2010年度 第7回国連研究プロジェクト研究会議事概要
「平和構築 ―国際社会の課題と日本の対応」
作成:華井和代(東京大学公共政策大学院)
1.出席者
北岡伸一(東京財団上席研究員)、鶴岡公二(外務省国際法局長)、飯田慎一(外務省経済局政策課企画官)、池田伸壹(朝日新聞社経営企画室主査)、紀谷昌彦(外務省国連企画調整課長)、小林賢一(外務省国連政策課長)、酒井英次(海洋政策研究財団海技研究グループ国際チーム長)、ジョン・A・ドーラン(海洋政策研究財団研究員)、中谷和弘(東京大学法学部教授)、蓮生郁代(大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授)、福島安紀子(国際交流基金特別研究員)、赤川貴大(東京財団研究員)、渡辺恒雄(東京財団研究員)、華井和代(東京大学公共政策大学院)
2.報告者・議題
別所浩郎(外務省総合外交政策局長)
「平和構築 ―国際社会の課題と日本の対応」
3.報告
(1)「平和構築」というテーマの選択
2010年4月、日本が安保理議長国として開催した「紛争後の平和構築」に関する公開討論に岡田外務大臣が出席し、我が国の外務大臣として初となる安保理議長を務めた。安保理メンバー国に加えて29の国・機関が発言を行い、盛況な会合となった。
平和構築に関する自分自身の経験としては、2001年に当時の森総理のアフリカ訪問に同行した際に、緒方貞子前国連難民高等弁務官から説明を受けた。紛争が発生するとUNHCRが緊急援助を行うが、紛争が終結して緊急性がなくなると撤退する。しかし、その後の開発援助がなかなか始まらない。議会、財政当局、メディアなどから成果が求められるため、開発援助機関は行政が機能していて成果が上がりやすいところに行きたがる。そのため、紛争後の危険な地域には開発援助が届かないうちに、人の心が荒れて紛争状態に戻ってしまう。紛争後の開発援助がいかに大切であるかを説く緒方氏のメッセージが印象的であった。
国連での公開討論に先立って外務省内では、開発援助は何をすべきかを議論した。岡田大臣は、平和構築はODAの重要な柱であるが、同時に、日本外交の柱としても立てようと提案された。そのため、平和構築を公開討論のテーマとして選んだ。
「平和構築・開発・貧困」は、2009年9月に鳩山総理が国連一般討論演説を行った際、日本が具体的に挑むべき5つの挑戦の一つとして掲げた内容である。民主党政権にとっても、鳩山内閣にとっても重要なテーマの一つ。インド洋における補給支援活動は終了したが、国際貢献は引き続き行っていくという積極的な姿勢の表明にもなる。
(2)国際社会は何をすべきか
3つの要点がある。第一に、「継ぎ目のない取組」。紛争状態での緊急人道支援から政治プロセスの促進、治安の確保、復興・開発に至る継ぎ目のない取組をいかに続けていくか。第二に、「戦略」。個々の取り組みを連携させる包括的な視点が必要。第三に、「人材・知見」。
(1)和平/政治プロセスの促進
自国民から正統性を認められた統治が安定の基礎である。同時に、「和解と共存の促進」と「正義の追求」とのバランスも重要である。国際法廷を設立して戦争犯罪を裁くことは必要だが、厳しい処罰によって国内社会が不安定化することもある。安保理での発言でも、ボスニア・ヘルツェゴビナの場合は犯罪者の処罰を前面に出したが、アフガニスタンや東ティモールの場合は、タイミングや和解とのバランスが指摘された。
欧米諸国は選挙を求めるが、勝者総取りになれば政治の不安定化につながる場合もあり、国内での合意形成には配慮が必要。アフガニスタンの場合、ロンドン国際会議での合意よりもプロセスが遅れているが、ジルガという伝統的な合意形成は尊重する必要がある。
(2)平和維持・治安確保への取組
DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)が必要なことにはどの国も同意するが、実現は簡単ではない。治安と開発の円滑な連携のために軍民協力が必要。イギリスが進んでいる。国防次官、外務次官、国際開発省(DIFID)次官が共にスーダン視察を行い、現地でイギリスの軍人が開発の問題も説明するといった例もある。
日本の場合は難しい。国際平和協力活動は自衛隊の本来任務にはなったが、順調にはいかない。ハイチPKOは円滑に進んだので、これを機に議論と改善が必要。
イラクのサマワにおける日本の協力は治安と開発と協力しつつやったという意味で地方支援チーム(PRT)への参加に通ずるものがあった。アフガニスタンでは、十数か所でPRTと協力をしている。リトアニア、ハンガリーなどのODA実施能力の比較的低い国と協力して、これらの国々の治安部隊と連携しつつ、そのもとで日本が草の根無償支援をする。現在、リトアニアのPRTに日本の文民を4人派遣している。しかし、軍が駐留しているとかえって危険が高まると思っている援助関係者も多く、軍から距離を置く民間の開発援助関係者も多い。
(3)国づくり・開発援助(貧困削減)
人間の安全保障の視点も重要。緊急援助と開発援助のバランスをとり、平和になったことを住民が「平和の配当」を実感し、希望を感じてもらうことが重要。岡田大臣の安保理演説冒頭でも語られた点。現地の雇用を創出して収入を向上させ、「国づくり」を支える「人づくり」に尽力する。統治システムの構築も支援する。
(4)戦略
PKOの展開は安保理が決定する。緊急事態での政治的な判断で展開されるため、長期的な平和構築戦略までを策定して決定することは難しい。安保理と平和構築委員会(PBC)の効果的な連携が必要。PBCはまだ組織を育てていかなければならない段階。PBCの対象国になると国連からさまざまな制約を課されるので、PKOの任務が終了した後は独自の政策を進めたいと望む国もある。出口戦略の明確化が必要である。
(3)日本が取り組むべきことは何か
日本は、アフガニスタン、カンボジア、イラク、東ティモールなどで取組を行ってきた。ODAや和解のプロセスのみならず、カンボジアやアチェのように和平仲介のプロセスに入っていくことも必要。平和維持・治安確保についても、可能性を検討する。
国連PKOの基準と日本のPKO参加5原則(停戦合意、受け入れ合意、中立性、撤退、武器使用)の基準には違いがある。どのような貢献ならば日本の憲法に違反しないかを議論することが必要。
軍事的組織等への資金・物的協力について、ODA大綱では、軍事的用途に貢献してはいけないとあるが、軍民共用の空港やPKO訓練センターはどうか。後者についてはODAでない資金で協力しはじめている。治安維持能力の向上のためにUNDPを通じて警察の給料を支援することはアフガニスタンで既に行っている。他国がつくった戦略に乗るだけではなく、日本が積極的に戦略に関与していくことが必要。しかし、日本の人材、具体的協力は不足している。
国連ミッションへの要員派遣状況では、日本の軍事要員派遣は231名で世界51位(2010年3月末現在)。これでも、MINUSTAH(ハイチ)への派遣で増えた後。ただし、派遣数の多いバングラデシュ、パキスタンなどは歩兵が多く、停戦した両当事者の間で監視する部隊である。近年は、文民支援などに活動の幅が広がり、PKO部隊の機動性が求められている。日本は後方支援が基本だが、需要は高まっている。
日本の警察要員派遣はゼロ。日本の警察は優秀であるが、外国で活動することを念頭においた訓練はしていない。需要はある。文民要員派遣も少ない。2009年12月時点では30名であったが、国連機関で働く日本人職員が派遣されているということである。欧米のなかには文民要員のプール制度を設けている国もある。この制度は注目に値する。
今回の公開討論で、日本は国際的な議論を主導できる国だと示すことができた。今後日本自身の問題として人材育成やPKO参加5原則による制約をどう考えるかが大きな課題。日本として世界の平和と安定にどのような貢献ができるかを議論することが必要。
4.出席者による自由討論
Q:公開討論としてのインパクトをどう評価するか。
・安保理の議長国は月ごとの輪番制なので、15カ月に一度は議長国となり、その月に一回はテーマ別会合を開催することができる。参加国を安保理メンバー国のみとするか、メンバー国以外の国も参加できる公開にするかは、議長国が選択する。今回のように40数カ国が積極的に発言する活発な議論となれば、総会に対して大きなインパクトがあり、今後の平和構築議論に向けた土台の提案をしたと評価できる。
Q:平和構築委員会(PBC)、平和構築基金(PBF)の改善について。
・PBCが設立されたときには、各国の思惑によって当初の期待を満たすものにはなっていないが、今回のPBC強化促進には実現の見込みがあるか。
・PBCの構想の根幹は、シームレスな取組にあるが、PBCという組織をつくれば自然に実現するわけではない。よい仕組みをつくっても、それを誰が担当するかによって、組織の役割が果たせるか否かが左右される。
・いちばんの問題は、国連内でのタテ割りの対立である。安保理と総会との権限の奪い合いが、ミッションが機能しない原因になっている。PBC、PBFの5年間の経験を踏まえてどう改善していくか、今年の秋に向けて考えていく。
・PBCの対象国はまだ4カ国。成功事例が必要。東ティモールは期待している。
Q:日本がどのようにPBC、PBFを活用していくか。
・設立に際して、日本が10年間は常任理事国となる仕組みをつくった。日本が常任である数少ないフォーラムなので活用すべき。
・設立の際に200万ドル、現在までに総額約3億4500万ドルを拠出してきたが、貢献は減少傾向にある。
・PBC、PBF、平和構築支援事務所(PBSO)を活用できる人材が不足している。
Q:紛争後の不処罰と正義のバランスについて。
・恩赦による戦争犯罪者の不処罰がかつてはあったが、2000年代には不処罰原則を排除するフォーミュラをつくりあげた。
・犯罪者を罰する必要性には国際社会に共通の理解がある。ただし、公平性やタイミングも重要。難しいのは、当事者たちが過去のことは水に流したいと考えている場合。但し、単に殺し合ったということと、人道に対する罪は別。具体例は複雑。今のスリランカについて、紛争時に何らかの問題があったとしても、次の選挙で設立された新政府をつぶすわけには行かない。政治的安定を無視して犯罪者をすべて裁くべきとは単純にいえない。一方、スーダンは難しい。人道に対する罪は忘れるわけにはいかない。
・かつて、東ティモールのPKOが任務を終了する際に、国際裁判を行う動きがNGOの圧力によって起きた。しかし、政治的に安定し始めている時期に国際社会の介入で善悪の判断をつけた場合に、せっかくの小康状態が崩壊してしまう危険性がある。東ティモールでは、オランダの資金提供によって調査委員会がつくられた。欧米人では現地の反発があるので、日本人からも委員が選ばれた。インドネシア政府が反発して委員を入国禁止としたため、結局、現地で当事者が自主的に解決する方向へ転換したが。こうした委員会の報告書はNGOが起案する。正義を訴える専権は欧米のNGOにある。東ティモールの場合は報告書が取り上げられなかったが、もしも国際的正義の追求が行われていたら、ますます不安定化していた可能性がある。
地域にはそれぞれのやり方がある。地域の人が望むならばやるべきだが、外部から押し付けるべきではない。同じ方針がどの地域でも適用されるべきだという考え方自体に疑問がある。正義とは、その地域の人々の心に落ちるべきもの。その正義の基準が国際社会の基準から大きく外れてしまわないように支援することが必要。
Q:国際裁判に対する日本独自の立場について。
・不処罰、国際刑事裁判所(ICC)、和解を議論するときに、日本は東京裁判を受けた国としての経験がある。事後法であり、文明社会として本来の原則とは異なるものを、日本は戦争を終わらせる知恵として受け入れた。日本として発言すべきことがある。
・法の支配という、国際社会に共通する原則は貫かれる必要がある。
・ドイツの裁判官はこの問題に関して発言しにくい。ナチス正当化の誤解を避けるため、ドイツ政府として発言を控える方針がある。日本が積極的に発言する方針をとったことには、驚かれている。
・ICCには日本の経験を生かすべき。旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)やルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)は東京裁判の欠点に学んでいる。裁判は判決を歴史に残し、禍根を残す。
・あまり広範な公職追放は生活の糧を奪い、社会の不安定化を招く。人材が不足している紛争後の途上国では、広範な追放を行うと政治の担い手がいなくなってしまう。
Q:PKO部隊内外でのセクハラや暴行などの規範問題について。
・PKOの要員提供国の多くが途上国。PKOの拡大によって人員の確保が課題となり、提供された人員をすべて受け入れるようになると、要員の教育、訓練、規範意識が問題となる。
・先進国の要員による問題もある。軍は要員を保護しようとするため、情報が外に出てこなかった。それが、ジェンダーに注目が集まったことによって、出てくるようになった。
・PKO要員による犯罪は誰が処罰するのか。軍警察は問題の現場にいないことが多い。また、被害者への賠償を誰がするのか。
・日本の自衛隊が歓迎されるのは、行儀が良くて、現地との関係を大事にするため。派遣すれば必ず大成功する。
Q:軍による治安維持は無理ではないか。PKO向けの警察部隊の育成をしてはどうか。
・イタリア、フランスはそうした訓練をやっている。紛争後の地域での治安維持は、かなり軍事的。国内の警察が派遣されてできる問題ではない。
・日本は、警察要員の派遣にもあまり積極的ではない。警察官は地方公務員であり、外国派遣用の訓練を受けていない。現地警察が日本に来て訓練を受けるならば歓迎する。また、鑑識などは技術移転をはかっている。重要な支援ではあるが、人数的に需要は多くない。
Q:鳩山政権が打ち出したアフガニスタンへの5年間50億ドル支援の使い道について。
・実態は民生支援が中心。ただし、治安がなければ民生支援もできない。警察への給料支援など方法を工夫している。
・他方、いつか日本も諸外国も撤退する。十何万人の軍や警察を諸外国や日本の撤退後にどう維持するのか。税収(多くは関税収入)がGDPの1割に満たない国で、自力で政府を維持することは難しい。今後の大きな課題。
Q:日本の人材育成について。
・若手の育成のみならず、ミッドキャリアの育成が重要。専門技術を持った人々の潜在的需要がある。
・キャリアパスも重要。訓練をした後で、どうやって職につなげていくか。国際機関は簡単には受け入れない。JPO制度などを使って実績を積むなどの努力が必要。
・ミッドキャリアの人々は、普段は職を持っている。いざとなったら飛び出してくれるボランティアをプールする制度があれば望ましい。
・実際に、人材育成プログラムの中にシニアコースをつくった。専門技術を持っているが、現場経験がない人たちが対象。しかし、こうした人材育成事業も国の事業である以上、毎年競争にかけるため継続性の維持が難しい。
・日本人にも優秀な人材はいる。そうした人々のキャリアパスを保障して、活用することが必要である。