研究員
三原岳
団塊の世代が75歳以上になる2025年に向けて、将来の医療提供体制を定めた「地域医療構想」が今年3月までに全都道府県で作成された。これは医療計画の一部として作成され、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の病床機能について、病床機能報告制度に基づく現状と2025年の必要病床数を比較し、余剰または不足が見込まれる機能を明らかにすることで、地域の実情に応じて25年の医療提供体制構築を目指す。
人口減少や高齢化のスピード、医療・介護資源の分布が地域によって異なる中、地域の課題を地域で解決するというコンセプトは重要で、各都道府県の力量が問われる。
しかし、地域医療構想には(1)病床削減による医療費適正化(2)切れ目のない提供体制構築―という2つの目的が混在している。
そこで今回は、政策形成プロセスの再考を通じて地域医療構想の目的があいまいな点を指摘し、次回は地域医療構想の内容や策定プロセスを精査することで、(1)に傾きがちな国の思惑とは裏腹に、都道府県は(2)に力点を置いていることを明らかにする。
まず、地域医療構想に盛り込まれた4つの機能の病床数を把握する。筆者の集計によると、表1の通り、全国的には高度急性期、急性期、慢性期の余剰、回復期の不足が見込まれる結果となった。これは厚生労働省令で定められた数式に基づく一つの目安にすぎないが、余剰または不足の見込まれる機能が明らかになったことで、人口動態を踏まえた将来の医療提供体制を地域ごとに議論する素地ができたのは事実であり、構想の内容を少しでも実現するための取り組みが求められる。
その際に重要になるのは地域の課題を地域で解決するという考え方である。各都道府県に地域医療構想の策定が求められた一つの背景として、高齢化や人口減少のスピード、医療・介護資源に地域差があるため、診療報酬で全国一律に誘導するのが難しいという国の判断があった。実際、各都道府県の地域医療構想を見ると、今後、高齢化が進む8つの都府県で全体の病床が不足する=グラフ=。さらに、地域医療構想を推進するための基本となる「構想区域」別で見ても、341区域のうち261区域が将来余剰、75区域が将来不足となり、ばらつきが見られたほか、機能別に見ると回復期が余剰となる区域さえわずかに存在しており、地域性に配慮する重要性を示していると言える。
表1 地域医療構想に盛り込まれた病床数
グラフ 地域医療構想に盛り込まれた都道府県別の病床不足・余剰の状況
ただ、地域医療構想を策定する目的はあいまいである。確かに厚生労働省は「病床削減のツールではない」と繰り返し強調しているが、地域医療構想で主に語られているのは病床の数であり、在宅医療に関しても療養病床の入院患者のうち、「医療区分1の患者の70%を在宅医療等で対応する患者数として見込む」などの前提に立っているにすぎない。この状況で、いくら病床削減のためのツールではないと否定しても、「●●県は××床過剰」といった形で病床数に関心が行くのはやむを得ない面がある。
実際、地域医療構想が当初、病床削減、特に急性期病床の圧縮を重視していたことは明らかである。地域医療構想につながるコンセプトを初めて示した08年6月の社会保障国民会議の中間報告では、「過剰な病床の思い切った適正化」と「疾病構造や医療・介護ニーズの変化に対応した病院・病床の機能分化」の必要性を指摘。さらに、13年8月の社会保障制度改革国民会議の報告書でも病床を「川上」、受け皿となる地域を「川下」と形容しつつ、「急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入」「入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現」「受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実」と強調しており、急性期を中心に病床削減を意識していたことは明白であり、今も残滓を引きずっている。例えば、政府が昨年末に改定した経済・財政再生計画の「改革工程表」では「医療介護提供体制の適正化」の具体策として地域医療構想が位置付けられており、財務省は市町村国保の財政運営の広域化や医療費適正化計画とのリンクを強めることで、都道府県主導による医療費適正化の必要性を訴えている。
それにもかかわらず、病床削減の目的が否定されているのはなぜか。それは病床再編を進める仕組みを具体化させるプロセスで、日本医師会の意向を反映したためである。厚労省は急性期に要件を定める認定制度や登録制度を提案したが、日医は「急性期医療をできなくなる地域が生まれる」と厚労省案に反対。関係者が協議しつつ医療提供体制を再編する対案を示し、現在の地域医療構想につながっている。
その結果、「病床削減による医療費適正化」「切れ目のない提供体制構築」の2つの目的が地域医療構想に混在し、「病床の需給ギャップを明らかにするのに、病床削減を目的としない」という分かりにくい制度になったのである。
重要なのは切れ目のない提供体制の構築
しかし、筆者はそれが望ましい方向転換だったと考えている。医療制度を考えるとき、コストは一つの要素にすぎないためだ。
むしろ、地域医療構想の実現に際して重視すべきは切れ目のない提供体制の構築である。社会保障制度改革国民会議が指摘した通り、高齢者の増加で医療需要が急性期から慢性期にシフトしている中で、「病気を治す医療」だけでなく、介護や福祉を含めて「生活を支える医療」に転換する必要がある。例えば、認知症ケアでは重度化を防ぐ専門医療だけでなく、多様な職種との連携や住民同士の支え合いなどが必要になる。
実際、OECD(経済協力開発機構)が2014年11月に公表した報告書でも日本の医療制度について「長期的に一貫したケア拠点を提供でき、複数の医療ニーズを有する患者に対するケアを個々に合わせて調整でき、患者の自己教育及び自己管理を支援できるような、地域社会のケア制度を備える必要性が示唆される」と訴えており、地域医療構想で重要になるのは切れ目のない提供体制の構築である。
それでは、構想を策定した都道府県は、混在する2つの目的のうちどちらを重視したのだろうか。次回は各都道府県による構想の策定プロセスや内容を精査しつつ、それぞれのスタンスを考察する。
2017年6月2日付『医療介護CB newsマネジメント』より転載