本年6月26日の早朝5時頃、中国西部の新?ウイグル自治区(以下、新疆)ウルムチの東南東約230キロメールにある?善鎮において暴動が発生した。暴徒は、ルクチュン(魯克泌)の派出所、特別巡邏警察中隊、鎮政府そして民工工地(1)などを襲撃し、警察車両に放火した。この暴動で24人が殺害され(その内ウイグル族16人)、公安民警2人が含まれ、その他に21名の民警と大衆が受傷し、公安民警はその場にいた暴徒11人を射殺し、負傷した4人を拘束した。(2)6月28日15時30分頃には、ホータン(和田)県罕?日克鎮で群衆蝟集騒動事件が発生し、公安機関が迅速に処置し、騒動を起こした人間を法に基づいて確保留置(3)した。なお、このホータンにおける騒動の規模や様相、そして、?善鎮の暴動事件との関連は判然としない。
今回の事件は、襲撃対象が複数にわたり、ほぼ同時襲撃であったことから、計画的かつ組織的性格であったことを強く思推させる。しかし、この種の新疆における事件は、今回が初めてではない。1980年代中葉以降、同地における類似事件は毎年のように発生している。たとえば、4年前の2009年7月5日にウルムチで発生した大規模暴動事件では、被害者は死者だけでも192人にのぼっていた。今回の事件自体は、従前の類似事件と比較して、規模や被害は小さかったとすら言える。ただ、今回は、従前にもまして中国の政府および党関係メディアの反応が極めて過敏であった感が否めない。
6月28日には、?善の暴力・テロ事件、ホータン県の集団蝟集騒擾事件の発生後、習近平総書記および中央の指導的同志は極めて重視し、指示を出し、迅速に処置して、社会の大局的安定を確保することを要求(4)した。また、前公安部長であり現中共中央政治局委員である孟建柱(5)と、国務委員兼公安部長である郭声?が、6月29日、揃って現地に赴き、公安機関を激励し直接指導を実施した。
これに並行して、中国政府系メディアは、連日、中央指導者および同地指導部の動向を活発に報道した。7月1日、新華社通信は、「人民日報評論員:“三股勢力”(6)に断固として打撃を加えよう」と題する論評を発表した。(7)ここに、今回の新疆における一連の事件の性格を宗教的な過激思想を信奉する民族分裂を目指す勢力によるテロリズムであると中共の公式見解が内外に明示された。
中共中央の決定に呼応するように、人民解放軍の機関紙である『解放軍報』は、7月1日付で「安定的団結を維持擁護することは大義名分からいって辞退できない」と題する論評を掲載した。(8)この『解放軍報』の論説記事は、中国政府および中共指導部が、今回の事件を契機としてテロリズム、国家分裂活動、そして、宗教的過激主義に対しては、人民解放軍現役部隊の投入をもってしてでも断固として鎮圧することを決意したことを暗示している点で注目されるところである。これを裏付けるかのように、7月6日から、中央軍事委員会副主席である範長龍が新疆に赴いて、新疆軍区、武警新疆総隊等の部隊を視察、慰問したうえで、軍の指導者と座談を行って、関連状況と意見建議を聴取(9)した。
中国外交部もまた、本件に関連する見解を表明した。アメリカ国務省のベントレル報道部長による26日の記者会見における発言(10)に対し、中国外務省は、即座に中国政府の本事件に対するアメリカ政府の見解に強い不快感を示した。(11) さて、今回の中国政府および中共の厳格かつ過敏ともいえる反応の主たる直接的要因として、以下の3つが考えられる。
第一は、国内民族対立激化を抑止する必要性である。
新疆においては、1962年4月に発生したイリ事件(12)を皮切りに、1980年代中葉以降、毎年のように暴動・テロ事件が発生し、本年4月23日にもカシュガルにおいて、今回と類似した事件が発生したばかりである。(13)こうした慢性的な暴動・テロ活動を鎮圧・抑制することができないならば、中国政府および中共の新疆における社会秩序維持および統治能力が問われることになる。それは、隣接するチベット族の反中共的活動を助長する可能性を包摂することにもなる。特に、ウイグル族とチベット族の反中共的活動が、偶発的、私人的構造から計画的、組織的構造への転換したことを中国政府が感得したゆえに、中国政府は強硬かつ断固たる姿勢に転じたものと推察されるのである。
第二は、中国社会全体への類似事案の拡散を抑止する必要性である。
今回の事件の直前に当たる本年6月下旬、同地の大きな汚職事件に関して連続2件、厳しい判決がくだされている。(14)つまり、今回の新疆における暴動事件と類似の行為は、中国のどこででも続発する因子を包摂していると言えるのである。そうであるからこそ、共産党の全国組織工作会議を暴動事件発生直後にも関わらず、6月28日および29日に、新疆建設兵団の党組織部長も参加して敢行したのであろう。同会議において、習近平自らが、党幹部の権力に対する謙虚な姿勢と清廉公正を強く要求したことは、腐敗・汚職を厳しく断罪しなければ、暴力破壊行為による社会の不安定化を常態化させることを強く危惧した現れと理解することができるのである。(15)
第三は、事件の国際化を局限する必要性である。
7月1日の外交部定例記者会見で、スポークスマン華春瑩は、東トルキスタンのテロ勢力が国際的テロ組織と不断に連携を強化していると(16)断定した。彼女の発言内容の真偽はともかく、同発言が、アメリカを初めとする外部世界からの人権や民主といった観点からの対中国非難を回避することを意図していたことは明白である。中国政府がチベットやウイグル問題において最も嫌うことは、アメリカ等による人権や民主を口実とした中共が指導する中国の政治体制改革要求である。中国外交部が、ベントレル報道部長の発言に対して即座に不快感を示したのも、そうした中共の懸念の表れと言えよう。
更に、上記要因の背景には、中国の経済発展問題が深く影響していると思推される。
本年に入ってからの中国経済の減速という悲観的予測が指摘される情勢下、中国政府としては、国内的な経済構造の改革とともに、海外の投資誘致と輸出再拡大が喫緊の課題となっている。(17)そのためには、最大の貿易相手国であるアメリカとの関係を修復する必要がある。今回の事件が発生したのは、まさに7月10~11日に予定されていた米中戦略・経済対話(S&ED)が開催される直前であった。したがって、中国政府としては、S&ED開催前に新疆における騒擾を鎮定し、S&EDにおける議題化を回避する必要に迫られていたことは想像に難くない。同時に、経済発展維持に不可欠な工業資源の産出地であり、かつ、中央アジア貿易の中継地でもある新疆(18)の治安を早期に回復する必要がある。 こうした改革開放政策遂行、それはとりもなおさず、“中華民族の偉大な復興”という国家理念を達成する上で、今回の新疆暴力・テロ事件は危険な阻害要素となる端緒を中国政府と中共は看取したのであろう。それゆえに、中国政府および中共指導部は、従前にない断固とした対処に踏み切ったものと推察されるのである。
(1)「民工工地」とは、政府の呼び掛けに応じた農民等が参加する道路・ダム・水路・橋梁等の工事現場を指す。
(2)http://huanqiu.com/local/2013-06/0470913.html「新疆?善発生暴力恐怖襲撃案件 造成24人遭案」『新華網』2013年6月27日。
(3)「新疆妥善処置和田一起群体聚集閙事事件」『新疆日報』2013年6月29日。
(4)http://huanqiu.com/local/2013-06/4075842.html 「習近平批示?善暴力恐怖案及和田群体事件」『天山網』2013年6月29日。
(5)孟建柱は、2007年10月から2012年12月の間、中華人民共和国公安部部長を務めた。この期間の2008年3月に彼は、中央国家反テロリズム協調小組組長に就任し、中国の反テロリズム活動を指導した。
(6)三股勢力とは、恐怖主義(テロリズム)、分裂主義、極端主義を指す。
(7)http://news.xinhuanet.com/politics/2013-07/01/c_116360560.htm 「人民日報評論員:堅決打撃“三股勢力”」『新華網』2013年7月1日。本論評記事では、「近頃の新疆で連続して発生した暴力テロ襲撃案件は、国内外の“三股勢力”が主犯であり元凶である。」と記述された。
(8)「維護隠定団結義不容辞」『解放軍報』2013年7月1日。同論評記事では、「民族の団結と社会の安定を断固として維持擁護することは、各軍人の大義名分から見て辞退できない責任である。我々は必ずや旗幟を鮮明にしてあらゆる暴力犯罪活動に反対し、あらゆる国家分裂の企みのプロセスに反対して、民族の団結を先頭に立って維持擁護し、社会の安定を先頭に立って維持擁護し、各民族大衆の根本的利益を先頭に立って維持擁護して、民族の団結と社会の安定の強靱な後ろ盾とならなければならない。」と強調されていた。
(9) 「範長龍在駐新疆部隊調研時強調 堅決完徹党中央習主席決策指示為維護新疆社会大局隠定作貢献」『解放軍報』2013年7月7日。
(10)http://www.3.nhk.or.jp/news/html/20130627/k10015617761000.html 「新疆の暴動 米「情勢を注視」」『NHK』2013年6月27日。ベントレル報道部長は、「情勢を注視している。中国当局がきちんとした透明性のある捜査を行うよう望む」としたうえで、「現地ではウイグル族やイスラム教徒に対する差別が続いていると伝えられていることを深く懸念している」とも述べた。
(11)http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/fyrbt_602243/t1054255.shtml 「2013年6月28日外交部発言人華春瑩主持例行記者会」『外交部網站』2013年6月28日。中国外交部スポークスマンである華春瑩(えい)は、翌28日の記者会見において、「我々はアメリカ側が事実の真相を理解する前に関連案件に対してみだりに論評し、かつ中国の民俗宗教政策を非難したことに不満と反対を表明する」。中国政府は、「アメリカ側は対テロリズム問題において“双重標準(ダブルスタンダード)”を行うべきではなく、また全ての形式のテロリズムを譴責し打撃を加え、国際対テロリズム協力を強化し、世界と地域の平和と安定を共同して維持擁護するべきことを望む。」と述べた。
(12)イリ事件:1962年4月16日、新?ウイグル自治区のターチョン、ユーミン、フーチョン3県の住民6万余人がソ連へ逃亡した事件。中国側は、ソ連機関と要員に扇動されたことで生起した事件であるとしているが、真相は不明である。
(13)「中国・新疆で衝突、警官ら21人死亡 当局「テロ」」『朝日新聞』2013年4月24日。不審なグループと警察官とが衝突し、警察官ら15人が死亡、グループの6人が射殺され、最終的には19人が拘束される事件が発生した。
(14)http://china.huanqiu.com/local/2013-06/4057792.html 「新疆科協原党組書記渉嫌受賄110万受審」『亜心網』2013年6月24日。 http://china.huanqiu.com/local/2013-06/4065647.html 「新疆阜康政協委員套取家電下郷補貼被刑拘」『中国新聞網』2013年6月26日。
(15)「習近平在全国組織工作会議上強調 建設一支宏大高素質幹部隊伍 確保党終始成為堅強領導核心」『人民日報』2013年6月30日。この会議において、習近平は、「良い幹部は信念を持って、大衆に奉仕し、理論と実務の両面から職務を研究し、恐れずに責任を引き受け、清廉公正で廉潔であるべき」で、「権力を畏敬し、権力は慎重に使い、腐食を拒みことを保持し、本来の面目を永遠に枯らさないべきである」、と強調した。
(16)http://news.xinhuanet.com/world/2013-07/01/c_116360540.htm 「2013年7月1日外交部発言人華春瑩主持特例記者会」『外交部網站』2013年7月1日。
(17)「中国経済、減速感強まる・・・輸出・投資額頼みに限界」『読売新聞』2013年7月9日。「中国経済、一段と減速感・・・貿易摩擦増、逆風に」『読売新聞』2013年7月11日。
(18)新疆は、古くから天然資源が埋蔵されていることが知られていた。同地では、銅、ニッケル、金、リチウムが豊富に埋蔵されていることが確認されている。(真家陽一「新興内陸地域の発展戦略と新?ウイグル自治区、甘粛省、青海省の概況- 中国新興内陸地域ビジネスセミナー資料 -」(日本貿易振興機構、2012年3月27日))また、新疆のタリム盆地、カラマイ周辺地域においては、豊富な石油採掘開発が進められ、毎年数パーセントの増産を維持している(郭四志『中国石油メジャー』(文眞堂、2006年)202~205頁および216~218頁)。更には、中国の中央アジア貿易における約5割が新疆を経由している(真家陽一「新興内陸地域の発展戦略と新?ウイグル自治区、甘粛省、青海省の概況- 中国新興内陸地域ビジネスセミナー資料 -」(日本貿易振興機構、2012年3月27日))ことも見逃せない。