中国の対ASEAN活動と基盤的戦略思想 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

中国の対ASEAN活動と基盤的戦略思想

October 28, 2013

[特別投稿]川中敬一氏/東京財団上席アソシエイト

アジア太平洋経済協力会議(APEC)・ASEAN関連首脳会議の注目点

10月4日から8日にかけて、インドネシアのバリでAPECが開催され、9日および10日には、ブルネイのバンダルスリブガワンでASEAN関連首脳会議が開催された。

今回の一連の会議における最大の特徴は、アメリカのオバマ大統領が国内事情によって欠席したことであろう。これは、会議の推移と結果に大きな影響を与えたことは容易に推察される。同時に、アメリカ大統領不在の中で、中国首脳の活動が際立ったことも事実であろう。

一連の会議前、中国の習近平国家主席と李克強国務院総理の両名は、インドネシアとブルネイにおいて、活発な活動を展開した。

習近平は、10月2日、APECに先立ちインドネシアにおいて、マレーシアのメディアによるインタビューに応じた。その中で、中国-ASEAN首脳会議における李克強演説の内容を先立ってメディアに公開した。また、インタビューの最後で、習近平は、(*1)と中国の全活動が収斂すべき目標を会議参加国に対して明示した。習近平は、会議外でチリ大統領、タイ首相、ニュージーランド首相、オーストラリア首相らとも会談した。 また、4日には、習近平はマレーシアを訪問して、ナジブ首相を初めとする政府要人との会談、マレーシア経済界への講話までこなした。

李克強は、10月9日の第16回中国-ASEAN首脳会議において、2つの政治的共通認識と7つの領域での協力が、中国の新たな政府の今後10年の中国-ASEAN関係発展の政策的公示である、と強調した。(*2) また、李克強は、期間中、参加11ヶ国中のアメリカ国務長官を初めとする9ヶ国の首脳と精力的に個別会見をした。

こうした中国首脳の活発な外交活動の場ともなったASEAN関連首脳会議は、10月9日、10項目にわたる政治と安全保障協力に関する共同声明を発表した。

その第9項目目で、「我々は南シナ海の平和的安定を維持擁護し、海上安全を確保し、航行の自由を維持擁護し」、「“南シナ海行動規範”(COC)の達成に向けて努力する。」(*3)ことが確認された。(*4)その他にも、同共同声明では、全般的指針、経済協力、社会文化協力、地域および国際事務協力に関する事項が確認された。

中国の対ASEAN戦略における基盤的戦略思想

今回、安倍首相は南シナ海をめぐる問題について「ASEANが一体性を保って対応することが重要だ」と語り、複数国の首脳が「法による支配が非常に重要だ」と同調するなど、安倍首相の考えはおおむね賛意が得られた(*5)、と首相周辺は自賛している。

ところが、オーストラリアのアボット首相は、習近平との会談では、「中国の国力が日増しに上昇することは、世界にとっての福音であり、挑戦ではない。」(*6)と語っている。また、タイのインラック首相、ニュージーランドのキー首相も、習近平との個別会談では、中国との経済関係強化と自国農産物の対中大量輸出への期待を述べることに終始していた。

このように、会議参加国と中国との個別会談に顧慮するとき、安倍首相の真意が、参加各国の思惑と一致したと評することに躊躇を覚えざるを得ない。視点を転じれば、中国首脳が個別会談をしなかったのは、ベトナム、フィリピンおよび日本であったからである。ただし、中越間では6月以降、対話・協調環境が整いつつあることを勘案するとき、日本とフィリピンが中国外交から疎外されたと見ることも可能である。それは、とりもなおさず、東アジア地域におけるフィリピンと日本の孤立化の前兆とも言えるのかもしれない。

毛沢東が記した『矛盾論』には次のような一節がある。

複雑な事物の発展過程においては、多くの矛盾が存在し、その中で1つは必ず主要な矛盾であり、それの存在と発展によってその他の矛盾の存在と発展は規定あるいは影響される。(*7)また、いかなる過程においても多数の矛盾が存在するならば、その中に必ず1つの主要なものがあり、指導的、決定的な作用を起こし、その他は副次的で従属的な地位にある。(*8)しかし、この種の情勢は固定されたものではなく、矛盾の主要と非主要な側面は相互に転化し、事物の性質もまたこれに従って変化する。(*9)

南シナ海問題を巡って、中国は、フィリピン以外にもベトナム、マレーシア、ブルネイとは島嶼領有権において紛争を抱えている。また、インドネシアとはナッツ島から派生する排他的経済水域(EEZ)と、曽母暗沙から派生する中国が主張するEEZが重複しており、紛争の潜在的要を包摂している。特に、中国はベトナムと1974年1月および1988年3月の2回にわたる軍事衝突を引き起こしている。ところが、10月15日、中国とベトナムは、「管轄海域を巡る協議と共同開発を段階的に進める」とし、合同の環境調査を手始めに連携を深めることを確認した。(*10)

ようするに、最近の一連の国際舞台では、中国によって、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアは“副次矛盾”とされ、フィリピンと日本が“主要矛盾”として捉えられた観がある。南シナ海沿岸地域に限定するならば、フィリピン1国のみが、参加国の中で主要矛盾として位置づけられて、孤立させられたことになる。 まさに、包囲された「弱軍が強軍に対する作戦の必要条件こそが、弱い部分を選んでこれを撃つ」(*11)である。

中国にとって全世界的な主要矛盾は、覇権主義、すなわちアメリカである。その主要矛盾を解決するために、副次矛盾の中で主要矛盾に寄り添う存在を、局部的場面における主要矛盾と見なして分断し、“兵力を集中”して殲滅するのが、中国の紛争解決の原則である。今回のAPECおよびASEAN関連首脳会議におけるフィリピンと日本に対する姿勢は、上記毛沢東思想の鮮明な表現と理解することが可能なのである。

いずれにせよ、中国の政治的行動は明確な理論的思想に立脚しているのが常態である。そうした重要な思想の一つが毛沢東思想であることを今回の現象は物語っていると言える。したがって、中国と向き合うに際しては、このような戦略的思想、特に、毛沢東思想を理解していなければ、自覚せずして中国に“迂回”され、“分断”され、“包囲”されて、最後に“殲滅”されてしまう危険があることを常に警戒する必要があるのかもしれない。
(了)

  • (*1)「中国人民は中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するために力の限りを尽くして戦っている。我々の目標は中国共産党成立100年時に小康社会を全面的に達成し、中華人民共和国成立100年時に富強で民主的で文明的な和諧した社会主義現代化国家となることである。」と習近平はインタビューで明言した。これは2020年頃と、2050年頃が中国発展の道標となっていることを示している。(「習近平主席接受印度尼西亜和馬来西亜媒体聯合採訪」『解放軍報』2013年10月3日。)
  • (*2)「李克強出席第16次中国-東盟領導人会議 提出両点政治共識和七個領域合作」『解放軍報』2013年10月10日。 2つの政治的共通認識とは、(1)協力推進の根本は戦略的相互信頼深化であり、善隣友好を開拓発展させること、(2)協力深化のカギは経済発展に焦点を当てて、相互利益相互成功を拡大させること。 7つの領域での協力メカニズムとは、(1)中国-ASEAN善隣友好協力条約署名を積極的に検討し、中国-ASEANの戦略的協力のための法律と制度上の保障を提供し、双方の関係発展に導く。(2)安全保障領域の交流と協力を強化する。中国-ASEAN国防大臣会議メカニズムを完備し、防災救助、ネット安全、多国籍犯罪への打撃、連合法執行等の非伝統的安全領域での協力を深化させる。(3)中国-ASEAN自由貿易区のアップグレイド版の折衝を始動させて、2020年までに双方貿易額が1億ドルに達するように努め、ASEAN国家が区域一体化と中国経済の増長からより多く利益を得るようにする。(4)相互連絡相互通信の基礎施設の建設を加速させる。21世紀の“海上シルクロード”を共同建設し、海洋経済、海上相互連絡相互通信、環境保護、科学的研究、捜索救難および漁業協力を重点的に実行する。(5)本地域の金融協力とリスク防止を強化する。(6)海上協力を着実に推進する。(7)人文、科学技術、環境保護等の交流を密接にし、友好協力の基礎を強固にする。
  • (*3)「紀念中国-東盟建立戦略?伴10周年聯合声明」『解放軍報』2013年10月10日。
  • (*4)第9項では、「我々は南シナ海の平和的安定を維持擁護し、海上安全を確保し、航行の自由を維持擁護し、1982年の『国連海洋法条約』に包括される国際法による論争の平和解決に基づき、海上における協力を強化して、『南シナ海行動宣言』(DOC)と『(南シナ海行動宣言)調印10周年紀念共同声明』に述べられている原則を遵守する。我々は我々の決心を承諾し堅持することを改めて明らかにし、『宣言』を全面的に有効で着実なものとするであろう。これに鑑みて、“南シナ海行動規範”(COC)の達成に向けて努力する。」とされている。(「紀念中国-東盟建立戦略?伴10周年聯合声明」『解放軍報』2013年10月10日。)
  • (*5)「安倍首相、南シナ海問題で中国を牽制 豪首相らも賛同」『朝日新聞』2013年10月10日。
  • (*6)「習近平会見澳大利亜総理阿博特」『解放軍報』2013年10月7日。
  • (*7)毛沢東「矛盾論」『毛沢東選集 第一巻』(人民出版社、1991年)320頁。
  • (*8)同上「矛盾論」『毛沢東選集 第一巻』322頁。
  • (*9)同上「矛盾論」『毛沢東選集 第一巻』322頁。
  • (*10)「海洋「共同開発」、中越が協議合意 李首相、領有権先送り」『朝日新聞』2013年10月16日。
  • (*11)毛沢東「中国革命戦争的戦略問題」『毛沢東選集 第一巻』(人民出版社、1991年)208頁。毛沢東「中国革命戦争的戦略問題」『毛沢東選集 第一巻』(人民出版社、1991年)208頁。
    • 元東京財団上席アソシエイト
    • 川中 敬一
    • 川中 敬一

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム