[特別投稿]黄洗姫氏/海洋政策研究財団 研究員
近年、サードミサイル(終末高高度防衛ミサイル、Terminal High Altitude Area Defense missile, THAAD)の配置をめぐり、米韓両国の方針の相違が浮き彫りになっている。2014年 6月に米韓連合軍司令官がサードミサイルの韓国配置を米国政府に要請したことを明らかにして以来、韓国政府はこの件について、米韓の公式協議は行わないとの立場をとってきた※1。アメリカのミサイル防衛システムへの参加を拒んできた韓国政府は、サードミサイルの配置に対して慎重な姿勢を示している。こうした中、同年7月にソウルで開かれた韓中首脳会談の際、習主席が、中国としてはサードミサイルの韓国配置に反対するとの意思を表明したことが報じられた※2。サードミサイルの韓国配置問題は、米韓同盟の懸案であると同時に、米中対決の構図が投影される事案にもなりつつある。
ミサイル防衛システムの有効性に対する疑問
アメリカがミサイル防衛システムを推進し始めた2000年代初めから、ミサイル防衛への参画をめぐり、韓国社会ではこれまで活発な議論が展開されてきた。米韓同盟の一体化に基づく北朝鮮への抑止力強化を図るべきだとする論者はミサイル防衛への参加を主張するが、ミサイル防衛体制の構築に伴う膨大な予算の面からこれに反対する意見も多い。何よりも、地理的な条件から従来型の中短距離兵器を使う北朝鮮の脅威を目前にしている韓国としては、迎撃ミサイルの開発は北朝鮮への抑止として働くよりも、中露を刺激する副作用が生じる可能性の方が大きいという現実を否定できない。そのため、韓国政府はアメリカのミサイル防衛システムへの参加よりも、韓国型ミサイル防衛(Korea Missile Defense, KMD)※3の開発を従来推進してきた。KMDは、限られた地理的な範囲における下層防衛を中心に構築される防衛体制である。アメリカの本土防衛とは性質の異なる韓国のミサイル防衛体制として、KMDの有効性を強調するのが、従来の韓国政府の公式見解であった。
予算の制約や周辺国の反発を考慮した場合、KMDは韓国が現実的に採用できる防衛戦略だとも言える。しなしながら、最終段階の迎撃システムであるKMDでは朝鮮半島全体における広域防衛は困難である。最終段階のミサイル迎撃の難しさを鑑みても、効果的なKMD体制の構築※4はかなりの困難を極めるだけでなく、韓国政府がKMD完成の目処としている2023年までの間、実質的に防衛面での空白が生じることもまた問題である。
米韓同盟の深化とミサイル防衛への接近は現実化する最中
韓国社会でミサイル防衛問題が再び浮上した背景には、近年相次いだ北朝鮮の核実験とミサイル発射があった。北朝鮮のミサイル開発の進展により、北朝鮮の北部から発射したミサイルが大気圏を経由して韓国の首都圏を攻撃する可能性が浮上したのである。そこで最終段階の迎撃に限定したKMDを補完する方策として、韓国軍は艦船発射型の弾道迎撃ミサイルであるSM-3と、サードミサイルの配置を考慮し始めた。二つのうち、海上で移動するSM-3では首都圏に向かうミサイルを迎撃することが現実上不可能であるがゆえに、KMDを補完する装置としてもサードミサイルの必要性が急浮上している。
一方、 戦時作戦権の返還問題を協議してきた米韓両国は、戦時作戦権返還後の韓国防衛がアメリカ主導のミサイル防衛システムと緊密につながることを目指している。韓国独自のKMD構築を成功させるためにも、アメリカのミサイル防衛システムとの情報共有が核心的な条件であることが明らかになったからである。李明博政権の外交安全保障首席秘書官であったチョン・ヨンウ氏は、KMDとアメリカのミサイル防衛情報システムとの連携の必要性を主張する。彼は北朝鮮のミサイルがソウルまで到達する時間が4-5 分にすぎないことを勘案すると、発射後のミサイルのみ探知する韓国のレーダーシステムでは対応可能な時間の制約が大きいと指摘した。そのため、アメリカの人工衛星等によるリアルタイムの監視体制と連携し、北朝鮮のミサイルおよび兵器の移動等の動向を綿密に監視することがKMDの実現にも必須であると、述べている※5。
北朝鮮ミサイルの探知から迎撃に至る一連の過程における米韓ミサイル防衛の「相互運用性」を図る動きは、現実のものになってきている。米韓両国は、2012年にミサイル対応能力委員会(CMCC)を設置し、北朝鮮のミサイル脅威に対する共同対応案の作成を模索してきた。その延長線上で、2013年の第45次米韓安全保障協議会(SCM)では北朝鮮の核とミサイル脅威に対応するためのテーラード型抑止(Tailored Deterrence)戦略について合意がなされた※6。同戦略は、北朝鮮の核危機の状況を細分化し、段階ごとの外交・軍事的な対応方案を提示するものである。2014年10月の第46 次SCMでも、同戦略の具体化が再確認され、第4次米韓拡張抑止手段運用演習(Table Top Exercise, TTX、2015年2月11日から13 日実施)※7においても同構想が反映されている。サードミサイルの韓国配置の是非に関わらず、米韓同盟の「相互運用性」はかなり向上しており、事実上KMDとアメリカのミサイル防衛は一体化しつつあるのだ。
中国の反発と米韓同盟の挟間で
以上のように、戦略的な曖昧性が必要である※8という韓国政府の状況認識とは異なり、サードミサイルをはじめとするアメリカのミサイル防衛システムへの編入が進みつつあることは否定できない。このような状況に対して、中国は当然ながら強い警戒感を表している。例えば、韓国がサードミサイルを導入した場合、中韓関係を犠牲にすることを覚悟しなければならない、とする中国当局者の発言※9が報じられている。中国が最も懸念するのは、サードミサイル体制の邀撃ミサイル自体でなく、その運用に伴うXバンドレーダー、AN/TPY-2 の配置である。1000kmから1800kmの探知距離を有する同レーダーが韓国の西海岸(黄海)に配置された場合、上海、天津、大連等の軍事施設や大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦弾道ミサイル(SBLM)の探知が可能になる※10。さらに昨年12月29日に締結された日米韓情報共有の覚書により、アメリカを介した日米韓の北朝鮮核・ミサイルに関する緊密な情報共有が可能になった。結局、日米韓の情報共有に基づいた三ヶ国のミサイル防衛システムの連動は、アメリカの戦略的な中国包囲網を北東アジアにまで拡大させるものだと、中国は認識している。
韓国のサードミサイル配置によって中露監視体制が整備された場合、日本にとっては、日本本土に到達する前にミサイルを迎撃する体制を整うことを意味する。中国の軍事力の増強が今後も続くとしても、アメリカ主導の監視・迎撃体制の整備が朝鮮半島で進められた場合、アメリカの戦略的な優位性が決定的となる。そのため、日米韓ミサイル防衛体制の発展は東アジアにおけるアメリカ中心の集団防衛体制の確立に結びつくと、北朝鮮は勿論、中国、そしてロシアに認識されるのである。その場合、朝鮮半島をめぐるセキュリティー・ジレンマが一気に強まる恐れがあり、その影響は日本の安全保障にも及ぶことが想定できる。
歴史的な経験から、朝鮮半島が大国政治に巻き込まれることに対する恐怖心を抱いている韓国としては、米中の対立が朝鮮半島を中心に展開され、その中で韓国が一方を選択する状況に陥ることを最も警戒している。サードミサイルの配置は、このような韓国の警戒が現実のものになる可能性が高い事案である。そのため、韓国政府はこれまで、サードミサイルの配置が中国を念頭に置いたものではないことを説明してきたが※11、未だ中国からの理解を得るには至っていない。サードミサイルをはじめ、KMDとミサイル防衛の一体化が現実になりつつある中で、韓国政府には、中国の反発が韓国の安全保障を脅かす危険性を除去するための外交努力が求められる。アメリカの一極優位を受け入れ対中牽制の最前線に立つべきか、朝鮮半島における勢力均衡に徹するべきなのか。米中の戦略的な対立が朝鮮半島で勃発することを回避するための、韓国政府の模索は当面続くだろう。
- ※1直近の発言としては、2015年2月25日の国会質疑において、ハン・ミング国防長官が「韓国政府によるサードミサイルの購入計画はない」と答えたのが挙げられる。朝鮮日報、2015年2月25日。
- ※2東亜日報、2015年2月6日。
- ※3 韓国型防空ミサイル防衛(Korea Air and Missile Defense, KAMD)とも呼ばれる。
- ※4こうしたKMDによって生じる防衛面の空白を埋めるために、韓国型キルチェイン(Kill Chain)の構築が推進されている。同構想に対する評価および展望は、クォン・ヒョクチョル「韓国型キルチェインの診断と発展方向」『戦略研究』第64号、2014年11月、93-125頁参照。
- ※5チョンヨンウ「MD(ミサイル防衛)体制論争の嘘と真実」『文化日報』 2014年6月 12日。 http://www.munhwa.com/news/news_print.html?no=2014061201033037191002
- ※6ハンギョレ新聞、2014年10月7日。
- ※7国防日報、2015年2月11日。
- ※82015年2月11日国会国防委員会でのハン・ミング国防長官の発言。ニュース1、2015年2月19日。http://news1.kr/articles/?2101567
- ※9聯合ニュース、2014年5月29日。
- ※10キムホンギュ「サードの朝鮮半島導入?」『Sungkyun China Brief』第2巻第2号、2014年、84-91頁。
- ※11 一方では、韓国がKMDを推進する理由が北朝鮮および中国のミサイル脅威にあることを明確にし、韓国が感じる脅威?を軽減するため、中国に努力を求めるべきだと主張する論者もいる。リ・サンヒョン「米国の拡張抑止力の提供と韓国型ミサイル防衛(KMD)-政策方向およびその課題」『戦略論壇』第10巻、2009年、146-161頁参照。