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患者目線で考える医療提供体制改革

July 28, 2016

研究員兼政策プロデューサー
三原岳

2016年4月の診療報酬改定では、紹介状なしに大病院に行った場合、5,000円を追加で徴収するルールが導入された。

これは「医療機関の機能分化」が目的とされている。日本の医療制度は自由に医療機関を選べるフリーアクセスであり、大病院と中小病院、診療所の役割分担が不明確な点が以前から課題として挙げられていた。このため、「大病院=高度な医療」「中小病院、診療所=身近な医療」という機能や役割を明確にする政策の方向性は重要と思われる。

ただ、これだけで十分なのだろうか。確かに医療費を抑制できるかもしれないが、医療政策はコストの節約だけでなく、患者のQOL(生活の質)の向上も追求する必要があり、患者の視点に立った医療提供体制の在り方が問われなければならない。

その際には患者の自己決定を支えつつ全人的かつ継続的なケアを提供するプライマリ・ケアの視点が必要になると考える。本稿は「医療機関の機能分化」「プライマリ・ケアの制度化」をキーワードに、患者目線での医療提供体制改革を考えたい。

患者―医師関係からの考察

医療提供体制は図1で掲げた通り、通常はプライマリ・ケアと呼ばれる1次医療、一般の入院に関わる2次医療、専門性の高い救急医療など特殊な高次医療を提供する3次医療に分類される。通常、プライマリ・ケアの部分は病気の発生頻度が高く、対応する医療費は小さい。一方、2次医療や3次医療は発生頻度が小さいが、多くの人員や高度な機器を必要とするため、対応する医療費が大きくなり、風邪などの身近な病気を大病院でカバーするのは費用対効果が悪いとされる。

そこで、今回の改定では紹介状なしで大病院 [1] に行く場合、患者は5,000円(歯科は3,000円)以上を追加で負担する(救急など特別な事情は除く)。

この改定を通じて、政府は大病院と中小病院、診療所が連携しつつ、異なる機能を担う「医療機関の機能分化」が進むことを期待している。具体的には、中小病院や診療所が身近な病気やケガに対応するとともに、専門性や必要性に応じて、他の医療機関に患者を紹介。大病院は紹介に応じ、高度かつ専門的な医療を提供し、回復した後は中小病院、診療所に逆紹介することを想定している。

こうした考え方 [2] の下、2014年通常国会で改正された医療法にも医療機能に応じて、国民に適切な受診を求める努力義務が盛り込まれている [3]

図 1 1次医療、2次医療、3次医療のイメージ

出典 筆者作成

しかし、患者はどこまで医療機関を「適切」に選べるだろうか。医療制度を論じる上では、患者―医師の関係を原点から考える必要がある。

その際、考慮に入れなければならないのは医療の特性である。医療の場合、患者は医療ニーズの発生を予測しにくい上、情報が医師に偏在しているため、十分に情報を習得したり、どういう医療サービスを受けるか自己決定したりすることには限界がある。

実際、体に異変を感じた時、どこの医療機関や診療科にかかって良いか迷った経験は大なり小なり誰にもあるであろう。こうした医療サービスの特性を踏まえると、改正医療法が求めるような「適切」な受診を患者の判断だけで実現することは極めて難しい。

その証左として、日本の患者は大病院志向が強く、プライマリ・ケアで対応すべき患者が大病院に流れている [4] が、これは不安を感じた患者が「設備の良い医療機関で、早く検査結果を知りたい」「大きい病院で診てもらいたい」と考えた結果とされている [5]

いきなり大病院に行く受療行動は医療の費用面から見ると、確かに非合理的な行動かもしれない。しかし、先に触れた医療の特性を考えれば、患者が医療機関を「適切」に選ぶことは難しく、今回の改定や法改正がどこまで有効に機能するか分からない。

「素人知」の重要性

一方、患者―医師の関係は変化しつつある。第1に、情報通信技術の発達を受けて、患者は様々な医療情報に触れる機会が増えており、以前よりも格差は縮まっていると言える。

第2に、人口高齢化の影響である。高齢者人口が増えると、医療だけでなく介護や福祉による生活支援のニーズも増加する。2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書は、従来の「治す医療」からQOLを重視した「治し・支える医療」への転換を指摘したが、介護や福祉との連携を含め、患者が求める医療の内容が大きく変わりつつある。

第3に、急性期から慢性期への疾病構造の変化である。急性期に比べると、慢性疾患は完全な回復が困難なものの、患者は病気と向き合いつつ、治療を受けない選択肢も含めて、生き方や治療方法を選べる余地が大きくなる。

実際、近年は難病、がん、介護経験などの当事者団体も増えている。個人では影響力を発揮しにくい市民(患者)が結集することで、闘病体験を共有したり、情報を交換したりすることで、「賢い市民(患者)」を目指すのが目的である。

その一例として「患医ねっと」 [6] の取り組みを挙げる。これは二分脊椎とがんを経験した鈴木信行氏が主催している団体。患者、医療者、企業にやさしい医療を目指す「患者協働の医療」を掲げており、鈴木氏が経営する喫茶店「みのりCafé」(東京都文京区)を中心に、患者や障害者、市民が学べる場を開催している。

ここで重要なのは「素人知」である。専門職が治療方針やケアの内容を一方的に決定するのではなく、素人である患者が自らの経験や人生観などの「知恵」を基に、治療方針やケアの内容を決めることを重視している。

医師の役割変化とプライマリ・ケア

以上のような変化を踏まえると、医師など専門職の役割も変わる必要がある。先に触れた医療の特性を踏まえると、患者の「素人知」だけでは限界がある以上、医師の情報や判断に多くを頼ることになり、患者との対話、介護・福祉も視野に入れた情報提供や選択肢の提示などを通じて、患者の自己決定を支えることが求められる。この関係性では、患者―医師の対話と信頼関係が重要になり、一つの方法として全人的かつ継続的なケアを提供するプライマリ・ケアが挙げられる。

プライマリ・ケアの定義は「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」 [7] とされ、イギリスでは家庭医(GP、General Practitioner)によるプライマリ・ケアが定着している。

その一例として、英国の診療所で勤務する日本人GP、澤憲明氏が挙げる事例を取り上げる。もし患者が「頭痛がひどいのでCTスキャンを受けたい」と求めた場合、日本では医師が「要らない」と即答するか、患者の求めに応じてCTを受けさせるかもしれない。しかし、イギリスのGPは頭痛が重大な疾患でないことを確認できれば、対話の中から「なぜCTを望んでいるのか」を聞き、「若い頃に父親が脳出血で亡くなった。それが怖くて不安だからCTをやって欲しい」といった患者の不安を引き出すという。その上で、GPは明らかに風邪の症状であることを説明しつつ、「脳の出血が見付かる可能性は限りなくゼロに近く、CTをすると胸部X線の100倍以上の放射線によって、体に負担がかかる」と医学的なエビデンスに基づいて対話し、患者にCTを受けるかどうか決定してもらう [8]

さらに、介護や福祉との連携も重視している。例えば、まれな難病による社会的孤立に悩む患者に対し、対話を通じて本音を引き出した上で、患者団体を紹介するだけでなく、患者団体の会費を払う余裕がない場合には会費の値引きまで依頼することもあるという [9]

表 1 英国GPの義務とされる領域

出典:General Medical Council(2009)”Tomorrow's Doctors”を基に作成

イギリス医学教育プログラムの規制・認定などを行う総合医療審議会(GMC、General Medical Council)が発刊する『Tomorrow’s Doctors(明日の医師)』を見ても、医師が満たすべき領域として表1の内容を挙げている。これを見ると、医師の能力やスキルよりも、対話やパートナーシップ、信頼関係に関する言及が多いことに気付かされる。こうした医師に身近にアクセスできる環境が整備されれば、「不安だから」と言って、いきなり大病院に駆け込む患者は減るのではないだろうか。

「緩やかなゲートキーパー」が適切か

では、日本の現状はどうだろうか。GPと同様の能力を持つ「総合診療専門医」の育成が2018年度にもスタートする [10] ほか、日本医師会も「かかりつけ医機能研修制度」を2016年度から始めた。

しかし、総合診療医がGPのようなプライマリ・ケアの能力を持つのに対し、かかりつけ医は機能を指しているのか、能力を示しているのか、非常に分かりにくい [11]

図 2 日本のかかりつけ医と英国GPの比較

出典 筆者作成

『広辞苑』によると、かかりつけとは「病気などでいつも特定の医者や病院にかかっていること」という意味であり、患者が「常にかかる医療機関」を決めた瞬間、かかりつけ医は成立する。その際、かかりつけとなる医師の能力は問われない [12] し、かかりつけ医を臓器別に複数選ぶこともできる。

この点は図2の通り、イギリスの事例と比べると理解しやすい。イギリス国民は診療所への登録が義務化されている。さらに、最初に診療所で診断・治療を受けることも義務付けられており、プライマリ・ケア専門医であるGPの診察・治療を受けた後、必要に応じて高度な医療を提供する病院を紹介してもらう。以前は居住地域に応じて登録する診療所が自動的に決まっていたのに対し、現在は自宅や職場の近くから診療所を選べるようになった [13] が、それでも国民は診療所への登録が義務付けられている。

つまり、登録制度を通じて公的医療サービスの入口を1カ所に絞り込み、診療所でプライマリ・ケアの専門能力を持ったGPが対応する仕組みであり、通常は「ゲートキーパー」と呼ばれる [14]

これに対し、日本はフリーアクセスの下、患者は自由に医療機関を選べる緩い仕組みであり、実際に2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、かかりつけ医による「緩やかなゲートキーパー機能」が必要としている。

しかし、緩やかなゲートキーパー機能が実現しても、患者は適切に医療機関を選べるだろうか。たとえ近くに診療所や病院があったとしても、冒頭に触れた医療の特性を考えると、不安に駆られた患者は大病院に行きたがるのではないだろうか。

それにもかかわらず、大病院へのアクセスを事実上、価格設定で制限する報酬改定で十分だろうか。患者の不安を解消するにはプライマリ・ケアの制度化 [15] が不可欠であり、その一環として医療の入口を1カ所に絞る登録制度の導入を議論するべきである。

実際、2014年10月に公表された日本の医療制度に関するOECD報告書 [16] は日本の医療制度を高く評価しつつも、高齢化社会に対応する上で、「費用対効果が高い予防医療に向けた日本の方向転換には、生涯を通じて一貫した予防的ケアを提供する、首尾一貫したプライマリ・ケア部門が必要不可欠」と指摘し、改革の方向性として、▽プライマリ・ケア専門医の育成、▽これに患者が指名・登録するシステムの導入―などを挙げた。

確かにフリーアクセスに慣れた日本で、イギリスのゲートキーパー制度に抵抗を感じる人が多いかもしれない。このため、登録を任意とした上で、登録医に行った場合は費用を小さくする(あるいは登録医を経由しない場合、患者負担を大きくする)制度設計も一つの方策であろう。例えば、フランス [17] は2005年から「かかりつけ医」(Médecin traitant)制度を導入し、かかりつけ医への登録を国民に義務付けた。しかし、診療所のGPに登録が義務付けられるイギリスと異なり、フランスの制度では病院に勤務する医師を選ぶことも可能であり、かかりつけ医を経由しない場合、患者の負担が増える制度となっており、日本の参考になるであろう。

情報の偏在など医療という財の特性を考えると、患者が「自由」に医療機関を選ぶのは難しい。それにもかかわらず、紹介状なしに大病院に行く受療行動を価格だけで制限しても、その行動の根底にある患者の不安を解消しなければ、医療機関の機能分化は進まない。医療機能の分化を進める上では、プライマリ・ケアの制度化が必要であり、その際には医療の入口を1カ所に絞る登録制の議論は避けて通れない。

[1] 高度な医療の提供や技術開発などを担う「特定機能病院」に加えて、紹介患者の積極的な受け入れなどを担う「地域医療支援病院」のうち一般病床数が500床以上の病院が対象。

[2] 2025年の医療提供体制を示す「地域医療構想」も同じ目的であるが、本稿では触れない。

[3] 医療法第六条の二3では、「国民は、良質かつ適切な医療の効率的な提供に資するよう、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携の重要性についての理解を深め、医療提供施設の機能に応じ、医療に関する選択を適切に行い、医療を適切に受けるよう努めなければならない」と定めている。

[4] 例えば、主要大都市における患者の行動を調べた塚原康博他(2006)「外来患者の病院志向とその関連要因」『季刊社会保障研究』Vol.42 No.3によると、診療所での治療がふさわしいのに大病院を選んでいる病院志向の患者は全体の約4分の1を占めるとしている。

[5] いくつかの研究がこの可能性を示唆している。例えば、松嶋大他(2009)「紹介状を持参しない大規模病院初診患者の特性とその受診理由」『医療の質・安全学会誌』Vol.4 No.4では、紹介状を持参しない患者が受診した理由として、「すぐに検査ができる」「設備が良い」という答えが有意だった。

[6] 患医ねっとのウエブサイトは以下の通り。
http://kan-i.net/

[7] 日本プライマリ・ケア連合学会の定義に基づく。

[8] 東京財団ウエブサイト2013年12月18日「研究会レポート:英国の家庭医とプライマリ・ケア」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1127

[9] 東京財団ウエブサイト2015年9月18日「〔対談〕日英の比較からプライマリ・ケアを考える(上):GP(家庭医)の日常」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1150

[10] 専門医制度の見直し論議が混乱しており、当初予定していた2017年度の正式スタートは微妙な情勢となっている。
[11] かかりつけ医という言葉が分かりにくいのは政治的な背景がある。1980年代に厚生省(当時)は英国GPのような「家庭医」の創設を検討したが、国家統制を懸念する日本医師会の反対が出たため、既存制度をベースに「かかりつけ医」を普及させることで決着した。

[12] 日本医師会などは2013年8月の報告書で、「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義している。

[13] 国民が診療所を選ぶ上での参考材料として、満足度や平均待ち時間などを尋ねた患者向けのアンケート調査結果が診療所ごとに公表されており、国民は診療所ごとの比較に加えて、全国平均または地域平均の結果と比べることもできる。

[14] 2015年6月に取りまとめられた政府の「保健医療2035」は「身近な医師が患者の状態や価値観も踏まえ、適切な医療を円滑に受けられるようサポートする機能」として、ゲートオープナーという名称を使っている。

[15] プライマリ・ケアの制度化に際しては、プライマリ・ケア専門医の育成、報酬制度の見直し、質を評価するシステムの整備も課題となるが、ここでは触れない。
[16] OECD(2014)“Reviews of Health Care Quality:Japan RAISING STANDARDS Assessment and Recommendations”「医療の質レビュー 日本 スタンダードの引き上げ 評価と提言」。このほか、プライマリ・ケアについて登録した人口に応じて支払う報酬制度、情報インフラストラクチャーの整備、アウトカム評価の導入などの必要性も訴えた。

[17] フランスの事例は加藤智章(2012)「フランスにおけるかかりつけ医制度と医療提供体制」『健保連海外医療保障』No.93を参照。

    • 元東京財団研究員
    • 三原 岳
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