[特別投稿]黄洗姫氏/海洋政策研究財団 研究員
11 月18日、ニューヨークで開催された国連総会第3委員会において、日本およびEUが共同提出した北朝鮮人権状況決議が採択された。 同決議案は、12月18日の国連総会の本会議で採択され、北朝鮮の人権問題における国際社会の関心の高まりを証明した。 引き続き 22日の安全保障理事会では北朝鮮の人権問題の議題にすることを賛成多数で決め、今後同問題に対する対応を議論することとなった。
日本外務省の公式発表によると、11 月18日の決議案は、国連人権理事会で設置された「北朝鮮における人権に関する調査委員会(COI)」が今年2月に発表した報告書および、今年3月に同理事会にて賛成多数で採択された北朝鮮人権状況決議の内容を踏まえたものとなっている。具体的には、北朝鮮の組織的かつ広範で深刻な人権侵害を非難するとともに、「人道に対する罪」に言及し、更に安保理に対し、北朝鮮の人権状況に関して国際刑事裁判所(ICC)への付託の検討を含む適切な行動をとるよう促している※1。
韓国社会の取り組みは停滞
韓国は人道的な観点から北朝鮮の人権状況の改善を催促しながらも、南北関係の管理、そして韓国社会における対北政策をめぐる分裂等により、一貫した対応を見せないままであった。北朝鮮の人権問題に関して、アメリカと日本がすでに北朝鮮人権法を制定・施行しているのに対して、韓国社会は未だに北朝鮮人権法の制定をめぐり論争が続いている※2。実際、韓国国会では17代国会(2005年)と18代国会(2008年)において北朝鮮人権法案が上程されたものの、議決へ至らず両方とも国会会期終了に伴い破棄されていた。現在の19代国会においても、北朝鮮人権法案および関連法案は留保中である。今年の11月、国会外交統一委員会では、与党のセヌリ党が発議した「北朝鮮人権法案」と、野党の新政治民主連合が発議した「北朝鮮人権増進法案」の一括上程が行われた。両法案は北朝鮮に対する人道支援を目指す点では類似るが、対北政策の相違から起因する与野党の対立は12月現在も続いている。すなわち、与党の「北朝鮮人権法案」が「北朝鮮人権記録保存所」と「北朝鮮人権財団」を設置するなど、北朝鮮の人権侵害に注目する対策が骨子となっているのに対して、野党の「北朝鮮人権増進法案」は脱北者や政治犯の保護や、対北人道支援事業と南北対話の推進を中心とした内容であり、両党は法案採択に関する論争を繰り広げている。
領土の範囲を朝鮮半島およびその付属島嶼と定めた韓国憲法第3条によると、北朝鮮の住民は北朝鮮政権による暫定的な社会主義の統治を受けている状態と見なされる※3。したがって、北朝鮮住民に対する基本的な人権保護は韓国政府の当然の義務であるというのが、北朝鮮人権法の制定を求める法的な根拠となっている。しかしながら、このような韓国政府の公式見解からの北朝鮮人権対策は、当然ながら主権侵害という北朝鮮の反発を招いてしまうのだ。
国連決議と韓国政府の対応
そもそも朝鮮半島の平和と南北関係の安定的な管理が優先されていた金大中、盧武鉉政権期において、韓国政府は北朝鮮の人権問題に関する直接的な意思表明を控えてきた。人権問題に対する積極的な外交方針を展開し始めたのは李明博政権からであるが、具体的な対策の策定よりは核問題を重視した人道支援の断絶にとどまったのが現実であった※4。このような事情から北朝鮮人権問題に対する積極的な対応が欠如している中、今回の国連決議は韓国社会の対応を促す契機となっている。国連における北朝鮮人権決議は2003年から続いてきたが、上述の COI 報告書以降、韓国政府は北朝鮮の核問題と人権問題を同時に扱おうとする国際社会の流れに呼応するかに見える。COI報告書に対しては突発的な武力衝突のケースでない北朝鮮の人権問題を調査したことに注目すると同時に、国際刑事処罰の可能性を考慮した点、そして北朝鮮住民に対する国際社会の保護責任(responsibility to protect)を明記したことが評価された※5。
とりわけ今年9月の国連総会の基調演説において、朴槿恵大統領は北朝鮮人権問題と核問題の解決のための国際社会の協力を呼びかけた。また同じ時期に尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長官が国連総会の開催中に開かれた北朝鮮人権関連ハイレベル会議に出席し、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と「北朝鮮人権現場事務所」の韓国設置を協議中であることを明らかにした。このような韓国政府の方針表明に対して、北朝鮮は「正面対決を宣言した対価を支払うことになる」と、強く反発した※6。
以上の状況は韓国政府が北朝鮮人権問題に対する強硬方針を示したこととして捉えられている。しかし一方では、今回の決議が、南北対話が北朝鮮人権状況の改善に寄与できると評価したことや、南北間の交流協力等を勧告したことに注目し、韓国政府の方針変化を同じ文脈から理解する見解もある。このような見解は今回の国連決議が同問題を北朝鮮政府の態度変化を求めると同時に、南北和解、朝鮮半島の平和定着等いう包括的なアプローチを挙げたことに注目する※7。確かに朴政府は同問題の解決のための南北対話を提案したり、人道支援活動の民間団体の北朝鮮訪問を許可するなど、和解のシグナルを送ってきた。とは言え、核問題や2010年の天安艦沈没事件、延坪島砲撃事件後の関係断絶が続いている中、人権問題が南北関係の改善の入口になるかはまだ定かでない。
実質的な問題改善への模索
ソ・ボヒョクは北朝鮮人権問題に対する韓国政府の政策を、政策決定者の意図と政策の実効性を基準に区別した。彼の分類によると、同問題への対策は政策決定者が自身の主張や行動自体に満足することにとどまる「自己満足型」、北朝鮮人権政策を名分、または手段とする道具主義的接近(原文では「聲東?西型」)、そして実用主義的な「実質改善型」で区分できる※8。今までの政策が主に「自己満足型」、または道具主義的な政策にとどまっていたのは明らかである。南北関係の特殊性がもたらす結果でもあるが、北朝鮮人権問題に対する韓国の対応は、国内問題としての性格を強く有しており、国内政治の進歩、保守勢力の対立が激化するにつれますますコンセンサスを形成できなくなったのである。
国連決議で明らかになったように、北朝鮮の人権問題は朝鮮半島の問題にとどまらず、国際社会においても問題化しつつある。このような流れから、韓国社会でも同問題を政治から切り離し、国連をはじめとする多国間枠組みの中で解決することを主張する意見も提起された※9。人権問題に関する北朝鮮への一方的な圧力により南北間の対立が激化する場合は、他問題に対する対北政策さえ窮地に陥る恐れがある。国連を中心とした外交的な対応も堅持しつつも、人道支援のための民間交流等を実施するなど、単なる意思表明を超える実質的な現状打開策の模索が緊要であろう。
- ※1外務省「第69回国連総会第3委員会における北朝鮮人権状況決議の採択(外務大臣談話)」平成26年11月19日。全文はhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_000814.html参照。
- ※2アメリカの「北朝鮮人権法(North Korean Human Right Act of 2004)」は、2008年と2012年の議決により同法の効力を2017年まで延長している。日本の場合、「北朝鮮人権法(正式名称は拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律)」が2006年制定された。
- ※3憲法に基づく北朝鮮人権法制定の当為性に関してはパク・クァンドク「北朝鮮人権法制定の当為性と今後の課題に関する研究」『統一戦略』第13巻第1号、2013年、37-73頁参照。
- ※4ホン・イッピョ「北朝鮮人権問題をめぐる北東アジアの国際軋轢-『新しい世代の人権』概念を中心に」『国際関係研究』第17巻第2号、2012年、107-142頁。
- ※5ペク・ボンソク、キム・ユリ「北朝鮮人権問題の新しい接近―国連北朝鮮人権調査委員会の活動および報告書の人権法的な分析を中心に」『ソウル国際法研究』第2巻1号、2014年、43-97頁。
- ※6イ・ウヨン「最近の北朝鮮人権関連の論議の意味」『IFES懸案診断』2014年10月。
- ※7ソ・ボヒョク「国連の北朝鮮人権決議の意味と展望」『IFES懸案診断』2014年11月。
- ※8ソ・ボヒョク「自己満足型の北朝鮮人権政策の問題点と対案」『コリア研究院懸案診断』第139号、2009年9月。
- ※9チョ・ジョンヒョン「最近の国際社会における北朝鮮人権論議の動向-国連の北朝鮮人権調査委員会(COI)を中心に」『JPI政策フォーラム』第126巻、2013年、18-36頁。