対談シリーズ「医療保険の制度改革に向けて」
日英の比較からプライマリ・ケアを考える(上):GP(家庭医)の日常
代理人としてのGPの日常
三原岳研究員(以下、三原): 我々が6月、公表した 政策提言「医療保険の制度改革に向けて」 (以下、提言)では、「プライマリ・ケアの制度化」を柱の1つに据えています。英国でプライマリ・ケアを実際に提供している澤さんと対談することで、日本の医療制度改革に向けた視座を抽出したいと思っています。澤さんとは2012年8月にお会いした後、 フォーラム にご参加頂いた [1] ほか、私が診療所にお邪魔したり、研究会にご参加いただいたりする [2] など、色々とお世話になっていますが、改めて自己紹介をお願いできますか。
澤憲明さん(以下、澤): 僕は富山県黒部市で生まれて、現在は35歳です。高校卒業と同時に自分探しのために渡英しました。始めは英語が殆ど喋れなかったので、ロンドン郊外の語学学校に通い、海外の留学生にアドバイスを提供しているブリティッシュ・カウンシルと呼ばれる公的な機関に相談したのですが、「日本で生まれ育った日本人がイギリスの医学部に入った前例は把握していない」と言われ、それを聞いた途端、「僕が求めていた挑戦はこれだ」と思い、イギリスの医学部に進学することを決心しました。そこから初期研修、後期研修を経て、今はGP(General Practitioner、家庭医)として、イギリス中部の都市、リーズ近郊にあるStuart Road Surgeryという診療所で働いています。
三原: 家庭医の日常はどんな感じですか?
澤: 診療所は基本、平日の午前8時から午後6時半まで開いています。診療所に登録している住民数は約8500人で、僕を含めた5人の常勤の家庭医でグループ診療を行っています。住民は「外来」「電話相談」「在宅医療」のいずれかを、各自のニーズや希望に応じ、その都度、自由にリクエストできます。診療は主に予約制で、急な問題に対応する「当日枠」と、慢性的な問題に対応する「慢性枠」の二つがありますが、完全に予約制だけで運営すると、どうしても枠に限度が生まれるので、外来に出ている医師とは別に毎日誰か一人が「Duty Doctor(当番医)」を担当します。Duty Doctorは一種のバッファーとして機能し、当日のイレギュラーなニーズに対応します。具体的には、「今から診て欲しいが、予約が満杯と言われた」「調子が悪いので今すぐ診て欲しい」といった相談のほか、「花粉症がひどい。今日は仕事で診療所に行けないので、処方箋を最寄りの薬局に送って欲しい」「検査結果を教えて欲しい」「前もらった痛み止めの薬が欲しい」など電話相談だけのケースもあります。イギリスでは、直接の対面診察無しでも検査のオーダーや薬を処方することが許されているので、これは人気のサービスです。電話の相手も患者だけでなく、家族、病院医師、訪問看護師、ソーシャルワーカーなど、とにかくGPに相談したい人は誰でも電話してくる。これは予約を必要とせず、少ない時は約20件、多い時で70件程度です。Duty Doctorじゃない場合は、予約が入っている患者に対応します。診察が始まる午前8時半から昼頃まで外来をやり、ランチタイムに在宅医療を2~3件回り、その後、午後の外来をやります。患者1人当たりの診察時間は平均10分程度。僕の診療所は午前、午後の予約枠が16人ずつなので、Duty Doctor以外の医師は一人当たり1日32人の外来患者プラス在宅診療の患者を診ている計算になります。
三原: 日本では「3時間待ち3分診療」と揶揄されており、1人10分も費やすことは考えにくいのですが、10分間で何やるのですか。
澤: 多くの場合、診断は最初の5分以内で付きます。残りの5分はコミュニケーションを図りつつ、患者との間で今後の診療方針を話し合うようにしています。セルフケアに向けた働き掛けも行います。
三原: 重要なのはコミュニケーションということですね。提言の第1章及び第5章で触れたのですが、医療は情報の非対称性が高いため、市場が機能しにくく、患者は自己決定しにくいため、市場や契約関係は成り立ちにくい。そうなると、大事になるのは医師と患者のコミュニケーションを通じて、患者が医師を「信任」(Fiduciary)することが重要になると思います。
澤: その辺りは普段から意識しており、GPの専門研修の中でもコミュニケーションスキルを教わります。これは「Patient-centred Consulting(患者中心の医療面接)」と呼ばれる手法で、これを専門とする教科書がいくつもあり、ビデオで撮った日頃の外来診察を指導医と一緒に振り返る訓練も日常的に行われます。GPになるには必ず合格しないといけない臨床試験でも厳しく審査されます。
三原: 実際、どういう形でコミュニケーションに工夫していますか。診療所の近くには移民の方もいると聞いています。
澤: 僕達が大切にしているコミュニケーションの基本は、第一に医師が患者の意図を把握すること、第二に患者が医師からの情報を理解することです。さらに、相互理解を基盤とした対話をキャッチボールのように続け、お互いが歩み寄ることで、その場でユニークな関係が生まれる。その上で、これを効果的に実現するために教わったのが構造化された医療面接、いわゆる「コミュニケーション作法」です。例えば、健康問題に関する患者自身の解釈、不安、期待、その影響、患者の家族事情や社会的背景など患者を人として理解する、重篤な疾患を除外するため、Red Flag(危険な症状)の有無を確認し、健康問題に関連する適切な問診や身体診察を行う、問題を把握した後、良好なコミュニケーションを用いて患者との共通理解を図る。さらに今後の診療方針を一緒に決定し、不慮の事態に備えるバックアッププランを含む再診の計画を話し合う―といった形です。その際、沈黙、受容、傾聴、共感の具体的な実践方法や、専門用語を分かりやすく説明する表現方法なども教わります。要するに、診断過程を含む対話方法を身に付け、コミュニケーションの質を最低限担保する試みです。こうした基本の反復練習で応用が効くようになり、時間の流れとともに自分だけのスタイルが生まれるようになります。
三原: コミュニケーションしやすい空気をどう作っていますか。
澤: できるだけ患者が話しやすい環境設定に気を付けています。「正面ではなく斜めの位置に座る」「座った時も目の高さが同じになるように椅子の高さに気を付ける」「白衣は着ない」「患者と医療者の椅子はなるべく同じものを使う」「電子カルテを少し患者の方に向ける」といった具合です。それに英語が不得意な人の場合、文章を短めにしたり、分かりやすい単語を使ったりする工夫もしています。実際、そういう患者を想定する専門医試験も受けました。模擬患者の1人は英語が不得意な移民の方で、「糖尿病を心配している」と。「耳が聞こえにくい人に対し、どういったコミュニケーション方法が良いか?」という研修もあるので、もし患者が「口を大きく動かしてくれるのであれば分かりやすいと」と言えばそうするし、耳の近くで喋るとか、紙に書いて説明することもあります。
三原: コミュニケーションの質の担保を図ることで、様々な患者のニーズに対応するということですね。ただ、澤さんの相談例をみると、いわゆる「日本ではコンビニ受診と言われるのではないか」と思う案件も含まれています。イギリスのNHS(National Health Service、国民保健サービス)は無料なので、窓口負担を徴収する日本と事情が違う面もあると思いますが、「娘がジャンクフードしか食べてくれない」という若い母親の相談に対し、どうやってケアするのですか。
澤: 医療的な介入を必要としない場合、地域には多くのプレイヤーがいるため、その都度、適切な人へと繋げるようにしています。この事例の場合、学校に所属する看護師に相談しました。
三原: そうした地域のリソースはどうやって知るのでしょうか。あるいは多職種との連携はどうやって進めるのでしょうか。
澤: 診療所にいる看護師、看護助手、健康指導を担当するヘルストレーナー、カウンセラー、理学療法士といった職種は、同じ場所で働いているので、簡単にその存在を知ることができます。診療所外のリソースについては、数年前に「Single Point of Contact(SPOC)」と呼ばれる組織ができて、そこに電話すれば地域の多くの職種につながります。例えば、訪問看護師、訪問作業療法士、訪問理学療法士、訪問栄養士、緩和ケア専門看護師、老年医学専門医などです。以前はこのような職種の電話番号を多く覚えなければならなかったのですが、最近はワンストップなので助かっています。SPOCは地域の医療政策を決定する「Clinical Commissioning Group(CCG)」に属する組織の一つで、僕の地域では約35万人をカバーする近隣40カ所の診療所がこのサービスを利用しています。先ほど挙げた職種の多くは診療所と同じ電子カルテを使っているので、診療所の外でも同時期に情報が共有されます。最近ではホスピスともつながるようになりました。
三原: 電子カルテが情報共有に役立っているということですね。日本でも「地域包括ケア構想」 [3] の一環として、医療・介護連携あるいは生活支援サービスとの連携が言われているのですが、SPOCはどんな役割を果たしているのでしょうか。
澤: SPOCは主にコミュニティケアの職種を担当します。1~2週間ほどの短期介護をサポートする職種とはSPOCを通して繋がりますが、中期、長期の介護を調節するには、ソーシャル・ケアを専門とする「Social Care Direct」と呼ばれる別の組織に連絡し、ソーシャルワーカーに相談します。生活支援については、最近始まった「Social Prescribing(社会的処方)」と呼ばれる仕組みがあります。地域には慈善団体や市民団体が50~100ぐらいあり、アートや散歩、写真などのクラブ活動をやっています。例えば、患者が「さみしい」と訴えると、患者のニーズに合う地域のリソースを紹介してもらうといった形です。
三原: つまり、GPが「代理人」(Agent)になり、何かあったら全部対応し、そこをゲートオープナーにして色んな人と繋がっていくということですね。
澤: その通りです。だから極論を言えば、「テレビが壊れた」という相談を受けても、社会的に孤立しているその人の健康にとってテレビの存在が重要なのであれば、僕が電気屋に連絡を取るなどして、テレビが直るようにするのが仕事になります。問題が解決するまで僕が責任を持つということです。
三原: 考え方次第では電気屋も地域資源になり、GPが代理人となって対応するということですね。私の理解では、プライマリ・ケアとは必ずしも診療所や病院のみで完結する医療ではなく、患者を中心に家族、地域を見つつ、患者の健康に対して地域や家族の問題が影響する場合、そこに介入すると理解しています。
澤: 仰る通り、患者が持つ課題の本質的な部分に介入していくスタンスです。
三原: その時、適切な資源を探し、医学的なアプローチだけでなく、様々な地域のリソースを使いつつ、患者に対する支援の枠組みを調整するのもGPの役目ということですね。地域の健康課題をどれぐらい把握されていますか。
澤: イギリスでは患者情報を一元化する「登録制」を採用している上、診療所の電子カルテを用いて多くの健康情報をコード化しているので、例えば、年齢別の登録住民数はもちろん、喫煙者、肥満者、予防接種を必要とする人、そして高血圧や糖尿病患者数など、地域の医療ニーズのある程度は可視化できます。また、家族全員、同じ診療所に登録される場合が多いので、そういったケースでは家族の医療情報を電子カルテ上で総合的に把握できます。家庭内暴力や児童虐待といったSafeguarding(安全保護)に関するケースでは、当事者以外にも家族の情報も知る必要があるので頼りになります。
三原: 患者を巡る家族や地域の課題を見つつ、最も本質的な部分に介入することで、患者の健康状態や満足度を上げるということですね。高名な日本人の家庭医が「患者の家系図を想像しながら介入のポイントを探す」と言っていました。
澤: イギリスのGPも心臓、肺といった臓器のみではなく、人としての患者、そして家族や地域社会といった大きな視点からも物事を捉えるようにしています。
三原: 本質的な課題から考える必要性については、地域包括ケアでも本来、同じと思っています。残念ながら「在宅ケアや医療・介護連携が進めば、地域包括ケアができる」と思っている人が多いですが、「地域の課題が何か」「住民のニーズが何か」という点を把握した上で、医師などの専門家の支援を受けつつ、住民を巻き込みつつ、地域全体で課題を解決していくのが地域包括ケアと思っています。
コミュニケーションと信任に基づくプライマリ・ケア
澤: GPの能力とプライマリ・ケアを考える上で重要なのは、問題解決能力と思っています。GPはかかりつけの相談窓口や患者の伴走者としてあらゆる相談に乗るので、患者の問題が医学的なのか、それとも非医学的なのかといった境界は重要ではなくなってきます。そこで大切なのは「患者が何を問題と感じているのか」を引き出すことです。でも、イギリス人は「何か不安に思っていることがありますか」と聞いても、実はイエスなのにノーと答える人が多く、コミュニケーションに気を付ける必要があります。以前、僕が経験した例として、30代の女性で稀な難病を抱える人のケースを紹介します。彼女の病気は治らないため、現時点で医療的にできることはほとんどありません。初めて接した時、彼女は自分の状況や感情を話してくれたのですが、「大丈夫。私は特別だから」という言葉とは裏腹に、声のニュアンスや些細な表情からは逆の意味が僕に伝わってきました。そこで僕は数秒黙った後、彼女から伝わってくる感情をそのまま彼女に伝えたいと思い、「特別な立場にいる時ほど実は寂しくないですか?」と言うと、しばらくの沈黙が続き、「実は寂しいの」と僕に打ち明けてくれました。そこから対話が広がり、「同じ悩みを持つ人に会えるようにある患者団体に入会したいけど、年会費が30ポンド(日本円で約6,000円)もかかる。だから入会をためらっている」と言うので、僕は「そこに電話して、あなたの年会費を無料にしてもらえるように交渉してみるのはどうかな?」と提案すると、「そうしてくれると嬉しい」と。イギリスではGPの社会的立場が高いので、あらゆることが可能です。僕は早速、その団体に電話し、交渉したところ、「チャリティだから無料にはできない」と言われましたが、交渉で10ポンド(日本円で約2,000円)に下げてもらいました。それを彼女に伝えたら喜んでくれて、数カ月後に来た時は「今は同じ状況にいる友達ができて幸せ。ありがとう」と言っていました。結局、彼女の問題は医療的に何も解決していない。でも、悩みを理解し合える仲間ができたことで、自分の中で何かが変わった。より前向きに暮らして行けるようになった。その経験につながるきっかけとなったのが、あの時のコミュニケーションでした。もし僕が自分の体と心を彼女に集中させていなかったら、効果的なコミュニケーションは取れず、彼女と僕は問題の共通理解に至らなかったかもしれません。
三原: 患者と医者のコミュニケーションが信任関係を作りつつ、GPが間に入ることで、患者の自己決定を支えているわけですね。
澤: その通りです。もう1つ例を挙げると。学習障害を持つ20代女性が来て、「不安で眠れない。ヘルニアの手術を1週間後に控えており、病院の医師から説明を受けたけど、説明を理解できなかった。当日どこへ行ったらいいのか分からないし、どういった手術になるのか分からない」と訴えました。僕は患者の家族関係が頭に入っており、その人のキーパーソンは母親であることを知っていました。いつも母親が彼女に分かりやすい表現で説明してくれます。そこで、僕は「外科医じゃないから具体的な手術内容は分からないけど、病院に電話してみます」と答えました。しかし、病院の外科医はコミュニケーションを得意としていない傾向にあります。そこで、手術の内容を理解している看護師に電話し、「今から患者の母親の携帯番号を教えるから、彼女に電話してくれないか」と言い、看護師→母親というルートを介して、患者に手術のことを伝えてもらいました。このケースでも僕は何も医学的介入を行っていません。「睡眠薬を出す」という選択肢があったかもしれませんが、本質的な解決にならないと彼女が教えてくれました。このケースでは電話1本だけで、患者は安心した表情を浮かべて帰って行きました。
三原: 医学的なアプローチを採用するのではなく、その人の健康改善にとって本質的な部分に着目するわけですね。その典型例としては、うつ病などでしょうか。
澤: うつ病や気分が落ち込んでいる人は、外来患者の1~2割近くに上る実感を持っていますが、こうした人達への対応もケースバイケースです。例えば、学年主任としてハードに働いているうちに燃え尽き症候群となった学校の先生の場合、「仕事を休みたい」と思ったとしても、なかなか口に出せない。そういう場合、僕が校長先生に手紙を書くことで、休みやすくなるかもしれない。薬を出せば症状が良くなるかもしれませんが、軽度のうつ病の場合、抗うつ剤を処方するよりも、自分が付き合えるぐらいに仕事の量を調節することの方がより効果的かもしれない。
三原: つまり、その人にとっての本質的な問題はハードワークなので、ハードワークを緩和しない限り、抗うつ剤を飲んでも一時的な解決策にしかならないということですね。
澤: その通りです。患者が機械であれば、壊れた時にパーツを直せば機能が回復するかもしれませんが、患者は人間です。精神的、社会的な側面を含めて人としてのトータルな助けが必要ということです。
三原: 本質的な課題から考えるアプローチですね。日本では現在、救急車を有料化する案が出ています。具体的には、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が提唱した [4] のですが、私自身は「不必要なのに救急車を呼ぶ人が何で減らないのか」という根本部分を議論しなければならないと思っています。それは不安だからではないでしょうか。健康に不安を感じた人がどこに相談すれば分からないし、誰に相談して良いかも分からない。これは実証的な分析をやったわけではありませんが、もし代理人となるべき人が働き掛ければ変わる余地はあるのではないかと思っています。
澤: 僕の診療所は日中であれば開いていますし、もし外来の予約枠が埋まっていたとしても、電話相談はいつでも受け付けています。「お腹が痛い」「胸が痛い」「救急車を呼ぶか悩んでいる」という電話相談は結構あります。その場合、Duty Doctorが「診た方が良い」と思うのであれば、「僕が診るから今すぐ来て下さい」と対応できます。それと、救急センターを頻繁に利用している住民に対して、手紙を送って来てもらうこともあります。そこで、原因を探っていくと、生活スタイルが乱れている人や医療制度の使い方を余り知らない人、どこに相談していいのか分からない人が結構います。そこで、僕達が「日中であれば、診療所に電話してくれればいつでもGPと喋れるし、夜間であれば、無料の『111』に電話すると自動的に地域の専門サービスに繋がります。電子カルテが繋がっているから、あなたの情報は全て把握できます」と説明すると、受療行動が変わる時が結構あります。
チーム医療の実情と情報共有
三原: 澤さんの診療所にお邪魔した際、印象的だったのはNurse PractitionerやPractice Nurseという専門性の高い看護師でした。看護師が個室を持ち、軽度な治療行為や慢性疾患のケアなどをやっており、GPの負担軽減に繋がっていると思いました。日本でも「特定看護師」など看護師の権限を拡大するための議論が出ていますが、GPと看護師との役割分担はどうなっていますか。
澤: 僕の診療所は1カ月に約5,000枠、多い時で約6,000枠の予約枠を提供していて、大体その半分が看護師によって対応されています。一昔前の看護師は主に看護や医師の診療行為を助ける補助的な役割を担っていましたが、ここ十数年の間に看護師の専門性は強化され、役割が拡大されました。近年では自立した医療者として幅広い医療行為を行っています。国の定めたトレーニングを受けると、看護師のやれる範囲は広がります。GPと看護師の役割分担については、診療所単位で決めているので、各診療所で役割分担は少し変わってくると思います。分からないことが出てくると、看護師から「今、私の診察室にいる患者を診てくれませんか?」といった要請が、Duty Doctorの電子カルテ上にメッセージとして表示されるので、そのGPが看護師の診察室に行って対応するわけです。
三原: 各専門職が強い部分と弱い部分を認め合いつつ、チーム医療を展開するということですね。イギリスに行った時、澤さんの同僚が隣に立っていたので、「澤さんの長所は何ですか」と聞いたら、「彼は正直だ。分からないことは分からないと言う」と答えたのが非常に印象的でした。これは日本の医療、医者じゃ考えられない。つまり、自分の限界を理解しており、みんなでチーム医療を提供しているということです。日本の地域包括ケアでは最近、「顔の見える環境を作る」という目的の下、市町村が運営する地域包括支援センターに「地域ケア会議」を設置し、多職種連携を進めることが義務付けられました。しかし、「顔の見える関係づくり」を作るだけであれば、飲み会で十分。お互いの弱みや強みを理解し合い、「患者や地域の何を解決するか」という意識を一致させ、情報を共有しながら多職種が連携しないと何の意味もないだろうと思っています。
澤: 情報共有では電子カルテが重要になると思っています。GPだけでなく、診療所で働いている他の職種もアクセスできますし、患者が入院したり、救急センターや病院の専門外来を利用したりする場合、後でサマリーが診療所に送られてくるので、それを電子カルテに取り込むことで情報の継続性を担保しています。
三原: やはり電子カルテは重要ですよね。日本の電子カルテ化は大幅に遅れており、OECD(経済協力開発機構)が昨年11月、日本の医療制度に関する報告書では「電子カルテの利用が驚くほど限定されており、医療データの収集、関連付け及び解析が比較的遅れている」と酷評されました [5] 。多職種による全人的かつ継続的なケアを提供する上では、電子カルテを通じた情報共有は欠かせないと思います。
(この対談は2015年6月18日、東京財団会議室で行われました)
[1] 東京財団ウエブサイト2013年5月15日「医療・介護制度改革に関する連続フォーラム第1回」参照。 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1124
[2] 東京財団研究会2013年12月18日「研究会レポート:英国の家庭医とプライマリ・ケア」、三原岳(2014)「英国プライマリ・ケア事情」参照。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1127
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=1142
[3] 『2014年厚生労働白書』では地域包括ケアを「地域の事情に応じて高齢者が可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」とした。
[4] 財政制度等審議会(2015)「財政健全化計画等に関する建議」。
[5] OECD(2014)“OECD Reviews of Health Care Quality:Japan RAISING STANDARDS Assessment and Recommendations”「医療の質レビュー 日本 スタンダードの引き上げ 評価と提言」。