[特別投稿]黄洗姫氏/海洋政策研究財団 研究員
アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立に向けた国際情勢が変化しつつある。G7の中で初めてイギリスがAIIB参加を表明して以来、フランス、ドイツ、イタリアやオーストラリア等がAIIB参加を検討していることが報じられてきた。中国がAIIB創立参加の締め切りを今月末と明言する中で、韓国政府もAIIB参加を検討している。とりわけ、今月中旬に相次いだ米中外交当局者の訪韓を契機に、サードミサイル問題とAIIB加入問題をめぐり慎重な姿勢を堅持してきた韓国政府にも変化が生じた。
AIIB参加をめぐる国内議論の分岐
昨年の10月24日、AIIBの設立支持国による覚書への署名が行われた時点で、AIIBへの参加国はインド、タイ、マレーシアなどの(21ヶ国)、AIIBからの投資による開発を期待する国家が殆どであった。アジア地域の道路、鉄道などのインフラ開発のための投資財源を供給することを目的とする同銀行は、中国が出資した500億ドルを基に今後1000億ドル規模の資本金を造成する計画である。当初からAIIBは、アメリカと日本が主導する世界銀行やアジア開発銀行(ADB)に対抗し、中国主導の金融秩序の構築を試みるものとして理解されてきた。
韓国は対外的に、AIIBの支配構造とセーフガードの問題を理由にこれに不参加の方向で議論を進めてきた※1。資本金の50パーセントを中国が保有することを前提とする現在のAIIBの構造と執行部中心の運営システムは、国際慣例や透明性の原則に符合しないと考えられているのである。
このような不参加の立場とは別に、現実的な利益を考慮してAIIBに参加すべきだという意見も存在する。そこでは、朴槿恵政権が提唱してきた東アジア平和協力構想、ユーラシアイニシアチブ構想、新シルクロードプロジェクト等を実行するためには、AIIBの参加が必要であるという中国政府の主張を支持する声が多い※2。経済分野専門家の分析においても、中国および周辺地域の膨大なインフラ開発の需要やマーケット創出の面から参加を主張する見解が多数を占める。早期参加を求める論者らは、北東アジア地域におけるインフラ投資の需要が2030年まで8兆3000億ドル(OECD推算)に及び、中でも中央アジアおよび東南アジアにおける道路、鉄道、通信、電力投資や、中国西部地域の原資材需要が大幅に増加すると予測する※3。また、ADB等による地域開発プロジェクトでは相対的に北東アジアへの支援が遅れていた現状から、AIIBによる北東アジア開発の可能性が重視されている※4。モンゴル、東北三省、ロシア極東部、北朝鮮等を含む北東アジアは、地域全体の開発水準に遅れを取っている。とりわけ韓国としては、核開発や軍事力への転用を排除した、純粋なインフラ建設面での南北経済協力の可能性を注目している。北朝鮮との経済協力は上記の朴政権の対外戦略を実現、ないし成功のための核心的な要素でありながらも、未だ有意義な進展は見られない。しかし、AIIBを通じて北朝鮮経済に対する国際協力が可能になった場合、東アジア平和協力構想やユーラシアイニシアチブ構想の実現が容易になることが期待されるのだ。
AIIB参加とサードミサイル配置問題の関連
経済的な実利の面からAIIB参加の必要性を認めながらも、韓国政府はアメリカとの関係を念頭に、これまで慎重な姿勢を堅持してきた。昨年5月、王毅中国外交部長が訪韓した際に、7月に予定されていた韓中首脳会談の共同声明において韓国のAIIB参加を明記することを要求したことが報じられた※5。ただし、7月の共同声明では同問題の言及することなく済み、韓国政府としては一旦時間を稼ぐことに成功していた。AIIBの支配構造や透明性の問題が解決されないまま、中国に傾斜した外交を行っているという印象を周辺国に与えることは回避したいというのが韓国政府の意図である。
すでにアメリカは、韓国のAIIB参加に否定的な見解を明らかにしていた。昨年6月、アメリカは在韓アメリカ大使館を通じて「韓国のAIIB参加に対して危惧(deeply concern)を表明する」という見解を韓国政府に通報した。当時、アメリカは、「AIIBは中国によって政治的に悪用される可能性が高く、韓国が加入した際には米韓両国が築いてきた信頼が影響を受ける」と明言した※6。
同じ時期、サードミサイルの韓国配置問題が浮上したことは、AIIB参加問題と相まって米中韓三ヶ国関係をさらに複雑なものにした※7。韓国に対してサードミサイル配置を求めながらAIIB参加に反対するアメリカと、サードミサイルの韓国配置に反発しながらAIIB参加を迫る中国との間で、韓国政府は両事案に対する慎重な姿勢を貫いてきた。こうした中で、イギリスやドイツ等のG7構成国のAIIB参加が相次いだことは、韓国のAIIB参加をめぐる情勢を一気に変化させた。アメリカが同盟国のAIIB参加に厳しく反対する姿勢を維持できなくなり、韓国のAIIB参加における対外的な障害が急激に低減したのである。
このような変化が生じる中で、今月15日から18日の間に劉建超中国外務省次官補による訪韓、そして16日、17日にラッセル米国国務次官補(東アジア太平洋担当)による訪韓が続き、AIIBとサードミサイル問題をめぐる米中韓三ヶ国の外交が展開された。劉次官補は李京秀韓国外交次官補との会談において、サードミサイルの韓国配置を牽制するとともに、韓国のAIIBへの参加に対する期待を改めて表明した※8。米中外務当局者の訪韓が続く中で、17日には韓国国防部がサードミサイル配置問題は韓国の安全保障問題であり、他国がこれに影響力を行使してはいけないという見解を披瀝した※9。そして18日には、尹炳世外交部長官がAIIBについて政府内で協議を行っていることを明らかにした※10。経済協力は中国、安全保障は日米同盟に依存する近年の韓国の対外政策の特徴が、AIIB参加問題とサードミサイル問題が同時に浮上する中でますます顕著になったのである。
まだ解消されていない韓国の負担
その後間も無く開かれた3月20日の日中韓外相会議では、三ヶ国間の懸案事項である歴史問題、サードミサイル問題、そしてAIIB問題をめぐる各国の協議が注目された※11。韓国が事実上AIIBの参加を決めたことが報じられる中で、中国は日中韓外相会議においてサードミサイル問題への言及を控えた。そして26日、韓国政府は、企画財政部や外交部などの関係閣僚会議にてAIIB参加を正式に決定した。これにより、AIIB問題とサードミサイル問題をめぐる米中の対立は一見すると収まったようにも見える。
しかしながら、両事案において韓国が担うコストはこれから徐々に明るみになるだろう。情勢変化の中で急遽AIIBへの参加を決定した結果、サードミサイルの韓国への配置をめぐって、韓国が採りうる戦略の幅が大幅に狭まってしまったためである。無論、経済問題事案であるAIIB参加と、政治および安全保障問題事案であるサードミサイル問題を同一線上で扱う戦略設定の限界を指摘する声もある※12。しかし、韓国政府が両事案における対応の連関性を否定する公式見解を出したものの、結果として、韓国のAIIBへの参加によって米中両国が対韓交渉上の優位な立場を得たことは間違いない。韓国のAIIBへの参加によって、サードミサイルの配置問題が再び浮上した場合、韓国が中国を説得できるカードはもはや存在しない。 AIIB参加を容認したアメリカによってサードミサイルの配置を迫られる際にも、韓国政府が対中傾斜というイメージを払拭しながら国益に基づく交渉をする余地は極めて少なくなってしまった。4月中旬に予定されている第7次米韓統合国防協議体(KIDD)の高位級会議では、サードミサイルの韓国配置が本格的に議論される予定である※13。韓国のAIIBへの参加をめぐる急激な展開は、アジア開発における韓中経済協力の可能性をもたらす一方で、韓国の安全保障をめぐる米中の対立を激化させる火種を残した。米中の間に置かれた韓国の負担は依然として重いままである。
- ※1金融動向センター「AIIB発足宣言と今後の議論の方向」『週刊金融ブリーフ』第23巻第44号、2014年、p.15.
- ※2代表的な意見としては文正仁「AIIB 構想、韓国も積極的に参加すべき」『中央日報』2014年11月11日参照。
- ※3チ・マンス「アジアインフラ投資銀行を推進する中国の本音と経済的な機会」『週刊金融ブリーフ』第24巻第7号、2015年、p.9.
- ※4チェ・ピルス「AIIB設立と北東アジア開発金融」『寒中社会科学研究』第13巻第1号、2015年、pp.154-155.
- ※5キム・ハンクォン「韓中首脳会談の評価と今後の課題」『Asan Issue Breif』No.2014-21, 2014年7月、p.4.
- ※6「中央日報」2014年6月28日。
- ※7サードミサイルの韓国配置問題に関しては、先月のレポート(黄洗姫「サードミサイル配置をめぐる韓国の葛藤)参照。
- ※8「朝日新聞」2015年3月18日。
- ※9 韓国国防部定例ブリーフィング、2015年3月17日。
- ※10「中央日報」2015年3月18日。
- ※11同会議の成果は外務省公式発表参照。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page3_001152.html
- ※12「 デイリー韓国」2015年3月19日。
- ※13同上。