ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
トランプの大統領選の歴史的な勝利後、世界の多くの人々は、アメリカが益々理解しにくくなっていることを実感しているだろう。その原因の一部は、トランプ氏のガバナンスの手法によるものだが、より大きな要因はアメリカのメディアによる選挙戦やトランプ新政権に関する報道ぶりにある。今後の数ヵ月から数年、世界の人々はアメリカの動きの評価や予測を行うには、より一層の努力が必要となるだろう。
トランプ大統領は、あきらかにその予測不可能性を、ライバル国や敵対国、国内の反トランプ勢力やメディアを揺さぶる手段として利用している。大統領選挙中および当選後に、彼は過去のアメリカの外交政策の予測可能性を批判して、計画を事前に公表することで、しばしば成功を損なってきたと主張している。直近では2月16日の記者会見で「北朝鮮に対し何をするかをあなた方に教える必要はない。イランに対し何をするかも教える必要はない。なぜか?それは北朝鮮やイランが知るべきではないからだ」と語っている。[ https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/02/16/remarks-president-trump-press-conference ]
アメリカの同盟国は時折困惑するかもしれないが、この手法は一理ある賢明なやり方でもあり、米国の抑止力の強化に寄与することになるかもしれない。アメリカの敵対者に対して、トランプ政権がどのように対応するのかについて色々と考えさせることになるからだ。
同時に、トランプ氏は、従来の政府の内外政策の多くを転換する意向を明確にしている。現時点で最も劇的な変化が見えるのは、移民政策と対ロシア政策だ。トランプ大統領は、不法移民流入と闘う強い決意を表明し、彼の言葉でいえば「きわめて厳格な審査」(extreme vetting)による入国管理におけるセキュリティーの強化を約束した。 https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/02/16/remarks-president-trump-press-conference ])大統領はロシアに対しては、対テロ戦争の潜在的なパートナーだと示唆した。多くの人々が、トランプ大統領が従来の常識を覆す姿勢を示唆したが、具体的にどうするについて詳細に示さなかったことで、しかも明らかに意図的に一部の具体策を見せないようにしているために、不確実性が高まることになった。
検証されない想定
さらに重要なことは、アメリカのメディアが、トランプ氏、彼の選挙戦および政権の最初の数週間についての正確な報道に失敗したことである。多少の差はあったものの、ほとんどのメディアやジャーナリストはトランプの支持レベルについての判断を誤った。実に、投票日の前日に、ニューヨークタイムズ紙が州や全国レベルの世論調査に基づく統計モデルを用いてヒラリー・クリントン氏が85%の確率で勝利するだろうと予測した。[ https://www.nytimes.com/interactive/2016/upshot/presidential-polls-forecast.html?_r=0 ]
これらの間違った推定の主な要因として、世論調査の無批判な受け入れ、東海岸と西海岸の主流メディアのトランプ陣営とトランプ個人への(反感とまではいかなくとも)懐疑、および候補者としてのクリントン前国務長官の弱点についての表層的な分析、があげられる。トランプ氏の勝利がサプライズだった理由は、彼が勝つ可能性を疑わせるように(誤って)仕向けたアメリカメディアの不適切な報道によるものだ。この誤った報道は、トランプ支持者の中であまり熱心ではなかった層に対して、投票が無駄になるのではないかと感じさせて、投票を妨げた可能性もある。
どれほどのメディア、記者が故意に歪んだ報道をしたかを考えると興味深い。大統領選挙中に、あるニューヨークタイムズの(報道の在り方を批評する)メディア・コラムニストは、トランプ氏はその独特の姿勢で米国に対する脅威となっており、当選を阻止されるべきであり、トランプ氏の報道に関しては「普通の」報道基準を当てはめる必要がない、と公言した。
このような見方は主流メディアのジャーナリストたちの間で広く共有されていたようで、「メディアがトランプ氏の当選を阻止できる」という根本的な想定に基づいていたようだ。ニューヨークタイムズなどの主要なメディアは、トランプへの反対をあからさまに表明していたが、彼が万が一勝利した場合のことについてほとんど考えていなかった。勝利を収めたトランプ大統領にとってジャーナリストや編集者は、中立的な観察者や政治解説者ではなく、故意にジャーナリスティックな基準をないがしろにし、敵対する政治勢力と見えるのは、当然のことだろう。
アメリカ国内への影響はともあれ、多くのメディアによるトランプ氏の報道のあり方は、外国の政府と専門家や、米国とその政治・政策を理解しようとする人々に大きな問題を引き起こしている。なぜならば、ニューヨークタイムズ、ワシントンポストおよび他のこれまで信頼されてきたメディアが提供する、トランプ政権、その政策への国内の賛否、さらには政権の実際の政策について、それを公平で正確な情報源として見ることはもはや不可能となったからだ。
分析的視点でみると、個々のメディアは特定の政治的方向性を益々指向するようになってきている。これはおそらくトランプ政権萌芽期の対ロシア政策を見極めようとしている人々を最も困惑させてきた。その理由は、この政策が冷戦後の他の外交課題に比べて著しく政治化されてきたからだが、その他にも、トランプ政権がロシア政府関係者との初期の会議や電話会談以上にまだ何にもしていないことにもよる。
その結果、主流メディアを頼りにアメリカを理解しようとする人々は、その報道や公表を一度フィルターに掛けて、提示された事実と割愛された事実を慎重に検討し、他の、よりトランプ政権側に立つ情報源と比較することでのみ理解できるだろう。これは不可能なことではないが、高い意識や厳格さが必要な作業だ。このような努力を怠れば、米国の外交政策を予測する上で大きな間違いを犯すリスクが生じるだろう。