ポール・ J ・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー
米露関係は今後どうなるのか。これはアメリカの同盟諸国にとって頭の痛い問題である。自国の権益がロシアに直に脅かされている国は、米露関係が改善すると自国の安全保障や地域の利益が損なわれるのではと気が気ではない。一方そのような脅威に晒されていない国は、米露間の緊張関係は、経済関係を含め自国にとって不本意な方向へと逆戻りするのではないかと危惧している。そういった意味では、米国のこのロシア制裁は、良くも悪くも、米国の考え方を最も端的に示したものといえるのではないか。
対ロシア制裁措置がこのような象徴的意味合いを帯びるのは、別段驚くような話ではない。制裁措置は、米国が良しとする、もしくは欧米諸国の解釈に基づくところの国際ルールや規範を他国政府に押し付けるとき、よく使う手段だ。強力な経済制裁を受けた相手国は高い代価を支払うことになる。特に世界規模またはそれに近い規模で行ったとき、絶大な効力を発する。また、経済制裁を行う理由としてはもうひとつ、軍事制裁より危険度が低く、費用的にも安くつき、政治論争に発展するリスクが低いと、米国の政治家や政策立案者が見ていることも挙げられよう。
対ロシア制裁は、もちろん米国にとっても象徴的な意味合いがきわめて強い。オバマ政権が下した対ロシア制裁を、ドナルド・トランプ大統領が緩和、解除するのではないかという憶測は以前からあった。その実行如何はトランプ大統領の権限下にある。前任のオバマ大統領も、対ロシア制裁を大統領令の発動で行った。
こういった憶測が生じたのは、1つには2016年6月、大統領選中のトランプ候補が、もし当選したら自分の政権では対ロシア制裁を解除することを「検討する」とつい口にしてしまったこと、また、2016年12月、対ロシア制裁に関し、トランプ氏から国家安全保障補佐官に指名されたマイケル・フリン氏の会話が傍受され、それがリーク報道されたこと、そして、2017年1月、次期大統領に決まったトランプ氏がツイッターに投稿したメッセージや声明からわかったのだが、対ロシア制裁が、兵器削減でロシアから譲歩を引き出すための交渉材料となっていたためだ。メディアはこれらの出来事を大々的に報道したが、トランプ政権高官がその意図はないと否定するものの、結果として、新政権は対ロシア制裁の緩和、解除をするのではないかとの憶測に対する政治的関心を異様に高めることとなった。
新ロシア制裁法が意味するものとは
このような政治的関心の高さは、欧州の一部地域、特に中欧や東欧でも見うけられる。そういった地域では、NATO加盟国の多くが合意済みの防衛費用目標を満たしていないとのトランプ氏が非難していた経緯もあり、米国がロシアとの友好関係を進め、同盟国に対するコミットメントは限定的になるのではと不安を募らせているのだ。NATOの南側諸国など他の地域においては、トランプ氏のNATO批判などに惑わされている様子はあまりなく、むしろモスクワとの直接対話や協力体制を推進したいと思っている国すらある。世界全体で見ると、ウクライナ侵攻とは縁遠い国々にしてみれば、米国や欧州の対ロシア制裁は、その必要性を認めるというより、国益としてはむしろ不都合な結果を招きかねないと見ているようだ。
2017年の春、ワシントン政界では、シリア問題等により米露関係が悪化したにもかかわらず、トランプ政権がトランプ大統領とロシアのウラジミール・プーチン大統領の早期会談、両国関係の改善努力を求めようとしないため、対ロシア制裁がもたらす不安感を徐々に沈静化させようとする動きが出ていた。議会の共和党幹部は静観を決め込み、その結果、対ロシア制裁を法制化する動きが止められていた。というのは、対ロシア制裁の法制化は、米露関係改善の見込みが立つと困る輩が熱心に主張していたからだ。
しかし6月中旬、上院が98対2の賛成多数で、ロシアに対する追加制裁やロシアの影響力行使に対抗する新プログラムなど広範な対ロシア制裁法案を可決するに及び、明らかに変化が生じた。しかし今回の法案可決は、今現在見えているもの以上に、より重要な意味合いがあるようだ。
ここで非常に重要なポイントは、最終法案はあくまで対イラン制裁法だったことだ。共和党が法案を提示したのだが、民主党はその批准に対ロシア制裁を含めることを求めた。これは、法案を可決することで共和党出身の大統領を批難するように振る舞うか、それとも大統領選でトランプ選対がロシア政府職員と結託した嫌疑を見て見ぬふりをするか、そのどちらを選択するか、共和党に対し踏絵を迫ることを計算に入れた政治的策謀だった。結局、上院共和党幹部は対ロシア制裁を含めることに同意し、対ロシア制裁に関する要求事項の殆どを盛り込んだうえ、対イラン制裁法案を修正し、イラン制裁とロシア制裁を統合した法案をたった72時間で投票にかけた。
米議会政治の凋落
上院による異例のスピード可決は、ロシア制裁法案の投票が政策声明以上に政治的行為として非常に重要な意味合いを持つことを、見事に言い当てている。既存の対ロシア制裁法を精査しなかったし、投票前、対イラン制裁と対ロシア制裁を盛り込んだ条文をチェックする時間も、議論を十分に交わす時間もろくになかった。が、それにしても98対2という表決は、ロシア政策に対する批判から逃れたいという両党一致のコンセンサスや、モスクワの選挙干渉に対する憤りを反映したものに他ならず、自国の国家政策に対する検証が十分になされたうえでのものとはいえない。更に言えば、このような結果になったのも、共和党が下院でも過半数を占めていることから、いったん上院の手を離れてしまえば、下院でしっかりと検討ができものると上院の共和党幹部が確信していたからだ。
確かに上院共和党の判断は正しかったといえよう。かくして共和党のポール・ライアン下院議長は、法案の迅速審議を支持する考えを示したのだが、この発言が決議を迅速に行うことを意味したのか、単に審議、議論、修正を行う標準的な手続き(報告書によれば、数か月を要することもあるらしい)を早く始めることを意味したのか、曖昧なところがあった。実際そんなことをしていたのでは、米議会政治そのものを死に至らしめかねない。下院共和党は、法案の文言に憲法上の問題点ありと指摘とする政略的な動き(と民主党は見ている)があるため、制裁法案を上院に2回目の投票を行わせるよう既に動いているようだ。
また、議会筋は、下院共和党が民主党を分裂させるため、法案中のイラン制裁を大幅に強化することを求める可能性があることを示唆している。民主党の一部は、イランに対する強硬な新制裁が、包括的共同行動計画(JPCOA)で知られる、オバマ政権のイラン核交渉を切り崩すことになるのではないかと憂慮しているからだ。最終的には、下院議員は法案の詳細を検討し、やはり、幾つかの条文に問題点があることを見つけたようだ。例えば、エネルギー・パイプライン建設に際し、ロシアに製品、サービス、技術等の支援を提供する第三国の企業に対する制裁措置がそうだが、米国の同盟国の一部から抵抗があるだろう。同様に、実際の制裁行為よりも制裁の法制化で、制裁が米国の国家政策においてが半ば恒久的なものとなってしまうのではないかと、米国の同盟国を危惧させる可能性がある。詰まるところ、圧倒的な賛成多数で上院の表決が行われたものの、米国の対ロシア制裁措置の今後はどうなるのか、先行きが見えないということだ。