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インドへのウラン輸出に踏み切ったオーストラリア

January 5, 2015

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

インドがオーストラリアとの間でエネルギー協力を深化、拡大させている。2014年9月にオーストラリアのトニー・アボット首相が訪印し、インドへのウラン輸出を可能にする原子力協力協定を締結した。過去、核不拡散条約(NPT)非加盟のインドにはウラン輸出を禁じていたオーストラリアの方針転換は、インドが長らく待ち望んだものだ。両国はともに英連邦に属しながら、二国間関係は過去、ぎくしゃくしたこともあったが、この合意を機に関係強化が進み始めた。ナレンドラ・モディ首相は11月にブリスベーンで開かれたG20出席のため、インド首相としては28年ぶりにオーストラリアを訪問した。

インド向けウラン輸出を解禁

9月5日の印豪首脳会談後の共同記者会見で、モディ首相は「原子力協力の合意は二国間関係の歴史的な一里塚であり、相互の新たな信頼と確信を反映し、新たな一章を開くものだ」と述べた。(*1) インドはすでにカナダ、モンゴル、カザフスタンなどのウラン産出国から核燃料の供給を受ける原子力協定を締結している。世界3位のウラン産出国のオーストラリアとの交渉が遅れていたのは、オーストラリアが過去、根強い反核政策を掲げてきたからだ。 その輸出解禁を決めたのは、ジュリア・ギラード政権下の2011年12月のことだ。当時、与党で中道左派の労働党の議員総会で白熱した議論の末、投票で決定した。輸出解禁に賛成206、反対185という僅差だった。

オーストラリアは、自国産ウランの輸出先をNPT加盟国に限定してきた。1974年に最初の核実験をしたインドに対し、断固として禁輸措置をとり、それをテコにNPTへの加盟を促した。オーストラリアはニュージーランドとともに、米国やフランスの南太平洋での核実験に反対運動を展開し、南太平洋を非核地帯とする「ラロトンガ条約」の締結など核軍縮政策を進めてきた伝統がある。特に、オーストラリア労働党は反核意識が根強く、ウラン禁輸政策を堅持していた。大国と一線を画す「ミドルパワー」と自称する外交姿勢も強く働いてきた。

米国の圧力と中国の脅威

2012年当時のギラード首相は、禁輸政策の見直しに党内の意見調整を進め、労働党の議員総会を開く前の11月中旬、インドへの輸出解禁の方針を表明した。オバマ米大統領がオーストラリアを訪問する直前のことだった。

米国からはオーストラリア政府にインドへのウラン輸出を働きかける圧力がかかっていた。米国は2008年、当時のブッシュ政権がインドとの原子力協定を締結。NPT非加盟国インドを特別扱いにして原発建設を後押しする体制をつくった。米国にとって、その体制に日本やオーストラリアの参加は不可欠だった。

米国の戦略には、三つの要因があった。インドを中国に対抗する強国に育てる「政治要因」。インドの成長に足かせとなっているエネルギー不足を原発増設によって打開し、同時に原発設備を輸出できる大市場に育てる「経済要因」。さらに、CO2削減による地球温暖化対策という「環境要因」だった。

オーストラリア政府は当初、米国追随に抵抗を見せた。インドへの輸出解禁が、パキスタンを刺激し、核不拡散体制に悪影響を及ぼすことを懸念したのだ。ところが、そうした外交姿勢に影を落としたのが、中国情勢だった。オーストラリアは自国産資源の最大の輸出先として中国を重視してきた。しかし、2008年にオーストラリアに拠点がある資源メジャー、BHPビリトンの社員が中国でスパイ容疑で逮捕される事件が発生。中国の海軍力が拡大する情勢下、ケビン・ラッド前首相がヒラリー・クリントン前米国務長官に「万が一の時は中国に軍事力行使も考えないといけない」と語った話がウィキリークスで漏れる事態もあった。オーストラリアの対中関係は、冷却化した。 その中で、米国との同盟関係強化は一層重要になった。さらに中国のライバルであるインドとの関係改善とウラン禁輸の解除も大きな課題になってきた。

この政策転換には、労働党左派だけでなく、保守系政治家からも批判が出た。マルコム・フレーザー元首相は「政府は危ない間違いをしつつある。これはブッシュ前政権以来の米国の圧力の結果だ。不名誉な話である」と新聞に寄稿した。(*2)

資源産業界からの内圧も

政策転換の背景には、オーストラリア国内の経済要因もあった。資源産業の圧力だ。 ウラン業界の団体、オーストラリアウラン協会(Australia Uranium Association)のマイケル・アングウィン会長は「わが国政府に対し、インドへの輸出解禁を促して来たが、ようやく実戦的な判断が働いた」と述べていた。(*3)  同協会には、BHPビリトンのほか、リオティント、フランスのアレヴァ、カナダのカメコといったウラン燃料メーカーが加盟している。三菱商事や三井物産の現地法人もメンバーだ。オーストラリアから世界へのウラン輸出は約1万t。同協会によると、インドへの輸出解禁によって2030年までにインドに年2500tの輸出が期待され、約3億ドルの収入になるという。

ウラン価格は、一時、世界的な「原子力ルネサンス」のブームの中、07年にポンド当たり130ドル台の最高値をつけたが、2011年3月の東日本大震災後、原発建設機運が後退し、ウラン価格は低迷している。

このため、業界ではインドへの輸出に期待は大きい。ウラン価格が上昇するほど、オーストラリア国内のウラン鉱山への新規投資が期待される。すでにインドからは、最大財閥のリライアンスがカナダ企業と組み、オーストラリアのウラン鉱山の開発に先行投資していた。アングウィン会長は「日本、中国やロシア企業のように、インド企業がさらにウラン開発に投資してほしい」と話していた。(*4)

エヴァンズ元外相の思い

こうした政策転換について、オーストラリア外交の重鎮、ギャレス・エヴァンズ元外相に尋ねる機会があった。(*5) 彼は日本の川口順子元外相と一緒に「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会ICNND)の共同議長を務め、現在はキャンベラのオーストラリア国立大学(ANU)学長である。

エヴァンズ氏はその2年前に会った時、インドへの輸出解禁を明確に否定した。なぜ、政策を変えたのか聞くと、こう述べた。

「NPTの外にいる3頭の象(インド、パキスタン、イスラエル)にNPTに入りなさい、と同じマントラ(お経)を唱え続けても、もはや得策ではない。米国が(インドに対する原子力協力を特別に認める合意をして)堤防を決壊させた。カナダ、カザフスタンという他のウラン産出国はインドに何の条件もつけずに、ウランを供給することにした」

「このため、豪州は深刻なジレンマに直面した。今まで通り、純粋なウラン禁輸を保つべきか、どうか? インドは、他の国から買うから豪州のウランは要らない、と一笑に付すだけだろう。これでは私たちがウラン禁輸を続けても、インドの核政策に影響力を及ぼすことは出来ない。その一方で、地政学的な戦略論もあり、インドの重要性は高まっている。他の国々と同様、わが国も、インドに対してタフな考え方ではいられなくなった」

「重要なのは、インドに核実験や核分裂性物質生産をやめさせる真剣な対話を進め、最大限の成果を上げること。私はインドの政府指導者に対し、核実験をやめるのに、なぜ米国の動きを待ってばかりなのかと、問い続けている」  「ラジブ・ガンディー首相が示したような核軍縮の指導力を、インドはなぜ発揮できないか、私は真剣に問いかけている。インドが他の核保有国と違うのは、核保有に対して罪の意識を抱いていることだ」

インド洋地域協力も重視

もっとも、現在のアボット政権の与党、保守連合はインドへのウラン輸出解禁を求める声は本来、労働党より強かった。アボット首相は訪印時、「インドは他の分野と同様に、原子力の分野でも正しいことをしていくと信じている」と語ったが、今後どの程度、インドに核実験停止や核軍縮を求めていくのか、分からない。 むしろ、中国の台頭をにらみながら、インドとの海洋安全保障の二国間協力と環インド洋連合(IORA)のような多国間協力を交え、対印関係強化に注力していくことだろう。

また、2014年7月にはインドのアダニ・マイニング社がオーストラリアの石炭採掘と鉄道建設に165億豪ドルの投資を決め、関心を集めた。インド企業の成長とグローバル化によって、国際政治におけるインドの交渉力も増して来たことを感じさせる。(*6)

  • (*1) インド首相府のホームページ
  • (*2) Sydney Morning Herald電子版2011年12月12日, www.smh.com.au/federalpolitics/politicalopinion/whygillardsuraniumtoindiapolicyisdangerouslywrong201112111opki.html
  • (*3) Australia Uranium Associationホームページ http://www.aua.org.au/Content/041211MRLSALPURANIUM.aspx
  • (*4) 同上
  • (*5) 2012年3月28日、東京で開かれた国際会議「核の不拡散と原子力問題を再考する」で の筆者の質問に対する発言。
  • (*6) ロイター通信、2014年9月5日,“India and Australia seal civil nuclear deal for uranium trade”, http://in.reuters.com/article/2014/09/05/india-australia-nuclear-deal-idINKBN0H00MX20140905
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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