3月24日、一橋大学の川口大司教授から、「最低賃金は有効な貧困対策か?」について報告を受け、その後メンバーで議論を行った。
川口氏の報告の概要は以下のとおり。
研究の背景
格差の拡大や国内における貧困問題が注目を集め,その是正策として最低賃金に期待が寄せられている。しかし,Stigler(1946)が指摘しているように,そもそも最低賃金は貧困対策として適切でない可能性がある。これは,最低賃金労働者の多くは中所得者以上の世帯員であることに加え,最低賃金の引き上げが雇用の減少をもたらすことも考えられるためである。以下では,3点の実証分析を通して,最低賃金が貧困対策として望ましい政策か否かを検討していく。
1. 最低賃金労働者の構成
どのような労働者が,最低賃金で働く労働者なのかについて,産業構造基本調査から計算した最低賃金労働者割合(Fraction of Minimum Wage Workers:FMW)とKaiz Indexの二つの指標を通して分析した。前者は「最低賃金労働者÷就業労働者数」で定義される最低賃金で働く労働者の就業者全体に対する割合であり,後者は「最低賃金÷平均賃金」で定義される最低賃金と平均賃金との比率である。
学歴・性別・年齢でみると,中・高卒,女性,若年・高齢者層で最低賃金労働者の割合が高い。また,産業別では卸売・小売業,飲食店・宿泊業で高い割合を示している。さらに時系列でみると,1982年から2002年にかけて,ほとんどの層で最低賃金労働者の割合は増えている。
一方で,最低賃金労働者の家族構成をみると,最低賃金労働者のうち,貧困世帯(年収200万円以下)の世帯主の割合はそれほど高くないこと(約10-14%),最低賃金労働者の半数近くが中・上位所得世帯(500万以上)の世帯員であることがわかる。すなわち,最低賃金は貧困層のターゲッティングとしては適切でない可能性がある。
2. 最低賃金の雇用への影響
最低賃金の上昇が,雇用に与える影響はどうだろうか。理論的には,競争経済のもとでは,最低賃金が均衡賃金水準以上であれば,雇用の減少が起きる。一方,買い手独占の状況においては,最低賃金の上昇が逆に雇用の増加をもたらす可能性もある。
日本における実証研究をみると,時系列分析を行った川口(2009)や『産業構造基本調査』を用いた橘木・浦川(2006)などが最低賃金は雇用に影響を与えていないとする一方,国税調査を用いた勇上(2005)や,パネルデータを用いたKambayashi et al.(2009)やKawaguchi and Yamada(2008)は,最低賃金の増加が雇用を減少させる方向に働くことを示している。今回,性別・年齢別に最低賃金が雇用に与える影響をパネル分析した結果,最低賃金の上昇は,1.男性若年労働者の雇用に負の影響を与える,2.女性既婚中年女性の雇用を減少させる,3.男性・女性高齢労働者の雇用には影響を与えない,という結果を得た。
3. 最低賃金と,若年層の就業・就労
最低賃金が若年層に与える影響を分析する際には,雇用の増減だけでなく,若年層の就労・就学選択について分析する必要がある。というのも,最低賃金の上昇は,?就学せずに就労することによって得られたはずの賃金収入(就学することの機会費用)を増加させる一方,?最低賃金が非熟練労働者(低学歴労働者)に対する需要を減少させ,熟練労働者への需要を増加させる効果があれば,教育の収益率を上昇させる,の二つの効果を通して若年層の選択に影響を与えるからである。
ここでは,就学しながらパート労働をしている若年層の存在も考慮し,最低賃金が,高校生にあたる年齢層の,就学・就労の状態に関する4つの選択肢にどのような影響を与えるかを検証した(ここでは16-17歳を分析対象とした)。その結果,FMWでみた場合,最低賃金の上昇は「就学せず就労する」割合を減らし,「就学しながら就労する」割合を増やす(ただし統計的有意性はやや低い)ことが示唆された。このことによる,若年層の技術の蓄積や労働市場に与える影響については,今後の課題である。
報告中にも、参加者からは多くの質問が出され、活発な議論が展開された。
文責:中本淳 プロジェクトメンバー