural Address by Donald J. Trump, Jan. 20, 2017.
[2] America First Foreign Policy .
[3] Donald Trump Military Readiness Remarks at the Union League of Philadelphia , PA, September 07, 2016.
[4] 両者の違いについては高畑「トランプ新政権の外交・安保路線 ――『「力による平和』で際立つ対露協調路線」( 東京財団プロジェクト 現代アメリカ2016/12/22を参照。
[5] “ Donald Trump’s Peace Through Strength Vision for the Asia-Pacific--How the Republican nominee will rewrite America’s relationship with Asia ,” By Alexander Gray, Peter Navarro, Foreign Policy , November 7, 2016.