トランプ次期大統領はジェームズ・マティス元中央軍司令官=海兵隊大将=(66)を国防長官に、また石油大手エクソンモービル最高経営責任者(CEO)のレックス・ティラーソン氏(64)を国務長官に指名し、新政権の外交・安全保障チームの骨格が固まった。中東などで作戦経験が豊富な元軍人や将官を多く起用し、保守・タカ派の色彩を帯びる一方で、対ロシア協調派が目立つという独特の布陣は、ややチグハグな印象も否めない。トランプ氏は「イスラム国」問題を含むテロ対策を最優先課題としているが、その成否が注目されるところだ。
トランプ氏は選挙戦中の9月7日、フィラデルフィアで1980年代のレーガン大統領のスローガンにならった「力による平和」と題する外交演説 注 [1] を行ったほか、折りに触れて「尊敬するのはレーガン大統領で、彼を手本にしたい」と語っている。外交・安保チームの顔ぶれは、あたかも「元祖・力による平和」をうたったレーガン流の外交・安保路線を見本としているようだ。だが、トランプ演説には「緊張緩和」という項目があり、「元祖レーガン流」とは微妙な違いも見え隠れする。予想される外交・安保路線をレーガン流との比較を通じて探ってみる。
対テロ戦のベテランを配置
国防長官に指名されたマティス氏に加え、▽国家安全保障担当大統領補佐官には民主党系タカ派のマイケル・フリン元国防情報局(DIA)局長=元陸軍中将=(57)、▽フリン氏を補佐する国家安全保障担当副補佐官にはFOXテレビの女性評論家で、レーガン政権の国防副次官補を務めたキャスリーン・マクファーランド氏(65)、▽中央情報局(CIA)長官にマイク・ポンペオ下院議員(52)――など、軍事・国防経験が豊富な元将官、政策知識人、タカ派議員らを起用しつつある。
「力による平和」演説で、トランプ氏は「大統領就任後、直ちに米軍に対して30日以内に『イスラム国』の打倒・壊滅のための作戦計画を作成するよう命じる」と公約した。対テロはトランプ外交の最優先目標の一つだ。「イスラム国」だけでなく、スンニ派国際テロ組織「アルカーイダ」やシーア派過激組織も含むイスラムテロの打倒を掲げ、そのためにオバマ政権のようにロシアと対立を重ねるのではなく、積極的に米露協力をめざす姿勢を明からさまにしている。
フリン氏とマティス氏は、いずれもイラク戦争、アフガン戦争など中東の従軍歴が長いベテラン軍人だ。マティス氏は1991年の湾岸戦争に従軍し、2001年のアフガニスタン戦争で海兵遠征旅団指揮官を務めたのをはじめ、2004年のイラク・ファルージャ制圧作戦でも活躍した。また、フリン氏はイラク、アフガン両戦争で情報作戦や特殊作戦に従事した経験から他国との共同作戦の効用を力説し、とりわけ米露協力の必要性をトランプ氏に訴えているようだ。
マティス氏もフリン氏もオバマ政権下で要職に就きながら、オバマ氏の中東戦略や対イラン、対「イスラム国」政策への不満を募らせて退役した。「アンチ・オバマ」である点や、対イラン強硬論などの共通点をトランプ氏に買われたといっていい。
また、最も注目された国務長官人事でも、ティラーソン氏は資源・エネルギー分野でロシアと強い利害関係を持つエクソンモービルの経営者だったことから、フリン氏にまさるとも劣らない対露協調志向がうかがえる。
キッシンジャー流の現実主義も加味
一方、トランプ氏はブッシュJr前政権以来の「レジームチェンジ」や「国家再建(nation-building)」戦略を放棄すると断言している。「中東における米国の行動は現実主義を加味したものとなり、急激な改革・改変は求めない。漸進的改革を我々の指針とする」(「力による平和」演説)と明言している。ここで注目されるのは、トランプ氏とヘンリー・キッシンジャー元国務長官の関係だ。トランプ氏は選挙戦中から共和党保守内の現実主義派の大立者で知られるキッシンジャー氏をしばしば訪ねて、外交・安保政策に関する助言を求めている。
もともとレジームチェンジや国家再建戦略は、主にブッシュJr政権下の新保守主義者(ネオコン)らが主導した考え方で、キッシンジャー氏らの現実主義派とは相容れない。フリン氏の副官に指名されたマクファーランド氏はかつてキッシンジャー氏の側近だったことがあり、彼女はキッシンジャー氏に代わってトランプ安保チームのお目付け役と位置づけることができる。この人脈からすると、トランプ氏が「イスラム国」打倒を重要課題としつつ、「急激な改革路線はとらない」としているのはキッシンジャー流現実主義の影響とみられる。
キーワードは対露「緊張緩和」
「力による平和」演説で、トランプ氏は①陸軍を54万人態勢に増強②海兵隊を36大隊に拡充③空軍は戦闘機1200機態勢(現有1113機)に増強③海軍艦艇を現276隻から最大350隻態勢に増強し、中国の海洋進出に対抗④欧州、アジア、中東の在外米軍や同盟国の安全を守るために最新ミサイル防衛システムを搭載したイージス艦を増強⑥レーガン政権以来の大型軍拡を通じて雇用創出と先端技術開発を進める 注 [2] --としている。
レーガンの「力による平和」路線は、米国が比類なき軍事力を堅持した上で、自由や民主主義などの「アメリカの価値」を軸に国際関与を進め、冷戦の主敵であるソ連に厳しく立ち向かう路線だった。「価値」に基づく国際関与、同盟国重視、対ソ強硬姿勢が特徴といえる。これに対し、トランプ氏の「力による平和」には米国の「価値」についての言及はほとんどみられない。代わって目を引くのは、レーガン流にはなかった「緊張緩和」(easing of tensions in the world)という項目が挿入されていることだ。
キッシンジャー外交のキーワードとなった「デタント(緊張緩和)」(détente)は、冷戦下の米国とソ連(現ロシア)が緊張緩和を通じて共存を図り、東西バランスを安定的に維持していくのが基本思想だった。プーチン氏を「偉大な指導者」と評価するトランプ氏も、基本は米露の緊張緩和・共存をめざしているのかもしれない。
しかし、ウクライナ・クリミア問題に根ざした米欧日の対露制裁を米国が解除しようとすれば、英国や東欧など北大西洋条約機構(NATO)の欧州側同盟国から一斉に反発されるのは確実だ。そうなれば、NATO同盟の結束が危機にさらされ、ロシアは制裁解除に加えて、「米欧分断」という二重の利を得ることになる。また、トランプ政権が敵対視するイランは、シリア問題でロシアと協同戦線を組んでいる。ロシアと協調しつつ、イランを切り離すといった曲芸のような外交は簡単には進まないのではないか。
中国に関しては、南シナ海の海洋進出や人民元問題等で強硬な姿勢をちらつかせるトランプ氏だが、ティラーソン次期国務長官はトランプ氏と同様にビジネス界出身で、外交経験は皆無と言ってよい。アジア太平洋をめぐる戦略や地政学的な知見も不透明な中で、ビジネス優先型の「ディール(取引)外交」に陥る危険が懸念される。
政策知識人の動向
「世界の警察官」を放棄したとはいえ、多面多層に及ぶ米外交・安全保障のかじ取りには、膨大な専門家や政策通が欠かせない。2012年選挙でミット・ロムニー候補を支えた保守本流、現実派、ネオコン等を含む主流派の政策知識人集団 注 [3] の多くはトランプ氏に非協力宣言を突きつけており、今後は外交安保チームの実務レベルでどれだけ優秀な人材を揃えることができるかが重要な焦点となりそうだ。
【注】
[1] Donald J. Trump Military Readiness Remarks at the Union League of Philadelphia , PA, September 07, 2016.
[2] 拙稿を参照、東京財団アメリカ大統領選挙UPDATE 5: 「力による平和」はリップサービス?
[3] 例えば John Hay Initiative (JHI) が挙げられる。または拙稿、アメリカ大統領選挙UPDATE 1: 表舞台にデビューしたネオコン系政策集団――中間・穏健派の糾合なるか